朝食を食べた後は忍さんとすずかのお見送りをしてノエルさんのお手伝いをする。
ファリンさんのお手伝いは色々な意味で危険なのでやっていない。
また、ナイフが飛んできたら嫌だからだ。
そして、今は庭に出て昨日、すずかに借りたシャーロック・ホームズの続きを読んでいる。
近くには猫が集まり寝ていたり、じゃれてきたりするので本が読みにくい。
それでも避けられているよりはずっとマシなのでそのままにしている。
次第に猫たちがうたた寝を始め出す。それを見ていると俺まで眠くなってくる。猫たちが気持ちよさそうに寝ていると余計に……。
「ふぁああ……」
欠伸が出てきた。何か本格的に眠くなってきたので本を閉じて庭にゴロンと横になる。
日当たりがいいと眩しいのでもちろん木陰に移動してからだ。
猫たちも一緒に移動してきたので皆で一緒に寝る。
寝返りで猫たちを潰さないか心配だがそこは猫たちの危機管理能力を信じることにしてそのまま眠りに落ちた。
● ● ●
「……きて…………きてください…………起きてください」
「……ん」
ユサユサと体が揺すられる。
それによって目を覚ます。
目を開けると目の前にはノエルさんがいた。
「……起きましたね。お昼ですよ」
「……はい」
目覚めたばかりで上手く頭が回らないがお昼の時間だということは分かった。
なので重い瞼を閉じないように耐えながらすぐ近くに置いていた本を持って先を行くノエルさんの後を追いかける。
体を動かすと自然に眠気が覚めてきて思考がクリアになっていく。
「それじゃ、手を洗ってきてくださいね」
「はい」
俺は頷いてから手を洗いに洗面所に向かう。途中で部屋により本をベットの上に置いておく。
洗面所で手を洗い、眠気を完全に覚ますために顔を洗う。
「……ふぅ、サッパリした」
タオルで手を拭き、洗面台の下にある戸棚からタオルを取り出して顔を拭う。
顔を拭いたタオルを洗濯篭の中に入れてから洗面所を後にする。
食堂に着くとお昼がすでに用意されていた。
今日のお昼はサンドイッチらしい。
トマトにレタス、ハムが挟まったものから玉子、ベーコン、ポテトサラダと幾つかの種類が作ってあった。
飲み物は血ではなく牛乳である。
特に理由はない。お茶か牛乳どちらがいいか聞かれたので牛乳と答えたのだ。
ノエルさんとファリンさんがテーブルに着くのを待ってから食べる。
「いただきます」
野菜は新鮮なものを使用しているようで瑞々しくアクが少なかった。ベーコンもカリカリに焼かれており、野菜との相性がよく、食が進む。
「そういえば、蓮君は好き嫌いしませんね」
そんなことをファリンさんに言われた。
「嫌いなものはありますよ。ただ、夕食とかに出てないだけで」
「そうなんですか?」
「はい。キノコ類が嫌いなんです」
特にナメコが駄目だ。あのヌルヌルした感触が嫌なのだ。
ナメコに対する苦手意識からかキノコ類全般が苦手になった。
「好き嫌いはいけませんよ。好き嫌いしてると大きくなれませんからね」
「そういわれても……嫌いなものは嫌いなんです」
「嫌いなのは分かりましたから……でも、少しくらいは食べてくださいね」
うむを言わせぬような視線でノエルさんに見られる。
その視線に耐えきれずに俺は渋々頷いた。
「はい……分かりました。少しは食べます」
「いい子です」
俺のその言葉に満足げな返事が返ってきた。
お母さんかお姉ちゃんがいたらノエルさんのような感じなのだろうかと思ってしまう。
ファリンさんがお姉ちゃんだったら愉快そうではあるけどドジな姉がいるってことで有名になりそうだ。
だけど、家族ってこんな感じなのかなと思う。
心配してくれて、甘えさせてくれて、色々と見てくれる。
「あっ! 蓮君が笑ってる! 何で笑ってるのかな?」
ファリンさんが人懐っこい笑みを浮かべながら俺の頬を人差し指でつついてくる。
「ファリン、止めなさい。蓮君が困ってるわよ」
ノエルさんにたしなめられるとハーイ、と反省の色が無い返事をしながらファリンさんは俺の頬をつつくのを止めた。
俺はつつかれていた部分を手で擦る。
「……何するんですか?」
「いや~、つい、イタズラ心が沸いちゃって」
アハハ、とファリンさんが笑う。
でも、怒りとかが沸くわけもなく溜め息を吐くに止まった。
「今度からは止めてくださいね」
「う~ん、善処します」
信じられない善処だ。
それでも、悪い気はしない。何故だろうか? 分からない。
でも、悪い気がしないのだからそれでいいと思った。
● ● ●
お昼の時間が終わり俺は再び庭に出ている。
今度は本を部屋に置いたままにしているので手ぶらだ。
庭に落ちている葉っぱの付いた枝を猫じゃらしに見立てて猫たちの前で左右に振る。
ニャー、ニャーと葉っぱの付いた枝を前足で弾く姿に何とも言えない幸福感に満たされる。これが癒しか……。
寝転がってやっているので猫たちの愛くるしい動きがよく分かる。
それに、寝転がっている俺の背には猫が数匹座っている。中にはそこで寝ているのもいる。ただ、思うことはそこで洩らさないでほしいそれだけだ。
そんな理由でシャワーを使うとか間抜けぽくって嫌だから。
また、欠伸が出てきた。
今日は何だか眠い日だ。
いつの間にかまた、増えている猫たち。本当に何処から来ているのだろうか?
絶対に野良猫も混ざっていると思う。
でも、誰も気にした様子は無いのでそれでいいのだろう……多分。
俺がどうこう言うことじゃないし、癒されるので暴れないのであればいつでもどうぞな感じだ。
それに、周りにいる猫が暖かいから掛け布団を被らなくても十分暖かい。
それじゃ、おやすみ。
俺は再び眠気に誘われて眠りの世界に落ちていった。
● ● ●
「…………ん~~っ」
ムクリと起き上がり背筋を伸ばす。
どれくらい寝ていたのだろうか? 太陽はまだ沈んでないから一時間から二時間程度だろうか……。
猫たちの数は寝る前とあんまり変わっていない……いや、子猫が増えていた。
でも、特に気にすることじゃないだろう。
沢山の猫がいるんだ子猫が十数匹いてもおかしくはない。いなかったらここにいる猫が全部オスもしくはメスのみということになる。
でも、そうなると毎年のように猫が増えていくことになる。そのうちに数が飽和してしまうんじゃないかと思う。
……そこはきっと忍さんたちが何とかするだろう。何て言っても飼い主なんだし。
……うーん……街に行こうかな。
散歩みたいな感じでブラブラと適当に気の向くままに、特に目的地を決めるわけでもなく、ただ歩くだけの散歩に……。
● ● ●
ノエルさんに散歩に行ってくると伝えてから家を出る。
途中まで猫たちのお見送りがあったのだがお土産か何かを期待されているのだろうか?
そうだったら悪いがお土産を買っていくつもりはない。財布は家に置いてきた。
今の俺は無一文だ。故にお土産などは買えはしない。
ぶらぶらと歩いていると海鳴市全体の地図を見つけた。
「……へぇ~、こっからだと図書館が近いんだ」
地図を見ると近くに図書館があることが分かった。ちょうどいい機会だし行ってみようかな。
俺は地図で図書館に行くまでの道のりを確認してから図書館に向かって歩き出した。
図書館に行く途中で迷子になって時間を潰したくないので道のりはきちんと覚えている。
途中で車椅子に乗った少女とすれ違った。見た感じすずかと同年代だろう。
車椅子を動かしながらスーパーのレジ袋を器用に持っていた。
大変そうだなと思いながら俺はその少女を見送った。下手に関わって厄介事に巻き込まれたくはない。
ただでさえジュエルシードの事と叔父の事が重なっているので手一杯なのだ。
だから、車椅子に乗った少女には悪いがすれ違うだけで無視させてもらった。
余裕があればまた違った結果だったのだろうがそうも言っていられない。この考えは所詮もしもの考えであるからだ。
思考を切り替えて図書館について考えながら歩いていると図書館が見えてきた。
イメージしていた図書館よりも大きく立派だった。
館内は広く、多くの利用客がいる。
本も多く、ジャンルによって本の置いてある位置が違うため、ジャンル別に探すことが出来る。便利だ。
館内では静かにしている事がお約束のようなので静かに音を立てないように行動することを心がける。
張り紙にも館内はお静かにと書いてあるので尚更だ。
抜き足差し足で移動しながらどんな本があるのか見ていく。
「あ……これは」
すずかに借りたシャーロック・ホームズの本があった。二十四巻も……。
続編があると聞いていたがここまで多いとは思わなかった。
他にもオススメの本などを見たりと中々に充実した時間を過ごせそうだ。
映画化した作品を一冊手に取り空いている椅子に座って読み始める。
本の内容はSFもので吸血鬼が出てくる話だ。
半吸血鬼である俺が吸血鬼が出てくる話を読むというおかしな光景だが気にしないでおこう。
この本に出てくる吸血鬼の設定はウイルスによる突然変異体でありそのウイルスが体内に入り込むことで吸血鬼となるというものであった。
なので当然、日の光も銀も弱点ではない。弱点の無い化物ほど恐いものは無いのだろう。
創作ではなく夜の一族の吸血鬼は伝承にあるような弱点は存在してない。
ただ、臭いに敏感なのは否定しない。俺自身がそうだからだ。
それにしてもよく出来ている。
こういう設定は何処から生まれて来るのだろうか? このひらめきこそが作家として大事なのだろう。
そのひらめきから話をどのように展開させて、どのように終わらせるか……そこまで考えてから書いているのではと思う。あらかじめ終わり方を決めておいてから執筆しているのだと。
考えたところで意味など無いだろうがつい考えてしまう。
うん。ヤメヤメ。ただの読者でいよう。今日は休みなんだから。
余計な事を考えずに楽しむことだけを考えよう。
● ● ●
「……中々面白かった」
SFものの吸血鬼が出る本を読み終わり、本をもとあった本棚に戻す。
意外と早く読み終わったので新しく何か読もうと思い本を探す。短編集にするか長編にするかで迷う。
どちらも面白そうではあるが時間的にどちらか一つしか読めない。
また、来ればいいだけの話なのだが明日からは叔父とジュエルシードの捜索を再開する予定なので図書館には来れないだろう。
「うーん……」
こうして悩んでいる間にも刻一刻と時間は過ぎていく。つまり、読むための時間がどんどん短くなっていると言うことだ。
「……今回は短編集にしよう」
悩んだ末に俺は長編ではなく短編集を選んだ。
理由は長編ものより区切りよく読める短編集の方が時間的にいいと思ったからだ。それに、短編の方が沢山読めるというのも一つの理由である。
ミステリーからファンタジーまで色々と揃っている短編集なので今から読むのが楽しみだ。
今度は戦記ものを読んでみるのもいいかもしれない。色々なジャンルを読んでこその読書だと思うし。
まあ、今はこの短編集を読むことにしよう。
どんな話があるのだろうかとワクワクしながら俺は本を開いた。
● ● ●
「時間か……」
閉館時間まではまだあるが五時を過ぎたので読んでいた短編集を本棚に戻して図書館をあとにする。
「ん~~っ……と、帰ろうか」
図書館から出ると両手を上にあげて伸びをした俺は体をほぐしながら家に向かって歩き出した。
「今日の夜は眠れなさそうだな」
昼間に寝てた上にあんまり動いてないから疲れていないのだ。
いっそのこと深夜になったら叔父を探し始めようかとすら考えてしまう。
さすがに叔父もその時間帯に動かないだろう。周りが寝静まった時間は静かであり音が意外と響く。
まあ、そのときになってから考えよう。
寝られるかもしれないし。ジュエルシードは夜探さない予定だしね。
夜だと見にくいから。
家に戻ってシャーロック・ホームズの続きを読むことにしよう。
まだ、半分ぐらいしか読んでなかったし、今日中には全部読めるはずだ。
「…………リフレッシュも出来たし明日からは頑張らないと」
開き直りでも何でもいいから頑張って叔父を探さないと……。
叔父に寄生されている人の生活のためにも……。もし、負債を抱えさせられていたらどうしようという不安もある。
叔父に貢ぐために借金をしていたらと思うと……今にでも探しに出たくなる。だが、叔父が何処に潜伏しているのか分からないので地道に探すほか無い。
せめて、何処かに手がかりがあればいいんだけど……それも見当たらない。
叔父探しはすでに難航しているよ。
叔父は今頃何をしているだろうか?
それだけがえらく気にかかる。