吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第18話

「……ごめんね」

 

俺はそう小さな声で言いながら鞭を横凪ぎに振るう。

 

ヒュン! と風を切りながら横一線に鞭が八つある蛇の頭の一つを切り落とす。

 

「あんた……ッ」

 

蛇の頭に追われていた女性が一瞬驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに自分に迫ってくる蛇の頭に気がつくと、その頭を蹴りあげた。

 

「手伝いますよっ……と」

 

俺は近くにある塀を足場にして先ほど蹴りあげられてのけ反っている蛇の頭を鞭を横凪ぎに振るい切り飛ばす。

 

その勢いのまま一回転したのち、縦横斜めと鞭を振るい俺に向かってくる蛇の頭を迎撃する。

 

「うわぁ……えげつないねぇ」

 

と言う声が聞こえてくるがさっさとジュエルシードをどうにかして欲しいのだが……。

 

「……ジュエルシードをどうにかして欲しいんですが」

 

地面に着地した瞬間を狙って俺の足元からさらに蛇の頭が飛び出してくる。それだけではなく切り落とした蛇の頭があった場所からはさらに蛇の頭が生えてきている。

 

最初は八つだったのに今じゃ二十に増えているから堪ったものじゃない。

 

「手伝いますとか言いながら早速あたしの手を煩わせるんじゃないよ!」

 

そんなことを言いながら空中に飛ばされた俺を空中で抱き抱える女性。

 

「……無視してよかったんですが」

 

「ハァ!?」

 

すっとんきょうな声を上げる女性。その顔には何言ってんだこいつは……と言うような自殺志願者か馬鹿を見る表情を浮かべていた。

 

「あの程度なら全く問題ないので」

 

実質、霧化すれば物理的な攻撃はほぼ効かないのだ。

 

「それにしても……増えましたね」

 

「増やした本人が言うんじゃないよっ!」

 

「いや~、そう言われましてもそんなの知ってるわけないじゃないですか。初見じゃさすがに無理です」

 

初見で知るはずもない能力を知っているわけないのに言われても困る。

 

「あ~~!! めんどっちいね! 何かこう派手にブチのめしたくなるよ……」

 

苛立ったようにそう呟く女性。

 

派手にブチのめすねぇ……出来なくはないけど、疲れるから嫌だ。やりたくない。

 

出来るだけ疲れずに終わらせたいのだ。リリンを探さないといけないから。

 

「やっぱり本体を狙うしかないですかね」

 

「……出来るのかい?」

 

いぶかしむような声で訊かれる。

 

「……出来ますよ。あんまりやりたくないですけど」

 

グロいことになるし……。

 

「……そうかい」

 

「ええ、ですが……やらないと終わらないようなのでやります」

 

俺は体を霧に変化させると宝石の付いている蛇の頭の上に行くと体を霧から人型に戻す。

 

そして、左手の爪を鋭く伸ばして蛇の頭に突き刺す。

 

分子運動をコントロールする力を使っているため何の抵抗もなく蛇の頭に爪が埋没していく。

 

その数瞬後、蛇の頭がボコボコと膨張して弾けとんだ。

 

ビチャビチャと降り注ぐ蛇の血肉。

 

その光景を作り出した俺の事をあんぐりと口を開けて放心しながら見ている女性。

 

ジュエルシードが地面に落ちる。

 

「落ちましたよ」

 

地面に落ちたジュエルシードに視線を向けてから女性にそう話しかけたが返事はない。

 

信じられないもの見た様子で固まっているままだ。

 

このまま女性が復活するまで待っているのも時間の無駄なので、俺はリリンを探しに行くことにした。

 

「それでは……失礼します」

 

女性に向けて一礼すると俺は背を向けてリリン探しの再開をしたのだった。

 

 

● ● ●

 

 

「……ふぅ……よかった」

 

俺は女性からある程度離れた位置まで来ると溜め息を漏らす。

 

あのまま、あの場所にいたら危うく吸血衝動に襲われてしまっていたからだ。

 

未だに吸血衝動は治まっていないが濃い血の臭いを嗅がない限り大丈夫なレベルで落ち着いている。

 

蛇の血肉が降り注いだ時は本当にヤバかった。今すぐにでも降り注ぐ蛇の血肉に食らいつきそうになっていたから。

 

吸血衝動は暴走させると俺の理性を吹き飛ばして思考がすべて吸血したいと言う衝動に支配されるからだ。

 

対象は人だけでなく野生の動物も含まれる。

 

未だにこの身には洗脳の残しが残っている。一度外されたタガが戻らないから……。

 

これでも大分改善はされているんだけどね。

 

一年前までは三食必ず血を飲まないといけなかったし……。

 

その事に対して内心苦笑する。

 

本来であれば毎日血を飲む必要は無いはずなのに、俺は飲まないと理性を失って吸血衝動に支配される。そして、満足がいくまで血を飲まないと理性が帰って来ない。

 

我ながら本当に困った体質だと思う。異能の力を使えば使った分だけ血を飲みたくなるし、時間が経っても血が飲みたくなる。……はた迷惑な体質である。

 

中毒と同じだ。禁断症状として吸血衝動が現れるのだから。

 

それでも、洗脳の残しが無くなればマシにはなるだろうけど……きっとそれでも夜の一族の平均以上に血を飲むんだろうなと予想している。

 

俺はジュエルシードのことをいつ爆発するかも分からない爆弾だと思っているが俺自身も似たようなものだと言うことを否定出来ない。

 

ジュエルシードのように広範に影響を及ぼす事はないが局地的な被害であればそれと同等のものを出せると思う。

 

「……吸血衝動に負けないようにしないとな」

 

恩人である……すずかや忍さん、お姉ちゃんにファリンさんに手をあげたくはない……。例え何があろうとも、それだけは絶対に避けなければならない!

 

 

● ● ●

 

 

「……ただいま」

 

夕方近くなり俺は家に帰って来た。本当だったらもう少しリリンを探していたかったのだが……吸血衝動が少しずつ強くなってきたので戻って来たのだ。

 

まだ、我慢しながらも普段通りに動けるレベルではあるが一気に衝動が強くなるかもしれないので念のために早めに帰ることにした。

 

「おかえり……早かったね」

 

すずかが微笑みながら玄関に小走りでやって来た。何か良いことでもあったのだろうか? 機嫌が良さそうだ。

 

「うん……ちょっと疲れることがあってね。それよりも機嫌が良さそうだけどどうしたの?」

 

「実はね……リリンちゃんが見つかったんだよ」

 

「……本当!?」

 

よかった……でも、何処にいたんだろうか? リリンが見つかったことに安堵しながら俺はリリンが何処にいたのか気になった。

 

「ユーノ君から聞いたんだけどねジュエルシードを使って大きくなっていたんだって。それを他のジュエルシードを求める魔導師がリリンちゃんに魔法をぶつけてジュエルシードから分離させてジュエルシードを封印したみたいだよ。その際になのはちゃんと戦ったみたいなんだけど……」

 

言い淀むすずか。大方、なのはが負けたか何かしたのだろう。

 

「怪我とかは無かったの?」

 

「ううん。ただ、気絶させられちゃっただけだよ」

 

それならよかった。その事に内心で安堵の溜め息を吐く。

 

怪我でもされてジュエルシードの回収が出来なくなってしまっていたらと思うとゾッとしない。

 

でも、まあ……ジュエルシードの回収が出来るのが三人に増えたのだからよしとする。

 

それよりも……リリンを助けてくれた魔導師にはお礼をしなくてはならない。

 

例えジュエルシードの回収が目的でリリンを助けたのが偶然だったとしてもだ。リリンがいなければすずかが俺を見つけることも無かったのだから、俺にとってはリリンは幸運の招き猫である。そんな、リリンを助けてくれたのだからお礼は当然するべきなのだ。

 

「そう……外見とかは聞いた?」

 

「うん、一応ね。金髪で黒いレオタードに短いスカートとマントを羽織った私たちと同じくらいの女の子だって」

 

これまた……一度見たら忘れられないようなインパクトのある格好をしてるな。

 

リリンを探してたときに会ったあの女性と同じで服装だけで探せそうだ。今日会った時と同じ格好をしていればの話だけど……。

 

臭いだけでも探し出せると思うのでお礼に行くのには特に困らないだろう。

 

「……それにしてもコスプレみたいな格好だと思うだけど」

 

「うん……だよね。私もそう思ってたんだ……」

 

やっぱりか……なのはの格好自体がすでにコスプレの領域だもんね。

 

「……ずっとあのままの格好なのかな?」

 

「一応……変わるんじゃないかな? お婆ちゃんになってもその格好だとちょっとね……キツいものがあると思うの」

 

「だよね……。少なくとも……三十を越えたらちょっとね」

 

「だね」

 

三十を越えて小皺が増えてきた大人が小学生が着ている制服のコスプレをしている姿を想像した。

 

…………なんとも言えない虚脱感と共にうわぁ……と言う可哀想な人を見たときの気分になる。

 

「でも、私だったら平気だね」

 

「だよね~、夜の一族だから本当に歳をとるまで若い姿だもんね」

 

夜の一族だから当然と言えば当然なのだ。聞いた話だと血の薄かった俺のお母さんは俺を産んだ時の年齢はすでに百を越えていたそうだから……その時の写真を見たときのお母さんの外見的年齢は二十代前後だった。

 

「うん、みんなに羨ましがられること間違いなし」

 

「皆……若いままでいたいからね。羨ましがられるだけじゃなくて嫉妬されるんじゃない?」

 

「……そうかも。アリサちゃんなんか特に「詐欺ね……私も夜の一族に産まれたかったわ」とか言いそう」

 

「ハハハ……案外、二十代の若さを維持してるかもよ」

 

アリサならそれぐらいはやってのけそうだ。実年齢は四十代でも外見年齢は二十代とか……。

 

「アリサちゃんならあり得そう」

 

「でしょ。なのはもそれに似た感じになるんじゃない? なのはのお父さんも見た目がすごく若いしさ」

 

「あ~、確かにそうかも……恭也さんのお兄さんって言われてもあんまり違和感が無いくらいに見た目が若いからね」

 

すずかもそう思うか。

 

特になのはたちの血縁には本当は薄くはあるが人外の血が流れているんじゃないだろうか? そう邪推してしまうほどだ。

 

「だよね……整形でもしてるんじゃないかって思うもん。それで、すずかは魔法少女にでもなりたいの? さっき外見的年齢の問題なら心配ないようなことを言ってたし」

 

「魔法には興味はあるけど魔法少女にはならなくてもいいかな。使えるんだったら使ってみたいだけだし」

 

「ふーん……そうなんだ」

 

「蓮くんは魔法とか使ってみたいとは思わない?」

 

魔法か……。

 

「使ってる異能自体が魔法みたいなものだし特別使ってみたいって気持ちはないかな」

 

「そうなんだ……」

 

「そうだよ」

 

普段の生活でとてつもなく役立つなら是非とも使いたいが……そこまで役立つようには思えないので特にいいやと思っているのが現状だ。とは言え全く興味が無いわけではないのでどんなものか見てみたいと言う気持ちはある。

 

だが……魔法を使うのにデバイスと言う明らかに地球ではオーバーテクノロジーなものが必要みたいなので作り出すのにどれくらいの期間が必要なのか分からない。下手したら俺やすずかが寿命で死ぬまでにデバイスが作れるのか分かったものではない。

 

でも、海鳴市だけでも人口は数千を下らないのに現在デバイスを使えているのがなのはだけ。そうなるととてもじゃないが需要が少なすぎて誰も作ろうとは思わないだろう。

 

と言うか魔法の適性があるかないかを調べるのはどうやってやるのだろうか? まずはそこからだと思う。

 

それはさておき……リリンの様子を見に行かなくちゃ。

 

 

● ● ●

 

 

「……うん、怪我がなくてよかった」

 

部屋に戻ると俺が使っているベッドの上にゴロリと寝ころがっているリリンの姿があった。

 

ただ、若干ではあるが毛かボサついているがブラシでとかせば整えられる程度なので気にすることではない。

 

ふと、鏡を見ると瞳が爛々と紅くなっているのが見えた。血が足りなくなってきているようだ。

 

吸血衝動も後五、六時間であれば耐えられそうなので安心だ。それまでの間に血を摂取できる機会が訪れるので……。

 

それを前提にしてのことだから完全には安心出来ないが不確定過ぎるよりもまだいいだろう。

 

「……明日でいいかな」

 

リリンをジュエルシードから解放してくれたお礼に行くのは……。

 

だって、今日はもう少しで夕食の時間になるし、何より持っていくお土産を買うお店である翠屋が閉まってしまう。

 

彼処のお店は意外にも閉店時間が早いのだ。確か……七時には閉まっているんだったかな。

 

そんなに早く閉めてしまって収入は大丈夫なのかと思ってしまうが……何とかなるから閉めているのだろう。

 

全くお客さんがいない時間は無いようなので問題なく運営出来ているからすごい。少なくとも並大抵のお店では出来ないことだ。

 

明日は何をお礼用のお土産にするべきだろうか? シュークリームにすべきかケーキ類にすべきか……そこが悩み所だ。

 

少なくとも何が嫌いなのか分からないので無難なの一番だろう。大きくもなく小さくもないサイズで幾つか個数があれば問題ないはずだ。それなら嫌いなものがあってもそれを手に取らないだろうし。

 

まあ、全てはお礼に行く明日になってからだな。

 

 

 


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