吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第20話

待ちに待った休日。そう……温泉に行く日がやって来た!

 

自分でもビックリするくらい楽しみにしていたようで昨日は中々寝つけなかった。

 

そんなに楽しみにしていた自分が信じられないが、実際にそうであったので認めるしかない。自分は本当に温泉に行くのを楽しみにしていた事を。

 

多分、誰よりも楽しみにしていたと自負出来る。

 

「ちゃんと眠れた? 何だか眠そうだけど……」

 

クスクスと笑いうすずか。

 

「……あんまり眠れてない」

 

苦笑しながら返事をする。事実、楽しみであるが今現在は眠い。

 

「はぁ~、だから早めに寝なさいって言ったんですよ」

 

とお姉ちゃんが仕方のない子ねと小さく笑う。

 

「まあまあ、蓮君はまだ子ども何ですからそれくらいでいいんですよ」

 

今度はファリンさんが俺の頭を撫でながらそう言う。

 

背後から撫でられているのでファリンさんの表情は見えないが手つきは優しいので笑っているんじゃないかなって思う。

 

何だか気が抜けてきて欠伸が出てきた。

 

「あらあら、本当に眠そうね」

 

忍さんが携帯電話を手にしながら現れた。

 

恭也さん辺りに電話をしていたのだろうか。

 

ただ、いつも以上に機嫌が良さそうだ。何かしら良いことかあったんだろう。

 

ショボショボする目を擦りながら必死に眠気と戦う。

 

「眠いなら車の中で寝てたら?」

 

「………………そうする」

 

すずかの言葉に少しの間だけ悩んだが結局、寝ることにした。

 

眠くて上手く頭が働かないのだ。気を抜くと今にでも眠りの世界に落ちそう。

 

「じゃあ、車の中で寝てるから」

 

「うん」

 

俺は体を霧に変化させると車の中に侵入して、そこで人型に戻ると座席に横になった。

 

「……あぁ……眠い……おやすみ」

 

瞼を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。その眠気に身を任せて眠りについた。

 

 

● ● ●

 

 

「ちょ……っ……と……ちょっと!! いい加減に起きろぉぉぉ!!」

 

「う~ん……何?」

 

耳元で大声を出されたので渋々と目を開ける。

 

目の前に広がるのは金色。

 

「何? じゃないわよ! 何?じゃ! 何回話しかけたと思ってるのよ!」

 

その声の主は……アリサだった。あぁ、金色の正体はアリサの髪だったのか。

 

一人その事に納得しながら寝ぼけた頭が徐々に覚めていく。

 

だが……まだ眠い。

 

「…………誘拐?」

 

「何でよ!?」

 

「違うの?」

 

「違うわよ!? 」

 

違うのか……。

 

「なら、おやすみ」

 

「だから……起きろって言ってるでしょうが!!」

もう……なんなのさ……。

 

両耳を両手で押さえて抗議の視線を送る。

 

「何よ……それよりも詰めてくれない。座れないでしょ」

 

座れない? アリサも車に乗るのか……それなら仕方がない。

 

「これでいい?」

 

「ええ」

 

これでようやく寝られる。

 

だけど、途中で起こされたくないので猫の姿に変身する。これなら大丈夫だろう。

 

隣に座ったアリサが瞳を大きく開けて口をパクパクと動かして驚いている。

 

あ……でも、いいや。寝よう。

 

だが、そうは問屋がおろさなかった。

 

「……何?」

 

「え~と……」

 

何故かアリサが尻尾を掴んでいるのだ。

 

当のアリサはと言うと言い訳を探しているのか視線をさ迷わせている。

 

「……好きにして良いけど起こさないでね」

 

「わ、分かったわ」

 

口調はちょっと緊張しているが顔は少しばかりにやけていた。

 

それを不思議に思いながらも俺は再び目を閉じた。

 

 

● ● ●

 

 

「……ん?」

 

再度、体を揺さぶられる感覚に目が覚める。

 

閉じていた目を開けると……。

 

「あ……起きたのね」

 

何故かアリサの膝の上にいた。

 

首を動かして視線を左右に向けると右側になのは。その肩の上にはユーノが乗っている。反対側である左側にはすずかの姿があった。

 

「おはようなの、蓮君」

 

何でなのはがいるのか分からないが挨拶をされたので返事をする。

 

「おはよう……にゃのは」

 

「「ぷっ……」」

 

「にゃ!? にゃのはじゃなくて、なのは!」

 

「ごめん、噛んだ」

 

起きたばっかりだから上手く口が動かなかった。

 

「あれ? 何でなのはが知ってるわけ?」

 

俺はなのはに変身出来ることを教えた覚えはないのだが……。その事を不思議に思っているとすずかが申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんね、私が話しちゃった」

 

すずかがか……なら、しょうがない。

 

「うん、分かった。すずかが話したのなら、別にいいよ」

 

「……何か明らかにすずかじゃなかったら駄目みたいな言い方よね」

 

「別にそうじゃないけど? お姉ちゃんとか忍さんとかならいいし」

 

「あれ? ファリンさんは……」

 

それは勿論……。

 

「駄目」

 

「駄目なんだ……何で?」

 

不思議そうに訊いてくるアリサに俺はハッキリと言う。

 

「口が軽そうだから」

 

何でですかぁぁぁ!!! と車の外から声が聞こえ、同時に笑い声も聞こえてきた。

 

「そんなこと言ったらファリンさんが泣いちゃうよ」

 

「その時はその時で考えるよ」

 

「蓮君って結構行き当たりばったりなの」

 

苦笑するなのはに追従するようにユーノが頷く。

 

ユーノも何か喋ったらどうだろうか?

 

「皆そうだよ。いくら考えたって先のことなんて完全には分からないんだから」

 

「……それはそうだけどね」

 

ようやく喋ったかユーノ。

 

「そうそう。誘拐されたり、ジュエルシードが落ちてきたりさ」

 

本当に一寸先は闇である。

 

それが人生と言うものなのだろう。

 

先が分かってしまう事ほどつまらないものはない。これは断言出来る。初めから分かっているなら遣り甲斐やそれに向けて行うことすべてが無意味だ。

 

先が分からないからこそ楽しいのであり、不安であるのだ。だからこそ努力して必死に良い方に行こうとする。

 

「あ~、そうよね……」

 

短い間に結構事件は起こり、今なお続いている。

 

「まあまあ……今はそれの事を一旦忘れて……ね」

 

「そ、そうなの! これから温泉に行くんだからそれを楽しまないと駄目なの!」

 

すずかに便乗するようになのはが声を上げる。

 

「……出来ればジュエルシードの事は忘れないで欲しいな」

 

「蓮……そこは空気を読もうよ」

 

ユーノに呆れたように溜め息を吐く。

 

「そうだよ」

 

「そうね、その通りよ」

 

「そうなの」

 

次々と批難の声が上がる。

 

何故、批難の声が上がるのか分からない。

 

その事に首を傾げる。

 

だって忘れちゃいけないことじゃないの? 忘れていいような案件だと思わないんだけど……。

 

俺がおかしいのか? 何だかよく分からない。

 

「そう……なら、皆は忘れてていいよ。俺は覚えておくから」

 

皆が忘れてたいなら俺が覚えてればいいだけの話だしね。

 

うんうん……それで万事OKだ。

 

一人納得して頷く俺に周りからは、こいつは……と言うようなジト目が向けられた。

 

何故だ?

 

その事に疑問を抱きながらも俺はアリサの膝の上から座席後ろの小さな空間に移動してそこで丸くなる。

 

「完全に……猫みたいね」

 

「うん、そうなの」

 

ハァ~~、日当たりが良いのでポカポカとして気持ちいい。

 

このまま日向ぼっこしてるのもいいかもしれない。安らかな気持ちで目を閉じる。

 

「蓮君……もう、十分寝たでしょ。だから、皆でお話しよう?」

 

浮遊感に目を開けるとすずかの顔がアップで視界に入った。

 

どうやら俺は抱えられているらしい。

 

「…………分かった」

 

そう返事を返すとすずかは満足そうに頷いた。

 

ところで早く下ろして欲しいんだけど……。

 

「……何で膝の上なの?」

 

下ろしてもらえたのはいいが何故か今度はすずかの膝の上なのだ。

 

「駄目?」

 

「駄目じゃないけど……」

 

駄目ではない。これがお姉ちゃんやすずか以外だったら確実に断っているところだが……。

 

「疲れたらすぐに教えてね。すぐに退くから」

 

「大丈夫だよ。軽いから」

 

「そう……なら、いいよ」

 

すずかの膝の上で丸くなる。爪を引っ込めて服を傷つけないようにするのはあまりまえである。

 

それから……雑談が始まった。

 

 

● ● ●

 

 

それは本当に雑談であり、話の内容もコロコロと変わっていった。

 

「……今さらだけどさ」

 

「どうしたの?」

 

「本当に今さらなんだけどさ」

 

「何よ」

 

本当に今さらで申し訳ないのだが……。

 

「何でアリサたちも一緒なの?」

 

「………………はい?」

 

「…………え?」

 

ポカンとするアリサとなのは。

 

「……………そう言えば蓮君は知らなかったんだっけ。アリサちゃんとなのはちゃんたちも一緒に行くって事を」

 

このあとちょっとした騒動に発展したがそれはさておき、雑談を再開する。

 

ちなみに車の運転手は忍さん。

 

急カーブでのドリフトだけは止めて欲しかった。お陰でユーノと一緒にアクロバティックな動きをするはめになったのだから。

 

 

● ● ●

 

 

「着いたわよ」

 

車が停止すると運転席からバックミラー越しに忍さんがそう言ってくる。

 

「……ここが」

 

霧化して社内から外に出て人型に戻って目の前にある建物に目を向ける。

 

一体……何百人の人が泊まれるのだろうか? もしくは数千人か……。

 

外観からだけでは分からない。

 

「こらぁー! 荷物を持ちなさい!」

 

宿泊先となるホテルを見てるとちょうど車から降りているアリサに怒られた。

 

自分の荷物を他人に持たせるなと言うことだろう。

 

「うん、分かった」

 

車のトランクの中からバッグを取り出して背負う。

 

それから、別の車に乗ってきたなのはの家族やアリサの執事の鮫島さんにお姉ちゃん、ファリンさんと合流して、宿泊先のホテルのロビーに移動した。

 

ロビーには大きな水槽が置いてあり、中にいる魚はペットショップでも見たことのない魚であった。

 

「……綺麗ね」

 

「……うん」

 

アリサとなのはは水槽の中にいる色とりどりの魚に目を奪われている。

 

「行かないの?」

 

「そしたら蓮君……一人になっちゃうでしょ?」

 

ロビーにある椅子に座ってボーとしている俺の正面にすずかが座っている。気を使わせてしまったようだ。

 

忍さんたちはと言うと受付で何やら話し合いをしている。大方、部屋割りについてだろう。

 

忍さんは恭也さんと一緒の部屋になるだろうし、他は分からないけど子どもだけで部屋に泊めるとは思わないので誰が俺たちと一緒の部屋に泊まるのかを話し合っているのだろうと推測される。

 

「……そうだけど、皆いるよ。周りに誰かしらいるから独りになっても一人じゃないよ」

 

そう言うとすずかは少し悲しそうな顔をした。

 

「そんな寂しいことは言っちゃ駄目だよ」

 

「…………分かった。言わない」

 

独りでは生きていけるが一人では生きていけない。

 

信じられるのは極一部の人たちだけでそれ以外は信じられない……いや、信じようと思えないのだ。

 

だから、俺は一定以上の距離に近づかれないように心に壁を張る。

 

「うん。それから……蓮君は独りじゃないよ。私もお姉ちゃんもノエルさんもファリンさんもいるからね」

 

「……うん。ありがとね」

 

その言葉だけで心が軽くなる。独りじゃなくてもいいと言うたった一つの事でもだ。

 

「皆! ちょっと来てちょうだい!」

 

受付のところにいる忍さんが片手を大きく振りながら俺たちを呼んでいる。

 

「どうしたのかな?」

 

「多分……部屋割りについてじゃないかな。俺たちはまだ子どもだし、子どもだけで部屋に泊めるわけにもいけないから誰が一緒の部屋に泊まるかを教えてくれるんじゃないかな」

 

「あ、そうか……それもそうだね。私はこの後の予定について話し合ってるのかと思ってたよ」

 

「それもあるんじゃない? でも、それだったら誰かの部屋に集まって話せばいいだけだし、先に部屋割りを決めておけば荷物をそこに置いてこれるしね」

 

そんなことを話ながら忍さんたちが待っている場所に歩いていく。

 

「皆、揃ったわね。皆と同じ部屋に泊まるのは鮫島さんよ。鮫島さん皆の事をよろしくお願いします」

 

「ええ、任せてください。それ以前に皆さまがいい子ですので私がいなくても大丈夫でしょうが……」

 

「当たり前よ。自分の事は自分で出来るわ」

 

当然とばかりに自信満々にアリサが言う。

 

最低限自分の事は自分で出来ないとね……そうじゃないと恥ずかしいじゃん。

 

それから各部屋に荷物を置きに向かった。部屋の鍵は鮫島さんが持っている。

 

鍵は二つあるので、もう一つはアリサが持っている。なので部屋に戻る時はアリサか鮫島さんに言わなくてはならない。

 

部屋の鍵は自動で閉まるようになっているのでその点は便利だが……万が一にも部屋に鍵を忘れてしまった場合はロビーの受付まで行って事情を説明しなければならない。

 

そんなアホな事になるのでちゃんと部屋から出るときは鍵を持っているかを確かめておく必要がある。

 

考えられるちょっとしたハプニングはそれぐらいかな?

 

後にその考えが甘かった事を知るのとになるのだが……この時はまだ知らなかったのだ。

 

……運命の時はすぐそこまで迫っていた。

 

 


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