今日は学校に行かないで穂乃果を探すことにした。まず穂乃果がいないと説明のしようがないと思った私は、みんなに会うよりも先に穂乃果を見つけ出さないといけないと考えを変えた。このことがパパにバレるのはまずいから制服にだけ着替えて、学校には向かわずに秋葉原や神田の周りを歩きながら一日を過ごした。穂乃果のいそうなところ、UTXの液晶前、アイドルショップ、パン屋さん、ゲームセンターもくまなく見てあるいた。当然、穂乃果の家も見に行ったけど、想定通り、お家の人はみんな穂乃果のことを覚えている様子はなかった。その現実があまりにも辛く感じて、思わず飛び出して来てしまうほどだったくらい。
そのまま無情にも時間だけが経過していって、辺りはすっかり電灯がつくような明るさになってしまった。穂乃果はどこで何をしているんだろう。まさか、もう……。考えるのはやめましょ。もしそうなっていたらニュースくらいにはなっているはずだから。
手元のスマホからは、みんなから心配されている様子が伝わってくる。申し訳ない気持ちにはなるけど、それよりも穂乃果のことを心配してあげてほしいと心の底から叫びたくなる。今の私たちがあるのは穂乃果のお陰なんだと、みんなに訴えたい。でも、そんな思いとは裏腹に、SNSのトークチャット経由でにこちゃんから衝撃的な文面が送られてきた。
にこ『マキが言ってた子ってほのかって名前でしょ』
最初の一行は、私にとっての救いの糸だと感じた。でも、次の文章からその期待は地に叩きつけられた。
にこ『あの子とは関わらないようにして』
にこ『みんなと話し合って決めたことだから、マキも約束を守ってよ』
言っている意味がわからなかった。にこちゃんは穂乃果のことを思い出したのか。でも、そうだとしたらこんな文章を送りつけてくる了見がわからない。なら、なぜ穂乃果の名前が急に挙がることになったのか。刹那、私の中に激しい後悔が生まれた。
真姫「今日、学校に来てたってこと?」
まさに灯台元暗し。探し歩く必要なんてなかった。私は穂乃果が帰ってくるのを待っていれば良かった。
真姫「なにしてるのよ、私。」
しかし、まだわからないことはある。どうして、こんな文章を送るほどに、にこちゃんは穂乃果のことを警戒しているのか。何かあったのだろうけど、想像がつかなくてため息をついた。こうなったら、電話で直接聞くしかない。
にこ『……で、何してたのよ?』
真姫「ちょっとした用事よ。」
にこ『ちょっとしたことで学校をお休みできるなんて、さすがマッキー、ってところ?』
真姫「喧嘩を売ってるの?」
にこ『冗談よ……。』
あんな文章を送ってきたにしては、いつもと同じくらいの声色をしていた。
にこ『電話してくるなんて珍しいけど、何かあったの?』
真姫「穂乃果のことを聞きたくて。」
穂乃果の名前を聞いて、電話越しでにこちゃんの空気が変わったのを感じた。
にこ『聞くも何も、あのままの通りよ。それ以上何も言うことはないわ。』
真姫「それじゃあ納得しないわ!」
にこ『納得できなくても、μ’sのためには守ってもらうわよ。』
真姫「こんな一方的なこと受け止めるわけないでしょ。」
にこ『真姫のためでもあるのよ。』
真姫「イミワカンナイ。」
にこ『ほのかと一緒にいた希が練習中に倒れたのよ。』
希が倒れたと言う事実が私の胸に突き刺さる。穂乃果と直接関係があるかどうかは別として、私がいない間にそんなことが起きてしまっていたことに愕然とする。情報量の多さに軽く目眩をさせながらも、情報を整理させて少しずつ状況を呑み込んでいった。
真姫「なるほどね。にこちゃんらしいやり方だわ。」
にこ『言っておくけど、今回はちゃんと聞いてもらうわよ。』
真姫「断ったら?」
電話越しににこちゃんが息を呑んだのが聞こえた。そんな反抗的な答えが返ってくると予想していなかったのだろう。私の想像の中では、にこちゃんの顔が赤くなっているであろうと考えていた。
にこ『そのときは、ソイツと勝手に仲良くしてなさいよ。その代わり、私たちには二度と関わるんじゃないわよ。』
素っ気ない声に拍子抜けした。いや違う。これは度肝を抜かれた方が正しい。
端的に言えば、私には思い入れがないと言われたようなものだった。
悔しい。悲しい。色々な感情が渦巻く中、自分でも嫌になるくらいのプライドの高さが、最後の亀裂を生み出してしまった。
真姫「そう。なら、バイバイ。にこちゃん。」
にこ『ちょっ』
私は通話を切った。一方的に、きっと静止しようとしていたにこちゃんの声を無視してまで……。
真姫「最低よ。私も、にこちゃんも。そして……。」
穂乃果、見つけたらすぐにお説教よ、本当に。
その後、暗くなった街中を彷徨うように歩き続けて、穂乃果の行方を探し続けた。今となっては、メンバーとしてではなく、一人の友だちとして探している。にこちゃんの非情な選択肢のせいで、私の中で決心がついた。そんな決心を尻目に、時間は刻々と過ぎていく。その現実が冷たい空気も相まって、虚しさを訴えかけてきている。
学校の付近も歩き終わって、スマートフォンの液晶に映った二十時の文字に心が折れかけていたその時だった。
秋葉原の少し外れにある小さな公園に見慣れた背中があったのが見えた。それは私が切望していた探し人、そのものだった。
真姫「穂乃果。」
穂乃果「……まき、ちゃん?」
ちょこんと座っている穂乃果は、まるで幽霊が見えてしまったかのような反応をして私を見ていた。
真姫「ようやっと、見つけたわ。」
穂乃果「わかるの?私のこと。」
真姫「その言葉からして、こんなことになっているのはやっぱり穂乃果のせいなのね。」
穂乃果「えっ。」
ドキッとした表情が答えを自白している。穂乃果は嘘をつけないってことくらいわかる。そんなまっすぐな彼女に、私は心を動かされてきたんだから。
真姫「誤魔化したって、バレバレよ。」
穂乃果「きゅ、急に、そんな……。」
真姫「穂乃果、もう平気よ。」
穂乃果「な、何が?」
真姫「もう、ひとりじゃないわ。」
私の一言で、彼女の造られたよそよそしさは消えた。そして、そこに残ったのは、あまりにも痛ましい悲痛の表情だった。痩せた頰、くすみがかった瞳とその下瞼にできている隈、何もかもがあの元気印だった少女とかけ離れているものだった。
真姫「無理、しすぎよ。」
穂乃果「だって、だってえ……。うあぁぁ。」
真姫「まったく……。」
私が頭を撫でてあげると、穂乃果は嗚咽を漏らして泣き始めた。そこそこの大通りに面している公園だったこともあって、通りすがりの人にはギョッとされているのは感じたけど、今は穂乃果のことしか頭に入ってこなかった。
真姫「今までどこにいたのよ。」
穂乃果「希ちゃんの家……。」
真姫「希の家って、まさか。」
穂乃果「それがね、希ちゃんは、私のことを思い出したわけではないみたい。」
真姫「なるほど……。」
それでにこちゃんは、希の体調不良を穂乃果のせいにしているわけね。合点が行ったけど、あまりにも理不尽な話。確証があるならまだしも、にこちゃんの言うことはきっと思いつきの域を脱してはいないことだ。
真姫「それで、どうしてこんな所にいるのよ。もう出歩くような時間じゃないし。」
一瞬迷うような素振りを見せた後に、気まずそうに穂乃果は口を開けた。
穂乃果「出てきたの。」
真姫「え?」
穂乃果「絵里ちゃんに、希ちゃんを傷つけたのは私かもしれないって言われて、本当にそうだとしたら、すぐにここから出なきゃって思って。」
そして、思い立ったらすぐに行動、が悪い方向に進んだ最たる例になってしまったワケね。まったく。
真姫「どうしてこんなことになっているのか、話してくれる?」
穂乃果「それは、七不思議だった学校の屋上の……」
真姫「……何となくわかったわ。」
そこまでの穂乃果の話だけで、想像通りの事態だから理解できた。前言撤回。最たる例はこっちの方ね。
真姫「穂乃果。」
穂乃果「うん。」
真姫「何でも一人で考えすぎない。」
穂乃果「でも、私はみんなに笑っていて欲しくて、こんなやり方しか思いつかなくて。って、いったぁい……。」
話している穂乃果のおでこに軽くチョップを入れる。何でも背負いすぎる。ことりの留学騒動のときに痛い目にあったんじゃなかったの、と思わずツッコミたくなるような話に心半ば呆れた。
真姫「私は笑ってない、むしろ怒ってる。」
穂乃果「え、あぁっと……、ごめんなさい。」
萎れるようにシュンとなっている穂乃果を見て、ハアッとため息をつきながらも私はハッキリと目を見て伝えた。
真姫「諦めないで進む勇気、穂乃果から貰ったものよ。」
穂乃果「諦めない勇気……。」
真姫「こんなことになっているけど、みんなが穂乃果のことを思い出す方法もあるはず。だから全部投げ出したらダメでしょ?」
穂乃果「そ、そっか、思い出す可能性もあるんだよね。」
私の一言で、穂乃果の顔色はみるみると元どおりになっていった。穂乃果の顔は夏の天気のようで、本当にコロコロと変わる。
穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん。」
真姫「べ、別に、感謝されることなんてしてないわよ。」
穂乃果「ううん、ううん。私、真姫ちゃんが覚えてくれていなかったら、途方に暮れていたと思うんだ。だから、ありがとう。」
満面の笑みでそう話す彼女の顔は、昨日のみんなの笑顔とは違った温もりを感じた。あの辛い状況を乗り越えた先にある共有がある笑顔だからに違いない。久しぶりに穂乃果の笑顔を見れて、ようやく肩の荷が下りた気がした。ただ、あまりにも眩しすぎて恥ずかしいと感じてしまった私は、顔を逸らして話し続けた。
真姫「しばらくは私の家にいて。」
穂乃果「いいの?」
真姫「だって家にも帰れないんじゃ、このままここで野宿することになるわよ。」
穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん大好き!」
真姫「ちょっ、すぐに抱きつかないでっ!」
寒い中ずっと話しているのも体力的に限界だったから自分の家に来るように提案した。しばらくは私の部屋にいてもらえば、パパとママに見つかって問題になったりもしないはず。そうすれば、穂乃果が他のメンバーに傷つけられることもないし、こちらから動きやすくもなる。
真姫「それじゃ、行きましょ。」
穂乃果「うん。」
穂乃果の後ろからニコニコしながら歩いている姿からは先輩としての尊厳が皆無に等しいけど、それでも私にとっては大切な先輩で、誇らしい仲間。だからこそ、彼女を守らなくてはならない。今まで感じなかった脆くて繊細な今の彼女を触れることは、産まれたばかりの赤ちゃんに触れることより難しいものだと感じた。
ママやパパに見つからないように穂乃果を家に招き入れ、タイミングをずらしてお風呂や夕食を済まさせることが出来た。一々家の作りに驚いていたから、ボロが出ないか不安だったけど、以外と何とかなって安心している。
穂乃果「色々とありがとう。」
真姫「お礼より、今後どうしていくかを話し合いましょう。」
穂乃果「どうしていくか、かあ。」
真姫「一刻も早くみんなに思い出してもらわないとよね。」
穂乃果「それはそうなんだけど……。」
穂乃果の顔が曇ってしまった。きっと希のことを気にしているんだろう。でも、ここでグズグズしていたら、みんなの穂乃果への決心が固くなってしまう。そうなる前に、少しでも早く多くのメンバーに思い出してもらって、こちらの仲間につけるしかない。
真姫「心配なのはわかるけど、こうなった以上は開き直るしかないわよ。」
穂乃果「でもそれでみんなに迷惑かけちゃうようじゃ……。」
真姫「今更よ。そんなのみんな慣れてるわ。」
穂乃果の顔が剝れる。こうして表情をコロコロと変えるのがここまで瞬時だと、微笑ましさを通り越して気の毒にまで感じる。このレベルだと嘘なんて絶対につけないわ。
真姫「そうね、穂乃果が動き回ると大変なことになりかねないから、明日はここで待ってて。」
穂乃果「他意はあったりする?」
真姫「ないわよ。確実に進めたほうが利口でしょ?」
穂乃果「それは、そうだね。」
穂乃果は腑に落ちないような様子だけど、こうも嘘をつけないのでは、当然ボロを出し続ける。そうなると、余計に面倒なことになりそうだし、穂乃果には我慢してもらうしかない。となると、私が積極的に動くしかない。明日、学校に行って誰かを連れてきて会話させてみれば、何かわかることもあるはず。
真姫「急に思い出させるような特効薬もないし、私たちができることとすれば直接的にみんなを穂乃果と接触させるしか方法がないと思うわ。」
穂乃果「うん。」
真姫「明日になったら誰かを連れてくるから、その心算はしておいて。」
穂乃果「わかった。」
ベッドに入った後も思考が頭の中をグルグルと駆け回っていた。不安は挙げればいくらでもあるからだ。まず、にこちゃんにあんな態度を取ってしまった建前、部に参加することは難しい。となると、みんなと接触するのがまず難しい。凛と花陽は同じ教室だし、性格的にも穂乃果のことを無下にするとは思えない。ただ、その先の上級生組をどう説得して連れて来ればいいのだろう。それに、にこちゃんの息がかかっている可能性だってある。穂乃果との記憶がない以上、ここは私との信頼とにこちゃんへの信頼との勝負になってくるだろう。正直、これだけのことを私だけでやれる気がしない。でも、たった数日であそこまで弱り切ってしまった穂乃果を、これ以上放っておくわけにはいかない。
穂乃果『だって、だってえ……。うあぁぁ。』
一人ぼっちの先にある穂乃果の末路を想像してやめた。震えが止まらない。心を落ち着かせるために、隣でスヤスヤと眠る穂乃果の髪を撫でる。
彼女と私の純な願い、みんなとまた一緒に歌を歌うこと。それを叶えるためには、ここは頑張らないと、よね。
明日、必ず凛か花陽を連れてくるということを心に誓って、目を閉じることにした。