吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第28話

「ただいま」

 

ガチャリと鍵が開く音がしてはやての声が聞こえた来た。

 

するとすぐにヴィータが反応した。

 

「おかえり、はやて」

 

「良い子にしてましたか? ヴィータちゃん」

 

「子ども扱いすんじゃねーよ、シャマル」

 

守護騎士たちの仲は良好なようだ。

 

「あれ? あの子は……」

 

「ん? ああ、あいつなら……って何処行った? さっきまで縁側にいたんだが」

 

「何か用?」

 

俺を探しているようなのでキッチンから声を掛ける。

 

「うわっ! い、いつの間に移動してたんだよ!」

 

「さっきだけど」

 

足音を立てないように移動したから気がつかれなかったのだ。

 

意外と気がつくかなと思っていたのだがそうでもないらしい。

 

「それで何?」

 

「そやった……キミの今着ている服はわたしがサイズを間違えて買っちゃったやつなんよ」

 

「そうだったんだ」

 

明らかにシャマルやシグナムの着ている服だとサイズが大きすぎるし、ヴィータのだとちっちゃいしね。

 

「グレアム叔父さんに頼まれたのもあるからキミの服を買わなあかん」

 

「要するに服を買いに行くと」

 

「正解や。シャマル、あとはお願いしてもええか?」

 

「ええ、大丈夫よ。はやてちゃん」

 

シャマルははやての言葉に軽く頷きながら返事をするとそそくさと野菜や肉の入ったスーパーのレジ袋を持ってキッチンに入っていった。

 

「あたしも行くぜ!」

 

「おお、了解や。ザフィーラはどうする?」

 

「……いえ、家で待っています」

 

「ほな、行くで」

 

トントン拍子で話が進んで行き話に入る隙すらなかった。

 

まあ、話に加わっても結果が変わらないのなら話に加わる意味すらないか……。

 

ずっと家の中にいるよりも記憶が戻る可能性が高くなるし反対する理由はない。

 

「お金は大丈夫なの? さっき買い物に行ってきたんでしょ」

 

「それなら問題ないで買い物が終わったあとに引き出してきたしな」

 

「そう……ならいいよ」

 

いざ買うときとなってお金がないんじゃ話にならないし……。

 

「ほら、さっさと行こうぜ」

 

一足先に玄関に出たヴィータが急かすように言ってくる。

 

「せやな」

 

はやては軽く笑ってそう言うと車椅子を動かして玄関へと向かって行った。

 

俺はその後ろに付いていく。

 

土地勘がないので先頭に立つことが出来ないからだ。

 

と言いつつ、土地勘があっても先頭に立つ気はこれっぽちもない。

 

必要とあらば話は別だが……。

 

 

● ● ●

 

 

「う~ん……どれがいい?」

 

「別に何でもいいよ」

 

「……一応、キミの着る服なんやから」

 

困ったように笑うはやて。それを見たヴィータが言う。

 

「だったらこれでいいじゃねぇの」

 

そう言って差し出されたのは紺色のタートルネックの長袖とグレーの厚地のパーカー、それにジーパンだ。

 

「それでいいよ」

 

「いや……でもなぁ」

 

「ほら、本人がいいって言ってんだからコレにしようぜ」

 

呉服屋に着いてからすでに一時間近く経っているので買うものがないヴィータは飽きてきたのだろう。

 

ヴィータが一緒に来た理由はきっと俺がはやてのことを傷つけないか監視するためだろうし。

 

昨日やそこらで会った人間を信用出来るはずがないのだから当然と言えば当然だろう。特に俺のような得たいのしれない存在なら……。

 

「そうそう。特にこだわりなんてないし、着れれば問題ないよ」

 

「せやけどなぁ~」

 

「はいはい、さっさと会計を済ませようか」

 

あんまり服を選ぶことに時間を掛ける必要はない。

 

着れれば十分。それだけだ。

 

必要最低限あれば基本的に問題ない上にある程度の汚れであれば洗わずとも能力の応用でなんとかなる。

 

仮に洗濯しても乾かそうと思えばすぐに出来るのだ。水の分子を動かして蒸発させればいいだけなのだから。

 

俺ははやてをレジに並ばせるとレジの出口に移動する。

 

すでにヴィータは移動していた。しかも、アイスを食べている。色からしてバニラとチョコのミックスだ。

 

「ん? はやては?」

 

俺が近いて来たのに気がついたヴィータがそんなことを訊いてくる。

 

「今、レジで並んでるけど」

 

「そうか……」

 

そう言うとヴィータは再びアイスを食べだした。

 

冬なのによく食べようと思ったな。

 

寒いのに冷たくなるようなモノを食べるだなんて……。

 

ふと、見てみると意外と周りの人たちもアイスを食べていた。

 

厚着をしてまで冬にアイスを食べたいのか? そんなことを思ってしまう。

 

「終わったで~」

 

キコキコと車椅子を動かしてはやてが膝の上に服の入った袋を置いてやって来た。

 

「じゃ、帰ろうぜ」

 

「せやな……あ、コレはキミのやから自分で持ってくれるとありがたいんやけど」

 

「分かった」

 

はやての膝の上に置いてある服の入った袋を手に持つ。

 

「ほな、行こか」

 

車椅子を動かしてヴィータのあとに付いていくはやてのあとに続く。

 

とりあえずは、道を覚えよう。

 

一人で動くときに迷子になりにくいようにするために。

 

まあ、そんな機会が訪れるとは限らないんだけどね。

 

ヴォルケンリッターの面々はあんまり俺を一人にしないようにしそうだから。

 

守護騎士である彼女らにとって俺は得たいのしれない怪しい人物でしかないのだから。信用なんて全くない。あったら奇跡だ。

 

実際に前を歩くヴィータはいつでも俺が何か変な事をしたら即座に迎撃出来るように注意を向けているしね。

 

はやては気がついてないけど……。気がついてたら注意してるだろし、愛されているなあとつくづくそう思う。

 

記憶を失う前の俺って……愛されていたのかねぇ……。ふと、そう考えてしまった。

 

自分は愛されていたのかと。

 

…………考えようとも答えは出ず。でも、その事に何の不満も感じない。だから、その事が少しだけ寂しく感じた。

 

 

● ● ●

 

 

はやての家に戻ると与えられた部屋に服を置くと部屋の窓から外に出て屋根の上に登った。

 

「……何でヴィータがいるの?」

 

「何だよ? あたしがいたら悪いのかよ……」

 

不機嫌そうにそう返してくるヴィータに俺は首を横に振る。

 

「別に悪くないよ。ただ、はやての傍にいなくていいのかなって」

 

「今はザフィーラとシャマルがいるからな。最低でも誰か一人ははやての傍にいるように心がけてるしな」

 

「……そう」

 

やっぱり……愛されてるね、はやては……。

 

「それで、おまえは何で屋根の上にいるんだよ」

 

「ちょっとやろうと思ってたことがあったんだよ」

 

「……変なことだったらアイゼンの頑固な汚れにするからな」

 

そんな釘を刺すようなことじゃないんだけど……。まあ、何をするか分からないから当然と言えば当然の反応か。

 

「……好きなようにすれば」

 

霧化すれば物理的な原因で頑固な汚れになる可能性はない。なので適当に返事をする。

 

「おい!」

 

怒鳴ってくるヴィータを無視してピーッ! と口笛を吹く。

 

するとほどなくして次々とカラスや雀、鳩などの鳥類が集まってくる。

 

「うわっ!? な、何だよ……これ……」

 

屋根の周りを埋め尽くすように集まってきた鳥たちにヴィータが驚く。

 

そして、鳥たちが一斉に鳴き始める。

 

「………………」

 

鳥たちの鳴き声に秘められた曖昧なイメージを頭の中で少しずつ形作る。

 

「……そう、ご苦労様。じゃあ、またいつか頼むよ」

 

そう言うと鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 

それを見送り、少しの間ボーとしてると声をかけられた。

 

「……何してたんだ」

 

「話を聞いてただけだよ」

 

「はぁ!?」

 

「彼らが見てきたこの街について」

 

俺に関する情報は全くなかった。同時に街に関してもあまり変わりがないようだ。

 

精々、古い廃ビルを壊して更地にしたり、建て直したりしただけらしい。

 

そのせいで巣を失ったと嘆いていた鳥が複数存在した。

 

「……彼らも彼らで苦労しているんだね」

 

「いや、あたしに言われても困るんだけど……」

 

「それもそうだね」

 

ヴィータに言ってもしょうがない。

 

「この事は皆に伝える?」

 

「当たり前だろ」

 

「そ……」

 

それならそれで別に構わない。

 

「……いや、もっとこう……言わないでくれ的なのはないのかよ」

 

「それだったらわざわざここでやることないじゃん」

 

「それもそうだよな」

 

そんなもんだよ。一人でやるのは他の誰かに見られたくないことだから。誰だってそうじゃないの?

 

「で、何か分かったのか?」

 

「廃ビルが壊されたから新しく巣を作り直さないといけないとか、新しくビルが建ったぐらいかな」

 

「……そんなもんなのか?」

 

「そんなもんだよ。彼らは人間と同等の知能を有している訳じゃないんだから」

 

人間と同等の知能を持っていたらそれはそれで世界が変わっていただろうけど……。

 

 

● ● ●

 

 

屋根の上から家の中に戻ると……シャマルが料理を運んでいた。

 

「…………」

 

「おい、待て……作ったのはシャマルではない主だ」

 

その光景を見た俺は黙って踵を返したが、ザフィーラの言葉に足を止める。

 

「……本当に?」

 

「ああ、でなければ今頃は……」

 

そう言ってザフィーラは遠くを見つめた。その姿から哀愁が漂っている。

 

「……お疲れ様」

 

「ああ」

 

ザフィーラは高確率で被害にあっているようだ。

 

キッチンの近くでシャマルが「ヒドイ!」と言っているが事実だ。

 

シグナムはと言うと……経済新聞を読んでいた。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「……意外な光景だから」

 

「そうか? 将たる者は様々な情報は知っておかなければならない。馬鹿に将は務まらないからな」

 

確かにシグナムの言う通りだ。

 

上が馬鹿だと苦労するのは下だし、上が優秀なら優秀なほど下はそれだけ安心出来る。

 

「皆……ご飯出来たでぇ~」

 

はやてが車椅子を動かしてキッチンから出てきてリビングのテーブルに向かう。

 

続々とヴィータ、シグナム、ザフィーラ、シャマルもテーブルに向かって移動を始める。

 

俺も移動を始めて空いている席に座る。

 

良い匂いが鼻腔を擽る。ギルのところではまず感じなかったことだ。

 

「どや? グレアム叔父さんところと比べるとどっちが美味しそうや?」

 

「……考えるまでもない」

 

自信あり気に訊いてくるはやてに俺は答える。

 

「ほう……で、どっちや?」

 

「もちろん……はやて」

 

「おっしゃ!」

 

嬉しそうにガッツポーズを決めるはやてにヴォルケンリッター一同が称賛の声をあげる。

 

それを嬉しそうではあるが若干恥ずかしそうにするはやて。

 

いや、本当に愛されてるね。

 

この様子だとギルに頼まれたことはする必要はないんじゃないかと思う。

 

でも、あの時のギルは確実に起こることだと確信しているようだった。

 

でも、現在のヴォルケンリッターの面々の様子がギルが言ったことを疑わせる。

 

考えてもしょうがないか。いずれ分かることだ。

 

その時になったらその時で臨機応変に対応すればいいだけだ。たとえ……記憶が戻っていたとしても一応、約束だからやれるだけやらなくては。

 

ただし……それに伴って起きる出来事が記憶を取り戻していた俺にとって許容出来ないものだった場合は……妨害もしくはギル本人を叩きに行こうと思う。

 

まあ、記憶が戻ることなんてそうそうないだろうけど……。

 

先の事なんて分からないしな……。

 

 

● ● ●

 

 

夕食は普通に美味かった。ヴィータが「ギガウマ!」と言う単語を何度も言っていたのが一番印象深かった。

 

そして、今は……はやてと一緒にシャマルが風呂に入っている。シグナムとヴィータ、ザフィーラは俺の目の前にいる。

 

「……単刀直入に訊こう。お前は……主はやてに危害を加えるか?」

 

「それを本人に訊く?」

 

「普通は訊かないだろうが……こう訊けば大抵は分かる。目は口ほどにものを言うからな」

 

「そう……危害を加えるつもりはないよ。する理由もないし」

 

そう答えるとシグナムがジッと俺の目を見る。

 

それから何秒経っただろうか、しばらくするとシグナムが視線を外す。

 

「とりあえず、嘘は吐いてないようだな」

 

「本当かよ?」

 

ヴィータが信じられないと言った様子でシグナムに言う。

 

「ああ。少なくとも今現在は間違いない」

 

「……分かった」

 

迷いなく言い切ったことでヴィータは一応ではあるが納得したようだ。

 

「将が決めたならそれに従おう」

 

「シャマルには私から伝えておこう」

 

とりあえず、俺ははやてに対して危害を加えないと判断してもらえたらしい。

 

それでも、しばらくは一人で行動出来なさそうだ。

 

外に行くとしたら誰かしらに付いてきてもらうか誰かに付いていくしかなさそうだ。でも、それも監視の必要すらないと判断されるまでだろう。

 

確か……明日はヴィータが近所のお年寄りたちとゲートボールをしにいくらしいからそれに付いていくか。

 

そうすれば外に行く大義名分を得られる。

 

これなら誰も咎めることはしないだろう。

 

ゲートボールをやるなら公園か何処かの広い場所だろうし、もしかしたら記憶を失う前の俺が行ったことのある場所で、記憶を取り戻す切っ掛けになるかもしれない。

 


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