「何時ぐらいに行けばいい?」
そう尋ねるとすずかは顎に手を添えて、視線を上の方に向ける。
どうやらそこら辺はまだ考えていないようだ。
でなければ悩むまい。
「……う~ん。夕方ぐらいかな。お昼よりも夜の方がメインだし」
まあ、何処もそんな感じだろう。
豪勢なものにするなら大抵が夜だし。
「了解。夕方に行くよ」
「うん。きっとお姉ちゃんたち驚くだろうな」
「そう?」
「うん! 特にノエルさんは」
すずかの表情からするに悪い方ではないと予想出来る。
嬉しそうに笑っているし。それでも、一抹の不安があるが……行くと約束しているのでそれを破るつもりは更々ない。
そうなればすずかに怒られる。
「そうか……その人もやっぱり、俺がすずかの家に居候していたときに関わっていた人?」
「うん……関わっていたというよりもお姉ちゃん見たいな人かな」
「……お姉ちゃん、か……」
記憶にあるけど実感がわかない。
それでも、きっと特別な人だったんだろう。
すずかの次に優先するべき人って感じる。
「……会ってみたいな」
その言葉がポツリと漏れた。
「ごめん。今、ノエルさんはお姉ちゃんと一緒にドイツに行ってるんだ。一応、クリスマスには戻ってくるらしいんだけどね」
申し訳なさそうにすずかがそう教えてくれた。
「そっか……」
「うん。親戚一同が揃うらしくてお姉ちゃんがお母さんたちの代役で出席することになっちゃって」
「それならしょうがないよ」
多分、ここで顔を見せておくことですずかのお姉ちゃんが活動をしやすいようにするつもりだろう。
顔を覚えてもらっていれば色々と便宜を図ってもらいやすいしね。
そうなると……大人は大変だ。
いかに今が自由なのかよく分かる。
「……お土産なら期待出来るんじゃない?」
「どうかな……お姉ちゃんは時折何をするのか分からないから」
そう言いながら苦笑するすずか。
よっぽど突拍子もないことをすずかのお姉ちゃんはするのだろう。
でも、すずかの様子から困りはしてるが迷惑している様子は感じられない。
ということはちょっとしたおふざけレベルのものなのだろう。だから苦笑するだけで済んでいるのではないのだろうか。
「それは……大変だね」
「……うん」
大変なことは認めちゃうんだ。
まあ、苦笑するようなことだから少し大変なだけだろう。
ものすごく大変なことだったら苦笑じゃなくて嫌そうな顔をするだろうし。
それからも、俺とすずかは談笑を続けるのだった。
● ● ●
あっという間に時が経ち、時間が午後四時を迎える。
「……そろそろ帰らないと」
「そっか……途中までは一緒に行こうか」
俺とすずかは図書館をあとにした。
すずかは最後に本を借りていったが。
そして、二人で夕暮れに染まる帰り道を歩いていく。
「あっという間だったね」
「うん。本当にあっという間だった」
「ねえ……今度は私の友だちも一緒でいい?」
不安そうに見つめてくるすずか。
もちろん、俺にはすずかの願いを断るなんて選択肢はないので
いよとうなずく。
「すずかの友だちってことは俺のことも知ってる人?」
すずかの友だちなら俺のことを知っている可能性が高い。
まあ、知っていたからって特に問題はないのだが。
一応、どんな人が来るのかを確かめておきたかったのだ。
「うん。そうだよ。アリサちゃんとなのはちゃん 」
アリサになのは? 名前を聞いてもいまいちピンとこないが……まあ、すずかの友だちと覚えておこう。
そのうちに思い出せるだろうし。
楽観的に考えても大丈夫だろう。
すずかの友だちなのだ悪い人ではないはずだ。
ただ……記憶をなくす前の俺と仲がよかったかといわれると分からないが。
「覚えておくよ。アリサになのはね」
「うん。二人ともきっと驚くよ」
驚くね……確かにそうだろう。
行方不明なっていた人物が記憶喪失の状態で目の前に現れるのだから。
「驚かなかったらよっぽどどうでもいい存在だったのか、無関心だったかのどれかだしね」
そんな俺の言葉にすずかは苦笑いをするだけだった。
「アハハ……じゃあ、ここまでだね」
「うん。それじゃ」
話している間に十字路についたのでそこですずかと別れる。
歩いていくすずかの後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから俺ははやてのいる家の方へと足を動かした。
● ● ●
「あれ? 案外早かったね……戻ってくるの」
家に帰ってくるとシグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマルが勢揃いしていた。
「ああ。……管理局が目を光らせていたので収集活動が出来なかった」
シグナムが静かにそう言った。
「そっか……せっかくだし今のうちに収集しておく?」
「……いいのか?」
ヴィータが不思議そうな顔でそう言ってきた。
「いやだってさ、魔力必要なんでしょ」
「うーん……どうする? シグナム」
シャマルがどうするべきかシグナムに尋ねた。
そこまで悩む必要はないと思うのだが。
「……本人が収集させてくれると言っているのだ収集させてもらおう。我々にはあまり時間がないのだ」
ザフィーラがそう進言する。
「……本当にいいのか?」
ヴィータが再三の確認をしてくる。
俺はそれにうなずく。
「俺……魔法使わないし」
なので収集されても全く困らないのだ。
それに……血を飲めば大半のことならすぐに回復出来る。
「そうか……では、収集させてもらうぞ」
「どうぞ」
「シャマル」
「ええ」
シャマルはうなずくと闇の書を開く。
それから俺の胸元に手のひらを向ける。
すると、胸元から赤黒く輝く球体が出てくるではないか。
「あ……」
身体を駆け巡るような痛みと共に球体が小さくなる。
一体どれほど収集されていたのだろうか、収集が終わるとものすごい倦怠感に襲われた。
「……っと……ダル」
「……それだけかよっ!?」
「いや……それ以外に感想なんてないし」
痛みとかにはかなりの耐性があるのだ。
信じられないような表情でヴィータが俺を見ている。
「マジかよ……」
「うん……でも、かなりダルいね」
「……普通はそれだけじゃすまないんだけど」
シャマルは困ったようなあきれたような声を漏らした。
「別に気にする必要はあるまい。これも個人差だ」
ザフィーラは冷静であった。
さすがいつも寡黙なだけはある。
「それでさ……収集はどうするの?」
管理局の職員を見つけて撤退してきたのだからこれからますます収集が難しくなるだろう。
「……しばらくは様子を見るしかあるまい。ただでさえ主の言いつけを破って収集を行っているのだ。なるべく目立ちたくはない」
シグナムはそんなことを言っているが、俺はすぐに目立つようなことになると思っていた。
近場で収集していたのだから調査をされたら何かが起こっているのはすぐに分かるだろう。
調査をしているのがよっぽどの無能ではない限り。
「……いざとなったら人からも収集する必要もあるんじゃない? 管理局員は魔導師なんでしょ」
「……ああ、そうだな」
シグナムは人から収集するつもりは現在のところあまりないみたいだ。
ただ、ヴィータはそのことが不満そうであるが。
まあ、無茶はしないと思いたい。ヴィータは見た目こそ少女だが、歴戦の猛者であるのだから引き際とかも心得ているはずだ。
「それで、しばらく収集活動は休むの?」
「ああ、そのつもりだ。今しばらくは主の傍で過ごすことになるだろう」
「そうだな。はやてには寂しい思いをさせちまってるからな」
「うむ」
「ええ、私ははやてちゃんの診察もしたいし」
ヴォルケンリッターの全員がいるのだからはやても寂しくはないだろう。
はやての容態が急変しなければの話ではあるが。
● ● ●
「はふぅ~」
溜め息が出る。
特に気分が悪いわけではない。ただ……血が不味いだけなのだ。
持ってきた血が時間が経ちかなり劣化してしまって味が悪くなった。
「……どうしよう」
何処かの病院に忍び込んで血だけを拝借するか……それとも近所の人たちが寝静まっている間に血をいただくか……。
「ん? なに悩んでんや」
「……はやて。いや、ちょっとね……血をどうやって手に入れようか考えてて」
考えついたのは完全に一般的からしたら犯罪行為に当たるものだけだったのだが……。
はやてにはそこまで教える必要はないだろう。
「……なんならわたしの血をあげようか?」
「……いや、なんか移されそうだからやめとくよ」
「失礼なっ! せっかく人が善意で言ってんのにその言い方はあんまりやないか!!」
いや……だってねえ。闇の書って明らかに怪しいものの主なんだし、それにシグナムたちが反対しそうだからね。
「……気持ちだけで十分だよ」
「最初の言葉がなければ……苛立ちはせえへんかったで?」
額に青筋を浮かべながら笑顔でそう言うはやての迫力はとても凄かった。
まるで……幾つもの修羅場をくぐり抜けた猛者のようだ。
「ごめん……正直な気持ちを言ったのが悪かったね」
「本音だったんかいっ!? むしろわたしはそれに驚きや!?」
本音は隠さないと駄目だね。
正直すぎるのも考えものだ。
「あ、うん……本当にごめん。今度からはオブラートに包むよ。……すぐに破けそうだけど」
「おい!? それは意味ないやないか!」
「だってさ……オブラートってすぐに破けるじゃん」
「確かにそうやけど……でも、そこは破けたらアカンのや」
破けるもしくは溶ける。その二つの運命しかない。
「……オブラートはオブラートでしかないんだよ」
「……確かに、そやけどな」
薄いフィルムに包んだところで意味などない。
「で、結局……どうするんや」
「輸血しているところに忍び込んで血だけを拝借してくるよ」
「……盗みかい!」
「いや、ちゃんと
暗示をかければ上手くいくのは確定だ。
誰か人の家に忍び込んで血だけを吸っていくのと同じくらい容易い。
「なんかただのお話やない感じがするけど……一応、物理的なお話やないよな?」
「そんな物騒なことはしないよ。誠心誠意
にっこりと笑いながら言うが、はやては疑いの眼差しを向けてくる。
そこまで俺は信用がないのだろうか?
だけど追及してこないから疑っているだけだなのだろう。
多分、信じようと思うが何かしら心に引っかかるものがあって信じきれない。
そんな感じだとみた。
まあ、元から信じてもらえるとは思っていないので別にいいのだが。
「……まあ、人様に迷惑をかけないならいいよ」
妥協したか。
……まあ、それが妥当だろう。
はやてがなんと言おうと俺は止めるつもりはなかったのだから。
これがすずかだったら……………………完全に止めていたな。
はやてのポジションをすずかに当てはめたらすぐに止めると返事をしていたのが容易に想像出来た。
「それにしても……シグナムたち……遅いなぁ」
ふと、はやてがリビングの方から視線を庭の方へと向ける。
現在、シグナムたちは全員出かけているのだ。
最も……シャマルは醤油を買い忘れたらしいのでそれを買いにいくついでにシグナムたちも一緒に連れ帰ってくるようなことを言ってから出かけていった。
「四人揃ったからあれもこれもって買い物がヒートアップしてんじゃない?」
「う~ん……どやろ、シグナムが一緒だからすぐに終わりそうな気がするんやけどな」
「気がするだけじゃない? 」
今、シグナムたちがなにをしてるかなんて想像するしかないんだし。
案外……魔力収集をやってたりして。
この時、俺はこの事を冗談のように軽い気持ちで考えていたが……実際にそうだったことをすぐに知ることになる。
「そうかなぁ……」
「なんなら俺が探しに行ってこようか?」
「それで入れ違いになったらどうすんや?」
「時間を決めておけば大丈夫でしょ」
それならたとえ入れ違いになっても問題ない。
「ん~……でもなぁ」
むぅぅ~、と首をかしげながら唸るはやて。
「特に悩む必要はないでしょ。入れ違いになったら単に運が悪かっただけなんたから」
「いや……蓮君が探しにいくよりもわたしがいった方がいいんちゃうかと思ってな」
「はやてが探しにいった方が逆にシグナムたちを心配させるんじゃない? 特にヴィータなんかは」
今は夜だし、車椅子は見えにくいはすだ。俺は特に見えにくかったりしないが。
「そうなんよね……じゃあ、頼んでもええか?」
「うん。それじゃとっとと行ってくるよ」
「気いつけてな」
「うん。それじゃ行ってきます」
俺はそう言って家から出ていく。
血を補給することも考えながら。
家々の屋根の上を跳ねるように跳びながら移動していく。
そして……何かを破るような感覚を感じた。