今まで隠してきたものがあった。可愛くなりたい、女の子っぽくなりたいという思い。小学生のときに男の子にからかわれて以来、自分には縁のない世界なんだと心に蓋をしてきた。家に帰ると、凛にとって自慢のお母さんとお姉ちゃん、学校にいるときには世界で一番可愛いかよちんが一緒にいてくれたから、自分が女の子っぽくする理由もあまりなかった。オトノキに入ってからも状況は同じだった。周りは女の子ばっかりで、凛にとっては少し眩しいくらいの世界だったし、今までと同じようにただ明るく元気にしていれば良いとそう思ってた。
そんな状況を変えられたのは、スクールアイドルを始めて、μ’sのみんながいてくれたからだった。かよちんが勇気を振り絞ってスクールアイドル部に入部を決めた日、その場にいた真姫ちゃんと一緒に、海未ちゃんとことりちゃんの手を取った。ダンスが面白そう、歌うのが楽しそう、そして何よりもかよちんが一生懸命になっている姿を同じ目線で見ていたいと思ったのが入るきっかけだった。
そんななんとなくで入ることにしただけに、凛はあまり自分には自信が持てなかった。特に可愛らしい振り付けや曲を歌うときは、なんとかそれっぽくしようとしたけど限界はやって来た。それがはっきりしたのは、秋に行われたファッションショーでのライブだった。修学旅行で二年生がいなかったから、代わりに凛がリーダーの代役になることになって、ライブでもセンターを務めることになりそうだったところを必死に断った。センターの子だけウェディングドレスのような衣装を着ることになっていて、自分には似合うはずがないってそう思ったから。本当は着てみたいし、とっても可愛い衣装だとは思ったけど、かよちんが適任だって決まったことで踏ん切りがつけたとそう思ってた。
凛「かよちん、おはよう!」
花陽「おはよう、凛ちゃん。」
凛「今日も練習頑張ろうね〜。」
花陽「うん!」
でも、かよちんが凛の背中を押してくれた。ウジウジしていちゃダメだって、その時に気づいた。今はスカートを履くことも怖くないし、もっと可愛くなりたいって心から思えるようになってる。
凛「真姫ちゃん、今日は練習くるかな。」
花陽「元気になってるといいね。」
凛には高校生になってからできた大切な友達、真姫ちゃんがいる。かよちんとは違った可愛さがあって、そして凛の背中を押してくれたもう一人の恩人。だから、この二人は特に大切だと思ってるし、二人が悲しくなっているときは守ってあげられるようになりたい。でも、昨日から真姫ちゃんの様子がおかしくて、部活の雰囲気も少しおかしくなっていた。次の日になったらいつもみたいになってると信じていたのに、学校に行ってみると真姫ちゃんは登校すらしていなかった。
凛「かよちん、真姫ちゃんって風邪だったのかにゃ。」
花陽「ううーん。様子がおかしいかもって感じたけど、風邪を引いてるようには見えなかったよ?」
凛「真姫ちゃん、ずる休みだ!」
花陽「真姫ちゃんに限ってそれはない、と思うけど。」
最近は良いことづくしだったから忘れかけていたけど、真姫ちゃん一人が居なくなるだけでこんなに不安に感じるってことは、今までみんなと一緒にいられたことが奇跡なんだと改めて感じた。
そんな不安な中その日の部活に参加すると、希ちゃんの友達さんが部活に来ていた。
ほのか「今日はみなさんの練習の様子を見学させてもらいます、こうさかほのかです。よろしくお願いします!」
凛「この時期に部活見学なんて珍しいにゃ。」
花陽「希ちゃんの友達なんだよね?」
ほのか「よろしくね。」
高坂さんは自然と親しみやすい気がして、意外と人見知り屋さんな凛でも気軽に話しかけやすいと思った。
凛「でも寒い中なのに見学に来るなんて、希ちゃんと大の仲良しさんだにゃ。」
希「そうやね。」
希ちゃんが嬉しそうに微笑んでる、でも、その笑顔には少し影がかかっているように見えた気がした。
海未「よろしくお願いします、高坂さん。」
ことり「よろしくね、高坂さん♪」
ほのか「高坂さん……。」
高坂さんは悩んだような表情を見せていた。名前を呼ばれて嫌がるなんて珍しいから、もっと違う理由で困っているんだとすぐに察せた。
海未「高坂さん?」
ほのか「ほのかって、呼んでくれないかな?」
ことり「え?」
ほのか「他のみんなも、私のことは『ほのか』って呼んで欲しいなって。」
そのことで嫌な顔をしていたことに少し驚いた。それは、凛だってなかの良い友達には下の名前で呼んでもらった方が嬉しいけど、そこまでこだわるようなことだとは思いもしていなかった。
海未「下の名前で?」
希「ほのかちゃん♪こんな風に気軽に呼んでほしいんやって。」
希ちゃんの聖母のような微笑みには勝てない。
凛「わかったよ、ほのかちゃん!」
ことり「えへへ、じゃあ私も。改めてよろしくね、ほのかちゃん。」
花陽「ほのかちゃん、今日はよろしくお願いします。」
絵里「ハラショー♪溶け込むのが早いわね。」
ほのか「みんな、ありがとう。」
ほのかちゃんの満足そうで、喜びに満ちている顔が凛にはとても眩しく感じる。
花陽「本当は真姫ちゃんって子がいるんだけど、今日はお休みで……。」
凛「昨日から調子が悪そうだから心配だにゃ。」
かよちんの説明で真姫ちゃんのことを思い出して、少しブルーな気分になる。
ほのか「真姫ちゃんは怪我していたりするの?」
海未「いえ、そのようなことはないはずですよ。」
ほのか「そうなんだね。」
ことり「ほのかちゃんは真姫ちゃんのことを知ってるの?」
ほのか「ううんううん。少し気になっただけだよ。」
にこ「さあ、ラブライブまで時間ないんだから、早く練習を始めるわよ!」
にこちゃんの声でみんなが屋上へと向かっていく。そのままいつも通り練習に入っていったんだけど、いつもと違うことが練習中にも起きてしまった。
希ちゃんが練習中に倒れた。みんな動揺してパニックになりながらも対応して、大事にはならなかったけど、真姫ちゃんのことも気になったからみんなで話し合うことになった。その結果として、ほのかちゃんが一連の事件に関わっているということで落ち着いた。
にこ「とりあえず、今後はコウサカホノカが変なことをしてきたら、私か絵里に相談しなさいよ。」
凛「わかったにゃ。」
花陽「うん。」
信じたくはなかったけど、にこちゃんや絵里ちゃんの言ってることは間違ってはなかったし、何よりもかよちんが希ちゃんのように苦しむ姿を見たくなかった。きっとかよちんも同じように考えて返事してくれたんだと思う。
真姫ちゃんはにこちゃんが、絵里ちゃんがほのかちゃんの対応をしてくれることになって、部活はおしまいになったけど、不安な気持ちが収まらなかった凛は少し部室に残ることにした。部室に残っているのは、凛とかよちんとことりちゃんの三人だけで、いつもよりも静かな時間が過ぎていってる。
花陽「あの……?」
凛「にゃ?」
花陽「ことりちゃん?」
ことり「あ、うん。どうしたの?」
花陽「さっきの話し合いで、ほのかちゃんのことを悪い子じゃないって言ってたのが気になっちゃって。」
それは凛も気になっていた。どうしてことりちゃんがそんなことを言い出したのかがわからなかった。
ことり「なんで、かな……。」
花陽「理由はなかったの?」
ことり「えーと、あるんだけど、信じてもらえないだろうから……。」
凛「それでも教えてほしいにゃ。」
凛がそうせがむと、ことりちゃんは目を伏せながら話してくれた。
ことり「今回の件は、私が関係している気がするから、かな。」
凛「え?」
急に話の針の向きが変わってしまって目眩がした。ことりちゃんが関係している?何か悪いことをしたってこと?
花陽「ど、どういうことなの?」
ことり「昨日の夜、夢を見たんだ。私が怪我をしてみんなに迷惑をかけちゃう夢。」
凛「え?」
花陽「ゆ、ゆめ?」
降って湧いて来たような話に目を丸くさせながらも、凛とかよちんはことりちゃんの話に耳を傾けることにした。
ことり「私が部屋の中に閉じこもって外に出ていかないの。海未ちゃんから説得されているんだけど、全然話を聞かなくて、きっとみんなにも心配をかけさせているんだろうなって思ったよ。」
花陽「そんな夢を……。」
凛「でも、それがなんで今回の事件と関係してるって。」
ことりちゃんの目は凛の目をしっかりと見つめて言った。
ことり「多分、ほのかちゃんは私の友達だから。」
ことりちゃんの声は真剣なものだった。いつものフワフワした可愛い声じゃなくて、確信のある力強い声だった。部室の中の空気はしんと静まり返って、いっときの無音な空間に胸が詰まりそうになって凛は空笑いをした。
凛「ことりちゃんは優しいんだにゃ。だって、覚えてなかったんだよね?」
ことり「うん。」
凛「でも大事な友達だって思ったの?」
ことり「うん。」
凛「それはさすがに変だと思うにゃ……。」
ことり「うん。」
ことりちゃんの目に迷いはなくって、質問をしている凛の方が逆に心が揺らぎそうになる。でも、こんなのっておかしい。だって、大事な友達なら顔を忘れてたとしてもすぐに思い出すはずだし、そもそもことりちゃんは頭が良いからそんなに簡単に友達のことを忘れたりなんかしないはず。
そのはずなのに、胸騒ぎが止まらない。ことりちゃんの言ってることが正しいなら、にこちゃん達が言っていたことは一体?
花陽「とりあえず、ほのかちゃんのことについてはみんなで話し合った通りにしよう?私たちだけで勝手に動いたら、もしかしたらみんなの迷惑になっちゃうかもしれないし。」
凛「そ、そうだね。」
ことり「うん。」
部室を後にした凛たちは、いつもの通学路を歩いて帰る。真姫ちゃんのいない帰り道だ。
凛「こうして二人だけで帰るのは久しぶりだにゃ。」
花陽「言われてみたらそうだね。三人の誰かが遅くなったら、その子が帰れるまでずっと待ってたもんね。」
凛「真姫ちゃん、心配だよ。」
花陽「明日こそ、会えるといいね。」
真姫ちゃんがいたら、きっと心配しすぎと小突かれそうってわかってはいるけど、昨日の様子を考えると心配せざるを得ない。
凛「ほのかちゃんって子、凛たちに何か嫌なことでもされたのかな。」
花陽「え?」
凛「だって、そうじゃなきゃこんなに困ったことなんてしないよ、普通なら……。」
花陽「うん、そうかもね。」
かよちんも優しい。ことりちゃんとは違って、反対することで誰かを傷つけるようなことはしたくないって思ってる。その優しさに凛は助けられて来たし、そんななんでも受け止めてくれるかよちんのことが凛は大好き。でも、それが本当に心配になる。かよちんは嫌なことはもっと強く嫌だと言わなきゃいけないと思う。このままだと、きっとかよちんは、ほのかちゃんのことで傷つくことになるのが目に見えてる。だから、かよちんのことは何があっても守らないといけない。
花陽「でもね、ちょっと信じてみたいって思ってる自分もいるんだ。」
凛「え。」
花陽「ほのかちゃんは私たちの大切な仲間だったって。何か事情があってこんなことになってるんじゃないかって、そう思ってるよ。」
凛の考え方は間違っているのかもしれないと何度も心が揺れる。本当は凛もほのかちゃんのことを信じてみたい。凛が話しかけやすいって思ったんだから、本当は悪い子じゃないんだってわかる。でも、にこちゃんの話を信じるなら、ほのかちゃんには関わっちゃ絶対にダメなんだよ。
凛「さっきかよちんが言ってたよね?にこちゃんたちの話通りにしようって。」
花陽「うん、だから私からは何もできないかな。」
凛「なら!」
花陽「でも、真姫ちゃんから何か話を聞ければ、何か思い出すかも。」
凛「かよちん……。」
花陽「で、でも、凛ちゃんには迷惑をかけないようにするねっ。」
かよちんの信念は固かった。これは凛が何を言っても、かよちんの意思が揺らぐことはなさそう。凛はこれ以上突っ込んだ話をするのはやめにした。かよちんはμ’sに入ってから大きく変わったなあと、しみじみと感じてしまった。その変わり方はこの季節の夕方の空と同じくらい急なもので、凛にとっては少しさみしいと思っちゃうくらいなもので……。
花陽「じゃあ、また明日ね。」
凛「あ、うん!またね〜。」
こうしていつもの道で分かれる時も、その先がどんどんと離れてしまっている感覚になって少し怖くなる。かよちんの力になりたいと思って一緒にいたのに、今ではすっかり立場が逆になっちゃったかも。
凛「だから、今回の件は……。」
かよちんに何かあったら、凛が必ず守る。
それに、凛には守りたい大切な友だちがたくさんできた。だから、揺らぎそうな気持ちは捨てて、かよちんを見習うことにした。
凛は『みんな』のことを守るよ。絶対に。