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「はああぁっ!!」
必殺の一撃と言っていい横薙ぎを繰り出す明こと藤野明。振るっているのは刃の付いてない訓練用の物とは言え、まともに受ければ骨ぐらい簡単に砕けるであろう一撃。それを、
「ふっ!」
イザスタさんは訓練用の槍で上手く捌く。そのまま円を描くように動かして剣を絡めとろうとするも、明もそうはさせじとうまく立ち回る。
だけど互いに有効打を与えることは出来ず、互いの武器がぶつかり合ってガツンガツンと音を立てる。
打ち合う事数合。埒が明かないと考えたのか、そこで数歩距離をとってイザスタさんが無詠唱で水属性の“
たかが水と侮ってはいけない。高速で射出された水球は、ちょっとした木の板くらいなら簡単に割れるだけの威力がある。
「土よ。盛り上がれ。“
明は呪文を詠唱しながら強く地面を踏みしめる。そして土属性の土壁を発動し、地面からせり上がった壁が水球を受け止めた。
詠唱があった分もあり、土壁は水球を受けても壊れない。……だけど、明の目的はただ水球を防ぐことだけではなかった。一瞬だけど、壁によってイザスタさんは明の姿を見失う。
壁を左右どちらかから回ってくるか? それとも壁を乗り越えて頭上からか? イザスタさんは多分そう考えたのだろう。油断なく左右上どこから来ても対処できるように、訓練用の槍を構えて身構えている。
「でやあああっ!」
「…………あらっ!?」
だけど明の選択はそのどれでもなかった。明は少し後ろに下がると、そのまま勢いをつけて
助走をつけて壁を壊しながらの突撃は流石に予想できなかったらしく、イザスタさんの反応は一瞬遅れる。明は壁の破片をまき散らしながらイザスタさんに一気に肉薄した。
以前読んだ小説によると、槍の利点はそのリーチの長さだけど懐に入られたら逆に取り扱いが難しくなるという。
奇策によって導き出した必殺の間合い。明の勝ちだ。この瞬間誰もがそう思った。明自身もそう思っていたかもしれない。……だけど、イザスタさんはさらにその上を行った。
「よっと!」
持っている槍では迎撃に間に合わない。イザスタさんは明が突進の勢いを利用して袈裟斬りにしようとするのに対し、
振り下ろされる剣。カウンターで繰り出される掌底。それは互いに相手の身体に吸い込まれるように動き…………。
「そこまでっ!!」
その言葉と同時に、互いの身体に当たる手前で急停止した。その瞬間周囲に行き場のなくなった力が風となって巻き起こる。イザスタさんの掌底は明の胸元寸前で止まり、明も剣を止めているが、勢いを無理やり止めたため足元の地面が抉れている。
そのままの状態で止まる二人に向かって、審判役を務めていた明の付き人サラさんが駆け寄っていく。
「両者そこまでっ! 『勇者』様方。そしてイザスタ殿。訓練とは言え素晴らしい戦いでした」
「フフッ! 褒められると何だか照れちゃうわねん」
「…………ふぅ。良い訓練になったよ」
サラさんはそう言って私達を称え、イザスタさんと明はそれに応える…………のだけれど。
「……素晴らしいって言われてもなぁ」
「明とイザスタさんはともかく……私達はねぇ」
「…………くそっ」
最後まで立っている二人と同列に比べられるものではないと思う。だって、他の『勇者』である黒山哲也さんや高城康治さん。そして私、月村優衣は、全員イザスタさんにやられて地に伏しているのだから。
以前このヒュムス国王都を襲った大量の凶魔と謎の黒フードの集団。それによる被害は決して無視できるものではないけれど、何とか少しずつ王都は落ち着きを取り戻していった。
あの時、私は付き人であるエリックさんに化けていたベインという人と、それとは別の黒フードの男達に連れ去られそうになった。それを助けてくれたのが、目の前で明と何やら話をしているイザスタさんだ。
恐怖で震えている私を守りながら一対一対二という状況でイザスタさんは戦い、黒フード達とベインを追い払ってくれたのだ。
あの時戦いが終わり、こちらに向けて安心させるように見せた微笑みは忘れることはないと思う。それだけイザスタさんの戦いは鮮烈だった。
その後駆けつけてきた兵士達に、城まで避難するようにと促される。遠回しにだが、他の『勇者』達ならともかく今の私では騒動を収める役には立たないと言う理由だった。
……事実だったので何も反論できず、私は促されるまま城へ向かおうとする。そこにイザスタさんが、また襲われるといけないから自分も一緒に行って護衛すると申し出てくれたのだ。
兵士達は最初警戒していたが、イザスタさんがディラン・ガーデンという人の名前を出すとすぐに態度を変えて協力してくれた。
ひとまずこの騒動が収まったのは、それから少ししてからのことだった。明達も一度城に戻り、あのパニックに巻き込まれた人達の救助や凶魔の残党を倒すのは兵士達が行うという事らしい。
明達の顔は浮かないものだった。この世界に来て初めての実戦。周囲には怪我した人もたくさんいただろう。……もしかしたら死んでしまった人もいたかもしれない。そんなものを間近で見たら、ショックを受けるのは当然だと思う。
……怖くて震えていた私が言える立場じゃないけれど。
結論から言うと、この時からイザスタさんは『勇者』の付き人兼護衛として城に滞在している。特定の誰の護衛という訳でもなく、半ば城の食客としての滞在だ。
最初はある程度騒動が落ち着いたらこの城を出る予定だったらしいけれど、その実力を見込まれて推薦されたのだ。
ちなみに推薦したのは、兵士達をまとめて凶魔達を撃退していたディランという人。今回の騒動で、私達の付き人や護衛の人に多くの怪我人が出たことが理由だという。
実際私の本来の付き人であったエリックさんも騒動の後に見つかったのだけど、余程酷い目に遭ったらしく最初は怯えてまともに話せない状態だった。
身体も怪我だらけで、ポーションを使っても完全に治るまで時間が掛かるという。そこにこれだけの実力のある人材がわざわざ来た。ならば使わない手はないというのがディランさんの意見だ。
私としては大歓迎なのだけど、当然反対する人もいた。護衛にしても付き人にしても、ある程度身分のしっかりした者でないと雇えないという意見だ。それはまだ何となく理解できる。
しかしそこはディランさんが緊急措置という事でごり押しし、あくまで正式な護衛ではなく半ば食客という形にすることで誤魔化した。
そうしてイザスタさんは、正式な護衛と付き人が決まるまでこの城に滞在することになった。一応付き人の代わりでもあるので、城仕えのメイドさん達とは別に色々と面倒を見てもらっている。
この世界の一般常識を勉強する時も、イザスタさんが加わったことでまた違う話が聞けたりした。…………よく雑談で話が横に脱線するけど。
私はまだ戦う事が怖い。あの時、女の子を庇って飛び出したのは何かの間違いじゃないかと思うくらいに。それでもまたあんなことが起きるかもしれないのが現状だ。
ならば次は震えて座り込むのではなく、最低限自分の身を守れるようになるというのが今の目標だ。小さな目標かもしれないけれど、今の私には分相応なものだと思う。
王都襲撃以来、それぞれあの事件に思うところがあったようで、個々人ではなく集まって訓練したり、この世界について勉強することが多くなっていた。
個人練習しようにも、付き合ってくれる付き人が居ないのだからしょうがないのかもしれないけど。
王様も『勇者』が自主的に訓練をするという状況は歓迎らしく、あんなことがあったというのに『勇者』を放り出すということもなくサポートを継続してくれている。
「ただお城で厄介になっているのも悪いから、一つ訓練に協力させてもらうわねん」
そうイザスタさんが言ってきたのは、私達が集まって訓練の休憩をしていた時だった。
確かに訓練と言っても、基本私たち同士での模擬戦や魔法の制御の練習ばかり。同じ相手ばかりではマンネリになるし、たまには違う相手と戦えれば良い刺激になる。明はそう思ったのだろう。一も二もなくその提案に乗った。
だけどそこからが少し明の予想と違っていた。イザスタさんはなんと、
これには実力を知っている私以外の全員が反対した。仮にも俺達は『勇者』なので常人よりは強い。いくらイザスタさんが腕に覚えがあるとしても、精々一対一が良いところだろう。
おおよそこのようなことを口々に言ったのだが、イザスタさんはいいからいいからと取り合わない。おまけにチョイチョイと指を曲げて挑発する始末。
そうして四対一の戦いが始まったのだけど、結果は冒頭に話した通り。明とイザスタさん以外は全員地に伏す羽目になった。
まず最初に様子見で、私達の中で二番目に接近戦に強い黒山さんが突撃したのだけど、なんとあっさり槍でカウンターを顎に受けてそのままダウン。
それを見て、遅まきながらに相手が本当に一人で四人を相手取れる実力があると分かった高城さん。やや慌てて得意の土属性でゴーレムを作成するも、作り終える前に水球を顔面に食らってやっぱりダウン。
私はイザスタさんの実力を知っていたから、開始早々油断せずに月属性の“月光幕”を使って自分を認識しづらくしていた。
元々この魔法は幻惑のための魔法だ。防御力を上げるのは副産物。これでこっそり明を掩護するつもりだったのだけど、すぐに見破られてしまう。そのまま喉元に槍を突きつけられて戦闘不能とみなされる。そのまま腰が抜けて崩れ落ちてしまった。
……当てなかったのは思いっきり手加減されていたようでちょっと悔しい。
もちろんこの間明が何もしなかった訳ではない。幾度もなく切りかかり、時には魔法で牽制も加えていた。その状態でなおイザスタさんは、明以外全員を倒してみせたのだ。
やっぱりイザスタさんは強いなぁ。それに美人で格好いいし……でも何者なんだろうか?
私が襲われた時、あの時も自分の仕事は『勇者』の情報を集めることだと言っていた。じゃあ他の国のスパイ? ……分からないことばかり。
だけど、私や女の子を助けてくれたのは紛れもない事実だ。それにあの人は…………多分信用できる。あの時見せた人を安心させるような微笑み。あんな風に笑える人が悪人なんて思えない。
まだしばらくはイザスタさんもここに滞在するのだから、これから少しずつ知っていこう。私はそう決意した。…………だけどその前に。
「すみません。誰でも良いから手を貸してくれませんか?」
まだ私は腰が抜けて立てないし、黒山さんも高城さんもまともに身体が動かせない。こんな状態で決意しても見た目が悪いものね。私は情けない格好ながらも、他の人達に助けを求めた。
残されたイザスタさんはこっちで頑張ってます。
正直言って、『勇者』達の大きな敗因は連携にあります。個々の練習ばかりでチーム戦の練習不足というやつです。上手く連携が取れていれば勝ちの目も出てきます。
まあそれでも一人ずつであれば明以外は軽く倒せるという点で、イザスタさんも充分規格外ですが。