ISは実質アーセナル=アーマードコア(真顔) 作:通りすがる傭兵
薄暗い室内を非常用照明と蛍光灯が照らし、重機械特有の鉄と油、そして女子高らしくほんの少しの芳香剤の甘い香り漂う整備ピット。その金属剥き出して無機質な床を踏みしめ、大きく深呼吸する。
懐かしい感覚、格納庫もこんな感じだったな。
あっちは砂塗れで埃っぽかったし、部品や装備やゴミなんかが散らばってたりと生活感に溢れ雑然としていたけど。
「ルキルキ頑張ってね〜」
「応援してるよルーキー!」
「怪我しないでくださいね」
「あの......まだ最終調整中なんでしばらくかかりますよ?」
「気が早いよ先生に一年ズ」
クラスメイトの声に現実に引き戻される。
まだ試合まで時間があるというのに気の早い応援をする相川ちゃんにのほほんさんを嗜めた。それを笑っているのは勉強になるからと付き合ってくれた整備科の先輩。彼女と一緒に私は乗りこむ訓練機の最終調整に入っていた。
学園に配備された訓練機は2種。
日本製第二世代IS『
フランス製第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』。
前者は防御力と運動性能に優れ、
後者は機動力と装備懸架能力に優れる。
私が選んだのは『打鉄』。
死ななきゃ負けじゃないが私のポリシーだから軽装甲は肌に合わない、それに私はISに慣れていないから速すぎれば振り回されるばかりになるだろうからやめた。実技試験で1度乗っているから感覚を覚えているという点も大きい。
「固定武装の実体盾はデフォルトの自動防御。
あとは武装だけど......ほんとにこんなことするの?」
「なにがですか?」
「背中のウエポンラック」
コンソールを叩いていた先輩がこちらに背中を向ける打鉄を見上げる。鎧を模したという堅実なデザインの灰色の外骨格といった感じの機体である打鉄、その翼には無骨な金具が取り付けられ、右肩部にはアサルトライフル『焔火』、左肩部には近接ブレード『葵』が懸架されている。
「初心者だからって心配なのはわかるけど、ISには装備
「お気になさらず。こちらの方が
「?」
両腕に銃2本、両肩に近接武装と予備装備を各1本。何度も一緒に戦場を駆け抜けてきた、私の
私はどこにも所属しない貧乏傭兵だったので武装は拾い物ばかりだったのが懐かしい。稼げるようになってマトモな武器が買えるようになっても武装構成自体は最後まで変わらなかった。
「注文通り手持ち武装はショットガンとアサルトライフルだけど、使い方はわかる?」
「どこも似たりよったりでしょうけど、お願いします」
「オッケー。アサルトライフル『焔火』はさっき説明した通り、フルセミ切り替え方式。装弾数は32発ね。セーフティはIS側で解除しておいてこと。
注文したショットガン。学園にあるのは『ガルム』って言うんだけど、銃身が二つあるセミオートショットガンなの。設定で2種類の弾薬が撃てるのが強みなんだけど」
「面倒なので全部散弾で」
「そういう人多いのよね折角作ったのに。
リロード方式はマガジン方式、銃床の下に差し込めば良いわ。装弾数は15発×2箱。予備の弾は?」
「太腿周りに括り付けられません?」
「時間ないのに......わかった。左脚に4つつけておくわ」
「ありがとうございます」
「他に注文は?」
「......ペンキあります? 白いやつ」
無茶を承知でそういうと、先輩はため息をつきながらも端末を確認してくれた。
「白ペンキがひと缶。落書きは反省文ものだけどどうする?」
「初陣ですし派手に行きたいじゃありませんか」
「変わってるわねあなた。イギリス代表候補に喧嘩売ったって噂は嘘じゃないみたいね」
「売られた喧嘩は買うまでですよ」
「おお怖い怖い」
「注文通りペンキ持ってきたけどどうするのこれー!」
「このバカ一年が落書きするんだってさ!」
「へぇ面白いじゃん!」
「ふえっ!? 落書きなんてするんですか!」
大きな声を上げた山田先生を見てそういえばここに先生がいたな、と遅まきながら思い出した。繋ぎ姿の上級生がペンキを持ってきたことに驚きを隠せないらしく、ましてや落書きをすると聞かれてしまった。
さてどうすると先輩の方を見ると、意味深にペンキを運んできた上級生にアイコンタクトを取った。
「まーや先生じゃないですか。ちーす!」
「大野さん、先生には敬語を使ってください。それと、落書きすると聞きましたがISの私物化は反省文ですよ! ペンキで落書きだなんて」
「まーまー堅いことそう言わずに。教え子の初陣ですよ? 多めに見てあげてくださいな」
「うー......」
「ここは私に免じて! まーや先生と私の仲じゃあないですか!」
ペンキと届けに来てくれた上級生が山田先生の足止めをしている間にこっそりと後ろ手にペンキを受け取った。この先輩なかなかのやり手だ。
(......今のうちに塗っちゃいな)
(そこまで丁寧にするつもりはないんで手早くすませましょう)
ペンキ缶の蓋を適当なドライバーでこじ開け、ISのデリケートな部分に塗料が飛ばないよう絶対防御だけ電源を入れれば準備完了。
(じゃあぶちまけちゃってください)
「アーテガスベッター」
私ぼ小声の合図とともに、先輩が思いっきりペンキをISにぶちまける。
「にゃあああああんてことするんですか!?」
「あーらら」
「すご〜い」
「イェーイ、ピースピース」
あとは残ったペンキで両肩の盾に適当にエンブレムなんか書いちゃったりして。
これでヨシ!
「さて、出撃ですよ!」
「ちょっと! どういうことですか! 説明してください! 騙したんですか! あなたたち2人は1年生の時からこんなことやってばっかりで! 3年生になって担任を外れて早々にもう!」
「「まーや先生ごめんなさーい」」
「山田先生です!」
「まやまやせんせーがおこってらっしゃるー」
「あんまり怖くないね」
「よーしがんばっちゃうぞー」
厄介な説教役の目が逸れているうちにぐるぐると肩を回して打鉄に乗り込む。と同時に、世界が広がる様な全能感が身体を包み込む。手足が機体と繋がり自由自在に意思を伝えられる確信、2度目のアーセナルとは似て非なる感触に身を任せる。
最終チェックは完了、システムオールグリーン。機体からの合図を受け、設置されたカタパルトに足を掛けた。
「ああもうこんな時間! 留姫さんは後でお説教と反省文ですからね。お二人もです!」
「「へーい」」
「緊張するかもしれませんが、存分に実力を発揮してきてください。貴女はいいIS乗りになれますよ留姫さん、私が保証します」
「山田先生......」
「それは真面目に勉強したらの話ですからね!」
「がんばれ〜」
「頑張って留姫さん! 応援してるよ!」
「おーう新入生ガツンといてこましたれ!」
「ブリカス殺すべし! やっちまえ!」
敏感なセンサーが音声を拾い上げる。うるさい中でも声を張り上げる山田先生がプンスカと怒りながらもエールを送ってくれた。クラスメイトの相川ちゃんものほほんさんも手を振ってエールをくれた。整備してくれた上級生2人のすこし物騒なエールも受け取った。
『チューニングはバッチリだ』
『......征け。世界でもなんでも救ってこい』
『ギャフンと言わせてやんなさい!』
『やっちゃってルーキー!』
『わふっ!』
思い出すのは無愛想で、家族思いで、物好きで、個性的な面々ばかりだった私のアーセナル整備士たち。
他所から弾き出された物好きの集まりだった彼らとは何度もアーセナルの扱いが悪いと文句を言われたものだし、無茶を通させた。金がないからと給料を払い渋ったこともあるし、喧嘩もしたしぶつかった事も勿論あった。それとモフモフしたり吠えられたり飛びつかれたしもした。
それでも、最後まで彼らは背中を叩いて私を送り出した、してくれた。
その姿が、すこしだけ重なる。
「......泣かせるじゃない」
ハッチが開く。薄暗い整備室に眩いほどの光が差し込み、私を歓迎している。
カウント5秒。
銃把を握り直し、セーフティを外す。
スリー、
腰を落とし、すこしだけ前傾姿勢をとる。
ツー、
息を大きく吐き、昂る自分を落ち着けるようにゆっくりと吸い込む。
ワン。
「......1年1組、ルーキー、打鉄! いきます!」
◇◇◇
「よく逃げずに来ましたわね」
アリーナの空中には、すでにブルー・ティアーズが待ち構えていた。セシリア・オルコットはその豊かな金髪をたなびかせ威風堂々たる姿勢でこちらを見下ろしている。
「どうして逃げる必要があるんです? 負ける気で戦場に立つなんて馬鹿はいないですよ」
「その自信、どこまで続くか見ものですわね」
挑発には挑発で返すのが私の流儀だ。私の物言いに頭に血が上ったのか、すこしだけ怒気を孕んだ声で返事が返ってきた。
それくらい温まってくれた方が、宣戦布告の合図には丁度いいくらいだ。
「この1週間、君の事ばかり考えてきた」
「あら、愛の告白か何か?」
「君が貴族である事、代表候補生である事、入試主席であること。調べれば調べるほど脱帽したものさ。
それでも逆にわからないことばっかりだったよ」
「褒めて言葉はありがたく受け止めて置きましょう。それで?」
「一夏を馬鹿にしたことさ」
外野のボルテージの高まりとは対照的に、この場は静まり返っていく。
「オルコットさんはきっと素晴らしい人物なんでしょ。代表候補生に選ばれるということは実力者でもあると同時に優れた人徳の持ち主であるということ。
きっと一夏に声を荒げたのは何か理由があったに違いない、例えばそう、男だとか」
「ええそうですわ」
正解だ、と返事が返ってくる。オルコットは不愉快なことを思い出させるな、と言わんばかりの表情でこちらを睨みつけて、
「男なんて下衆で、軟弱で。卑怯そのものですわ。私に近い男性は皆そうでした。であれば軽蔑するのは当然でしょう?」
「別にそれはいい。それはきっとオルコットさんの周りにいた男が軟弱でクソなのはきっとそうなんでしょ?
知っての通り一夏は向こう見ずで、節介焼きにも関わらずこっちの心中を推し量る能力はお世辞にもいいとは言えない上に勘違いも多い。
一言で言えばクソだ。あの無遠慮さについては君も良く知る通りのあいつの悪いところ。君の思う貧弱で下衆な男かもしれない」
「それで、何を仰りたいのですか?」
痺れを切らしたオルコットが大型ライフルを手に実体化させた。
試合開始準備はよろしいですかと先生方が通信を送ってくる。問題ありませんと短く返事を返し、返事として両手の銃を突きつけた。
「それでもあいつは私の家族だ。家族を馬鹿にしたやつは誰であれ容赦はしない。
一夏に謝れ。そして一夏に謝られろ」
「男と仲良しこよししろということです?」
「ケジメをつけろって言ってんの。私は大切な家族を馬鹿にされてヘラヘラとしていられる姉じゃない。
弟をバカにされて私は今最高にキレてる。今に君の顔面に拳を叩き込みたいくらいに怒ってるんだよ」
試合開始のカウントダウンが始まる。アリーナの上空に投影されるディスプレイの数字が10からどんどんと減って行く。
「悪いけどこれは八つ当たり。
クラス代表なんて
「見た目に
ライフルの黒い銃口がこちらを覗き込んでくる。ピンポイントで狙いは頭部。本人に自覚はないだろうけど気持ち悪さすら感じるほどに正確に眉間を狙っていた。
相手ははるかに格上の専用機、こちらは訓練機。
それがどうした、いつものこと。
牙を剥け、爪を立てろ。
神経を尖らせろ、脳に血液を回し続けろ。
常に弱者だった自分に油断などあってはならない。
「......吠え面かくなよ堕ちた帝国風情が!」
「極東の未開国の猿、調教して差し上げます!」
『試合、開始です!』
ブザーの鳴り止まぬうちに、私は飛び出した。
ブルー・ティアーズは引き金を引いた。
「なん、のっ!」
「おやりになりますわね!」
右脚の出力を上げ、身体を無理やりに
ブルー・ティアーズの得意な
「おおおおおおおおっ!」
吠えたて腕を伸ばして狙いもろくすっぽつけずに引き金を絞り続ける。狙いの補正はFCSが勝手にやってくれる、なら打ち手は撃つだけで十分。
「くっ、ブルー・ティアーズ!」
「逃さん! 仕留める!」
数発装甲の表面で火花が弾け、ダメージがあったことを私に知らせる。それを感じて仕切り直しのつもりかライフルを連射しながら後退するティアーズに私は追いすがった。
(打鉄には重装甲かつ補助盾2枚、これを前面に押し出せば耐久勝負になる、これだったら確実に競り勝てる!)
「......防御に優れた打鉄で接近戦に持ち込めば勝てる、そうお思いなのかしら?」
猪武者の様に銃を掲げ突撃する私に、急に不敵に笑いかけたオルコット。
瞬間、閃光が左手の散弾銃を貫いた。
◇◇◇
「な、なんですかいまの!」
「やっぱり出し惜しみしないか、
「ティアーズはそもそもアレの試験機体だし当然だわなぁ......」
急に爆発した留姫さんの散弾銃。その映像を見ていた先輩方はさも当然というように腕を組んでいた。
「ど、どういうことなんですか先輩?」
「知らないの? ブルー・ティアーズは各国が推し進める『第3世代』のうち、イギリスが推し進める『
そこにどんな特殊武装が積まれているか、織斑のルーキーちゃんは下調べが足りなかったみたいね」
「だからガンラックに本当に積むのか聞いたのに......アレじゃ武器が使えなくなっちゃうよ」
「勿体ぶってないで教えてください!」
「BT兵器さ」
「BT兵器?」
聞いたことのない単語に首を傾げる私に対し、本音ちゃんが納得したように手を叩く。
「あ〜、アレかぁ〜。かわわんちゃんアレ見て〜」
「アレって......えええ!?」
◇◇◇
爆風に気を取られているうちに距離をとられてしまった、互いにアリーナの壁付近に立つが位置は対角線上。
恐れていた、中遠距離の交戦距離。
「あら、私は知っていても私の騎士達は知らなかった様子ですわね?」
「ブリッツだったとは......何かしら隠し球はあると思ってたけど厄介」
「ブルー・ティアーズ。そう呼んでくださいませ?」
そう勝ち誇った様に宣言するブルー・ティアーズの周囲には背中の翼から分離した4機のブリッツが浮遊しこちらに砲門を向けている。
先ほどの武装破壊は死角からの一撃だった。恐らく最初の突撃の時、死角になるような場所で切り離して布石を打っていたんだろう。大ダメージを与えられてたのに武装だけを狙って破壊された、明らかに舐められている......!
「私にティアーズを使わせたことは褒めて差し上げます。後悔して地に伏しなさい」
「まだ勝負は決まってない」
「強がりを言えるとは、まだ自分の状況が分かってない様ですわね」
「それがどうしたっていうの、1対多数なんて死ぬほどこっちは経験して......!」
肩部ガンラックからアサルトを装備し2丁ライフルでの迎撃態勢。同時にブースターの出力を引き上げ、機体を振り回す準備を整える。
態とらしくそれが終わるのを見計らって指揮棒を振るう様にブルーティアーズが手を動かし、それを合図に4機のブリッツが動いた。
「どうせ1発2発当てれば墜ちるんでしょ!」
「させませんわよ?」
私の目の前を阻む様にレーザーが奔る。私をを忘れてはいけないと忠告するように、目の前数メートルの空間を撃ったのだ。
「さあ、踊りなさい。私とブルー・ティアーズの奏でる
高らかに宣言すると同時に、四方からアラートが鳴り響く。咄嗟に盾を手動から自動に変更したのはまさしく経験値がそうさせたのだろう。
背中を蹴飛ばされたような感覚で思わずよろけ、背後に意識を向ければいつそこにあったのかブリッツが浮遊していた。他にも視界の外にご丁寧に配置されこれでは気づかないのも仕方ない......とはいえない。
(だいぶ鈍ってる、昔だったらもう死んでるじゃないか! シールドを過信しすぎるな、昔の感覚を取り戻せ、勝つにはそれしかないんだから!)
そう言い聞かせながら私は地面に向けてブーストを吹かす。
足元まで気を配るなんてやってられない、それに壁と地面がある地上戦の方がまだマシ、中近距離戦に持ち込まれるのは仕方ない!
「逃さないですわよ!」
「ぐっ......! やっぱ射点が増えるだけで厄介だなあもう!」
(思い出せ、私はどう対応していた。これくらい、捌けなければ生き残れなかったはずだろうに!)
一部装甲はもう破損し、絶対防御を剥き出しにしている、この自立盾もいつまで耐久力が持つかわからない。だが損壊具合は
この程度の逆境......跳ね返せなくて家族が守れるか!
「負けない、負けないぞ私は!」
「気概だけでは勝てませんことよ?」
吠えて自分を鼓舞し、無茶苦茶にブーストに火を入れさせティアーズへ吶喊させた。それを指揮棒を振るう様にティアーズはレーザーで包囲網を形成、行く手を阻んてくる。
「それが、どうしたーーーー!!」
身を捻り、急所を隠し、受けきれないところは装甲で受け流して間隙を潜り抜けるように。しかし的確にダメージを与える部位を攻撃が掠めていく。右手甲が弾け飛び、左肩部盾が役目を終えて脱落する。
(接近戦では武装のあるこちらが明らかに有利、懐に潜り込んで一気に決着をつけるしか道はない! 攻めろ、まだ、私は削れるはずだ!)
銃を投げ捨て刀を構える。ブーストはフルスロット、ブリッツの速度では私の打鉄には届かない!
「この距離で、ライフルは狙えないーー、そうだろうオルコット!」
「......ええ、その通りですわね!」
残り数十m、あと数秒で手が届かんとするばかりの距離で、ティアーズの腰部装甲が外れる。
いや、アレもブリッツーーー
「おあいにく様、私の騎士は6人でしてよ!」
目の前の光景がスローモーションに映る。
刻一刻と迫る物体はグレネードかミサイルか。もう振り抜きにかかっている刀の斬撃上にいやらしく置かれている。
かといって躱せば背後のブリッツの餌食、それにこの機会は最初で最後のチャンス。
どうする、どうするどうする......!
手札は全部見せた、でも負けている。
相手の布石は既に打たれている状況、まずはこの状況を切り抜けるのが先決、いや切り抜けても勝てる保証などない!
考えろ、考えろどこの勝ち筋がある、どこに勝機を見出せる......!
『落ち着いてください。貴方なら出来るはずです』
抑揚のない合成音声が聞こえた。
それは私にとっての死神で、戦友で。
最高で最悪なオペレーターの声。
『
アーセナル『ミシャンドラ』、起動準備完了』
神経一本一本が機体と同調していく感覚。ISよりも深く機体と繋がり、損傷した機体と同様に身体も軋むような幻覚すら覚えるほどに。
ああ、懐かしい感覚だ。
神経を直接繋ぎ合わせる暴力的で芸術的なアウターの痛み。
視界にではなく網膜に投げつけられる色とりどりの情報。
そして視界端で丁寧にクローズアップされた、いとしの一夏が声を張り上げる姿。
弟が見ているんじゃ無様な姿は見せられない、全く憎い真似をするのは相変わらずね。
『システムオールグリーン、出撃準備完了。
おかえりなさい、ルーキー。
あなたの帰還を歓迎します』
「ただいま、フォー」
そして、私はーーーーー。
◇◇◇
「るー、姉......」
打鉄のSEがゼロになる無慈悲なブザーが響いた。
「......負けて、しまったか」
悔しそうに、箒が呟く。苦手ではあったけど、ここ1週間仲良くしてたもんな。
そんなことを思うくらいに、俺は姉さんが負けるはずがないと思っていた。
なんでも全力で人を負かそうとばかりしてきて、ゲームでも勉強でも運動でもなんでも馬鹿みたいに努力してきたるー姉が、負けるはずがない。
だけど。
この現状は完全なまでに、留姫姉さんの敗北を伝えていた。だけど。
「一夏、次の試合に備えて作戦会議だ......一夏?」
「違う、姉ちゃんはまだ
あの爆炎の中から伝わってくる、私はここに居るぞと高らかに宣言する、るー姉の圧倒的存在感。ほら、宣言通りに煙を斬り払って、シルエットが徐々に色濃く浮かび上がる。
「織斑留姫ただいま参上。さあ、勝負はこれからだよ!」
炎を纏い、悪魔が現世に顕現する。
◇◇◇
細く流麗な右腕とは違う太く無骨で角張った左腕。ゴテゴテと装甲板を貼り付け、隙間から光を放つ胴体。脚部では装甲板を割ってブースターが熱を放ち、出番を待っている。
白と灰色の塗料を雑に撒き散らしたようなスプリット迷彩と、最後に降りた時から変わらない
ひとまわりちっこくなったが、なにひとつかわってない。寄せ集めでアンバランスな重量バランスも、気を緩めれば崩れるピーキーなブースト性能も、弾痕と傷だらけの装甲も同じ。
命を預けるに足る、最後の戦友。創作上に語られる最後の悪魔の名前をつけた、私だけの継ぎ接ぎだらけなアーセナル。
「......おかえり、随分と待たせたね」
優しく呟くと返事を返すように、背部ブースターがひとつ大きな唸りをたてる。そうかそうか、お前も嬉しいか。
「この土壇場で
「知るか、そんなもの私の管轄外だ」
明らかに驚き
「やっとこれで本調子だ。反則だとか、言い訳だとかは一切聞き届ける気はないよ。最後に勝っていた方が勝者、負けていた奴が敗者」
『粒子兵装準備完了。ウイングシフト、スタンバイ』
「さあ、本気で行くよ!」
前傾姿勢、背中と敵に意識を集中させ臨界突破しそうなエネルギーを押さえつけ解き放つ時を待つ。まだだ......まだ100%じゃない、あと少し、あと少しで......!
『試合終了です! 勝者、セシリア・オルコット! 両者は速やかにピットに帰還してください!』
「「......は?」」
◇◇◇
「いやいやおかしいって今まさに盛り上がるところだったでしょう?! とんだ水差し野郎じゃないの私はまーけーてーなーいー!」
「う、打鉄のSEは0になっていました。ISの勝負はシールドエネルギーが尽きた時点で0になりますので......ルール上は敗北ということに」
「1発くらいは耐えられる量は残ってたのにどうして0になってるのさ! それに対策もできたし今度はボッコボコにしてやるんだから!」
「む、無理ですよう時間がないんですから」
ピットに飛び込みたまたま居合わせた山田先生を締め上げる。アワアワと手を振ってるが問題はそこじゃない。
「終っちゃいない! 戦いはまだ終っちゃいないんだ! 燃え上がれ私のプライドぉぉぉぉぉお!」
「おお〜あつい〜」
「留姫ちゃんステイステイ! 次使う織斑君に場所を開けないと怒られるのは織斑君のほうなんだから」
「ぐぬぬぬ......」
先輩方に嗜められ渋々ではあるが降りることにした、イッチーのことを引き合いに出されては、こちらは食い下がるしかない。
いつものようにアーセナルのコックピットハッチを開けるようなイメージを持つと、パックリと胸部装甲板が開き私を吐き出した。飛び降りた衝撃に少しの痺れを感じるものの、大きさが3m強と大きくないISではそこまで痛いわけでもない。昔は毎度毎度そこそこの高さから飛び降りるお陰で足が痛くなるのが悩みだったなぁ。
アーセナルから降機すると、予想に反して温かい拍手が私を出迎えた。
「お疲れ様、良い試合だったよ」
「健闘したねぇ......まあ負けちったけど!」
「おつかれ〜すごかったねぇ〜」
「にしても、まさか専用気持ちだったとは、さすが織斑先生の家族! 羨ましいな〜」
「こんな隠し球があるなら出し惜しみするなよな」
「エンターテイナーねこのこの、次は頼むわよ留姫! にしても専用機かぁ、羨ましいなぁ」
「え、違いますけど」
「へっ?」
「これは正真正銘学校の打鉄なんですけど......」
鎮座するグシャラボラスを指差すと、羨ましそうに私を小突いていた相川さんがぽかんと口を開ける。
と同時に、バタバタと派手な足音が響き、いつものスーツ姿のちー姉と見たことのない先生方と思しき大人が数人飛び込んできた。ちー姉はピンピンしてるがそれ以外は肩で息をしてヘロヘロだ。
「どしたのちー姉?」
「留姫、お前それは......」
「あ......なんでだろうね?」
「今すぐ話がある。先生方、後はお願いします」
「わかったわ。そこの2人ボサッとしないで早くカタパルトを開けて! それとあとで反省文ね! 山田先生から全部聞いたわよ!」
「「はーい」」
「あと2番整備台を使うから電源を入れること! それが終わったらここは立ち入り禁止よ! 観客席に戻ること!」
「「へーい」」
「返事はしっかりとする!」
「「アイタァ!?」」
いかにもな先生だ、と言わんばかりのつなぎ姿の先生にスパナを投げられ痛がる先輩方を横目にちー姉は私の手を引いてずんずんと構内を進む。
「どこまで行くつもりさちー姉! これから私はイッチーの試合を見る仕事があるんだよ」
「私だって見たい。しかし、問題はそこではない」
暫く歩いたところで、生徒指導室に叩き込まれる。土曜日とあってほとんど先生や生徒とは遭遇せず、隣の職員室も静まり返っている。
促されるように硬い椅子に座ると、いつもの仏頂面はそのままに対面に座り話題を切り出す。
「......あれは、そういうことでいいんだな」
「うん。あれは前に話した通りのものだよ。大きさはISサイズだけど、何も変わってない」
「そうか」
予想通りの質問。
それに応えると、深々と溜息をついた。
「......お前に苦労をかけるつもりはなかったんだがな。すまない、巻き込んだらしい」
「なんの話? 確かに昔のものだけどさ、それは今ちー姉が気にすることでもないでしょ?」
「そうではない。ひとつ心当たりがあるとすれば、それはあいつの仕業だ」
「篠ノ之博士のこと?」
「......そうだ。どうやったかはわからんが、十中八九あいつの仕業だろう。偶然にしては出来すぎている」
「だから試合を切り上げたってわけ?」
「そうだ。アイツの目的はわからん、だが、戦う事はアイツにとって望ましい事だと思った。だから切り上げさせた」
「あっそ。酷い横槍だよ。せっかく勝てると思ったのに」
「私の生徒にトラウマを植え付けるつもりか?」