吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第21話

部屋に荷物を置いて身軽になった。

 

季節的にはまだ春なので暑くもなく寒くもないので皆が皆、軽装である。

 

温泉には一人で入った。

 

何故なら……他の人とは一緒に入りたくなかったからだ。

 

特に家族や恩人ではない他人とは……。

 

まあ、それは置いておいて……温泉は気持ち良かった。普段入るお風呂とはまた一味違った感覚だ。

 

「はふぅ~」

 

そして、今はマッサージチェアに座っている。

 

マッサージチェアの振動が心地よく、大きく息を吐き出す。

 

これだけで温泉に来て良かったと思えるから不思議だ……。

 

「…………何であんたがここにいるんだい?」

 

「ん?」

 

声がした方に視線を向けるとホテルが貸し出している浴衣を着たアルフさんがいた。

 

尻尾と耳は隠してあり、普通の人にしか見えない。

 

「旅行だよ。そっちはって……聞く必要もないか……」

 

どうせ、ジュエルシード関連に決まっているだろうし……。

 

「そうだよ……くれぐれも邪魔をすんじゃないよ」

 

アルフさんはそう言うとさっさとこの場から去ってしまった。

 

「ふぅ~」

 

再びマッサージチェアに深く寄りかかる。

 

しばらくそのままでいると複数の足音が聞こえてきた。

 

片目だけ開けて足音が聞こえてきた方に視線を向ける。その足音の主はアリサ、なのは、すずかだった。

 

しかも、アリサは何やらご機嫌ななめな様子であり、それを宥めるなのはとすずか。

 

「あ~! 何なのよ、アイツは!」

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

「そうだよ、アリサちゃん」

 

完全に腹に据えかねている言った様子でダンダンと力強く床を踏みながら歩くアリサ。

 

そんなアリサの様子を見て俺は関わりたくないと思ったのでそのまま無視してマッサージチェアに座っている事にした。

 

自ら危地に飛び込む必要はない。……時と場合によるが。

 

なので……しばらく俺は気配を消して、アリサの機嫌が良くなるのを待つ。

 

 

● ● ●

 

 

アリサの機嫌が直った頃を見計らい合流してその後、初めて卓球をした。

 

シングルだと一位すずか、二位に俺、三位にアリサ、四位になのはだった。ダブルスだと組み合わせ次第で試合の結果は変わったが……なのはと組んだペアがビリになったのであった。

 

それでも、楽しかった。特にすずかとの対戦は白熱した。ラケットは四、五本破損して、球は十個以上破裂して使い物にならなくなってしまったのだから……。

 

まあ、対戦が終わってからどうしようってなったが……。

 

これも後にはいい思い出になるんだろうかと思うと感慨深くなる。

 

「何遠い目をしてるのよ……」

 

「いやいや、卓球をしてた時の事を思い出してね」

 

そう言うとアリサが納得したように頷いた。

 

「ああ、そりゃあ遠い目もしたくなるわね」

 

アリサもその時の事を思い出したのだろう。何やら遠くを見つめだした。

 

さすがに残像を残すような動きはまだ出来ないがいずれは出来るようになるだろうと思う。そうなれば一人ダブルスも夢じゃない。

 

「アハハ……」

 

なのはが乾いた笑い声を上げる。それもしょうがないだろう。

 

なのはの目からしたら完全にアニメや映画の世界でしか見れないような光景だったのだから。

 

「……ちょっと、やり過ぎちゃったね」

 

「確かにそうかもね。もう少し手加減してやるべきだったね」

 

すずかの言う通りやり過ぎた。本気とまでは言わないけどある程度全力で動ける場所や時ってのは案外ないものだからつい自制を忘れてしまう。

 

今度から気をつけなくては。

 

 

● ● ●

 

 

夕食。

 

場所はホテルの大広間を貸し切っての宴会である。

 

隣にすずかとお姉ちゃん。正面にアリサとなのはが座っている。忍さんは恭也さんの隣であり、お姉ちゃんを挟んだ向こう側だ。

 

座敷なので全員が畳の上に座り、テーブルの上には海鮮料理の他に茶碗蒸しや鍋等がある。

 

それと同時にお酒の匂いが漂っている。しかもこれは……俺が飲むために用意した血の入ったコップからだ。

 

お姉ちゃんはまずこんなことをしないだろうし、気がついたらお酒の入っていないのにしているだろう。

 

そうなると……。

 

忍さんの方に視線を向けると忍さんはパチンとウインクを一回だけした。

 

どうやら忍さんが犯人で間違いないようだ。

 

すずかはお酒が入っているとは知らないようで気がついた様子もない。

 

これは飲むべきなのだろうかと悩んでいると忍さんが言った。

 

「それじゃ……皆、飲み物がいったようなのでカンパーイ!」

 

カンパーイ! と皆が声を上げてコップを軽くぶつけ合う。

 

ガチャガチャとコップ同士がぶつかる音がする。

 

その甲高い音が耳に響いて辛いが表情に出さないように耐える。いい感じの雰囲気を壊したくはないからだ。

 

「……ゴクッ」

 

コップに口を付けって中身を一気に飲み干す。

 

「お! いい飲みっぷりじゃないの……ほら、まだあるから」

 

飲んだ端からお酒の入っているであろう血が追加される。

 

注がれたのを断ると不信に思われるので必死に表情に出ないよう堪え忍ぶ。

 

頑張れ俺……負けるな俺! 何に対して頑張るのか分からないが頑張る。

 

徐々に気分が晴れ渡った青空のようになっていく。

 

「どうしたの蓮君?」

 

隣で茶碗蒸しを食べているすずかが不思議そうな様子で訪ねてくる。

 

「ん~? どうもしてないよ~」

 

よく分からないけど楽しい気分なので笑いながら答える。

 

「そう?」

 

何やら納得してない様子だがそれ以上は訪ねてこず、すずかは茶碗蒸しをスプーンで掬って口に運ぼうとする。

 

それを見て俺は何故か欲しくなった。う~ん……もらっちゃえ♪

 

「いっただっきま~す!」

 

「へ?」

 

俺は何の葛藤もなくすずかが口に運ぼうとしたスプーンを口に加えた。

 

「な!?」

 

ん~、美味しい。

 

「…………」

 

「?」

 

何故かすずかが固まっている。

 

何で固まっているのか分からず首を傾げているとお姉ちゃんが話しかけてきた。

 

「何をやってるんです」

 

「美味しそうだったから」

 

「だったら自分のを食べればいいのに」

 

「そう? 人が食べている方が美味しそうに見えない?」

 

そう言いながら上目遣いでお姉ちゃんを見つめる。

 

「……確かにそうかもしれませんが」

 

サッとお姉ちゃんが顔をそらしながらそう言った。

 

ほら、お姉ちゃんもそう思ってる。

 

テーブルに置いていたコップを手に取り口をつける。

 

「ンクッ……ンクッ……プハァ……」

 

コップの中身を飲み干すと俺はクラリとお姉ちゃんにもたれかかる。

 

およ? おぉ~、クラクラする~。

 

自分の思い通りに体が動かず、常に浮いたような浮遊感がある。

 

それでも不快に思わず……いや、むしろ楽しいと思ってしまう。

 

「…………」

 

「な~に~?」

 

無言で見つめてくるお姉ちゃんを上目遣いで見上げつつ首を傾げる。

 

「……なるほど……そう言うことですか……ちょっと離してくれませんか? 私はこれからやることが出来ましたので」

 

「やー」

 

ギュッとお姉ちゃんの腰に腕を回して抱きつく。

 

「……少しだけですから」

 

「……やーなの」

 

「ちょっと忍様にお話があるだけだから」

 

「だったらこうすればいいの」

 

俺は忍さんに目を向ける。

 

「ちょっ!?」

 

ビキリ! と蛇に睨まれた蛙の如く忍さんが動きを止める。

 

「これでいいでしょ、お姉ちゃん?」

 

「……今回はいいでしょう」

 

「えへへ~」

 

褒められたあ~♪

 

「それじゃあ……お説……いえ、お話をしてくるのでいい子で待ってるですよ?」

 

「ハーイ!」

 

固まって動けない忍さんに向かっていくお姉ちゃんを見送る。

 

忍さんは視線で動けるようにしてと訴えてくるがそれを分からない振りをして無視を決め込む。

 

何か喉が渇いたので飲み物をとろうと思い立ち上……フラフラとして上手く歩けない。

 

「ちょっ!? 蓮! 危なっ! 」

 

足元にいるユーノが俺に踏まれないように必死に避けている。

 

あれ? 何でユーノが()()いるんだろうか?

 

「……ユーノって増えた?」

 

「増えてないから!? 何言ってんの急に!」

 

いや、だってねえ……ユーノが二人に見えるんだからしょうがない。

 

「蓮! あんたは座ってなさい!」

 

「おおっと!? 」

 

ユーノを踏まないようにフラフラと足を動かしていたらアリサに手を捕まれてその場に座らされた。

 

「ちょ!? 酒臭いわよ!? 何でお酒なんて飲んでるのよ!」

 

アリサが着ている浴衣の袖口で鼻を覆い隠す。

 

「それは勿論……飲んでた飲み物に入ってたからじゃないのかな?」

 

それよりも喉が乾いた。

 

「じゃないかなって……あんたねえ、ちゃんとお酒の入ってないやつに変えないと駄目じゃない!」

 

「そうだよ、蓮君」

 

すずかが話に入ってきた。

 

ただ、少しばかり顔が赤くなっているが……暑いのだろうか?

 

「ん~……」

 

何だか体が暑くなってきた。

 

なので着ている浴衣をはだけさせる。

 

ふぅ~、これで少しはマシになった。

 

それから、テーブルの上にあった飲み物を適当に手に取り飲む。

 

「ちょっと……それ……私のなんだけど……」

 

すずかが俺が中身を飲むにつれて声をすぼめる。

 

これってすずかのだったんだ……。

 

こういう時ってどうすればいいんだっけ……? 手に持ったコップを見てると一つの妙案が浮かんだ。

 

こうすればいいんだ!

 

早速、残っていたコップの中身を口の中に入れると四つん這いになってすずかの前に行く。

 

「蓮君?」

 

ジッと俺を見てくるすずかの両頬に両手を沿える。そして、笑みを浮かべながら一気にすずかの唇に自分の唇を重ねた。

 

「んぐっ!?」

 

「な!? な、な、な、な……!!!」

 

アリサの驚愕の悲鳴にならない声を聞きながらすずかの口の中に先ほど口に入れた飲み物を流す。

 

「んっ……ぐ……」

 

「ん……ちゅ……」

 

上手く移せなかった分が隙間からこぼれていくのを感じる。

 

「ンクッ……ぁ……」

 

「んっ……ぷはぁ……」

 

全部を流し込んだのですずかの唇から自分の唇を離す。

 

ツーと細い糸のように唾液がすずかの唇と俺の唇を繋いでいたがすぐに切れる。

 

「………………」

 

唖然とした様子ですずかは自分の唇に指を這わす。その数瞬後……一気に顔を赤く染め上げた。

 

「こらこら……蓮君、そんなことをやっちゃ駄目じゃないか」

 

苦笑しながらなのはのお父さんが近づいてきた。

 

「?」

 

何をやっちゃ駄目だったのか分からないので首を傾げる。

 

「……あちゃあ……これは分かってないようだね」

 

困ったような声を出しながらなのはのお父さんはなのはのお母さんの方に視線を向けた。

 

「あらあら……まだ子どもなんですからちゃんと説明しないとですよ、士郎さん」

 

話が長くなりそうだからなのはのお父さんの意識が俺から外れているうちにこの場から去る。

 

音もなく影の中に落ちていく。

 

その時に驚いたような声が聞こえた気がしたが……それは気のせいだと思い気にしなかった。

 

 

● ● ●

 

 

適当な場所で影の中から出る。

 

着ている浴衣はほとんど気崩れていて歩きにくい上に能力の一部が暴走しているのか髪の毛が異様に長く伸びて床についてしまう。

 

我ながらどっかの妖怪みたいだ。

 

「…………わぁお」

 

廊下を移動している最中ふと窓を見ると俺の姿が鏡のように映っていた。

 

伸びきった髪の毛の隙間から覗く、紅く輝く瞳と色白の肌がなんとも言えないホラー映画に出てくる幽霊のように見える。

 

「……これならお化け屋敷とかにいるお化けみたいだ」

 

その事に笑っているとおっかなびっくりにホテルの従業員の人が話しかけてきた。

 

「ど、どうしたのかな?」

 

「ちょっと迷ってるだけです」

 

魔眼で従業員に怪しまれないように暗示をかけておく。

 

「そうか……気をつけてね」

 

「はい」

 

去っていく従業員の姿が見えなくなると俺は歩き出す。目的地はなくただ、フラフラと歩くだけ。フラフラと歩くだけに足がふらついてるけどね。

 

しばらく歩いていると……。

 

「見つけました!」

 

「……ファリンさん?」

 

目の前の曲がり角からファリンさんが現れた。

 

「そうですよ。さ、蓮君戻りますよ」

 

「はーい」

 

ファリンさんに手を引かれて夕食を食べていた大広間まで戻るのだった。

 

 

● ● ●

 

 

大広間に戻ってくるとまず最初に「ギャアアアア!!」と言う悲鳴で出迎えられた。

 

念仏を唱えられたり、魔除けの札を投げつけられたりされてちょっと傷ついた。そしたら、能力の暴走で伸びていた髪の毛が勝手に動き出して余計にパニックになってしまったのだ。

 

そして、現在は髪の毛は肩にかかるくらいにまで切られて短くなっている。

 

なのはのお父さんと恭也さんがハサミで手早く切ったからだ。

 

すずかは俺の顔を見るなり部屋から走っていなくなっているので今はここにいない。

 

すずかの方にはお姉ちゃんが向かったのでそのうち戻ってくるだろうと思う。

 

忍さんは……何か知らないけど真っ白に燃え尽きていた。

 

何があったんだろうか? 恭也さんもあえて無視しているようなのであのままでいいのだと思うが……。

 

「ふぁぁ……」

 

眠くなってきた。

 

近くにあった座布団を重ねてちょうどいい高さにするとその上に頭を乗せて目を閉じた。そうするとすぐに意識が薄れていく。

 

「おやすみ」

 

その言葉が口に出たかも分からぬまま眠りに落ちていった。

 


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