Ex/project diary 作:カリン
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「推しじゃなくて良かった、ってさ」
「はぁ」
「凄い言葉だと思わない? テレビ見てて、どっかの国が災害に見舞われてて、"あぁ、自分じゃなくて良かったな"って思うのと同じ。他人の不幸に安心する。他人の不幸に安堵する。凄いよね」
「人は興味がないものには興味がありませんからね。興味があるものしか大事にできません」
「興味がないマイナスのものにわざわざコメントをして、良かったなんてプラスの言葉を吐けるのが凄い」
「そこは此岸か彼岸かの違いですねぇ。言ってる人はマイナスの事柄だとさえ思っていませんし」
万人に全体を俯瞰できるようになれ、なんて言う方が無茶ですよ。
と。言う。言った。
その口で、さらに重ねる。
「全体を俯瞰できない人間が多いな、とは思いますけどね」
「まさか安堵が誰かを傷つけるとは欠片も思っていないんだろうね」
だってその人の中で、その人の世界は完結している。
周囲の発言アカウントは全てAIだとでも思っているのかもしれない。人工無脳。決められた言葉、決められた辞書から関連ワードを引き抜くだけの知能とは呼べぬbot。
よくもまぁ、普段から使っているアカウントでそういう発言をするものだ、と思う。
その"推しの配信者"と"失敗に見舞われた配信者"は同じグループにいるというのに。その仲の良さは周知の事実だというのに。
「命には優先順位がありますから。全員平等だったら全員無価値になってしまう。一番大事なものが無事であれば、他がどうなっても"良かった"と宣うのが人間ですよ」
「被災地の情報をニュースで見て、知人に電話をかけるのがどれほど迷惑か」
「迷惑をかけてまで安堵を得たいんですよ。一番大事なものは、自分の心ですからね」
そりゃごもっともで。
「ところで、ですね」
「なにかな」
「活動はどうですか。メンバーとの関係とか、良好ですか?」
「さぁ。相手がどう思っているか、なんて。ESPではないからね、わたしは」
「新曲があるんですけど、デュエットで作っちゃったんですよね」
「へぇ。それはまた、勝手だね」
「すみません」
普通は逆な気がするけど。
二人で歌いたいからデュエット曲を作ってもらう。あるいは、一曲をデュエットの構成にしてもらう。
それをなんと、デュエット曲にしたから歌う相手をもう一人連れてこい、とは。いやぁ、びつくりびつくり。
さて。
「なんて曲?」
「『隔理世』です」
「バーチャルってこと?」
「ええ。隔てた理の世界。同じメロディーラインで、繋がった歌詞で、片方には現実を、片方には空想を。そういう構成になっています」
「それをVユニットのメンバーとデュエットする、っていうのは中々挑戦的だね」
「なので、出来れば親しい方がいればなぁ、と」
歌詞データを貰う。相変わらず歌うのが少し難しい譜割。書いてある言葉の一つ一つをとっても難解で、しかしなるほど、情熱が込められている。この人なりのわたし達の解釈、と言ったところかな。
バランスの良い歌詞だ。空想と現実の両方を半々に。
曲が半々なら、あとは歌う人間次第で比率が変わる。技量でどちらかに覆ることだってあろう。それはなんだか、面白くはない。
「あとで仮歌送っておいてほしい」
「はい。相変わらずド下手ですが」
「いいよ。タイミングさえわかれば歌える」
一番、保身を考えていなそうなヒトがいいかな。
●
「それで、私なのね」
「うん。歌、自信あるでしょ?」
「ええ、あるけれど……どちらがどちらを歌うのかしら」
「わたしが空想で、そっちが現実」
「私もVtuberなのだけれど」
「でも好きでしょ、現実」
一瞬、ほんの一瞬だけ薄い目を──凍えるような眼を見せた後、はぁ、と息を吐いた。
「ええ、好きよ。大好き。貴女と同じくらい、好き」
「それは相当好きだね」
「そうじゃなきゃ毎日喧嘩なんてしないわ」
心地の良い皮肉。
さぁ、拳を突き合わせて喧嘩をしよう。それが歌を歌うということであるのだから。
「『隔理世』」
「そう」
「元の字は幽世な辺り、随分と皮肉が効いているわ」
「体は無いからね。魂だけの存在だ」
「年齢が変わらない世界、とも取れるわ。永久に変わらない世界。正にバーチャルの世界ね」
「何か思う所でもある?」
「私とは解釈不一致、というだけよ」
「拒否権はあるよ」
「いいえ。歌に込めるわ。勝手にね」
「正解」
やっぱり、保身を選ばないヒトを選んで良かった。
保身とは身の危険から自らを守る事だけでなく、自らの意見と一致しないものを自らが扱う勇気をも指す言葉だ。無視をするか、封じ込めるか。それらが保身と呼ばれ難いのは、自衛というもっと便利な言葉が近くに存在しているから。
人は言葉では変わらない。変われない。
自らの想い。自らの気付きだけが、人を変えていく。
逆手に取るならば、納得をせずに変化を遂げる事が、気付きや想いを引き起こす可能性もある。
「一つだけ、質問があるわ」
「わたしなんて居ないからね」
「……そう。そうやって質問の先取りをするところ、心から好きだわ。一生直さないで欲しい」
「そっちに現実を押し付けたんだから、こっちに何を質問してくるか、なんてわかりきっていることだもん」
「わかっていても待つのが処世術よ」
「炎上大歓迎のVtuberに処世術を説かれるとは思ってもみなかったよ」
「別に歓迎はしていないわ。それにこれは配信に関係ない、人としての処世術よ」
「参考にするよ。私に向かう愛の重さくらい、参考にする」
「それじゃあ、私は反面教師になるわね」
ゼロを振り切っているのか。それは知らなかった。
ラブラブカップルじゃないか。愛憎反転。開始時がどっちであったか、など。
「とりあえず一度歌ってみましょう。個人練習は後からやるとして」
「合わせて、齟齬を出すか」
「ええ、熱がある内に叩くのが鉄則よ」
「鉄だけに?」
「100点の回答ね。一切面白くない事を無視するなら」
そりゃ光栄なことで。
……わたしとしては、洒落を採点出来るような知識がある事にびっくりだけどね。
●
「良い曲だね……。アップテンポなのに、胸が締め付けられる。理解できないものに対する怒りとか悲しみとか、そういう"苦しい!"っていう感情が直で流れ込んでくる感じ」
「リーダー」
「完成してから聞いてほしかったところだけど」
「あ、ごめんね? スタジオに来たら珍しい組み合わせがレコーディングルームに入ってるからさ、ちょっと……覗きたくなって」
「ストレートね。そういう所、尊敬するわ。あぁ、これは皮肉ではなくて……本当に、凄いと思っているのよ」
「皮肉だなんて思わないよ。そういうの、目をみればわかるようになってきたんだ。まだまだみんなと過ごした時間は浅いけど、少しずつ、わかってきた」
「目、ねぇ」
レコ室の鏡に映った自分を見る。
さて。はて。
「そ、そういえばリーダー、学業の方はどうなのかしら? 確かテストがあったとか……」
「あ、褒められ慣れてないから話を逸らしたね」
「少しは黙れないのかしら」
「唇が軽いもので」
「こら! 喧嘩しないの!」
へーい。
「それで、テストだっけ? うん、問題なかった、って感じかな。良くも無く悪くも無く……あ、そうだ。二人とも大学生だったよね?」
「ええ、そうよ」
「そうだけど……面倒な予感がするなぁ」
「レコーディングの後でいいからさ、ちょっと勉強を教えてくれないかな」
「ヤだ」
「いいわよ」
一瞬、目線が絡まる。
侮蔑。嘲笑。呆れ。そのどれでもなく、ただの疑問。何故? と言ったように。
「高校生のメンバーが勉強で困っていて、それを教えるのに何を断る事があるのかしら」
「一人いれば十分じゃん。わたしはいらない」
「貴女は文系。私は理系。どちらもカバーできるよう、二人体制で見てあげる事におかしなことがある?」
「理系って言っても文系科目だって取ってるクセに。声楽以外のほぼすべてがわたしの上位互換なんだから、お勉強は勝手にやってて欲しいよね」
「そこまで卑屈になる必要はないでしょう。確かに貴女しか出来ない、教えられない事は限りなく少ないけれど」
「はいはいストップストップー! もー、二人とも歌ってる時はカッコイイのに雑談になると必ず喧嘩するの直した方がいいよ……。今はまだ後輩君達*1に気付かれてないから良いけどさ、日常の行動がうっかり配信に乗っちゃう、なんてことがあるかもしれないし」
また、目線を合わせる。
このまま意見をぶつけ合う疲労とリーダーに叱られる事の面倒くささを天秤にかける。
それは簡単に傾いた。
「それは大丈夫。そこまで配信にわたしを乗せていないし」
「それは確かに、問題があるかもしれないわ。ごめんなさい、もう少し気を遣う──」
……。
ま、アイコンタクトなんかで通じ合えるなら、わたし達はもう少し仲が良くなっていただろう。
「……けど、リーダーがテストで赤点取ったら活動に支障が出るかもしれないし、わかったよ。そんなに力になれないけど、同卓するくらいならしてあげる」
「へぇ、歴史的快挙ね。随分簡単に折れたものだわ」
「こら! 煽らないの!」
「やーい怒られてやんのー」
「貴女、本当に、どこまでも子供ね。そろそろ成長でもしたらどう? みっともないわ、心から」
「これ以上喧嘩するなら二人がラブラブカップルみたいなことしなきゃいけない企画を立ててもらうから」
「それは勘弁」
「リーダーには人の心が無いのかしら」
企画者はどうせあの人になる。嬉々として企画を組むだろう。わたし達が死ぬほど恥ずかしくて嫌な思いをする系の企画を。したくもない百合営業をさせられるんだ。百合系コンテンツが伸びるのを知ってるから。
仕方ない。抑えるか。
「勉強教えてもらうのに脅しを使うことになるなんて思わなかったよ……」
「リーダーも年上組に染まってきたんじゃない? もっと年少組と触れ合った方が良いよ」
「それは同意するわ。もっとあの純粋な子達と触れ合う時間を増やすべきね」
「……やっぱり仲いいよね、二人」
「仲は良いよ。気に食わないだけで」
「ええ、喧嘩するほど仲が良いというでしょう。ドタバタではなくグサバタなだけよ」
「何の効果音なのかな……」
そりゃ
互いにナイフを持って喧嘩して、喧嘩するほど仲が良い、とは。潰れたトマトと崩れたゼリーだね。
「レコーディングはまぁ、後日でいいわ。さっきすり合わせは出来たのだし。あとは個人練習と、幾度かの合わせで問題ないでしょう」
「うん、ありがとう」
「言っておくけどわたしは高校数学でさえ怪しいからね。頼らないで。本気で」
「いいのいいの」
妙に嬉しそうに言う。
リーダーは。なんだろう、ニコニコと。
「えへへ、なんか嬉しいな。大学生のお姉さん達に勉強教えてもらう、って」
「なんかオタク君みたいなこと言うじゃん」
「そうじゃなくて、あ、でもそうでもあるのかな……? けど、私妹しかいなくて、ずっとお姉ちゃんが欲しいって思ってて……なんか、お姉ちゃんに勉強を見てもらう、みたいなの、憧れてて」
「だってさ」
「リーダーにとって、私は頼れる姉に見えるのかしら?」
「うん、凄く頼りになるな、って思ってる」
「それは光栄ね。ええ、本当に頼りになる、という所を見せてあげるわ。そこの頼りないのと違うって事を」
「やっぱり帰っていい?」
「いてくれるだけで癒し度が違うから! ……それにお姉ちゃんに囲まれてる感が……その」
顔を赤くして俯いて、もにょもにょと言葉にならない声を出すリーダー。
また、目線が絡む。
今回は通じ合った気がする。
「どこがわからないの? 丁寧に教えてあげるから、見せてみなさい」
「まぁ、リーダー頑張ってるからね。ご褒美ご褒美。居るだけでいいなら、それくらいはしてあげるよ」
うーん、やっぱりまだ高校生。
あどけないなぁ、と思う。なんか、小動物を前にした可愛さというか。
わたしの演技では決して作れないそれに、少しだけ羨ましさを覚えながら。
あぁ、この子がリーダーで良かったな、って。
なんでもない一日が過ぎていった。
まだ、いなくなっていない頃。