異世界出稼ぎ冒険記 一億貯めるまで帰れません   作:黒月天星

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第八十二話 置き土産

 

「ほらっ! 解毒剤だ!」

「ありがとうございます。アシュさん」

 

 アシュさんから解毒剤を受け取って早速飲む。……味は正直言ってかなり不味い。かなりの苦みと舌に残る後味がある。だが効き目はあるようで、すぐに身体が大分楽になった。これなら普通に動けそうだ。

 

「……さあて。これまでの経緯はよく知らないが、これでお前さんの優位はもう無くなったんじゃないか? そこの毒使い?」

 

 アシュさんはクラウンに対し正面を向いてそう言う。……その通りだ。俺もエプリも毒がなくなった今、数的有利はこちらにある。多少消耗しているけれど、それはクラウンも同じこと。このまま戦えば奥の手でもない限りこちらが勝つだろう。

 

 セプトが乱入してきたらややこしくなるが、今は気絶していてボジョが付いているから動けないはずだ。クラウンもそれは分かっているのか、何も言わず歯ぎしりをしている。

 

 それからアシュさんとクラウンは互いに何も言わず、軽くにらみ合って十秒ほど経つ。風がひゅるりと岩場を通り過ぎ、エプリのものほどではないけれど砂塵を巻き上げる。そんな動きづらい雰囲気の中で視線だけエプリの方に向けると、どうやら大分回復しているようでもう立ち上がっていた。

 

 ……次に口を開いたのはまたもアシュさんだった。しかしクラウンに話しかけるのではなく、奴から目を離さずに俺に向かってだ。

 

「ところで一つ聞くが、アイツって空属性とか使えるのか? さっきの言葉だと自分も使えるみたいな意味にとれたんだが」

「ガンガン使います。でも今はエプリが言うにはかなり弱ってて、もうそんなに多くは使えないみたいです」

「そうか。……では話は簡単だな」

 

 それを聞くとアシュさんは大きく頷いて、軽く数歩踏み出すとそのまま腕を組んで目を閉じた。ちょっ!? いくらなんでもクラウンのど真ん前でそんな!? 危ないですって!

 

「…………何のつもりですかぁ?」

「見た通りの意味だが? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まだそのくらいは魔力も残してあるんだろ?」

「なっ!?」

 

 とんでもないこと言い出したよこの人っ!? そんなことしたら……ほらっ! クラウンの奴フードから覗いている顔が真っ赤になってるよ。相当頭にきてるよアレ!

 

「……ふっ、ふざけるなあぁっ!」

 

 思った通り、クラウンはそう言いながらアシュさんに向かって、取り出したナイフを雨あられと投げつけた。その数見えるだけで十近く。ホントにどっから出したのっていう数がアシュさんに時間差をつけて襲い掛かる。だが、

 

 チンッ。

 

 いつの間にかアシュさんが腰の剣に手をかけ、そういう軽い音がしたかと思うと、次の瞬間大半のナイフは地面に叩き落されていた。

 

 残りのナイフも弾かれてあらぬ方向に飛んでいったり、酷いものなどはなんと真っ二つになっている。……あのナイフ前に査定したことあったけど結構良い物だったはずだよな? それを真っ二つって。

 

 しかし、クラウンもそれだけでは終わらない。あれだけ放ったナイフは全てただの囮。ただの目くらまし。本命は……自分自身の残り数少ない転移による背後からの一撃。

 

 そして怒り狂っていたように見せていたのさえただのフェイク。突如アシュさんの背後に現れたクラウンは、静かにナイフをアシュさんの背中に向けて突き出した。掠らせて毒を与えようなどと回りくどい物ではなく、それ自体で相手の命を奪おうという必殺の意思を持った一撃。

 

 それはアシュさんの背中に潜り込んで肉を裂き、筋を断ち、骨まで届きうるものだった。……直撃さえしていればだが。

 

「読みやすくて助かるな。アイツに比べて」

 

 アシュさんはクラウンのナイフが届く刹那、カッと目を見開いて振り向きざまにその剣を振るっていた。一筋伸びる細い剣線。どうにか俺の目に捉えられたのはそれだけだった。だというのに、

 

「か、……かはっ!?」

 

 クラウンは惨い有様だった。手にしたナイフは持ち手だけを残して刀身が何処かに消え去り、身に着けたローブにはあちらこちらに幾筋もの痕が残っていた。まるでその部分を棒状の何かで思いっきり叩かれたかのように。

 

 そのままナイフを取り落として膝から崩れ落ち、何とか両手を地面に突いて倒れるのを防ぐクラウン。誰が見てももう戦闘は不可能と分かる程のダメージだ。もう歯を食いしばってアシュさんを睨みつけるくらいしか出来ない。

 

「だからさっさと失せろと言ったんだ。……一応加減はしておいた。峰打ちという奴だ」

「や、やった!」

 

 強い強いとは思っていたけどここまでとはっ! あれだけ苦労したクラウンをこんなにあっさりと。

 

 ……いや、単に俺が弱かっただけか。殺さないし殺されないなんて言っておきながらこのざまだもんなぁ。今回アシュさんが来なかったらと考えると正直ゾッとする。

 

「ぐ、ぐぎぎぎ」

 

 クラウンは歯の間から苦悶の声を漏らしながらも何とか立ち上がる。しかし今度こそ体力も魔力も尽き果てる寸前といった感じだ。アシュさんは再び軽く腰の剣に手をかけるが、もう振るうつもりは特になさそうだ。

 

「ここまでされて力量の差が分からないという事は無いだろう? やろうと思えば文字通り八つ裂きにすることも出来た。やらなかったのは単に俺の気まぐれだ」

「…………クフッ。お優しい、ことですねぇ」

 

 アシュさんの言葉に、息も絶え絶えと言う感じでクラウンが返す。

 

「良いでしょう。今回は、ここで、退くとしましょう。はぁ……そこの混血は、所詮一度限りの道具。大した情報を漏らすことも、無いでしょうしね」

 

 その言い方にまたムカッと来るが、どうやら帰ってくれるようなのでほっと一安心する。もう顔も見たくないからな。塩でも撒いとくか。

 

「ですが、私をここまで、追い詰めた貴方に敬意を表して、一つ置き土産をしていきましょうか」

「……おい!? それはどういう」

「では、ごきげんよう。クフハハハハハ」

 

 俺は奴の言葉に違和感を覚えて訊き返そうとするも時すでに遅く、クラウンは嫌な高笑いをしながら転移で姿を消した。なんか嫌な予感がするな。……まあ何はともあれ助かった。

 

 

 

 

「あの、ありがとうございますアシュさん。アシュさんが来てくれなかったらどうなっていたか」

「いや何、気にするな。間に合って良かった。俺も気合入れて走ってきた意味が……ごふっ!」

 

 話している途中、急にアシュさんが口に手を当てて咳き込み始めた。どうしたのかと見ると、なんと口の端から血が垂れている。

 

「アシュさんっ! 血がっ!」

 

 もしやクラウンの奴の置き土産ってこれのことか? 知らない間に毒付きナイフでも掠っていたのか? 

 

「……はぁ。気にするな。いつものことだ。ここに来るまでにちょいと無理をしたからな」

 

 口元をグイっと拭ってアシュさんはそう言うと、軽くニヤリと笑ってみせる。無理をしたって……一体何を?

 

「お前がエプリの嬢ちゃんを探しに飛び出した後、俺達も手紙の内容を知って捜索の準備をしていた。しかし夜に闇雲に探すわけにもいかない。トキヒサには悪いがゴッチの奴も隊を預かる身だからな。慎重になる必要があった」

 

 それは仕方がない。偉くなればなるほど責任が重くなるのは当然だもんな。“相棒”もそれで苦労してた。

 

「しかしさっきここら辺でデカい爆発があっただろう? これは何かあるなと、ひとまず俺だけ先に行くことになったんだ。後からゴッチの選んだメンツも何人かここに来る」

「そうだったんですか。……って、爆発からここに到着するまでやけに早いような」

 

 拠点からこの岩場までざっと二十分はかかる。俺の銭投げで空に爆発が起きてからまだそんなに経っていない。用意なんかを先に済ませておいたとしても間に合うとは……。

 

「俺が気合入れて走ればこれくらいはいける。ただそれをやると毎回身体に負担がかかるから滅多にやらないがな。さっきみたいに軽く血を吐いたりとか」

「……すみませんでした。そんな無理させて」

 

 アシュさんは気楽に言っているが、血を吐くというのは現代日本で生きてきた俺にとっては大事だ。戦いが日常の世界では何でもないことなのかもしれないが、申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。

 

「分かった上でやった無理だから良いんだ。お前らが無事だったのなら無理のし甲斐がある。……それより嬢ちゃんの方についていてやれ」

「そうだっ! エプリっ!?」

 

 そうだった。毒は消えたけどあれだけ弱っていたからな。まだ動けないなんてことは無いか? 俺がエプリのいた岩陰の方に目を向けると、エプリがまだ少しふらつきながらも一人でこちらに歩いてくる。俺はすぐにエプリに駆け寄った。

 

「エプリっ! 大丈夫か?」

「……えぇ。そっちも無事みたいね」

 

 見たところ顔色もだいぶ良くなっている。解毒剤がしっかりと効いたみたいだ。俺もそうだけど、単に毒が抜けただけにしては回復が早いように見えるので、解毒以外にも体力回復の効果もあったのかもしれない。

 

「……ふっ。ざまあないわね。雇い主を護れないどころか心配されるなんて。こんなんじゃ護衛失格かな」

「そんなことないって。エプリが居なかったら俺はセプトの奴にやられてたよ。十分護ってもらってるって」

 

 自嘲気味に笑うエプリに俺は慌ててフォローを入れる。実際何度も助けられたからな。嘘じゃない。エプリが居なかったらセプトの影の刃に串刺しにされていたか、それともクラウンの毒でやられていたか。そこまで言って、俺はセプトのことを思い出した。

 

「そうだ! セプトはどうなったんだ?」

「……セプト? まだ他にも誰かいたのか?」

 

 そう言えばアシュさんが来た時にはもうボジョと一緒に離れたところに居たんだった。

 

「さっきのクラウンと一緒に襲ってきた奴です。何とか気絶させて今ボジョが見張っているはずなんですが」

 

 もしクラウンがそっちに跳んでいたらボジョだけで勝てるかどうか分からない。慌ててさっきセプトを置いてきた場所に向かおうとすると、

 

「……見てっ! ボジョよっ!」

 

 エプリがこちらへ近づいてくるボジョを発見する。人が走るよりは遅いが早足程度ならボジョも自分で移動できるからな。こちらに来るのは不思議でも何でもない。ボジョは俺のところに来ると、触手を伸ばして服をグイグイと引っ張った。

 

「どうしたんだボジョ? セプトを見張ってたんじゃないのか? もしやクラウンがセプトを連れて行ったとか?」

 

 しかしボジョは慌てた様子で服を引っ張るばかり。……おかしい。連れて行ったわけではないのか? つまり仲間をその場に置き去りにしたってことになる。だけどそれならボジョのこの慌てようは一体何だ?

 

「このボジョの慌てぶり。何かあったみたいです。行ってみましょう!」

「……そうね。私もセプトのことは少し気になるし」

 

 珍しくエプリも賛成する。いつもなら自分が先に行くからアナタは待ってなさいとか言いそうなのにな。

 

「……どうせ待てって言っても行くのでしょ? ならアシュも一緒にいる今の内に全員で行く方が安全だわ」

「俺が行くのも前提か? ……まあここまで来たら行くがな」

 

 エプリの言葉にアシュさんも軽く肩を回しながら応える。

 

「ありがとうございます! それじゃあボジョ。案内してくれ」

 

 その言葉でボジョは俺の肩に乗ると、触手を伸ばして進む方向を指し示す。よし。行くぞ。俺達はボジョの先導で何かあった場所へ向かった。

 

 その時俺の脳裏に、クラウンが逃げる前に言った置き土産という言葉が妙に引っかかっていた。何事も無ければ良いんだが。

 




 通算百話突破っ! というめでたい話数ですが、この章はここからが本番です。

 百話記念として感想やお気に入りをぽちっとやってくれても良いんですよ!

うちのエプリはこんなのだけどヒロインと言えるのか?

  • 一応ヒロインである
  • これはヒロインではない
  • むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン
  • いやいや大人の魅力でイザスタさんでしょ
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