「何者って、最近よくそう聞かれるわねぇ。と言っても、その度にアタシはこう答えるんだけどね。……ただのB級(仮)冒険者だけどって」
「それは多分あってるんでしょうね。だけどボクが言っているのはそういう事じゃない。……貴女はもしかして
この世界のことを勉強していく中で知ったのだけど、今現在この世界は幾つもの種族が存在する。私達のようなヒト種以外にも、よくファンタジー小説で出る有名どころで魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、妖精などだ。
俗にいうモンスターと呼ばれるものは、これらの種族に当てはまらず尚且つ交流するだけの知性を持たないものを指す。
そして古代種と言うのは、
「な~んのことかしらね? お姉さんよく分からないなぁ」
イザスタさんはピーピーと口笛を吹いている。遠目で細かな表情までは分からないけれど、別段焦った様子もなくいつも通りのイザスタさんだ。
「あっ。別に隠さなくても良いですよ。他の人に言うつもりはありませんから。ばれたら色々と厄介そうですしね」
明の言葉に悪意は感じられない。これはイザスタさんを追い詰めようとしているのではなく、ただ単に好奇心で聞いてみただけという感じだ。
「……う~ん。さっぱり何のことか分からないけど、アタシだって秘密の一つや二つは持ってるとだけ言っておきましょうか。よく言うでしょ。秘密は女のアクセサリーだって」
そのイザスタさんの言葉に、明は「なるほど。それもそうですね」と言って何か納得したように頷いた。明の中ではこれだけの会話である程度の結論が出たらしい。その言葉を最後に、話題はまたさっきの戦いに戻る。
「それにしても、さっきの戦いは見事だったわよん。アタシもつい最後は熱くなっちゃったわ」
「いやあ。まだまだですよ。それに結局最後までイザスタさんは手加減してくれていたじゃないですか。槍使いなのに一度も突きを使わなかったし。使われていたら多分僕も立っていられませんでした」
……そう言えば、イザスタさんは訓練中に槍での薙ぎや払いはしても、突きは一度もしなかった。私は喉元に槍を突きつけられたけど、あれは攻撃のためというよりも見つかっていることを分からせるためのものだった。
という事は、手加減したうえで四人まとめて相手取れたことになる。
「ふふっ。まあ護衛でもあるからね。これくらい出来ないと。……それを言うならアキラちゃんだってまだ余裕が有ったじゃない。本当に全力だったら最後の一撃を途中で止めるなんて出来なかったもの」
「バレましたか」なんて言って笑う明。……本当にこの二人は強い。おとぎ話の中の英雄っていうのはこの二人のような人を言うのだろうな。……私なんかと違って。
私はそのまま静かに来た道を戻っていった。胸の奥にどこか劣等感と無力感を感じながら。
コンコン。コンコン。
あれから部屋に戻り、夕食を摂ってから月属性の練習をしていると、急にノックの音が響き渡る。
「どなたでしょうか?」
「アタシよ。イザスタお姉さんよん。ユイちゃん居る?」
部屋に常駐しているメイドさんの一人が問いかけると、馴染みのあるご陽気な声が返ってくる。イザスタさんだ。一体何の用だろうか? メイドさんが私の顔を確認してドアを開けると、そのままイザスタさんが入ってくる。
「こんばんわ。お邪魔するわよ」
「はい。こんばんわ。……あのぅ。何かあったんですか?」
急にどうしたんだろう? 椅子を薦めると、イザスタさんはそのまま優雅に座ってこちらの方に向き直る。
「何って……用事がないと来ちゃいけないの?」
「いえ。そんなことは」
「なら。良いじゃないのん。ただの女子会よ女子会。ほらほら。昼間のクッキーもまだ有ったわよね? 出して出して」
この世界にも女子会なんて言葉が有ったらしい。イザスタさんはメイドさん達にテキパキ指示を出し、あれよあれよと言う間に支度が整ってしまった。
メイドさん達は支度を終えると、何か御用があればお呼びくださいと言って退席する。……今はちょっと気まずいから二人きりにしないでほしいのだけど。
そのまま二人でしばし夜の女子会をするのだが……。
「こ~ら。また固くなってるわよん。折角の女子会だもの。楽しまなきゃ」
「す、すみません」
突如イザスタさんが私の顔に手を伸ばし、そのまま指で口端をグイっと持ち上げる。…………どうやら自分でも気が付かないうちに、沈んだ顔になっていたらしい。
私はそのまま笑おうとするが、どうにも上手くいかない。
「…………ユイちゃん。何かあった?」
「……すみません。実は……さっきイザスタさんが明と話しているのを聞いてしまったんです」
イザスタさんが心配そうに聞いてくるので、私もさっきのことを打ち明ける。廊下の角から盗み聞きしてしまったことを。
「二人が話しているのを聞いて、思ってしまったんです。……やっぱり私は『勇者』なんかじゃなくて、ただの一般人なんだって」
『勇者』などと呼ばれるけれど、私は特別な何かではない。この二人のような英雄的な力もなく、出来ることもやりたいこともそんなにない。
今も月属性の練習をしてはいるものの、出来ることは精々が物の見え方を変化させるくらいのものだ。
何とか動かないものなら周りの風景に溶け込ませるぐらいは出来るようになったけど、少しでも動かしたらすぐに違和感が出てしまう。あとは簡単な切り傷や擦り傷を治す程度のこと。それくらいしか出来ないのだ。
明は言わずもがな、黒山さんも高城さんも私なんかが出来ることくらい簡単に出来るだろう。
光属性も光の屈折を利用すれば幻惑の一種くらい出来るだろうし、他の属性だって治癒の魔法は存在する。月属性は特殊属性ではあるけれど、その内容は決して唯一無二という訳ではないのだ。
それならば他の加護か何かを伸ばせばいいのかもしれないけれど、私の加護は未だ使い方も分からない『増幅』の加護。これじゃあ伸ばしようがない。
「突然この世界にやってきて、『勇者』だなんて言われてちやほやされて……だけどあんなことがあって。この世界は決して優しいだけの世界じゃないって分かって、私も自分の出来ることを探そうって思って……でも私に出来ることなんてたかが知れていて」
私はだんだん自分が抑えられなくなっていた。支離滅裂な言葉が感情のままに口をついて溢れ、イザスタさんはただただ何も言わずに私の話を聞いてくれている。
「今はまだ皆と同じところに居るけれど……何となく分かるんです。昼間のアドバイスで、他の人達は一気に先へ進むだろうって」
黒山さんはあの後、火属性と風属性を身体に纏わせる訓練を始めていた。今はまだ上手くいかなくて服を焦がしたり風でバランスを崩したりしているけど、多分将来的には自由自在に扱えるようになるだろう。
高城さんもイザスタさんに言われたことを参考にして、状況の把握と先読みを意識した訓練を始めている。こちらも今は試行錯誤の段階だけど、最終的にはゴーレムの軍団を指揮することも可能かもしれない。
明はアドバイスこそ受けていないものの、イザスタさんとの訓練で何か手ごたえを感じているみたいだった。今のままでも強いけれど、このままならもっと強くなるのは間違いない。
「私にイザスタさんは、魔法を使うならもっとリラックスすれば良いって言ってくれました。だけど、どうすれば良いのかよく分からないんです」
聞いた直後は簡単なことだと思ったけれど、他の人達がドンドン先に進もうとしているのに自分だけ何もできなくて、そんな状況でリラックスなんてどうすれば良いのか分からなくなって。自分だけ置いて行かれるような感覚があった。
ポタッ。ポタッ。
気が付くと、私の両目から涙が溢れていた。
「この城の人達も、町の人達も、私達のことをとても良くしてくれます。だけどそれは私達が『勇者』だからです。私達を特別な何かだと思っているからです。でも私はそうじゃない。……そうじゃ……ないんです。私は……特別なんかじゃ、ない」
私はそのまま顔を覆って崩れ落ちるように泣き続けた。このまま消えてしまえたらいいのに。すっかり心の弱り切った私は、そんなことも平気で考えるようになっていた。
目の前の方からガタンと音が聞こえる。イザスタさんが席を立ったのだろう。
きっとこんな弱い私に愛想をつかして部屋を出ていくんだ。そして他の人達にこのことを話すに違いない。そうすれば私が『勇者』などとは程遠いという事もすぐに分かるだろう。
だけど、いつまで経ってもドアを開けて部屋を出ていく音は聞こえない。その代わりに、
「…………えっ!?」
何かに包まれるような感触がした。顔を覆う手を緩めて前を見ると、イザスタさんが
「イ、イザスタさん!?」
「……心がどうにもならないことで一杯になっちゃった時は、思いっきり泣いて良いのよん。アタシは涙を止めることはしないけど、落ち着くまで胸を貸すくらいのことはしてあげるから」
「…………う、うわああぁぁん」
私はその言葉通り、イザスタさんの胸の中で泣き続けた。
それは初めてこの世界に来た直後以来の大泣きで、涙が枯れるまでずっと、みっともなくも心の中を洗い流していくように……泣き続けた。
ホントイザスタさん何者なんでしょうねぇ。