願い星のもとで   作:縞野 いちご

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終わりのはじまり(高坂穂乃果 Part1)

 

 穂乃果「μ’sは私が守らなきゃ。」

 

 雲が一つもない、満点の星空の下を私は走っていた。向かう先は私の大切で大好きな学校、音ノ木坂学院。時間は夜の十一時ちょっと過ぎ。高校生の私が外をウロウロしてちゃいけない時間だ。そんな時間に学校に向かっているのは、今の私の最悪な状況をなんとかできるチャンスがきたから。

 

 遡ると、私が所属しているスクールアイドルグループ「μ’s」は、ラブライブ最終予選のあの日以来、たくさんの辛い思いをしてきた。

 特に親友のことりちゃんは、メンバーの誰よりも辛い思いをしたことで、自分自身を傷つけてしまった。ことりちゃんは、ほんわりと優しい顔と声をしていて、いつも私の側にいてくれる最高の友だち。だから、ずっと会えない日が続いたのは、とてもショックだった。友達になったときから今までで、五日も合わなかった日なんてなかったはずなのに、今回の事件がきっかけで会えなくなってから二週間以上は経ってしまった。

 もちろん、無理にでも会おうとしたけど、部屋の中にいたことりちゃんは泣き叫んで私を拒んだ。とっても辛かった。

 

 私には幼なじみがもう一人いて、名前は海未ちゃんって言う。ちょっと厳しいけど、お母さんみたいに優しくて、お父さんみたいにカッコいい、剣道も弓道も日舞も作詞だってできちゃう最強の友だち。

 でも、そんな海未ちゃんにも弱点があって、そのうちの一つがことりちゃんが絡んだ事件になると我を忘れるってこと。だから、今回の件で、私と同じようにことりちゃんに拒絶されたのが、相当に堪えてしまったみたい。ついには、ことりちゃんだけじゃなくて、海未ちゃんもまともに話してくれなくなった。

 

 他のメンバーも笑っている姿を見かけなくなった。凛ちゃんも、花陽ちゃんも、真姫ちゃんも、絵里ちゃんも、希ちゃんも、にこちゃんも。みんないつも笑っていたのに、今までの日常が私の見ていた夢だったんじゃないかって思う日もあった。

 そのうちに、受験を控えた三年生は学校に来なくなって、学校に残されたのは私と一年生の三人だけになってしまった。一年生のみんなも、私が話しかけに行くと哀しそうな顔をするだけで、お喋りしたり、笑ってくれたりはしなかった。それでも、いつかは笑える日が来るって、私は信じてた。だから、たとえラブライブに出られなくても、三年生が卒業するまでは、みんなとμ’sでいたいって思ってた。

 

 そんな辛い状況に追い打ちをかけるように、大好きな学校にも問題が起こってしまった。私たちの問題が学校側の不祥事だとみなされ、今年の生徒募集を見送ることになってしまったらしい。一度廃校から救ったはずの音ノ木を、自分たちがまた廃校に追いやってしまった。音中(音ノ木坂中学校:穂乃果たちが通っていた中学校)が統廃合したって聞いたときも泣いたけど、今回は自分たちのせいだから泣いて済まされる話じゃない。

 それに、スクールアイドルの大会、ラブライブは、私たちの問題が大きく取り上げられたことで、第二回大会は中止にせざるを得なかったらしい。その話は、街中ですれ違ったA-RISEのツバサさんに教えてもらった。その時には「あなたたちの責任ではない。」と慰めてもらったけど、きっとツバサさんがそのことを知った瞬間は、私たちのことを恨んだに違いないんだ。

 落ち込む私を見てか、学校でも家でも、私の周りの人はできるだけ笑顔でいようとしてくれていた。それは嬉しかったし、あったかい気持ちになったけど、それよりも、ごめんなさいって気持ちが強くなって、一度だけ耐えきれなくて学校の屋上でひとりきりになって泣いた。

 

 

 そのときだった。希ちゃんの教えてくれた都市伝説を思い出したのは。

 

 『オトノキ七不思議』の7つ目の怪談話。満点の星空が広がった日、学校の屋上で自分の思い描いた世界を強く望みながら眠るとその世界に行くことができる。叶えられる思いの大きさと、その世界にいる時間は、自分の差し出した『代償の大きさ』によって変わる。

 今のどうにもならない状況をひっくり返すにはこれしかない。そう思った。

 希ちゃんには興味本位でやったらいけないと言われていたけど、こんなチャンスを試さないなんて私らしくない。

 

 そして今に至る。私は、その怪奇現象を起こしに学校に行くんだ。

 学校に着くと、私は屋上を目指す前に部室に向かった。理由は、これから起きる怪奇現象のせいで、何か起きたときにみんなを心配させないために手紙を置いていきたいから。暗闇の中、にこちゃんから譲ってもらった部室の鍵を使ってドアを開けた。真っ暗な部室は、まるで今の私たちの様子を表しているようで、なんだか虚しい気持ちになってしまう。

 

 穂乃果「ここにしよう。」

 

 キーボードの下に手紙を置いておくことにした。ここなら誰かがわざと置いたってことが伝わるし、それに

 

 穂乃果「ここにあったら、最初に見るのはきっとにこちゃんだよね。」

 

 この手紙は、にこちゃんに見つけてもらいたかった。なんとなくだけど、にこちゃんならみんなを守ってくれる気がするから。

 

 部室を後にした私は、階段を上って屋上に向かった。大切な私たちの練習場所。

 階段を上りきってたどり着くと、そこは冷たく澄んだ空気によってキラキラと光り輝くステージになっていた。月明かり、星明かり、街明かり、音ノ木坂のキラキラを全て閉じ込めた場所、私には神聖にすら感じた。

 

 穂乃果「始めるよ。」

 

 希ちゃんの教えてくれた通り、屋上の真ん中で祈るようにして手を握る。寒くてかじかんでいる手だったから、うまく力が込められないけど、心の中にあった想いは生きてきた中で一番強かった。

 

 穂乃果「お願い。あの事件を、私たちを壊してしまったあの事件を、なかったことにしてください。」

 

 百パーセント図々しいお願い。こんなこと、すっごく優しいことりちゃんにだって頼めたことじゃない。だから、私が払う代償が大きくなることは覚悟できていた。

 

 穂乃果「なんでも、私のものならなんでも差し出します。だから、みんなが笑って過ごせる学校生活を返してください。」

 女性「何でも、って言った?」

 穂乃果「ん?ううぇえ!?」

 

 ぎゅっと目を瞑っていたせいで、目の前に人がいたことに気づかなかった。

 

 女性「そんなに驚かなくても……。」

 穂乃果「い、いやっ、だって!」

 女性「あ、私はこの学校の関係者だから安心しなさい。」

 穂乃果「なぁんだ。」

 女性「そうそう、不審者の類ではないのよ。」

 穂乃果「安心しました!」

 (そっか、そっか。なら、驚く必要もないよねぇ……。)

 

 穂乃果「じゃ、ないですよ!」

 女性「えぇ……。」

 穂乃果「こんな時間に、なんでここにいるんですか!?」

 女性「あなたには言われたくないわよ。」

 穂乃果(た、確かに……。)

 女性「強いて言えば、あなたの願いを叶えに来た、かな。」

 

 そう言った彼女の瞳は、街の明かりに反射して怪しく紫水晶のように光った。その瞳は、とてもとても澄んでいた。私のモヤモヤした心も見透かしてしまいそうなくらい。

 

 穂乃果「ということは……あの話は本当に!」

 女性「喜ぶのはちょっと早いわよ。」

 穂乃果「え?」

 女性「夢の分の代償、払わなければならないのは覚えてる?」

 穂乃果(なんだ、そんなことかあ。)

 

 穂乃果「覚悟はできていますよ。」

 女性「軽く二つ返事してるけど…」

 

 女性の眼差しが鋭くなって、どきりとした。

 

 女性「過去の出来事と全ての人の記憶を変えるのだから、あなたが差し出すものは、あなたの世界の記憶になるのよ。」

 穂乃果「記憶?」

 女性「そう。でも、正確にはあなた自身の記憶ではないの。」

 

 女性が何を言っているのかわからなかった私は、頭の上にはてなマークを出した。

 

 女性「端的に言うと、これから生まれる世界では、みんなの記憶の中に『高坂穂乃果』がいないってことになるのよ。」

 穂乃果「え……?」

 

 世界の時間が一瞬止まった気がした。これじゃあ、「代償」を差し出すのは、私じゃなくてみんなの方だ。そのことに少なからずショックを受けた。

 

 穂乃果「私には、何も起こらないの?」

 女性「起きてるじゃない。」

 穂乃果「私にじゃなくて、みんなにだと思う。」

 女性「……考えが甘いと思うけど。」

 

 いつの間にか、女性の口調が厳しくなっていた。それがとても怖かった。

 

 女性「みんなから忘れられるってことは、あなたの存在が死んだも同然なのよ。」

 穂乃果「そ、そんな!」

 女性「人が死ぬ瞬間っていうのはね、魂が消えたときじゃない。みんなから思い出されもしなくなったときなんだから。」

 

 よく考えて想像をすると寒気がした。誰が私のことを見ても、初めて会ったような視線をしてくる世界。お母さんも、お父さんも、ユッキーも、μ’sのみんなも、誰も声なんてかけてくれない。私がいらない世界。

 

 穂乃果「や、やだ……。」

 女性「やっとわかった?なら、諦めて帰ったほうがいいわよ。」

 

 忘れられたくない。でも、この状況で何もできないほうがもっと嫌だと思う。

 

 穂乃果「でも、もういやだよ。このままなんて。」

 女性「……後戻りはできないのよ?わかっていて言ってるの?」

 穂乃果「私は前に進むって決めたの!」

 

 覚悟を決めた私の顔を見て、目の前の女性が諦めた顔をしたのがわかった。

 

 女性「なら、ひとつだけ、あなたを助けてあげる。」

 穂乃果「え?」

 女性「もし、これから行く世界がどうしても辛かったら、ここに戻って祈りなさい。今の世界に戻してあげるから。」

 

 後戻りできないと覚悟していたのに、棚からぼた餅のようなお話に面食らった。今の世界へ帰ってこれる。つまりリセットができるってことなんだ。

 

 穂乃果「ありがとう。」

 

 改めて女性の目を見て私が明るく言うと、逆に女性は目をそらして唇を噛んだ。

 

 女性「ねえ、最後にお願い。」

 穂乃果「なんですか。」

 女性「これから何があっても、自分だけを責めないで。」

 

 その一言が、誰かの姿とダブったように見えた。ただ、それが誰との姿なのかハッキリとしなくて、返答を考えるためにも、その記憶を探るのを一旦やめた。

 

 

 穂乃果「私は大丈夫ですから。」

 

 その言葉を聞いて、女性は憂に満ちた顔をした。最後に感謝の言葉を伝えたかったけど、モニターの電源が落ちるように視界が真っ暗になったので、私は声をかけるのを諦めて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 穂乃果(眩しい。もうお昼か……。)

 

 どうやら、無事に私は違う世界に飛べたみたいで、一瞬にして明るい世界の下にいた。さっきまで暗い夜空の下にいたから、久しぶりの晴れ空は私にとっては眩しすぎるくらいだった。見渡すと、お昼休みによく来ていたベンチに寝転がっていたみたいで、誰にも起こされなかったのが不思議な感じがする。

 ずっと寝ていても、私服でいる以上は怒られちゃうから、一度家に帰ろうと思って校門に向かって歩き出した。すると、清掃のおばさんがお仕事をしていたので、いつものように挨拶をした。いつもならここで少しお喋りが始まったりするのだけど、今日はただ返事をされて会話が続かなかった。何だか余所余所しく扱われた感じ。

 

 穂乃果「あ。」

 

 違う。この世界は誰も私のことを覚えていない。だから、あのおばさんが余所余所しいんじゃなくて、私が馴れ馴れしいってことになる。そして、知っている人と会うたびに、こんなモヤモヤした気分になることも察した。だとしたら、お母さんや、お父さん、ユッキー、μ’sのみんなに冷たくされたときはモヤモヤした気分だけでは済まない気がした。

 それでも、みんなが、ことりちゃんが元通りになっているかを見届ける責任が私にはある。勝手に書き換えた世界が、みんなにとって不幸なものであってはいけないから。

 善は急げとも言うし、早速私たちの部室へ向かうことにした。制服を着ていなかったから、途中で警備員さんに止められかけたけど、学校見学だと嘘をついたら通してもらえた。案外、私って子どもっぽく見えるのかもしれない。なんか、ショックだよ……。そして、部室に着くと、案の定鍵がかかっていて、私が来た世界とは何も変わっている様子がなかった。

 

 穂乃果「どうして……。」

 ヒデコ「アイドル研究部に何かご用事?」

 穂乃果「えっ。」

 

 ドアの前で考えこんでいた私にヒデコが声をかけて来てくれた。さすがヒデコ、やっぱり持つべきは友達だよね。

 

 穂乃果「今日も、みんなは集まって来てないのかなって。」

 ヒデコ「みんなって、μ’sのことですか?」

 穂乃果「……はい。」

 

 いけない。やけに他人行儀な受け答えをされていると思ったら、ヒデコだって当然に私を覚えているはずがないじゃない。ヒデコに忘れらているのは、さっきのおばさんのときよりも応えるものがあった。

 

 ヒデコ「多分、海未ちゃんたちなら屋上で練習しているんじゃないかな?」

 穂乃果「練習?」

 ヒデコ「ラブライブに向けて、みんなで練習しているところだと思うよ。」

 

 ラブライブに向けて、みんなでってことは、過去の出来事が変わったってことになる。それなら、ことりちゃんも怪我をしないで済んだってことなんだ。つまり、またみんなで楽しいステージを作れるんだ!

 

 穂乃果「ありがとう、ヒデコ!!」

 ヒデコ「えっ、何でわ」

 

 舞い上がっていた私はヒデコの質問を聞き終わる前に屋上へと走った。これでまたみんなと一緒にμ’sとしていつものように過ごせるという高揚感が、まるで背中に翼を与えてくれたかのように感じた。一段一段の上りもいつもの半分くらいの力で越えていって、ついに屋上に続くドアの前までやって来た。少しドアを開けて様子を見ると、そこには

 

 

 絵里「うん。形になってきているわ。」

 海未「そうですね。最後まで通して踊れましたし、一旦水分補給をしましょう。」

 凛「ふぅ。今回はリズムが難しいにゃ……。」

 花陽「メロディーが早いから合わせるのが大変だよぉ。」

 にこ「これくらいで…音をあげてたら…優勝なんて…そのまた先よ……。」

 凛「人のこと言えないにゃ。」

 

 

 久しぶりにみんなの笑顔が咲いていた。心の底から溢れ出てきている笑顔がずっと見たかったんだ。私が見たかったみんなの笑顔だった。

 

 穂乃果「みんな……。」

 

 頰にあったかい何かが伝った感触がする。これは、今までの哀しくて流れたモノとは違う。

 

 穂乃果「もどって、きた、んだよ、ね……?」

 

 その幸せな空間に喜びを感じてすぐに会いに行こうかと思ったけど、私の足は先に進むことをやめた。この世界は私がいない世界なんだ。私はみんなと関わっちゃいけないはずだ。となれば、私が取るべき行動はみんなからそっと身を引くことだと直感的に感じた。

 

 穂乃果「……みんな、頑張ってね。」

 

 私は慣れ親しんだ屋上のドアをそっと閉めてみんなのもとを離れた。このようなご都合主義な展開には落とし穴があるのが定石で、自分が色々と関わってしまえばしまうほど悪い状況に進んでいくんだ。今回は私を忘れてもらってこの世界が成り立っているのだから、万が一にもみんなが私を思い出すようなことがあれば、この世界はなくなっちゃうかもしれない。そう考えたら、私はみんなと顔を合わせちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 学校を出てから、帰る家もない私は彷徨うように歩いた。騒がしい秋葉原の街並みが、より一層孤独を感じさせている。この世界には私の居場所がない。名前を名乗っても誰も思い出してはくれないし、見ず知らずの子を助けてくれるほど世の中は優しくないと思う。それに、今はみんなが思い出してしまうようなことがあっちゃいけない。

 

 穂乃果(どうしようかな……。)

 

 大好きな学校の廃校も取り消せて、μ’sもバラバラにならず、そればかりか念願のラブライブに出場できる。あの事件から描き続けてきた夢物語が、叶っているのだから心の底から嬉しいはずなんだ。

 それなのに、そこに私の居場所がないってだけで、こんなにも寂しく感じてしまうとは思ってなかった。

 

 穂乃果(あったかいし、明るいからお店の中にいよう……。)

 

 お金も持ってないし、本当はやっちゃいけないことだってわかってはいたけど、このまま薄着で寒くなった外を歩き続けることもできないと思ったから目の前にあるスーパーの中に入った。

 店内にはお惣菜や私の好きなパンの売れ残り商品が置かれていて、思わず手を伸ばしたくなったけど、お金を持っていなければ何も出来ないことはわかっていたから見るだけにした。私はお店の中をカゴも持たずにグルグルと歩き続けるだけしかできなかった。

 そうしてお店を5周か6周したときだった。

 

 穂乃果(あ、これってまだ私たちの曲がないときに練習したアイドルの歌だ……。)

 

 有線で流れていた歌が、自分たちの曲がなかったときに練習で使っていたものに変わって、思わず足を止めて聴いてしまう。

 あのときのダンスは今でも覚えている。まだまだダンスの基礎ができていないから身体の軸がブレブレで不恰好だったけど、それでも必死になって練習を続けていた。私もことりちゃんも海未ちゃんも、試行錯誤してお互いを励ましあいながら頑張っていたんだ。

 

 穂乃果(その記憶も、この世界で覚えているのは私だけなんだよね。)

 

 苦しさで胸がいっぱいになって、私は勢いよくお店の外に出てきてしまった。自分で決めたことなんだから、これでよかったんだ。

 

 穂乃果「辛くなんて、ないよね……。」

 

 違う場所を探しに行こうと顔をあげた時、誰かがこちらを見ていることに気づいた。

 

 穂乃果(どうして!)

 

 そこには、希ちゃんが立っていた。待ち合わせもなにもしていない。だって向こうは私を覚えてないはずなんだから。色々と頭の中でグルグルと考えたけど、希ちゃんと接触しないためにもひとまずこの場を立ち去ろうとすると

 

 希「ちょ、ちょっと待って?うちは別にそんな怪しい人じゃないやん?」

 

 希ちゃんに話しかけられてしまった。最初から私に声をかけるつもりだったのかもしれない口ぶりだった。

 

 穂乃果「どうかしましたか…?」

 

 私の精一杯の返答。これ以上のいい言葉が私の中には思い浮かばなかった。

 

 希「いやあ。こんな暗くなってるのに女の子が1人でいるから、どうしたんやろ、って気になってな?」

 穂乃果「1人になりたいと思って……。」

 

 これまた苦し紛れの返し言葉。

 

 希「そっか。」

 

 難しそうな顔を希ちゃんがしているけど、話している感じはやっぱり私を覚えていないみたいで、改めて少し傷つく。いつもの希ちゃんなら、もう一言くらい何か言ってくれる。

 

 希「うちが言えた義理じゃないけど、あんまり暗くなってからは1人でいない方がええよ?」

 穂乃果「そうですよね。ありがとうございます。」

 希「うん。それなら、早く家に帰ろうか。」

 穂乃果「えっ。」

 

 意味がわからなかった。というより、その思考にたどり着かなかった。帰る、この状況で?さすがに厳しいよね……。

 

 希「そこにいても仕方ないやん?」

 穂乃果「そうなんですけど……。」

 希「あんまり遅くなると家族の人に心配されるよ?それとも、何かあったん?」

 

 言い逃れはできそうもないし、ぼかしてこの状況を伝えたよう。

 

 穂乃果「……もう、家には帰れないんです。」

 希「……なるほどね。」

 

 希ちゃんなのに、あっさりと受け入れてくれたことに驚く。

 

 希「それやったらうちの家に泊まってく?」

 穂乃果「えっ。」

 

 予想の斜め上の選択肢。希ちゃんの家に居候。これは、どうなんだろう。希ちゃんが私を思い出すことはないのかな。

 

 希「ほら、高校生だけどうちは一人暮らしやし、他の人に迷惑になったりしないからその方がいいやん。」

 穂乃果「でも、希ちゃんには迷惑かけちゃいますし……」

 希「うちとしてはあなたをこのまま放っておく方が気になってしまうんよ。」

 穂乃果「えっと……えっと……。」

 希「うちもちょうど話し相手が欲しかったんよね。」

 穂乃果「話し相手……。」

 希「さっき言ったやろ?うちは一人暮らしやから、家に帰ると話し相手がいないんよ。」

 穂乃果(なんか、様子がおかしいなあって思ったら、希ちゃん、まさか……)

 

 穂乃果「……ひょっとして、寂しがり屋だったりしますか?」

 希「えっ!」

 穂乃果(あぁ。これは、アタリだね。)

 希「ち、違うよ?ほら、なんというか、ほっとけないんよ!さっきも言ったやろ?」

 穂乃果「くすっ。思ってたよりも可愛いんだなぁ。」

 希「ほ、ほら!風邪引く前にうちの家に帰ろう?」

 

 いつもの希ちゃんらしくなくてちょっと面白かった。でも、運が良かったのかもしれない。神様、希ちゃん、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 希「遠慮しないで上がってね。」

 穂乃果「おじゃまします……。」

 

 2回目の希ちゃんの部屋への訪問。みんながいない分、前よりも少し広く感じた。

 

 希「へぇ。ほのかちゃんって、よく見るとかわいいんやね〜。」

 穂乃果「改めてそう言われると恥ずかしいですよ……。」

 希「ほんまに連れて帰ってきてよかったわ。まだ外にいたら、きっと今頃、良からぬ男子に捕まっとったよ?」

 穂乃果「大丈夫ですよ。私、剣道やっていたので。」

 希「おお〜。武道を習ってるなんてカッコええなあ。」

 穂乃果「そうかな?」(ワシワシのときの希ちゃんには敵わないから、何とも言えないんだけどね……。)

 希「ねえ、ほのかちゃん。」

 穂乃果「はい?」

 希「せっかく仲良くなったんやし、タメ口で話さない?」

 

 これは、どうしよう。その方が自然に話せるけど、その勢いで余計なことまで話しちゃいそうだし……。

 

 穂乃果「でも、希さんは年上なので……。」

 希「それは言いっこなしやなかったっけ?……うちらは先輩禁止やろ?」

 穂乃果「えっ。」(うそ?希ちゃん、まさか、覚えてるの?)

 

 淡い期待が浮かんだけど、すぐに冷静になれた。相手が凛ちゃんやにこちゃんだったら信じたけど、目の前にいるのは希ちゃんだ。私のことを試そうとしているってすぐにわかった。

 

 穂乃果「でもさっき会ったばかりだし、そんな約束なんてしてないですよ。」

 希「そうやったっけ?」

 穂乃果「それに自分で仲良くなったんだからって言ってるじゃないですか。」(やっぱり、覚えていなそう?試された、っぽい。)

 希「それもそうやね〜。」

 穂乃果「希さんって意外と天然なんですね。」

 希「そんなこと、他ではあまり言われたことないんやけけど……。それはええから、敬語はなしな?希さんも堅苦しいから、友達のように呼んでほしいなあ。」

 穂乃果「本当にいいんですか?」

 希「うちが頼んどるんやし、それは気にしないでええよ?」

 

 ここは勢いに乗った方が良さそうだと思った。

 

 穂乃果「じゃあ、希ちゃん。これからよろしくね。」

 希「うん。こちらこそよろしくね。」

 

 希ちゃんの柔らかい笑顔に心が落ち着いていく。安心できる場所があるだけで、こんなにも明るい気持ちになれるとは思わなかった。 

 

 希「そうしたら、早くご飯を食べてお風呂に入ろか。」

 穂乃果「そうだね。希ちゃんは勉強しないとだもんね。」

 希「そうと決まれば、それっ!」

 穂乃果「ひゃっ!わわわぁっ!」

 

 早速、希ちゃんの神速のワシワシ攻撃。当然、避けきることはできません。

 

 希「……ほのかちゃんはなかなかやね。これならうちが使えなくて取ってあった下着が使えるかな?」

 穂乃果「だ、大丈夫だよっ!下着は自分で買ってくるから!!」

 希「そう?そこまで言うなら任せるけど。」

 穂乃果「あと、ワシワシはそこらへんでご勘弁をっ!」

 

 

 

 お風呂も済ませて、ご飯を食べた後、希ちゃんの勉強を邪魔しないように一人でいると、どうしても拭えない不安と孤独感が私を襲って、真っ黒な気持ちが心の中を埋め尽くしていった。そして、寝る時間になり、床で眠ろうとしていた姿を見ていた希ちゃんが、風邪をひくからとベッドの中に入れてくれた。

 

 希「狭くない?」

 穂乃果「大丈夫だよ。むしろ希ちゃんに狭い思いをさせてごめんね。」

 希「冬やし、全然平気だよ。」

 穂乃果「そう、かな。」

 

 希ちゃんのあったかさがお布団の中で伝わってくる。そのあったかさは心もぽかぽかにして、嫌な気持ちも全て飛ばしてくれた。

 

 穂乃果「……えへへ。」

 希「どうしたん?」

 穂乃果「あったかいなあって。」

 希「……うふふ。」

 

 希ちゃんの優しい声は、さっきの黒いモヤモヤを拭い取ってくれる気がした。

 

 希「さあ、明日もあるし、もう寝よか。」

 穂乃果「うん。」

 希「おやすみなさい。」

 穂乃果「おやすみなさい。」

 

 希ちゃんには悪いけど、このまま希ちゃんとの生活が続いてもあまり嫌じゃないかもしれない。そんな風に考えてしまうのは、きっと図々しいことなんだ。でも、屋上に咲いていたみんなの笑顔は、今いる世界じゃないと見られないものだと思うと、私の気持ちもきっと間違っていないはずなんだ。

 

 だから、だからせめて今だけは、確かに感じられるこの温かさは消さないでください。

 

 

 

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