異世界出稼ぎ冒険記 一億貯めるまで帰れません   作:黒月天星

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第九十六話 町中でのアクシデント

 

 中世ヨーロッパ風という言葉がある。様々なテンプレファンタジー小説で使われている表現だ。あくまで()という所がみそで、必ずしも本当に中世ヨーロッパの風景でなくても良いので、多少実際とは間違っていても問題がない。

 

 しかし中世と言っても幅が広く、いつの時代だか特定しづらいのが問題だ。例えば日本で言ったら一説によると、鎌倉幕府が出来てからだいたい戦国時代までの数百年が中世という話もあったりなかったり……。

 

「………………ヒサ。トキヒサっ。聞いてる?」

 

 俺の名を呼ぶ声にハッとして周りを見渡す。するとエプリがフード越しにこちらをじっと見ていた。

 

「……町に入ってから景色を見るなり急にぼ~っとして、一体どうしたって言うの?」

「俺そんなにぼ~っとしてた?」

「……目の前で軽く手を振ったけど、まるで気が付かないくらいにはね」

 

 ホントかそれ!? まったく気が付かなかった。

 

「あ、いや、色々感慨深くて。よく言われる言葉だけど、実際に見るとこんな感じなんだなぁって思ったんだ」

 

 門の中に広がっていたのは、俺のイメージしていた中世ヨーロッパ()の風景にかなり近いものだった。

 

 現在俺達は馬車で道を進んでいるのだが、流石に町中でスピードを出すと危ないので速度は大分ゆっくりめ。歩くのと走るのの中間くらいだろうか。だがゆっくりの分周囲の風景を見るにはある意味丁度良かった。

 

 視界に見える建物はほとんどが石造り。高さはバラバラで、普通に一階建てのものもあれば、マンションのように縦に積み重なって五、六階建てになっているものもある。屋根はとんがり帽子のようになっていて、雨水などが溜まらないようになっているみたいだ。

 

 道はかなり広く作ってあり、俺達の馬車が二台並んでもまだ人が余裕を持って通れるくらいには広い。道は簡単にだが石で舗装されていて、外に比べたら格段に走りやすい。建物もそうだけど、この辺りは石が良く使われている。近くに産地でもあるのかもしれない。

 

「……? 何のことかよく分からないけど、最低限道を覚えておいた方が良いわよ。どうせまた後で来るんでしょ?」

「まあな。色々見て回りたいし」

 

 ざっと見る限り町には活気があふれている。店が多いのは勿論だが、露天らしきものもチラホラだ。ああいうのはフリーマーケットみたいで結構憧れるな。やることが粗方終わったら行ってみたい。

 

 馬車は現在調査隊にダンジョンの調査を命じた人、ここの都市長の元に向かっている。ラニーさんを見て門にいた衛兵達がやけにかしこまっていると思ったら、元々調査隊が都市長の直属のような立ち位置にあることも理由だったらしい。

 

 別にそこまで偉くはないとはラニーさんの談だけど、その都市一番の権力者の直属と言うのはそれだけで一種のステータスじゃないだろうか?

 

 

 

 

 俺がこの都市でやることはいくつかある。

 

 一つ目はラニーさんの報告書提出の際、証人として同行すること。と言っても先にゴッチ隊長がバルガスを連れてここに来た時、大まかな説明は既にしてあるらしいので今回は補足程度のものだ。なので時間はそこまでかからないだろうと出る前にゴッチ隊長は言っていた。

 

 二つ目はセプトを医療機関に見せること。身体に埋め込まれた魔石は今のところ危険度は低いが、それでも危険が全くないという訳ではない。何かのはずみで溜め込まれる魔力が限界を迎えたら、バルガスのように凶魔化する可能性も無くはないのだ。

 

 それとバルガスの見舞いも出来ればしておきたい。ちょっと存在を忘れてたからな。

 

 三つ目はアシュさんの知り合いの場所を探すこと。ただこれはそこまで心配はしていない。アシュさんはもう大体の目星はついていて、あとは時間が経てば分かるという話だった。手紙でも出して返事を待ってるとかそういう事だろうか?

 

 そして最後に、これが一番重要なことなのだが…………()()()()()()()()()()()()。生活には金が不可欠だ。

 

 課題として貯めなければいけない分にエプリに支払う金。それにいずれイザスタさんの所に合流するにしても、そこまで行く旅費も必要だ。あと金魔法に使う金も要る。かと言って、モンスターと戦って金を稼ぐのは以前もエプリと話したが避けたい。

 

 考えてみよう。護衛に金を払うために護衛に戦わせるなんて言うのはまず本末転倒だ。それならエプリとしても契約なんてせずに普通に稼いだ方が早い。セプトの方も同じだ。それに美少女に戦わせて自分だけ後ろで守られているっていうのはいささか……いやかなり俺のなけなしのプライドに響く。

 

 護衛されないとマズいくらい俺が弱かったり世間知らずだというのは自覚しているが、それとこれとは話が別。なら戦い以外で金を稼ぐしかない。幸いここは交易都市だ。商売で成り立っている町なのだから、探せば金を稼ぐ手段も見つかるかもしれない。そのためにも町の様子は見て回りたいな。

 

 大体さしあたってやることはこんな感じだろうか。頭の中でやることをまとめながら、俺達は馬車に揺られながら都市長の所へ向かっていた。……事件はその途中で起きる。

 

 

 

 

「あとどのくらいで着きますか?」

「そうですねぇ。この調子で行けばもう二、三十分といったところでしょうな」

 

 ふと時間が気になって御者さんに訊ねると、そんな返事が返ってきた。一応補足すると、この世界には時計やそれに類するものは存在する。例えば調査隊の拠点にも一つ共用のものがあったし、町中にもよく見れば時計らしきものを僅かだが見かける。

 

 しかしあまり正確でないようで、大抵が十分や十五分単位で時間が分かるくらいの物だ。中には針が一本のみで大まかに時間が分かるだけなんてものもあった。それにどれもかなり大きく、小さいものでも良く日本で見る家庭用の壁掛け時計より一回りはデカい。

 

 以前ダンジョンでエプリに腕時計を見せた時、時計だといっても微妙に信じていなかった。それはどうやらまだここら辺において、時計はそこまで普及していなかったかららしい。

 

 これがこの交易都市だけなのか、それともこの世界の基準なのかは知らないが、そういったところも調べる必要があるかもな。

 

 しかしあと二、三十分か。まだ大分かかるな。まあ街並みを見てるだけでも発見があるし飽きないけど。俺がそう思いながら腕時計を見ていると、何かに気づいたのかジューネが話しかけてきた。

 

「おやっ!? トキヒサさん。前から気になっていたのですが、その腕に巻いているものは一体何ですか? なにやら面白そうな気配がしますねぇ」

「これ? 時計だけど?」

「時計? 誤魔化さないでくださいよ。時計と言ったらもっと大きいものですよ。そんな小さな時計が発明されたらそれだけで大問題ですって。町中の時計職人がこぞって製法を知りたがること間違いなしですよ。……私とトキヒサさんの仲じゃないですか。隠さないで教えてくださいよ」

 

 やっぱりジューネも信じてないみたいだ。しかし興味深そうに俺の腕時計をチラチラ見ている。

 

「ホントに時計なんだって。ほらっ! 見てくれればはっきりするから」

「見せてくれるんですね! いやぁ時計だなんて嘘までついて、一体何を隠していたんでしょうね? では、ちょっと拝見を」

 

 百聞は一見に如かず。見てみろよと言わんばかりに俺が腕を伸ばし、ジューネがどれどれとばかりに身を乗り出そうとした時、

 

「……きゃっ!?」

「おっと!」

 

 急にガクンと馬車の速度が落ち、車体が軽く揺れた。身を乗り出す形になっていたジューネはバランスを崩しかけるが、とっさにアシュさんが腕を掴んで支える。見ればエプリやセプト、ラニーさんは上手くこらえていた。良かった。しかし、肝心の俺は踏ん張り切れず馬車の中で転がってしまう。

 

「あいたたた」

「大丈夫? トキヒサ」

 

 そのまま馬車の荷の一つにぶつかり、腰をしたたかにぶつけてしまう。揺れが収まった後にセプトが駆け寄ってきて案じてくれるのが救いだ。

 

 エプリはどうしたのかと思ったら、素早く立ち直って外の様子を伺っている。流石切り替えが早い。……ついでに俺のことを気遣ってくれるともっと嬉しいのだけど。

 

「何事ですか!?」

「それが、前方を走っていた荷車が脱輪したようで、横転して道の半分近くを塞いでいます」

 

 少しふらつきながらもラニーさんが御者さんに聞くと、そんな答えが返ってきた。俺も何とか起き上がって隙間から覗くと、確かに道の前方に荷車が横倒しになっている。

 

 周りには積み荷の箱のようなものが多数散乱していて、それなりに広い道と言ってもかなりの部分を塞いでしまっているみたいだ。

 

「こりゃ参ったね。どうするよ? 無理やり進むってことも出来そうだが」

 

 アシュさんはジューネを支えながら言う。その言葉通り、空いたスペースに無理やり車体をねじ込めば通ることも出来そうだ。だけど、

 

「いいえ。それだと私達は通れても、この道自体が下手をするとしばらく使えなくなります。車輪は見てみないと分かりませんが、せめて散乱した荷物くらいは集めて渡してあげましょう。それに……目の前で困っているヒトを助けるのは当然じゃないですか」

「ほうっ。……それで本音は?」

「手を貸してお礼をせしめます。別に物でなくても積み荷の情報だけでも良いんです。何を仕入れたかとか何が売れそうだとか、情報には価値がありますから。アシュも手伝ってくださいね」

「へいへい。用心棒使いが荒いことで」

「では、私もお手伝いします」

 

 ジューネが下心満載だけど手を貸そうと提案する。苦笑しながら付き合う姿勢を見せるアシュさん。それを聞いてラニーさんもどうやら協力するようだ。

 

「トキヒサ。お前さんはどうするよ? どこかぶつけたようだし休んでるか?」

「いえ。これくらいどうってことないですよ。俺も行きます」

 

 どのみち道がこんなんじゃおちおち見て回ることも出来ないしな。ラニーさんが手伝うって言うなら都市長への報告もそこまで緊急って訳でもないみたいだし、それなら多少道草をして人助けをしても問題ないだろう。

 

「……仕方ないわね」

「私も、トキヒサ手伝う」

 

 エプリとセプトも手伝ってくれるみたいだ。エプリは渋々って感じだけど。

 

「よし。それじゃあ皆でちゃちゃっと済ませて先に行こうか」

 

 こうして馬車に御者さんを残し、俺達は外へ出て荷車の方に向かった。身体もだいぶ良くなってきたしな。軽いリハビリには丁度良いや。

 




 町に入るなり事件発生。いったい誰がトラブルを引き寄せているのやら。

 時計のフラグはまたその内という事で。

今の所同行者の中でヒロイン力が高いのは誰か?

  • アンリエッタ
  • エプリ
  • ジューネ
  • セプト
  • (今はいないけど)イザスタ

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