譲らないヒトミ(小泉花陽 Part1)
私は物心ついたときからアイドルが大好きで、アイドルだったお母さんの真似をよくしていました。キラキラしたステージで笑顔を見せてくれる彼女たちは、内気な私のことをずっと応援してくれていて、いつか自分もそんな勇気を分けてあげられるようになりたいと心の底から思っていたんです。
そう思い続けて10年以上が経ってしまい、高校生になった私はアイドルになるどころか、内気な性格のまま変わろうとしていませんでした。アイドルになるためにはそのための努力をしなければならないことはわかっていたけど、いつまでも勇気が出なかったせいでアイドルの世界とは無縁になってしまっていました。でも、変に期待をして夢を追いかけるよりも、学校で友達と一緒に過ごして、好きなものは影から応援しているほうが私には向いているのだと諦めはついていたんです。その矢先でした。
『μ’s 初ライブのお知らせ』
自分の通っている学校にもスクールアイドルがいたことに驚いたのと、この目で見て見たいという欲求に駆られてしまった私は、友達の凛ちゃんとの約束を断ってライブを見に行くと、海未ちゃんとことりちゃんに約束してしまいました。でも、この一歩があったから今の自分につながっていると考えると、勇気を出すことの大切さ、自分を信じてあげることで道が開けるということを学びました。そんなキッカケを作ってくれた二人の先輩には感謝しているし、最後に背中を押してくれた凛ちゃんと真姫ちゃんは大切なお友達だと思っています。そして、ダメダメな私がここまで成長できたのは三年生の3人がいたからです。三人が優しく、時に厳しく私に色々と教えてくれていたから、少しはアイドルっぽくなれていると思うんです。
でも、何か足りない。もう一つ大事なキラキラとしたピースが足りないと予感がしているんです。身近にいた憧れの煌めき、吸い寄せられるような……そんな光。その可能性が、ほのかちゃんからは感じられました。いつも冷静な真姫ちゃんが私たちに必死に訴えかけていた、それくらいだから、きっと私たちに欠かせない存在だったに違いないんだと、そう思ってる。
真姫「おはよう。」
花陽「あ、真姫ちゃん!?」
昨日、お休みしていた真姫ちゃんが、いつもの待ち合わせ場所にいつものように待っていました。
真姫「昨日は休んでごめん。」
花陽「それは大丈夫だよ。もう、良くなったの?」
真姫「まあ……。」
歯切れの悪い返答に少し不安になりました。
花陽「困っていることがあるなら、私にも相談してほしいな。」
真姫ちゃんは頑張り屋さんだから、なんでも一人でやろうとします。でも、私でも支えてあげられることがあるのなら、頼って欲しいという気持ちはこんな私にもあるんです。
真姫「そう、ね。私の味方になってくれるって、約束してくれる?」
少し間を使ってから、真姫ちゃんらしからぬお願いをされました。急な約束に驚きましたが、どこかに感じる真姫ちゃんの孤独さを伝えてきて、これは「ほのかちゃん」についてのことなんだとわかりました。
花陽「それは……。」
真姫「やっぱり、にこちゃんの味方なの?」
真姫ちゃんは昨日のコトを知っていたようで、その上で私に質問していたみたいでした。
凛「あっ、真姫ちゃん!」
真姫「っ!」
凛「よかったにゃ!今日はもう大丈夫なんだね!」
真姫「あ、朝からうるさいわよ。」
凛「元気なのが凛の取り柄だからね。」
真姫「何で誇らしげなのよ……。」
凛ちゃんの登場で話が打ち切られて、そのまま学校に向かって歩くことになりました。真姫ちゃんには申し訳ないけど、凛ちゃんが来てくれたタイミングが絶妙で、内心はホッとしました。ただ、登校中にふと見せた真姫ちゃんの悔しそうな顔がとても心に刺さって、午前中は授業の内容が頭に入りませんでした。
その日のお昼休みのことです。
真姫「花陽、ちょっといい?」
花陽「うん。凛ちゃんに断ってくるね。」
真姫「大丈夫よ。すぐ終わる話だから。」
そのまま話に流されるように真姫ちゃんに廊下へ連れ出されました。
花陽「朝の話の続き?」
真姫「それも含めて、練習が終わったら話したいことがあるから私の家に来て。」
花陽「ここでは話せないことなんだね?」
私の質問に首を縦に振る真姫ちゃん。何だか怖い取引をしているみたいだったけど、ほのかちゃんの謎に迫れるチャンスだと考えると、一歩前に踏み出そうと思えました。
花陽「うん。一緒に真姫ちゃんの家に行けばいいんだよね?」
真姫「私は、今日も練習をお休みするから、練習が終わり次第家に来て。」
にこちゃんと会いたくないからか、練習は今日もお休みするつもりのようです。
花陽「みんな、心配してるよ?」
真姫「作曲のために籠ってるって、他のみんなには伝えて。」
花陽「まきちゃん……。」
用件が終わったと言わんばかりに真姫ちゃんは教室に戻ってしまいました。ここまで真姫ちゃんが固執してしまう「ほのかちゃん」の影響力に若干戸惑いましたが、初めて見たときに感じた魅力は確かに忘れられないものがありました。それがあの子の魅力なだけではなくて、大切な絆があったからなのだとしたら、それはきっと見て見ぬ振りをするべきじゃないと思います。
凛「かよちん?どうかした?」
花陽「ぴゃぁ!?」
凛「久しぶりにそんな声を聞いたにゃ。」
花陽「考え事をしてたから、びっくりしちゃった。」
とりあえず、話をしてみようと思いました。何か前進することがあれば、それは悪いことじゃないはずだから。
凛「……。」
宣言通り、真姫ちゃんは今日も部活には来なくて、希ちゃんも昨日のことがあったので大事をとってお休みしました。二人がいなくなるだけで少し空気が重く感じてしまいます。何処と無くにこちゃんと絵里ちゃんの機嫌が悪いことも影響している気がするけど……。
練習後、凛ちゃんには用事があることを伝えてまきちゃんの家に向かうことにしました。凛ちゃんがなにも言って来なかったから、真姫ちゃんは私とだけ合わせるつもりみたい。誰かと仲良くさせることが目的なら凛ちゃんの方が適役な気がしたけど、今の部の雰囲気を感じ取って私を選んだのかも。
真姫「来てくれたのね。」
花陽「うん。」
真姫「……上がって。」
真姫ちゃんは周りをキョロキョロと見渡してから、私を家の中に招いてくれました。そこまでするほど、にこちゃん達との確執は深まっていることを考えると、凛ちゃんにも少し罪悪感を覚えます。でも、真姫ちゃんも大切な友達だし、もしかしたらほのかちゃんもそうかもしれない。それなら、その絆も無下にはしたくない。
改めて、何度来ても立派さに圧倒されてしまう真姫ちゃんのお家ですが、今日は真姫ちゃんのお部屋に行くまでがさらに長く感じました。特に言葉を交わさずに部屋の前まで来ると、真姫ちゃんがこちらに振り向いてから「花陽のこと、信じてるから。」と一言だけ言って、ドアを開けました。
ほのか「花陽ちゃん。」
中にはやはりと言うか、想像通りで逆に驚いてしまうけど、ほのかちゃんが座って待っていました。
真姫「お茶、淹れて来るわ。」
私が部屋の中に入ると、真姫ちゃんはそう言って外に出てしまいました。口下手な私からは到底話しかけられるはずもなく、ほのかちゃんも私の顔を見つめながら、少し切なげな表情を見せるだけでした。しばらくしてお茶を持って帰ってきた真姫ちゃんが、まるで電車の中のようになっている無言な空間に驚いたのか目を丸くさせました。
真姫「ほのか、一言も話しかけてないの?」
ほのか「う、うん。」
ハァと短い溜息をこぼした真姫ちゃんは、私の背中を押しながら「花陽は思い出してくれる。」と話しました。ほのかちゃんは困ったようにしていましたが、顔を叩いてから私に話しかけてくれました。
ほのか「覚えてるかな?一緒のユニットを組んで歌ってたこと?」
花陽「ユニットってprintempsのことですか?」
真姫「そうよ。」
花陽「でも確か、ことりちゃんとのデュオユニットだよ?」
真姫「あなたたちだけ二人なんておかしいでしょ。普通に考えれば二人組を四つ作るわよ。」
花陽「それは……。」
真姫「他にも、この世界にはいくつも矛盾があるはずよ。」
花陽「ええと、ええと……。」
自分の頭の隅まで探しても、矛盾と言えるほどのものはなくて、こちらを見ているほのかちゃんの視線に耐えられませんでした。
花陽「ごめんなさい。」
真姫「そう。」
ほのか「大丈夫だよ、覚えていないのはしょうがないから。」
今の言葉には違和感を感じました。しょうがないってことは、ほのかちゃんはこの状況が生まれた理由を知っていることになります。
花陽「しょうがない、って?」
ほのか「え?」
花陽「私がほのかちゃんのことを覚えていないのに、怒らないどころか、しょうがないって言ってたから。それに、希ちゃんと来た時は初めて来たかのように話していましたよね?」
私の質問で、ほのかちゃんが急に焦り始めました。真姫ちゃんの方を見て「どうしよお!」って言っているような気がします。その様子を真姫ちゃんも察したのか、少し考えた後に、今までのことをちゃんと話すべきだとほのかちゃんを諭しました。
花陽「……本当なんですか?」
ほのかちゃんの話は私の想像していたようなこととは遥かに違っていました。現実的ではないし、嘘の可能性だってあります。でも、もし本当だったとしたら、これはとても悲しい出来事です。
真姫「私が証人よ。前の世界の記憶が残っているのは、ほのかと私だけのようね。」
花陽「そんな……。」
辛い。悲しい。その二つの言葉が、埋め尽くされていたような話でした。私がほのかちゃんの立場だったら、きっと目を逸らして逃げてしまっていた。
ほのか「でも、そんな世界も変えられた。またラブライブに向けて頑張れる世界になったんだよ。」
ほのかちゃんの言葉の後に真姫ちゃんと目が合う。これは、お互いにほのかちゃんの言葉について、あまりにも痛痛しいと感じているといったアイコンタクトだったと思います。
真姫「それで、あなたはどうなるの?」
ほのか「わからない。」
花陽「わからないの!?」
ほのか「でもね、この世界が辛いなって思ったらリセットできるんだ。」
真姫「え?」
真姫ちゃんも初耳な話だったのか、とても驚いていました。
ほのか「この世界に来る前にある女の人が言ってたんだ。助けてあげるって。」
ほのかちゃんの懐かしむような目線の先には、きっとその女性が映っているんだと思います。名前を話さないってことは秘密なんだろうけど……。
花陽「その人って今はどこにいるの?」
真姫「そうよ。早く探し出して、このへんてこな世界を変えるべきね。」
ほのか「でも、ミューズはこの世界では本線に進める。全国大会に出られるんだよ。それにことりちゃんだって怪我をしてない。なら!」
真姫ちゃんが勢いよく立ってほのかちゃんの肩を押さえました。
真姫「自分が幸せになるために世界を捻じ曲げたのなら私は何も言わない。でも、他人の幸せを偽るために自分を犠牲にして世界を変えるなんて間違った話だわ。」
真姫ちゃんの顔は本気でした。私は何も言えません。言う権利すらないんです。なぜなら、ほのかちゃんのことを覚えていないから。もし少しでも覚えていたのなら、私も真姫ちゃんと一緒になってほのかちゃんのために動いていたのかな……。
ほのか「ねえ、花陽ちゃん。」
花陽「ひゃい。」
急に話しかけられたせいで、驚いて変な声が出ちゃいました。
ほのか「今、幸せ?」
優しい笑顔でそう問いかけてきたほのかちゃんには、太陽のような暖かさがありました。
花陽「うん。」
私の答えに満足したのか、ほのかちゃんは満面の笑みで「だって。」と、真姫ちゃんに言いました。
真姫「それは……私だって、あの世界よりは幸せって感じた。だけど」
ほのか「だから、もう少し頑張るよ。頑張って、みんなに思い出してもらって、それで私もラブライブに出る!花陽ちゃんの返事を聞いたら、そう思えた。」
憧れを語っているほのかちゃんの瞳からは、譲らないぞって気持ちが伝わってきました。そんなキラキラとした笑顔には、私だけじゃなくて真姫ちゃんも否定する気持ちが起きませんでした。そしてこの一連の流れの中で、ほのかちゃんのその笑顔を昔に何度も見たような気がしてきました。
真姫「相変わらず強引だけど、自分で決めたのならしょうがないわね。」
ほのか「ごめんね。」
真姫「まったく、面倒だってことは忘れないでよ?」
ほのか「はーい。」
さっきの辛い話から流れていたさみしい空気が嘘みたいに明るくなった瞬間でした。段々と気が遠くなっていく感覚が急に襲ってきて、急に目を開けられなくなりました。貧血に近いけど、頭に熱を持っていて視界が段々狭まってきている感じがします。
ほのか「花陽ちゃん!?」
真姫「花陽!?」
二人の声が聞こえたのを境に、私は気を失ってしまいました。最後に狭まって行く視線の中、なぜか部屋の中に入ってきていた凛ちゃん、にこちゃん、絵里ちゃんの姿が見えた気がしました。