吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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無印篇
第1話


雲一つない青空……。

 

この天気のように俺の心は晴れやかにならなかった。

 

俺の背後には()()に当たる月村すずかとその友人であろう金髪の少女が縄で縛られた体勢でいるのだから。

 

めんどうなことになったと思わずにはいられないこの状況に溜め息が漏れそうになる。

 

そもそも身内が原因なので余計に溜め息を吐きたくなる……本当に困った身内だ。

 

何処か離れた場所で結果の報告のみを待っているのが簡単に想像出来る。

 

「……溜め息を吐くのもこの状況を切り抜けてからかな」

 

俺は目の前にいる困った身内である叔父の手先たちを見据えるのだった。

 

 

● ● ●

 

 

「ここかな……叔父らしき人物の目撃情報があったのは」

 

海鳴市……ここは同じ夜の一族である月村家が住んでいる土地である。

 

夜の一族……分かりやすく言えば吸血鬼の一族である。そして、その一族は総じて異能持ちが多い。

 

「……はぁ、ちゃんと俺に出来るだろうか」

 

叔父は夜の一族の中でも純血の吸血鬼であり、人を家畜としか見ていない傲慢な人物である。しかも噂で耳にしたことだが学生時代には魔眼を駆使して女性徒を洗脳していた等の黒い噂があるので見つけ出すことは出来てもちゃんと話が出来るのか不安なのだ。

 

いやいや……不安になってどうする! 叔父を見つけてちゃんとした職に着くように説得するだけじゃないか。そう不安になることもないはずだ。……多分。

 

さて、早速叔父の足取りを追わなくては。

 

俺は不安に揺れる心を奮い立たせながら海鳴市へと入って行った。

 

 

● ● ●

 

 

 

「そんな簡単に見つかる分けないですよねー」

 

海鳴市に入ってから()()を頼りに叔父の臭いを探して市内を歩き回ったが……叔父の臭いがまったくしなかった。

 

ガセネタを掴まされたかと思ってしまったが、叔父にまつわる情報があったのは現状ここだけなのでしばらくここを中心に探すしかない。

 

「……月村家の方々に協力してもらうべきかな?」

 

そんなことを思ってしまうが……駄目だと即座にその考えを捨てる。確かに協力してもらえれば叔父を見つけるのは容易いだろうが月村家の現当主が人間と付き合っているらしいので叔父が迷惑をかける可能性がある。少なくとも暴言を吐いて不快な気分にさせてしまうだろう。

 

公園のベンチに座り、空を見上げる。

 

「……空が青いな」

 

う~ん……やっぱりここは挨拶だけでもしておいた方がいいかな? 叔父が迷惑をかける可能性があるんだし、さすがに身内だからそれぐらいはしておいた方がいいかも。

 

あんましいい顔はされないだろうけどそれはしょうがないよね。叔父の評判が悪いのは事実なんだし……。

 

座っていたベンチから立ち上がると俺は月村家の屋敷へ向かって歩き出した。

 

 

● ● ●

 

 

「……ここはやっぱりお土産か何かを用意していた方がよいのだろうか?」

 

月村家の屋敷に向かう途中でそんなことを考えてしまい足を止める。

 

突然、「叔父が迷惑をかける可能性があります」とその身内が挨拶に来ても困るだけだろうし……。そのお詫びも含めて前もって何かを渡しておくべきか……?

 

それだとそれで何か微妙な気がするが……。

 

叔父が迷惑をかけたらそれに対するお詫びは後日にして、今は叔父が迷惑をかけるかもしれないと言うことを伝えに行くべきか。

 

でも、手ぶらで来訪するわけにもいかないので何処かのお店でお菓子の類いを買って行こうと思う。

 

初めて来る土地なので嗅覚を頼りに美味しそうな匂いのするお店を探すことにする。もしくは途中で近所の人に美味しいお菓子を売っているお店は何処にあるのか訪ねるのも一つの手だ。

 

そうと決まればと、美味しそうな匂いを探して市内を歩いているとピンとこれだ! と確信できる甘く美味しそうな匂いを見つけた。

 

「……これならお土産として買っていくのに十分だ」

 

ちょうど小腹も空いてきたし味見がてらに何か食べていこう。

 

そう思いながらお店のドアを開けた。

 

カランカランとベルの音が鳴る。

 

「いっらしゃいませ。お一人様ですか?」

 

「はい」

 

「ではこちらの席にどうぞ」

 

そう言って案内されたのはカウンター席である。

 

そして、カウンターの中には薄くではあるが血の臭いの残り香を感じさせる男性がいた。

 

血の臭いの残り香に思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 

幸いなことにメニュー表を見ながらだったため不自然には思われないだろう。早く注文して小腹を満たしてお土産を買っていこう。

 

「注文いいですか?」

 

「はい……どうぞ」

 

「えーと……ブルーベリータルトとカフェオレのセットで、後は持ち帰り用にシュークリームを六つお願いします

 

「かしこまりました。ブルーベリータルトとカフェオレのセットが一つとお持ち帰り用にシュークリームが六つですね」

「はい、そうです」

 

注文を終えるとメニュー表をメニューが置いてあった場所にしまい頼んだものが来るのを待つ。

 

待っている間に月村家に行ったあとの行動について考える。

 

泊まる場所は野宿で問題ないとして……やっぱり叔父の捜索かな。

 

それ以外にないしそれが終わったら俺は…………。

 

「お待たせしました。ブルーベリータルトとカフェオレでございます。ごゆっくりどうぞ」

 

「いただきます」

 

頼んでいたのが来たので思考を打ち切ってブルーベリータルトを口に運ぶ。

 

「ん、美味しい……」

 

ブルーベリーの味がしっかりとしてるし、タルトの生地もサクサクとしている。

 

ブルーベリーが好物なのでちゃんとブルーベリーの味がするので俺は満足だ! このお店は当たりだ。

 

パクパクと食べていくとすぐにブルーベリータルトは無くなってしまった。

 

それからカフェオレを飲んで、口元をティッシュで拭う。

 

「ご馳走さまでした」

 

「お粗末様です。どうでしたか?」

 

「美味しかったです。また、食べに来たいと思いました」

 

「それはよかった」

 

俺の言葉にカウンターの中にいた男性が嬉しそうに頷いた。この人が作ったのかな?

 

「ところで君はどうしてこんな時間にここにいるんだい? 君くらいの子は今は学校に行っている時間だろ?」

 

「遠縁に当たる方の家に行く途中なんです。それで何かお土産でも買っていこうと思って……それで美味しそうな匂いのしたここのお店に来たんです」

 

「そうだったのか。一人でかい?」

 

厄介払いの意味も含めてるから一人なんだけどね。この事は言えないからこれに関しては適当に誤魔化すしかないか。

 

「はい。そうです」

 

「そうか……車には気をつけるんだよ」

 

「はい、大丈夫です」

 

それからここのお店の店長にこの辺りの地理について教えてもらった。

 

それとブルーベリータルトの美味しかったお店の名前は翠屋と言うらしい。

 

 

● ● ●

 

 

ピンポーン!

 

月村家の屋敷の門の脇にあるインターホンを押す。

 

「はい。どちら様でしょうか?」

 

「突然の来訪で申し訳ないのですが……氷村(ひむら)(れん)と言います」

 

「……ッ!」

 

氷村と言う言葉を言った途端、インターホンの向こう側で息を飲む音が聞こえた。

 

……もしかして、叔父はすでに何かやらかしてしまったのだろうか? そんなことないよね……? なんだろう激しく不安になってきた。

 

「……それでどう言ったご用件でしょうか?」

 

「実はお話しておいた方がいいことがありまして……」

 

「お話ですか……確認をとって参りますので少々お待ちいただけますか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

「では、少々お待ちを」

 

ガチャッと音がして通話が切れる。

 

最悪インターホン越しにでも叔父について知らせることが出来ればいいので気楽に待とう。

 

でも、氷村って名前はやっぱり敬遠されがちみたいだ。特に叔父のことを知っている人からすれば……。

 

叔父が悪い意味で有名なのは今に始まったことではないがその事を突きつけられるたびにどうしようもない気持ちになる。

 

「はぁ……」

 

溜め息が漏れた。

 

「お待たせしました。どうぞ門の中へ」

 

インターホンから聞こえてきたのと同時に屋敷の門が開かれる。

 

さて、行きますか。

 

俺は陰鬱な気分になりそうになりながらも開かれた門の内側に入り屋敷の玄関に向かって歩くのだった。

 

 

● ● ●

 

 

「初めましてね……私が月村の現当主の月村忍よ」

 

「はい、存じております。氷村蓮と言います」

 

屋敷の中へと通された俺は月村家のメイドの一人に屋敷の談話室に案内されて、そこで待っていた月村家の当主である月村忍さんと挨拶をした。

 

「それで、今日はどのような用件で?」

 

忍さんが座っているソファーの対面に座るように促され、俺がソファーに座ると早速今回の来訪の理由を訊かれた。

 

元々誤魔化すつもりもなかったので言葉はすんなりと出た。

 

「実は叔父である氷村遊がここ海鳴市にいるらしいのでもしかしたら叔父が迷惑をかけるかもしれないのでその事を知らせておこうと思ったしだいで」

 

「……ッ!? そう……あの人が……」

 

あ~、やっぱり叔父は嫌われてるんだな。その事がよく分かる反応だ。

 

「……それで、キミはどうしてここに? それを知らせるだけなら他の誰かでもかまわないはずよね? 見た感じすずかと同じような歳みたいだし」

 

やっぱり訊かれたか。特に隠すようなことじゃないし言ってもいいか……。

 

「叔父にちゃんと働くように伝えるためと厄介払いです。叔父をいつまでも金食い虫のままでいさせるわけにもいかないとのことでして」

 

「そ、そうなの……」

 

コメントに困るよね……無職の叔父に働けと言いに使いが送られるんだから。

 

忍さんが苦笑いしてるし……。

 

俺もいたたまれない気持ちになってきた。

 

「はい……あとこれよかったらどうぞ」

 

俺は持ってきたシュークリームを差し出す。

 

「ありがとう……あら? これって翠屋のじゃない!」

 

翠屋を知ってるならそこのお店に行ったことがあるんだ……なら味の方も知っているはずだ。

 

「ええ、ここに来る前に立ち寄ったので買ってきました」

 

「そうなの。ここのシュークリームは美味しくて」

 

よかった。食べやすいと思って選んだシュークリームでよかった。

 

「それはよかった。では、失礼しますね」

 

「あら? もう行っちゃうの? すずかには会わなくていいの?」

 

すずかって確か忍さんの妹だったかな。今の時間だとまだ学校だろうし。それに……、

 

「問題ないです。むしろ叔父が問題を起こす前に見つける方が重要なので」

 

あの叔父のことだ。真っ当な方法でお金を手にしようとは思わないはずだ。口座を止められてすでに半月。行動を起こす可能性が高い。

 

俺は体を大鷲の姿に変化させると窓から外に飛び立った。

 

 

● ● ●

 

 

それなりに大きな木の枝に止まると体を大鷲の姿から元の人型に戻す。

 

「さてと、どうやって叔父を見つけるか……」

 

叔父の臭いを探しながら考える。

 

叔父の手の者なら叔父と接触しているはずなので僅かではあるが臭いがついているはずだ。

 

「ん? この臭いは……見つけた!」

 

ほんの僅かであるが叔父の臭いを感じた。その臭いが強くなる方へと走っていく。

 

そして、その臭いの元に辿り着くとちょうど黒塗りの車が発車したところだった。

 

見つけた手がかりを逃すものか! 周囲に人目が無いのを確かめると再び体を大鷲の姿に変化させて発車した車を追いかけた。

 

その車は人通りの少ない道を選びながら市外にある山の方へと走っている。このままあとをつけて行けば奴らの拠点に着くだろう。

 

やがて車は山の中にある廃屋の前で止まった。

 

その廃屋の中が見える位置にある木の枝に止まり様子を見る。

 

「ずいぶんと楽な仕事だったな」

 

「ああ」

 

二人組の男が二人の少女を逃げられないように縄で縛った状態で運んできた。しかも、声を出せないように猿轡を噛ませた状態でだ。

 

「んぅーーっ!」

 

縛られている少女の一人である金髪の少女が何か言っているが猿轡を噛まされているので何を言っているのか分からない。

 

もう一人の少女は…………あれ? 紫色の髪……って忍さんの妹じゃないのかな? 早速やらかしてくれたよ叔父さんは……。

 

迷惑をかけるかもしれないって伝えに言ったそばからこれだよ……。

 

しかも様子がおかしい。あの男たちに何か吹き込まれたかな? 叔父さんの手駒みたいだからその可能性も十分にある。

 

はぁ……叔父さんも余計な手間ばかり増やさないでよ。

 

とりあえず、あの二人を助けに行かないと……。

 


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