あれから数日が経過したが……ジュエルシードは発動せずにいる。
同時に叔父も見つからないまま時が過ぎている。ジュエルシードに関しては動きがないのはその間は安全であると言うことなので一向に構わないのだが。
すずかの誘拐ミス以降まったく動きを見せない叔父の方がかえって不気味だ。
単なる杞憂でよければいいのだが……。何とも言えない不安が胸の内から込み上げてくる。
今日は休日であり、何でもなのはの父親が監督を勤める少年サッカーチームの試合があるそうだ。
「えっと……何で何の関わりもない俺が?」
「ほら、蓮君男の子だしサッカー好きかなって……」
動くのは好きだけど……サッカーとかやるような友達とかいなかったからルールとかよく分からないんだけど。
その事実に苦笑するしかない。
「詳しいルールとか知らないし、関係無い人がいたらかえって迷惑じゃない?」
「そこら辺は大丈夫だと思うよ。なのはちゃんのお父さんは優しいし」
おおらかな人なのかな?
でも、叔父を探さないといけないし……うーん、どうしよう……。サッカーを見ながらでも臭いは探せるし……いいかな。
「どうせ参加するわけじゃないし見るだけなら……」
「なら、決まりだね」
すずかが笑いながら胸元で両手を合わせる。
すずかなりに気を使ってくれたのだろう。
叔父を探す以外では読書するぐらいしかすることの無い俺が退屈だからだろうと。
ありがたいことだ。ここに来てからは普段ならあり得ないことが多くて戸惑いそうになる。
嬉しいことも戸惑うこともここには色々とある。それだけ氷村の家で俺は忌み嫌われていたのかを実感してしまうが……。
「そう言えば誰が来るの?」
すずかに誘われはしたが誰が来るかは聞いていない。予想は出来るがあくまで予想なので訊いておいた方がいいだろう。訊いて損することはないし。
「アリサちゃんとなのはちゃんだよ」
やっぱりその二人か。多分それ以外に来る人はサッカーチームの選手たちの父兄さんたちだろう。それ以外には考えられない。
「そう。忍さんは行かないの?」
「お姉ちゃんは恭也さんとデートだって……恭也さんがなのはちゃんのお兄さんね」
つまり、
「すずかの将来のお兄さんって事でもあるわけだね」
「そうだね」
クスクスと笑うすずか。
笑っていることからその恭也さんもいい人なのだろう。
いい人との出会いは貴重だ。誰もがみないい人ではないのだから。
異端の中の異端は……。
ううん。これは考えることじゃない……どうせどうにもならないことだしさ。
「いつ頃から始まるの?」
「えっと……お昼近くになってからかな。試合が終わってからお昼を食べるみたいだから」
「そうなんだ。でも、動いた後だから相当お腹がすくんじゃない?」
お腹が減る時間に動くんだ確実にお腹が減る。これは確実だ。
「そうかも」
やっぱりそうか。
「ならお弁当を作ってる人たちは大変だろうね」
「そうだね」
俺の発言にすずかは頷く。すずかもそう思ってたか。
それからサッカーに関してすずかが知っていることを教えてもらうことになった。
● ● ●
サッカーの試合をするであろう河川敷にすずかの少し後ろを歩きながら来る。
「あ! アリサちゃん、なのはちゃん」
すずかがそう言いながら手を振る。
その方向にはアリサとなのは、ユーノがいた。どうやらユーノは連れてこられたようだ。
「ん、来たわね、すずか。それと、蓮も久しぶり」
「おはよう、すずかちゃん! 一緒に来てる人は? アリサちゃんは知ってるみたいだけど……」
なのはが俺のことを知っているアリサに視線を向けた。
「久しぶり、アリサ。それと初めまして、すずかの遠縁に当たる氷村蓮です。よろしく」
俺はアリサに久しぶりと返事をしてからなのはに挨拶をする。
「私は高町なのはです。なのはって呼んでね。私も蓮君って呼ぶから」
「分かった」
なのはの言葉に頷く。
ユーノはフェレットのふりをしているのかおとなしくしている。
俺にとっては今さらなのだがまあ、好きなようにさせておく。
「元気だった?」
「それなりにね。アリサは……聞くまでもなさそうだね」
「分かってるじゃない」
自信ありげに答えるアリサ。さすがとしか言い様がない。
「ところでなのはのお父さんが監督をやってるって聞いたんだけど……」
「そうよ。ほら、あそこにいるわよ」
アリサが指差す方には翠屋の店員さんがいた。
あの人だったのか。
「見つけた?」
俺はその言葉に頷く。
「うん。前に会ったことがるからすぐに分かったよ。あの人だったんだ」
「ん? 蓮君はお父さんと会ったことがあるの?」
「うん。翠屋に入ったときにね」
また、食べに行くって言ったから近いうちに行こうかな。
「そうだったんだ」
「うん。ブルーベリータルトは美味しかった」
あのブルーベリータルトは本当に美味しかった……。また食べたいと思うほどに。
「あのお店のオススメはシュークリームよ」
「それはお土産に買っていった」
「それは当たり前ね」
当たり前だったのか……。知らなかった。
「もう……蓮君が本気してるよ」
「すずか……あのシュークリームは本気していいものよ」
そこまで絶賛するほどなのか。
期待した目でなのはを見るとなのはは困ったように笑う。
「あはは、誉めてもらえるのは嬉しいけどさすがに恥ずかしいの」
娘からした恥ずかしいのか……。
「話もいいけど……そろそろ試合が始まるよ」
すずかがそう言った。
フィールドの方を見るとすでに選手たちがそれぞれのポジションに着いている。
「本当だ。今日戦うチームって何処のチームなの?」
三人のうち誰かが答えてくれるだろうと思いながら訊いてみた。
「えーと……確か……」
「隣町のチームよ」
なのはが答えようとしてくれたがアリサが答えてくれた。
先に答えを言われたことでショボンとしているなのはをすずかが慰めている。
「隣町か……地元のチーム同士の対戦じゃないんだね」
「本当は地元のチーム同士でやるはずだったんだけど……相手方の監督が今日これないから隣町のチームと対戦することになったのよ」
なるほど。そんな理由があったんだ。
「アリサはよく知ってたね」
「すずかたちを待っている間になのはのお父さんに訊いたのよ。今日対戦するチームは何処ですかって」
だから知ってたのね。まあ、それもそうか監督に訊けば分かることだしね。
ピィィィィイッ!!
突然、笛の音がなった。
「始まったわね」
どうやらさっきの笛の音はサッカーの試合開始の合図だったようだ。
● ● ●
「白熱した試合だったね」
「うん。あれは確かに白熱してた」
サッカーの試合は一進一退の攻防を見せ、どちらかが一方的に進める試合よりも見ていて楽しかった。
どちらが勝ってもおかしくはない試合だったから最後まで飽きることなく見ることが出来た。
サッカーの試合が終わるとそこで解散したのだ。アリサはこれから塾らしい。そして、なのははユーノを連れてジュエルシードを探しに行ったのだと思う。
試合が終わってからサッカー選手の一人を見つめていたことからその選手がジュエルシードらしきものを持っていたのだろう。多分、彼を追っているのだ。
「いつもあんな感じの試合になるの?」
「ううん。あそこまで白熱したのは始めてみたよ」
なるほど……希に見る試合よりもだったんだ。
それはいいものを見た。
すずかと一緒に家に向かって歩いていると突如地面が揺れた。
「っ! 地震!?」
「キャッ! な、何!? 地震!」
その揺れはとても大きくてその場に立っていられないほどだった。
地面に四つん這いの体勢になる俺とすずか。
そして、すずかが唖然とした様子で呟いた。
「あれは……何?」
すずかの視線の先には大きな木が生えていた。
…………あれがジュエルシードの力……。
「すずか! とりあえず家の方に逃げるよ!」
俺は呆然としているすずかの手を引っ張り走り出す。
この前の巨大化した犬が本当に可愛く見えるくらいだ。
ボコボコと地面が割れて中から巨大な根っこが飛び出してくる。
もうなんでもありか! ジュエルシードに対しての認識を変える必要がある。
「……やるしかないか」
「やるって……無理だよ! あんなに大きいの」
「……いや、だってさ……周りを囲まれてるし」
そうなのだ。前後左右に木の根があり通れないのだ。
「でも、危ないよ!」
「あんまり……やりたくないけどさ……今、やらなくていつやるのって力だから」
「……蓮、君」
俺は木の根を掴む。そして、異能の力を使う。
俺が触れている場所から木の根がボコボコと内側から膨れ上がり爆散した。
これは俺が使える異能の一つである分子運動をコントロールする力である。
やろうと思えば手だけで物を温めることすら出来る。人に使えば身体中の水分を蒸発させることすら可能だ。その前に爆発するか死んでしまうが……。
触れるだけで相手を殺せるような相手を誰が触りたがるだろうか……。
「……行こう」
口では言うが手は伸ばさない。
この手は触れたもの簡単に壊すことが出来るから……。
「……うん」
コクリと頷くすずか。
嫌われたかな? でも、しょうがないよね。触れるだけで相手を殺せる力があるんだから。
俺は行く手を遮る木の根を破壊して道を作りながら走る。その後ろをすずかが駆ける。
地面から次々と飛び出してくる木の根が邪魔でしょうがない。
「……アリサちゃんは大丈夫かな」
「分からない。だけどアリサが通ってる塾まで木の根が来てないなら無事だと思う」
「……そうだよね」
それだけ言うとすずかは俯く。
今は家まで戻ることが優先だ。アリサの安否確認は家に戻ってからでも出来る。
幸いなことに今日は分子運動をコントロールする力以外の異能は使ってないからまだ余裕がある。ある程度の距離まで来たら大型動物に変身してすずかを運ぶ。
その方が早く家に着く。
どれくらい走っただろうか木の根が生えてきていない場所まで来ることが出来た。
「はぁ……はぁ……すずか」
「はぁ……はぁ……何、蓮君」
「ちょっとごめんね」
俺は三メートルほどの大きさの狼の姿に変身するとすずかを背に乗せる。
「キャッ! え、えぇ……蓮君なの?!」
俺はコクリと頷く。
「落ちないように掴まってて」
「う、うん」
すずかがぎゅっと毛を掴んだので全速力で家に向かって駆ける。
夜の一族であるすずかを乗せているからこそ全速力で走っているがこれが夜の一族でなければ全力で走るなんて出来はしない。
背に乗った人が飛ばされてしまうからだ。
● ● ●
「すずかお嬢様!? ご無事で! 怪我はないですか?」
家の前に着くとノエルさんが駆け寄ってきた。
「うん。……蓮君が守ってくれたから」
「えっと……蓮君であってますか?」
ファリンさんが恐る恐る話しかけてきた。
ちょっと今は息切れしてて答えられないので頷いて、人の姿に戻る。
するとノエルさんが近づいてくる。
「すずかお嬢様を守ってくれてありがとうございます。蓮君は何処も怪我してないですか?」
「……大丈夫です。でも、血が欲しいです……」
渇く……喉が渇く。血を飲ませろと……本能が囁いてくる。
「少しの間我慢できますか」
喋るのも億劫なので頷くだけに止める。
「……大丈夫?」
すずかが心配そうに訊いてくる。
それに対して頷くだけで答える。少し無理をした。
身の丈を越える変身をしたツケが回ってきたのだ。自分の質量より大きいものには変身するには膨大なエネルギーを使う。
普段の変身に使うエネルギーを十とするとその倍の二十だ。当然、変身を維持するためのエネルギーの消費量も上がっている。
「お待たせしました。どうぞ」
ノエルさんが持ってきた血の入ったパックを一気に飲み干す。一つだけでは足らずに二つ、三つと飲み干す。
「……ゴク、ゴク……ふぅ~、治まった」
「いや~、いい飲みっぷりですね蓮君」
ファリンさんが茶化すように言ってくる。
「吸血衝動を我慢するのって結構辛いんですよ……」
半吸血鬼だから純血の吸血鬼よりも吸血衝動に耐えられるがそれでも辛いものは辛い。
「忍様が恭也様と一緒に急いで戻ってくると仰ってましたので屋敷の中に入って休みましょう」
「そうですね! お姉ちゃん、私はお茶の用意をしておきますね」
そう言うとファリンさんは家の中に駆けていった。
「さあ、私たちも」
ノエルさんの後に続いて俺とすずかは家の中に入っていった。
今回の件でジュエルシードの危険性が浮き彫りになった。忍さんはジュエルシードについてどうするつもりなのだろうか?
それはこのあと分かるかな。急いで戻って来るみたいだし。