本の虫   作:みかんのかわ

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1話

 私は、昔から人と接するのがどうも苦手でした。

 それは多対1とか1対1とか関係なく、どうも頭で考えたことを言葉にしようとすると動転しかけて。昔はそれが特に顕著で、小学校に入るまでは人と話した記憶というものがほとんどない。

 

 そんな私を支えてくれるものが読書だった。きっかけは叔父のくれた絵本。本屋で在庫になっていたというものを何冊もまとめて持ってきてくれたのだ。人一倍コミュニケーションの下手だった私は、叔父のくれた絵本を夢中になって読み、母の袖を引っ張って音読をさせたのだという。基本家で一人いた私は、朝から晩まで時間さえあれば読書に没頭したのだという。

 

 そうして、本に夢中になっている私のことを聞いた叔父は、自分の営む本屋に私を置いてくれるといった。初めて本屋に入った時のことは今でも覚えている。ドアを開いた瞬間、あたり一面に陳列された本に圧巻されながらも、子供ながら目を輝かせていた。

 

 絵本はいつしか児童向けの本になり、小学生後期には挿絵のない活字本に手を出していた。毎日毎日、学校を終えては本屋へと向かい、受付横に配置されてる丸椅子に座って読書。遊び盛りな小学生が毎日引きこもって読書はいかがなものかと父と母も最初は躊躇していたが、たまにくるお客さんと会話ができ、多少はコミュニケーションの訓練になるとも考えて許してくれた。

 

 そうして小学6年生になったころだった。その人が現れたのは。

 

 

 

 

 夏の日、アブラゼミが外で元気にジジジと鳴いているが、本の世界に没頭する私の耳には入ってこなかった。 3日ほど前、叔父が腰を悪くしたため店を一時的に閉めなければいけないという状況に陥った。のだが、家に帰ってもすることのなかった私は、私だけでも本屋に入れてもらえないかと懇願した。結果、了承を得ることに成功した私は一人本屋の中で、パラパラと頁をめくっている。

 

 ちょうど半分ほどまで読み終えたあたりだった。突如として入口からガララ!と乱暴に戸の開いた音が聞こえ、体をびくりと震わせる。

 

 まさか、不法侵入?もしくは窃盗?そう思い、気が動転しかけた私は、受付のテーブルに勢いよく体をしゃがませ、頭の上には先ほどまで読んでいた本を覆うようにして防御態勢を整える。

 

 何か独り言が聞こえるような、そんな気がしたが怖がる私はカタカタと身を震わせながらうずくまっているだけだった。ドクン、ドクンと今までに聞いたことのないような心臓の鼓動の音が、胸に手を当ててないにも関わらずに感じる。そんな恐怖とは関係なく、とん、とんと足音が近づいてくる。

 

「あー、やっぱ人いるじゃん。いないからあれって思ってたけど」

「ひっ……え……?」

 

 想像していた怖い大人の声と真反対の、幼い声が聞こえてきた。恐る恐る、頭の上を覆っていた本を下ろしながら、顔を上げると、そこには私と変わらないくらいの男の子がいた。

 

「あっ……の……?」

「あー、怖がりすぎじゃね?俺ってそんな怖がらせるようなことしたか?」

「えっと……その」

 

 男の子は、困ったように後ろ頭をぽりぽりとかいている。ひとまず悪い人ではない、とそう判断すると急に力が抜けて「あ……」と言いながらズルズルと両腕を下ろす。

 

「大丈夫かぁ?お前顔色とか悪そうだけど……」

「びっ……くり……した」

「あー、驚かせちまったなら……ってだから驚かせるようなこともしてないだろ俺は」

「だって……閉店なのに、人、来ると……思わないから。」

 

 そう言うと、男の子は首をかしげる。それに倣うように、私も首を傾げた。

 

「あれ、そーなの?」

「……うん、そと……看板。」

 

 「えーまじで?」と言いながら男の子は入口のほうへと向かう。私もよろよろと立ち上がり、それについていく。

 

「なーんにも書かれてねえじゃん」

 

 外へ出ると、熱風がぶわりと体を横から打ち付ける。先ほどまで冷房の効いた店内にいたせいか、あまりの温度差によろけそうになる。そういえば今日朝天気予報のお姉さんが日中の温度は今年度一番の猛暑になると言っていた気がする。

 そんなことを考えながら入り口のドアを確かめると、そこには確かに「closed」と看板が掛けてある。私はそこを指さしながら男の子のほうへと向く。

 

「……ここ……。」

「ん?なんだこれ?」

「へいてんちゅう……って。」

「んー、へいてんって書かれてないじゃん。英語が書いてあるだけで」

「だから、くろーず……へいてんって……意味なの。」

「えー、なんだそれ!英語なんてわかるか!日本語で書け!」

「私に言われても……。」

 

 初対面のはずなのに、男の子はぐいぐいと話しかけてくる。

 

「てかあっつい!なぁ、中はいろーぜ!」

「だから……へいて……。」

「こまかい、このまま外にいたらねっちゅうしょーにかかっちまう!」

 

 そんなことを言いながら、男の子は冷房の効いた店内へ。正直、何を言っても無駄だろうと、なんとなく察してしまった私は、ため息をつきながら続いて店内へ入る。ついでに空きっぱなしだった戸もゆっくりと閉めておいた。

 

「というか、お前文香だろ。みょーじは……さぎさわ?だっけ?なんか端っこでずーっと本読んでる」

「……そう、だっ……けど。同じ……がっこ?」

「そーだよ。しかも同じクラス。てか俺のことは知らないのな……。あとお前話すとき、すっげーとぎれるから話づっらい」

「……苦手……だから」

「にがてぇ?会話に苦手とかあるのか」

 

 ああだめだ、きっとこの人とは絶対に分かり合えない。

 

「んー、しっかしお前はこんなところで何してんだ?」

「本……読んでる」

「またぁ?お前よーくそんなもの飽きずに読んでいられるな。休み時間とかも外行かずにずーっと読んでるじゃん。」

「……別に……いいじゃん」

「だってそれあれだろ?漫画と違って国語の教科書みたいに字がずらっとさ」

「国語……教科書……面白い」

「うそだろ?」

 

 とまあ、ここに居座ることを決めたのか男の子は先ほどまで私が座っていた丸椅子にふんぞり返りながらどんどんと私に質問を投げかけてくる。正直、私の特等席を勝手に取られてむっとしたが、返してと言う勇気もなく、とぎれとぎれながらに質問を返し続けた。質問に答えるたびに男の子は「うそだ」とか「ありえねー」とか否定的な言葉をがんがんとたたきつけてくる。あまり人と接することのない私だが、ここまで自分と正反対だと感じた人は初めてだった。

 

「でぇ、学校終わるたびにここにか。つまんねーなそれ」

「……私は……楽しい。」

 

 あと、この子は大島 翔というらしい。同じクラスではあったが、基本コミュニケーションをとらない私はそういえば自己紹介の時にいたような……くらいの印象だった。

 で、なんだかんだ私も流されるままかれこれ30分位はしゃべってる。一年分くらいの会話量を一日でやってる気分だ。が、とぎれる私の言葉をきちんと拾ってくれるので会話は意外と苦にはなっていない。

 

「……翔くんこそ。なんで、ここに、来たの?」

「んー?あぁ……弟とけんかしちゃってさ、かあさんがすげー怒ってたから逃げてきた」

 

 ……なんとも迷惑な話だ。もちろん口には出さない、というか出せない。

 

「弟さん……は?」

「ひなたは……まあ今頃俺の代わりに怒られてんじゃねえのかなぁ」

 

 ばつがわるそうに翔君はそう答える。ひなた君とは弟さんのことだろうか?けんか……正直、兄弟もいないし友人も特にいないので実際の喧嘩は私にはわからない。だが、顔ぶりを見るにどうももやもやしているようだ。

 

「いやさ、ひなたとあそこまで喧嘩したのはじめてでさ。正直、どうしたらいいのかわからなくなって……でも、ここで俺から謝るのもなんか嫌なんだよ」

「意地張るの……良くないと思う……よ?」

「意地張るとかそういうのじゃ……いやそういうのかもしれないけど」

「……本で、けんか別れすると。だいたい良くないことが起こる。」

「良くないことって?」

 

 例えば……か。そういえば、この前読んだ本だと喧嘩して別れた後そのまま片方は事故にあって、主人公は謝れなかったことを悔しがるんだけど……

 

「……例えば、もう会えなくなるとか?」

「会えない!?ひなたにか!?」

 

 翔君が不意に立ち上がる。あまりにもいきなりなものだからびくりと身体を震わせると、驚く私に気付いたのか「あ、悪い……」と言いながら元の位置に腰を掛ける。

 

「……例だから……それに本の通りになるなんて思わない。あくまで創作だし。けど、そういう状況が続くのは、あんまりよくない……と思う」

「そうなのか……」

 

 翔君は少し落ち込んだように答える。喧嘩した、とはいってもかなり弟さんのことは大切なようだ。

 

「……すぐに謝りに……行くべきじゃ……?」

「なのかな」

「……多分」

「いや多分って……」

「……私、実際に喧嘩とか……したことないから」

「……なんか、今まで真面目に相談してた俺がばかみたいじゃん」

 

 そういうと、翔君は立ち上がる。今度はさっきのように勢いよくじゃなくゆっくりと。

 

「そろそろ帰るよ、話してるとなんかひなたが心配になってきた。すぐ謝るべきなんだろ?」

「……ああ、帰るの?ようやく……」

 

 あ、しまった。

 

「……ようやく?」

「……えっと……その……。だってそこ、私の席。私……ずっと……立ちっぱなしだし」

「……なんか、一番最初はすげーびくびくしてたのに慣れるとだいぶあれこれ言うのな。」

 

 確かに、言われてみると。ここまで自分の気持ちを口にしたのは初めてかもしれない。今の間でだいぶ鍛えられたのか……。そう思うと、この翔君が来て少しはいいことがあったと言えるだろう。

 

「あとさ、喧嘩したらよくないことが起こるっていってたけど」

「?」

 

 入口の取っ手に手をかけながら翔君は振り返る。

 

「俺は文香と話せてそこそこ楽しかったし、いいこともあったぞ!ま、ありがとな、じゃあ!」

 

 そういうと、来た時と同じように、ガララ!と大きな音を立てながら戸を開け少年は出ていく。

 

「楽……しい?」

 

 会話が楽しい。益々私とは正反対なんだと実感しながら、開けっ放しになった戸を掛看板の状態を確かめながら閉める。丸椅子に腰を下ろすと、先ほどまで翔君が座っていたせいかそこには若干熱が残っていて、この椅子は自分のものじゃないような違和感に襲われる。

 

「なんだか、疲れたな……」

 

 そう言って、栞を指しておいた本を開く。本を開けばすぐにその世界に溶け込める私だが、今日はなんだか、ジジジと鳴くアブラゼミのがやけにうるさく感じた。




主要キャラの名前はだいぶ適当。
三点リーダー多用するので会話シーンがだいぶ面倒くさい……

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