Ex/project diary   作:カリン

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Ex/project - Being Inseparable

「coverしたい曲がある?」

「うん。権利関係、お願いしたい」

「構わないが……珍しいな、最近はオリ曲ばかりだったのに。動画にして出したいという事でいいのかい?」

「んー、静止絵でもいいんだけど、動画に出来るならしたいかも」

「ふむ。了解した。それで、その曲、というのは?」

「歌詞が好きなんです」

 

 

 ●

 

 

 レコ室に入って、ヘッドフォンをして。

 マイクに向かう。息を吸う。吸ってはいて、吸う。

 

 ──見たことの無い、草の海を……。

 

 好きな曲だから。好きな歌詞だから。全部覚えている。覚えているから、歌える。

 歌はキレイだ。綺麗で、美しくて、わたしの、わたしが出せない感情を全部持って行ってくれる。

 

 ──君に出会うため?

 ──それともまだ見ない、誰かの瞳のため?

 

 わたしは歌が得意で、歌が得意で、歌が得意だ。

 それだけ。それ以外が苦手で、苦手なものが嫌いで。

 

 ──泣きたくなくて放ってあった、胸のささくれに

 ──今頃追いかけられて、息もつけなくて

 

 ──しがみついていた真実が、ボロボロに枯れて落ちるまで。

 

 感情を見るのは得意。感情を偽るのも得意。

 それ以外が苦手、なんて。その実、全てじゃない。

 

 ──現実だって夢だって、君を迷わせるだけだからさ

 

 少なくともここに集ったメンバーの誰一人として、和解しているかと問われたら、怪しい。みんな何か思う所がある。みんな何か、やりたい事がある。夢があって、目標がある。でも語る言葉が全てじゃないし、言葉すらをも紡いでいない事だってあるだろう。

 

 ──音楽の中にしか無い風景の向こうへ

 

 わたしもそうだ。わたしも、別に、ここじゃなくてもいい。

 ここである必要がなくて、ここじゃなくてよく、でも、ここで歌を歌っている。Vtuberとして活動して、もう一人の自分を作ってお話をする。

 

 ──音階の無い草笛に歌を見つけるために

 

 わたしは成れない。あれほど綺麗なものは、わたしでは作り出せない。あの時、あの青眼鏡の子に連れられて行ったライブの、あの光景は──わたしでは、絶対に辿り着けない場所にある。

 

 だから、わたしはわたしを演じて。

 

 ──広すぎて目がくらんでも、歌い過ぎて喉がかれても。

 

 行くことが出来るわたしを、創って。

 

 ──たとえ君が、いなくなっても。

 

 いつか。

 いつか。

 いつか。

 

 いつか、わたしが、あの空の向こうへ──空の零した夢へと、辿り着けるように。

 

 ──暗すぎて見えないだけさ。

 

 今はただ、歌を。

 

 

 ●

 

 

 レコーディング室から出ると、目を閉じてイヤホンに手を当てていた彼女と目が合った。

 

「や、良い曲だね。透明感と流水、いや、風かな。清々しい曲だ」

「そうですね。……良い曲なんですよ」

 

 この人とは意見があまり噛み合わないし、性格も合わない。作品の好みだってバラバラだ。けど、わたしが好きなものを好きだと言ってくれるのは嬉しいし、わたしの歌をちゃんと聞いてくれるのも……その、結構嬉しい。

 わたしと違って、出来る事が沢山ある。天才というには些か劣るけれど、努力と根回しの人だ。わたしには出来ない芸当で、メンバーへの愛情は誰よりも強い人。

 

「この間出していた『隔理世』もそうだが、随分と浮世だった……空想や夢といった題材を扱う歌が好きなようだね。何か思う所でもあるのかい?」

「バーチャルですから。まぁ、それだけじゃなく……わたしに夢をくれた女の子たちが、そういう人柄だったんですよ」

「夢をくれた?」

「一人は前にも話しましたから割愛しますけど、もう一人……見た目現実主義者の、喋ってみるとオタク全開の、悩み事真っ最中な高校生。でも、持っている夢は……凄く、美しいものでした。正直驚いたし、正直圧倒された。滅多にないですよ、わたしが圧倒される、なんて」

「だろうね」

「なんて夢を語られたと思いますか?」

「無限択の中から選ぶのは中々厳しいものがあるね」

「空に戻りたい、って。そう言ったんです。自分は空から落ちてきたから、空に帰りたいって」

「……」

 

 彼女はそれが荒唐無稽であることを自覚していたし、絶対に叶わない夢であることも分かっていた。

 それでも、捨てていない事に。

 それでも、捨てられない事に。

 

 わたしは。

 

「その時思いました。わたしの行きたい場所は、そこだって」

「空?」

「現実のその先へ。仮想(ユメ)のその先へ」

 

 先を目指したい。高みの先へ、遥か先へ。

 

 ──現実だって夢だって。

 

「なんだ、お前さん、そんなにロマンチストだったか」

「対話をしないと、仲良くなろうと思わないと。中々語りませんからね、こんなこと」

「私は仲良くしたいと思っているがね?」

「わたし側にその気がないので、ご遠慮いただければ」

 

 くつくつと笑うその姿に、やっぱり苦手だな、と思う。

 どうせこの人はわたしが拒絶する事をわかっていて、だから仲良くしたい、なんて言葉を吐いた。いや、仲良くしたいと思っているのは事実だろうけど、言ったら拒絶してくるのを面白がって言った、という方が正しいか。

 

 相当、面倒くさい手合い。

 

「『dream scape』」

「はい」

「動画はこっち任せでいいのかい?」

「任せます。信頼してますから」

「都合がいいねえ」

 

 また、笑って。

 彼女は、再度、笑った。

 

 

 ●

 

 

 わたしの所属するアイドルユニットは、学園の体を取っている。わたし達はその学園の生徒で、リスナーはこの春入学してきた新入生。だから後輩君と呼ばれる。中学生のメンバーがいるからその子達は先輩さんと呼んだりもしているようだけど、一応、ユニット全員で集まったときの呼称は後輩君だ。

 

 3Dモデルのステージも学校関係のものが多く、昔懐かしい体育館や教室、運動場なんかがあって、砂西さんや八尋さんの作った『なんか学校っぽい音楽』がメンバーの任意で流せる仕組みを作ってある。

 

 年上組は大学生+社会人であるため、学校の校舎というものはなんだか懐かしく、感慨深いものがある……と同時に、やっぱり、どこか、自分がいるということに違和感を覚えてしまうものだ。

 自らの3Dモデルが改造された制服を着用し、アンニュイな表情で肘をついて、黒板を眺めている……という様子が窓越しに映る。「ふぅ」と一息を吐いて、流し目で窓の方を見た。

 

「おはよう、後輩君」

 

 それは眼下。

 二階にある(という設定)のわたしの足元より低い場所に設置されたカメラの役割をする黒い箱に向かって放つ。現実にはそんなものないから、モニターを確認しながらあるという体で演技をして、さらにもう一息。

 

「今日も楽しい一日が始まるわ」

 

 ふぅ。

 

 

 ●

 

 

 と、こういう風に。

 Vtuberとしての活動の一環として、アニメーション……かどうかは怪しいけど、視聴者に向けた演劇を撮って動画に出している。動画を編集するのはわたしではないし、なんならわたしは演技をしているだけで他の作業を一切しないんだけど、いや手伝おうとすると座ってて邪魔だから! って怒られるから仕方ないことなんだけど、たまに忍びなくなる。忍びなくなる程度の良心があったことにびっくり。

 

 動画の内容は一応ストーリー仕立てになっていて、新入生として入学してきた後輩君とわたし達が交流していく、なんというか、ソウイウゲーム、みたいなテイストに作られているためか、結構恥ずかしいシーンが多い。

 ただあくまで後輩君は主観視点……つまりカメラでしかないので、壁ドンやら顎クイなんかをされても、目の前に黒い箱があることに笑ってしまわないようにするので精いっぱいで、年少組が良く言っている"甘酸っぱい気持ち"とやらには成り得ないのが少しばかりの難点だ。知らない感情は演技できないから。

 

「やぁ、後輩君。ふむ……あぁ、この服かい? ふふん、夏服使用だ。そそられたんじゃないかな?」

 

 VRのカメラというのは、別に現実のカメラにトラッカーがつけられているとかではなく、そういうオブジェクト? を動かして撮るもので、だから現場には基本演者しか入らない。

 こうして一人のシーンを撮っている時は本気でシュールで、なんというか……うん。わたし達、頑張ってるな、って感じられる。うん。

 

 わざと胸元を開けたり、パタパタ仰いだり。リップサービスが過ぎる。モデル側の衣装が冬から夏に変わったとてトラッキングスーツが変わるというわけではなく、だからその辺しっかりと把握しておかないと破綻が起きるのだが……流石は、と言ったところか。

 まるで本当に夏の制服を着ているかのような自然な動きで、演技ができている。

 

 あの人のことは苦手だけど、見習わなきゃならない部分がたくさんあるなぁ、と。

 

 ほとほと、感じた。

 

 

 ●

 

 

 ソウイウゲームっぽさを出していると、当然のことながら人気差というものは出てくる。わたしの演じるVtuberはメンバー内では2番目に人気で、前にも述べた通りセクハラも酷い。ただ「結婚してくれ」とか「ママ~」とかのコメントの中で、たまに「養ってあげたい」とか「お世話したい」とかがあるのは何なんだろうと思う。

 一応演じコンセプトとしては"頼りになるお姉さん"を作っているのだから、反応そのものとしてはセクハラともとれる前者の方が正しい。そんな、守ってあげたい対象ではないと思う。

 

 なぞだ。

 

「それはお前さんがポンコツだからだよ」

「はっきりいいますね」

「んー? 予定にない椅子からジャンプなんて危ない動きを突然しだして、案の定破綻を引き起こしたのはどこのどいつだったかな」

「ごめんなさい」

 

 素直でよろしい、と言われた。

 

「まったく……歌っている姿はあんなにも凛々しいのに、それ以外の時のお前さんは本当にポンコツだなぁ」

「身長限界を超えるとヘンな動きをしだすモデルが悪い。あんなの好奇心を抑えられるわけがない」

「まだ言うか」

「一回謝って許されたからいいかなって」

「誰も許していないね?」

「……ごめんなさい」

 

 素直でよろしい、とまた言われた。

 ……べーっだ。

 

「ま、モデルの不具合は修正しなけりゃならんところだったし、結果オーライさね」

「雨降って地固まる」

「故意に降らせたものを雨と呼ぶかどうかは疑問だがね」

「空から降ってくれば全て雨だよ」

「田んぼに降ってくるね?」

「雷だって、雨冠に……そう」

 

 わたしもよくやるとはいえ。

 この先取り、本当に……ううん。

 

 なんか自分の首を絞めることになりそう。

 

「撮影中、不用意な事はしないように」

「へーい」

「……次にやったら、お前さんにとってもっとも恥ずかしい企画を用意するから、そのつもりで」

 

 ……。

 

 ……。

 

「真面目にやろう」

 

 

 ●

 

 

 


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