吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第8話

すずかが粗方パソコンを解体して、それから元の形に戻し終えた頃に話しかける。

 

「ねえ、すずか」

 

「何? 蓮君」

 

俺は本棚にある本を指差す。

 

「幾つか本を借りていってもいい?」

 

「いいよ。でも、左端にある本は機械系の本だから間違えないでね。蓮君が借りたいのって小説とかでしょ?」

 

「うん。そうだよ。何かオススメの本ってある?」

 

すずかは沢山本を読んでいるようだから何がオススメなのだろうか?

 

「うーん……蓮君はどんな話が好き? それによって私がオススメ出来るのが変わるんだけど……」

 

「ミステリーものかな。トリックとかが面白くて」

 

自分で再現出来るか試したくなるんだよね。

 

「ミステリーものかぁ……だったらこれかな」

 

そう呟きながらすずかが少し厚めの本を本棚から手に取った。

 

「これはどうかな? シリーズものだし」

 

すずかがはいっと俺に本を渡してくる。それを受け取り表紙を見る。

 

「シャーロック・ホームズか」

 

「厚いし読みごたえもあると思うよ」

 

「確かに読みごたえがありそうだ。ありがとね、すずか」

 

シリーズものか……楽しみだな。

 

俺はすずかに礼を言ったあとにすずかの部屋から退出した。

 

「♪~~♪~~」

 

鼻唄混じりに俺は部屋に戻っていった。この光景を見られていたとは知らずに……。

 

 

● ● ●

 

 

「…………………………ふぅ、うん、面白い」

 

すずかに借りたシャーロック・ホームズの本は面白かった。まだ、途中までしか読んでいないがそれでも続きが早く読みたくなる。

 

オススメしてもらってよかったと素直に思える。すずかに感謝だ。

 

続きを読もうとしたタイミングで扉がノックされた。

 

「はい」

 

「あ、蓮君。夕食の時間ですよ」

 

この声はファリンさんだ。時計を見ると七時を過ぎていた。

 

「はい、分かりました」

 

わざわざ呼びに来てくれたようだ。自分で時間をちゃんと確認しておくべきだった。

 

部屋の扉を開けると夕食の乗ったカートの前にファリンさんが立っていた。

 

「呼びに来させたようですいません」

 

「いえいえ、いいんですよ。確認を兼ねてましたので」

 

笑顔で気にしなくてもいいですよとファリンさんが付け足す。

 

「そうですか」

 

ホッと胸を撫で下ろす。俺のせいで夕食の時間を遅らせてたらどうしようかと思ってたので安心した。

 

今度から時間はちゃんと確認しよう。夢中になりすぎて時間を忘れたら迷惑をかけてしまう。

 

次は気をつけようと心に決めてファリンさんのあとを付いていく。

 

食堂に着くとすでに忍さんとすずかは席に座っていた。ノエルさんは多分、血を取りに行っているのだと思う。

 

ファリンさんが夕食を運んできていたから。

 

「ねぇねぇ、蓮君。今日は上機嫌だった見たいね。鼻歌歌ってたようだし」

 

忍さんがニヤニヤと含み笑いをしながらそう言ってきた。

 

「いや……その……楽しみだったんで」

 

まさか、聴かれていたとは……恥ずかしい。その事に頬が火照ってくる。

 

「ほらほら~♪ 赤くなってるわよ」

 

ここぞとばかりに忍さんがしてきてくる。すずかに助けを求める視線を送るが……。

 

クスリと笑われるだけだった。

 

うぅ……別の意味で居心地が悪い。でも、悪い気はしない。

 

悪い気がしないのは……悪意が無いからだと思う。

 

それでも……恥ずかしいので止めて欲しい。

 

「あぁ~、蓮君が悶えてます! 始めてみました!」

 

あれなのか? ファリンさんも忍さんと同じように俺を弄るのか?

 

そんなことを思いながらファリンさんを見つめる。

 

「そ、そんな目で見ないでください!? 何かとてつもない罪悪感が……」

 

ファリンさんが急に胸を押さえて苦しみだした。

 

何! 何なの!? 怖いんだけど……。

 

「ファリン……何をふざけているんですか?」

 

そこにノエルさんが現れた。

 

「ふざけてないですよ。ちょっと罪悪感に押し潰されそうになっていただけです」

 

「はぁ? 罪悪感でも何でもいいですけど……ちゃんとやってください。夕食の時間が遅くなります」

 

やれやれと首を横に振るとノエルさんは夕食を並べ出した。

 

慌ててファリンさんが夕食の乗ったお皿を並べ出す。

 

それから、少し遅めの夕食の時間となった。

 

 

● ● ●

 

 

夕食を食べたあと広間でテレビを見ていると一匹の猫が現れた。

 

「ニァ~」

 

……気配は感じていたが今日始めて目の前に姿を表した。

 

慣れてくれたのだろうか?

 

そう思いながら恐る恐る手を伸ばす。

 

「ほっ……よかった」

 

どうやらちゃんと慣れてくれたようだ。

 

猫の背に触っても特に嫌がっている素振りを見せずにいる。その事に安心して頬が緩む。

 

そのまま、なで続けているとニャー、ニャーと猫が一匹二匹と増え出した。

 

多分、最初の猫が切っ掛けなのだろう。

 

俺がただ、撫でるだけだと分かったのできっと姿を表してくれたのだ。

 

猫に囲まれ、近くにいる猫に背中を登られたり、頭に乗られたり、体を擦り付けてくる猫を撫でたりとホッコリとした気分になっていると……。

 

映画が始まった。

 

タイトルは『エイリアン』というものだった。

 

見たことも無いし聞いたこともないのでそのままテレビを見ている。

 

そして、俺は見たことを後悔した。

 

「………………」

 

口の中から口がぁぁ!? えっ! 血に触れると溶けるの!?

 

何その恐怖設定!

 

怖いのに目が離せない……。何でだ……これが怖いもの見たさというものなのか……。

 

近くにいる猫を抱きながら映画を見続ける。

 

「…………っ!」

 

変な肌色の手みたいなの人の顔に張りついて人の中に入っていった……。

 

自分がそれを体験するところを想像してしまい思わず体が震えてしまった。

 

エイリアン怖い……エイリアン怖い……。でも、続きが気になる。

 

「あれ? ずいぶんと懐かしものを見てますね」

 

背後から聞こえたきた声に思わずビクッとなる。

 

恐る恐る振り替えると……ノエルさんがいた。

 

ノエルさんであったことにホッと一安心する。

 

よかった……知ってる人で本当によかった。これで知らない人だったらかなり困ったことになるのだがそれは置いておこう。

 

テレビに視線を戻すとちょうど……人の体を突き破ってエイリアンが出てくる瞬間だった……。

 

「…………」

 

俺は無言でノエルさんの背に抱きついた。

 

「あらあら……」

 

困ったような声が聞こえる。

 

ごめんなさい。しばらくこうさせてください。

 

そして、ノエルさんに隠れる様にしながらテレビを見る。

 

夢に出てきそうだ……。……止めようそういうことを考えるのは本当に夢に出てきそうだから。

 

目を閉じて別のことを考えよう。目を閉じた瞬間に思い出したのは人の顔に張り付く手の形をしたエイリアンだった。

 

「……仕方のない子ですね」

 

ふと頭を撫でられる感覚がした。

 

「あれは作り物だから安心してください」

 

優しく壊れ物の様に繊細に扱われる感覚に戸惑いを覚える。

 

「……えっと……その……ん」

 

「子どもなんですからもう少し甘えてもいいんですよ?」

 

本当に……本当に甘えてもいいのだろうか?

 

頭を上の方に動かしてノエルさんを見る。

 

ノエルさんの表情は今まで誰からも向けられたことのない類いのものだった。

 

「何に対して不安を覚えているのか分かりませんが……大丈夫ですよ」

 

いいのかな? 本当に……信じても大丈夫なのだろうか?

 

「……じゃあ、しばらくこのままでいいですか?」

 

出せた声は本当に小さく普段の自分からは想像出来ないほど弱く力のない声だった。

 

「ええ、いいですよ」

 

俺はその言葉に頷くとノエルさんに抱きつく手に力を入れた。

 

これが夢じゃないのを確かめるかのように……。

 

 

● ● ●

 

 

「うぅぅ……」

 

お風呂に入りながらさっきまでの事を思い出す。

 

甘えていいって言われてつい甘えてしまった。

 

そして、抱きついて安心したのは確かだ。十分よくしてもらっているのにそれ以上を求めてしまった。それじゃ、いけないのに。

 

バシャリとお湯を顔にかける。

 

湯船に映る自分の顔を見ながら呟く。

 

「……本当の事を言っても大丈夫なのかな?」

 

氷村で、俺が疎まれている理由を……。

 

それを知ってなお受け入れてくれるのなら嬉しいけど……疎まれたらきっと、俺は……。

 

言う勇気が持てない。このままぬるま湯の様に居心地のよい場所を失いたくない。

 

怖いから言わない……。また、一人になるのは嫌だから……。

 

化物と言われ忌み嫌われるのは辛いから……。それは氷村の家だけで十分だ。ここに来てまで言われたくはない。

 

だから、知らないで欲しいし、知ろうとしないで欲しい。お願いだから。

 

愛してとは言わない……ただ、受け入れて欲しい。

 

それだけ十分だから……。

 

ポタポタと滴が湯船に零れ落ちた。

 

 

● ● ●

 

 

お風呂から上がった後、部屋に戻るが……本の続きを読む気分にもなれず、ベットの上でゴロゴロとしている。

 

「にゃ~」

 

いつの間にか部屋の中に入り込んでいた猫が鳴き声を上げながら擦り寄ってきた。

 

「……いらっしゃい」

 

そう言いながら猫に手を伸ばす。

 

「どうやって入ってきたの?」

 

そう猫に問いかける。

 

にゃ~と鳴くだけで明確な答えが返ってくるわけじゃないがついそう問いかけてしまった。

 

くすぐったそうに目を細めながら猫がじゃれてくる。

 

慰めようとしてくれているのだろうか? でも、そんなことあるわけないかと思い直し猫の首を撫でる。

 

ゴロゴロと気持ちよさそうに唸る猫の様子を見てると気持ちが和らいできた。

 

ありがとね。

 

声に出さずに心の中でそう言いながら猫を撫で続ける。

 

さっきまでの落ち込んでいた気持ちが少しだけ改善された。

 

これもアニマルセラピーの一種だろうか?

 

…………うん、明日は猫たちと過ごそう。ジュエルシードのことは一旦脇に置いておいて。

 

こっちに来てから沈むことの多くなった気持ちを前みたいに落ち込まなくなるようにするために明日は猫たちと過ごそう。

 

それぐらいの時間はあるよね?

 

お父さん……俺にもそれぐらいは許されるよね?

 

例え、悪魔公(ドラクル)と忌み嫌われる俺だけどそれぐらいは許して欲しいな。

 

ちゃんと頑張るからさ……。叔父探しも忌み嫌われようとやりとげて見せるから……。

 

だから……明日だけでも休ませて。

 

 

● ● ●

 

 

翌朝。

 

懐かしいくも忌々しい夢によって目が覚める。

 

辺りを漂うは濃厚な血の香り。そして、自分の目の前で事切れるお父さんの姿と自分を恐れて遠巻きながら見ている氷村の者たち。

 

本当に嫌な夢を見た。

 

目元を擦ると若干濡れている。

 

どうやら寝ながら泣いていたらしい。

 

あのときの事を夢に見るといつもこうだ。幸いなことに朝食まで時間があるから皆に見られても泣いていた事がバレないくらいまでには出来るだろう。

 

休もうと思ったそばからこれだと気が滅入りそうになる。

 

でも、それを含めて今の自分があることを否定してはならない。

 

否定するだけなら簡単だから……。

 

とりあえず、顔を洗っておけば泣いていた事実を誤魔化せると思う。

 

目に水が入ったから目が充血していると言えばいいんだし。

 

嘘でなければ心苦しくない。

 

だから俺は洗面所に顔を洗いに行くのだった。

 

 

● ● ●

 

 

顔を洗い終わって部屋に戻る途中で猫とすれ違った。

 

改めて月村家は猫屋敷なのだと実感した。すれ違った猫の数は数十匹にもおよぶ。

 

一日だけでも並大抵の食費じゃ済まないだろう。改めて夜の一族の稼ぎのすごさが分かる。

 

基本的に夜の一族に連なる者の大半は社会的に上の立場にいる。これは一族が人の社会で迫害されずに暮らしていけるようにするためだ。

 

上の方であればある程度の揉み消しが出来るからというのが一番の理由である。

 

不老長寿である夜の一族は歳をとるにつれて周りとの違いが浮き彫りになる。そのため同じ土地には長い期間滞在することは出来ない。

 

それに戸籍等の問題がある。

 

これは一族の中でもごく一部の面子が管理している。管理する面子に選ばれる理由は私情で動くことがなく冷静に物事を見極められる人物に限定される。それ以外にも選考基準はあるらしいがそこまでは知らない。

 

話は戻るが夜の一族の家は皆、金持ちである。例外なく一族の家であれば金持ちなのだ。

 

叔父のように口座を止められるというのはほとんど無いので叔父は除外する。

 

それ以前に職に就いていないのは叔父以外にはほとんどおらず、いたとしても怪我やその人個人の事情である。

 

重ねて言おう叔父のようなヒモはいない。……ヒモは叔父だけのはずだ。

 

さらりと叔父をヒモ認定しているが……ヒモの確率が一番高いからであり他意はない。

 

今日は……叔父のことなどを忘れて休む。

 

明日からはまた叔父を探すのを再開するが……ジュエルシードも同時に探すつもりだ。

 

万が一叔父がジュエルシードを手に入れていないとも限らないので……。

 

不安定な精神を落ち着けて……いずれ来るであろう叔父との邂逅に向けて英気を養う。

 

それが、今日の俺がやることだ。

 


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