吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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A's篇
第30話


十一月も終盤を迎えた頃にそれは起こった。

 

突如、はやてが胸を押さえて倒れたのである。

 

俺はその場にいなかったのでそれを知ったのはその日の夕方であった。

 

シャマルが原因を調べたところ闇の書が原因だと判明した。何でもはやてを侵食しているらしくそれを止めるためには闇の書を完成させる必要があるそうだ。

 

多分、ギルはこうなることが分かっていたのだろう。でなければ、この時期に間に合うように俺を送ったりしなかったはずだ。……闇の書の完成を完成させてどうするつもりなのだろうか?

 

「……行くんだね」

 

「ああ」

 

騎士甲冑---バリアジャケット---を纏ったヴォルケンリッターの面々がはやての入院している病院の屋上にいる。

 

これから他の世界に魔力を集めに出かけるのだ。

 

「だったら……お土産をお願いね」

 

「旅行に行くわけじゃねぇんだぞ!!」

 

「それぐらい分かってる。はやてにだよ」

 

「……そういうことね」

 

シャマルは俺が何を意図して言ったのか分かったらしい。

 

「どういうことだ?」

 

ヴィータがシャマルに説明を求める。シグナムとザフィーラはすでに理解しているのか黙ったままだ。

 

「私たちがはやてちゃんに止められた収集活動をしてないって誤魔化すためと……元気づけるためよ」

 

「そうならちゃんと最初からそう言えよな!」

 

「えー、お土産をお願いねって言った時点で気がついてよ」

 

俺にじゃなくてはやてにだってことをさ……。

 

「蓮が紛らわしい言い方をするからだろ!」

 

まるで自分は悪くないと……言ったら言ったで言い争いに近くなるので言わないが。

 

「それじゃ、皆……気をつけてね」

 

「ああ」

 

「うむ」

 

「それじゃ、家のことはお願いね」

 

「ちゃんとはやての様子を見に行けよ?」

 

「分かってるよ。ちゃんと昼と夕方の二回行くから」

 

そう返事を返すと、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマルの足元に魔方陣が展開されてカッ! と一瞬、閃光が走るとその姿を消した。

 

「……行ったか」

 

本当ははやてのところに誰か残して起きたかったんだろうな。

 

俺よりも同じヴォルケンリッターの仲間なら確実なのに……。それでも行ったのは俺がある程度は信用されたからかな?

 

だとしたら……その信用には答えないと。

 

俺は体を大鷲の姿に変化させると病院の屋上から飛び立ち、家に向かって飛んでいった。

 

 

● ● ●

 

 

翌日。

 

「…………そう言えば誰もいないんだった」

 

ヴォルケンリッターの面々は闇の書の完成のために収集活動を初めて、はやては現在入院中。

 

昼にははやてが入院している病院に様子を見に行くから……その前に掃除とかやっておかなくちゃな。

 

幸いなことに掃除のやり方は覚えてるし、洗濯物も俺の分を洗うだけでいいからそんなに時間はかからない。

 

これなら少し早めに家を出て公園に寄り道してリリンに会えるかもしれない。リリンが公園にいる確率はあまりないが0ではないので会えたらラッキーと思っておこう。

 

「……朝食はパンでいいか。俺以外は誰もいないんだから」

 

冷蔵庫の中から牛乳を取り出してコップに注ぎ、袋に入った食パンを二枚取り出す。

 

そして、いざ……朝食を食べようとしたタイミングで電話が鳴った。

 

「はぁ~」

 

俺は渋々電話の受話器を取る。

 

「はい、八神です。どちら様でしょうか?」

 

『あ、もしもし、蓮君か? わたし、はやてや』

 

「どうしたの?」

 

『いやな、皆は朝食を食べたかなって』

 

「いや、これからだよ。ちなみに俺以外の皆は出かけてるよ」

 

『そうなん? 蓮君はシグナムたちが何処行ったか知っとる?』

 

「ううん。詳しい場所は知らないけど……お土産はお願いしておいたから期待してていいと思うよ」

 

『そか、ならお土産は期待してるで』

 

「うん。あと俺はお昼にそっちに行くから」

 

『了解や。待っとるで』

 

「それじゃ、またお昼に」

 

『せやな』

 

ガチャリと電話が切れる。

 

さて、食べますか。

 

俺は食べる前に中断された食事を再開した。

 

 

● ● ●

 

 

朝食を食べ終わったあとは洗濯物を干し、食器を洗い、部屋に掃除機をかける。

 

それらが一通り終わるとメモ帳とボールペンを持って出かける。

 

「……いってきます」

 

誰もいないのについ言ってしまう。

 

これは最早、癖と言うべきものだろう。でも、返事が返ってこないのに言うのは寂しいものだと改めて思った。

 

家から出てすぐに公園に向かう。お昼まで時間はまだあるのでリリンに会えるかもしれない公園に行くのだ。

 

公園に着くと俺はベンチに座り、空を見上げる。

 

今日は曇っているので晴れている日よりもやや寒い。

 

その場で少し待っていると……リリンとは関係ないない猫たちが寄ってきた。

 

「……今日は珍しいな」

 

小さくそう呟く。

 

いつもならリリンしか近寄ってこないのでリリン以外の猫が近寄ってくるのは実は初めてなのだ。

 

ただ、単に俺がまだ思い出せていないだけの可能性もなきにしもあらずだが……。

 

「……ん?」

 

よーく見てみるとこの猫たちすべてに見覚えがあった。

 

正確な場所は思い出せないが、確かに見覚えがある。

 

でも、何処で見たのか思い出せない。もどかしいが記憶が全部戻ってないので仕方がないと受け入れる。それよりもニャー、ニャー鳴く猫たちは何処から来たのだろうか?

 

いつの間にかベンチの上に上がり、俺の両隣で伏せていたり、膝の上に乗って寛いだり、肩や頭の上に乗ったりと思い思いの行動をされている。

 

……別に嫌ではないのだが……何でこんなになつかれているのだろうか? メッチャ擦り寄られてるし、まるで臭いを付けてるみたいだ。

 

てか、実際その通りだ。

 

ある程度臭いをつけ終わると次の猫が変わりに臭いを擦りつけてくるのだから。

 

しかも、臭いをつけ終わった猫はニャーと一鳴きすると公園から去っていく。

 

どうやら、今日は臭いをつけに来ただけのようだ。

 

昼にははやてが入院している病院に行くので、まあいいのだが……。

 

そして、最後に残った猫が俺に臭いをつけ終わると去っていったのでベンチから立ち上がり病院に向かって移動を開始した。

 

 

● ● ●

 

 

「やっほー、はやて。宣言通り来たよ」

 

病院の受付ではやてのお見舞いに来たことを告げてからはやての入院している病室にやって来た。

 

「いらっしゃい。待ってたで」

 

笑顔で手を振りながら出迎えるはやてに俺も笑顔で返す。

 

「調子はどう?」

 

「ん~、ちょっとダルいけど……それだけやね

 

 

顔色も悪くはないから本当にそれだけだろう。

 

「それならよかった」

 

「ヴィータたちはおらんの?」

 

「それはね……」

 

俺は他に人がいないのを確認してから小さな声で言う。

 

「……はやてを元気づけるために他の世界に行ってお見舞い用のやつを探してるんだよ」

 

「そうなんか? でも、わたしは……皆が傍にいてくれた方が嬉しかったんやけど……」

 

「それは、皆に直接言った方がいいよ」

 

その方がヴォルケンリッターの皆は喜ぶだろうから。彼女らは皆、はやてが好きだからね。

 

「言いたいのは山々なんやけど……来てくれないと言えないんやけどな」

 

「ははは、それもそうだね」

 

困ったように笑うはやてに俺も笑い返す。

 

確かに、はやての言う通り言おうとしたら実際に目の前にいないと直接言えないことだ。

 

念話を使えれば話は別なんだけどね。

 

…………思ったら俺も念話を使ってなかった。戦闘用の魔法だけ覚えて念話を忘れてたとか……マジでないわ~。

 

すっかり念話の存在を忘れてた。いや、これは本当に笑うしかない。

 

「どないしたん? 急に笑いを堪えているような顔して……」

 

「ん? ちょっとね……忘れてたことがあってね。それを思い出した結果だよ。あまりにも馬鹿らしくて」

 

「そ、そうなんか……」

 

コメントしずらそうに言葉を濁しすはやて。

 

とりあえず、話題を変えよう。

 

「ゴホン……それでさ、入院してる間は暇そうだから何か持ってこようか?」

 

「持ってきてくれるん? だったら何か本を持ってきてくれると嬉しいんやけど……」

 

「いいよ。どんなのがいい?」

 

申し訳なさそうに言ってくるはやてに俺は二つ返事で答えた。そうするとはやては少し考えるような仕草をしてから言った。

 

「せやったら……ファンタジー系の短編集を頼むで」

 

「了解。短編集ね」

 

「せや、ありがとな」

 

「いいよ。お世話になってるんだし。夕方にまた来るから」

 

「うん。待ってるで、気いつけてな」

 

「それじゃ、また」

 

俺は軽く手を振りながら病室をあとにするのだった。

 

 

● ● ●

 

 

病院をあとにすると俺は入院しているはやてに持っていく本を借りるために図書館に向かった。

 

「あ……図書カードはどうしよう……」

 

困ったことになった。俺は図書カードを持っていなかった。家にある本だとはやてはすでに読んでいるだろうから持っていくのは避けたい。

 

でも、俺は図書カードを作れるのだろうか? 作るのに身分証明書とかが必要だったら……仕方がないから暗示を使うしかないか。

 

こんなことに使いたくはないがしょうがない。内心溜め息を吐きたい気分になるがはやてのためだと自分を納得させる。

 

意外と身分証明書がないのは不便だ。シグナムはどうやってその問題を解決したのだろうか? 物理的なのか? いや……でも、シグナムはそんなことやらなさそうだから……スカウトされたのかな? それが一番可能性がありそうだ。

 

シグナム以外は特にバイトとかしてるわけじゃないから身分証明書は必要ないな。

 

そんなことを考えているうちに図書館に着いた。

 

「…………やっぱり」

 

特に道を確認したわけではないのに図書館に着くことが出来た。そのことから導かれるのは……俺はこの図書館を利用したことがあったんだろう。

 

考えごとをしてるのに一度も迷わなかった。

 

記憶がなくても体は覚えてるか……。

 

俺は軽く息を吐いてから、頭を左右に振って思考を切り替える。

 

今はそんなことを考えるよりもはやてに持っていく本を借りるのが先決だ。

 

自動ドアをくぐり、図書館の中に入ると図書館内のマップを見る。

 

そこから、目的の本が置いてある場所を探す。

 

ええーと……あった! 奥の方か……。以外と離れていて移動が面倒だな。

 

そんなことを思いつつも俺は図書館の奥へと移動する。そして……。

 

どんっ! と右側の柱の影から出てきた人にぶつかってしまう。

 

「っと……大丈夫ですか?」

 

床に尻餅をついてしまったヘアバンドを付けた紫色の髪をした少女に手を差し出す。

 

「い、いえ、すいませ……ん……」

 

その少女が俺の手を取り、俺の顔を見た途端に固まった。まるで、信じられないものを見たように……。

 

瞳は大きく見開かれ、口は小刻みに震えている。そして、小さく掠れるようような声で確かに彼女は呟いた「……蓮君」と。

 

 

〇 〇 〇

 

 

ちょうど、その頃……とある管理外世界では。

 

ドオォォンッ!!

 

大きな地響きを立てながら十メートルを越える巨体が地面に崩れ落ちる。

 

その周囲にはへし折られた木々が散らばり、その範囲は数百メートルにおよぶ。

 

「……どれぐらい埋まった?」

 

「ざっと……四頁と言ったところだ」

 

その頁数を聞いてヴィータが舌打ちをする。

 

「……シグナムとシャマルの方は?」

 

「そちらの方は……数頁分だそうだ」

 

それを聞きながらヴィータは闇の書に視線を向ける。

 

今現在埋まっている頁数は五十にも満たない。このペースで収集を続けて間に合うのかと言う焦りがヴィータを苛立たせる。

 

「……ヴィータ」

 

「分かってる……」

 

ヴィータがデバイス―――鉄の伯爵 グラーフアイゼン―――を構えると同時に怪鳥と言うべき巨大な鳥が飛んでくる。

 

「ギィアァァァァァ!!!」

 

怪鳥が奇声を上げて、より一層飛行速度を上昇させる。

 

「うっせぇ! ザフィーラ、さっさと収集するぞ」

 

「……ああ」

 

突っ込んでくる怪鳥にヴィータが声を張り上げ、アイゼンを振りかぶりながら突撃し、その少し後ろからザフィーラが追従する。

 

ちょうど、その頃。

 

シグナムとシャマルの二人もこの世界の原生生物と戦っていた。

 

「……ふむ……硬いな」

 

シグナムは相手の硬さに感心していた。自身の攻撃を容易く弾くその防御力にである。

 

「うーん……ヴィータちゃんがいればよかったんだけど」

 

「そう言うな。私たちしかいないのだから私たちがやるしかあるまい」

 

「そうなんだけどね」

 

シグナムとシャマルはそんな会話をしながらも目の前にいる巨大なヤドカリをどうやって倒すか思案していた。

 

「……これが終わったらヴィータたちと合流しよう。この世界は魔力を持つ生物が少ない」

 

「そうね。いたとしても魔力と生物の強さが釣り合わないから他の世界で収集した方がよさそうよね」

 

「では……さっさと終わらせよう」

 

シグナムがそう静かに言うと同時に巨大なヤドカリは威嚇行動を止めて攻めに転じた。

 


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