異世界出稼ぎ冒険記 一億貯めるまで帰れません   作:黒月天星

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第九十八話 なにやらきな臭い話

 俺達がこれから行こうとしていた方向からやってきた一団は、全員揃いの柿色を基調とした制服を着ていた。この町に入る時に受付にいた衛兵と同じものなので、これがこの町の衛兵の制服だと分かる。先ほどの野次馬の誰かが呼んだのかもしれない。

 

 一団は俺達の所までやってくると、隊長らしき他の人より少しだけ豪華な服を着た厳めしい顔の男の人が前に進み出た。そして壁際に移動された荷車を一度チラリと見る。

 

「道の真ん中で荷車が横転しているとの連絡を受けてやってきたのだが……あれがその荷車かね?」

「はいっ! そうです。荷車は通行の邪魔になるので私どもで動かしておきました」

 

 その言葉にジューネが対応する。さりげなく自分たちが動かしたという点を主張しているのが微妙にせこい。

 

「ふむ。それはありがたい。こちらとしても仕事は手早く進めたいのでね。……おいっ」

 

 衛兵隊長さんが合図をすると、他の衛兵が何人か荷車の方に向かっていく。見れば一団の中に、茶色の毛並みで尻尾が二股に分かれた牛みたいな生物が何頭かいた。その牛モドキと荷車をロープで繋いでいることから、どこかに引っ張っていこうとしているみたいだ。

 

 ここに置いていくのは壁際と言っても邪魔になるもんな。……何だかレッカー車で運搬される事故車みたいだ。

 

 荷車を牽いていた馬達も、アシュさんが事前に宥めておいたのでおとなしい。衛兵の手によって手綱を取られ、ゆっくりと連れられて行く。

 

「隊長。散乱していた荷物ですが……」

 

 衛兵の一人が荷物を改めている途中、何かに気づいた様子で衛兵隊長さんの所に駆け寄って耳打ちする。衛兵隊長さんは何かを聞くうちに顔をしかめていく。

 

「そうか分かった。引き続き調べろ。…………お待たせしましたな。それと、この荷車の御者はどちらかな? 詳しい話をお聞かせ願いたいのだが」

「あぁ。それならあちらに。怪我をしていたので介抱をしてもらっています」

 

 ジューネが手で指し示した先には、ラニーさんが倒れていた人を手持ちの道具で治療しているのが見えた。一度俺達の馬車に戻って包帯や薬を取ってきたので、応急処置とは言え本格的だ。

 

 どうやら相手も目を覚ましたようで、壁に上半身を持たせかかりながらラニーさんに包帯を巻いてもらっている。

 

「なるほど。ではあとはこちらにお任せ願おう。……済まないがそちらの薬師殿。怪我人を医療施設に連れて行きたいのだがね」

 

 衛兵隊長さんはそう言ってラニーさんに呼びかける。しかしラニーさんは治療に集中していて聞こえていないようだ。仕方なく衛兵隊長さんは二人に近づいていく。そしてラニーさんの傍に立つと、とんとんと軽く肩を叩いた。

 

「はいっ? すみませんがもう少し待ってください。この場で最低限の応急処置はしておかないと」

「そうは言いましてもこちらも職務でしてな。……おやっ? ラニー殿ではありませんか?」

「その声は……ベンさんじゃないですか!」

 

 どうやら二人は知り合いだったらしい。元々調査隊はこの町の人なんだから、知り合いがいるのは当然か。そのまま二言三言話したかと思うと、衛兵隊長……ベンさんがこちらに戻ってくる。

 

「仕方ありませんな。ラニー殿が治療を終えるまで待つとしましょう。あのヒトは一度治療を始めると、自分が納得するまで止めようとしない。……まあ腕は確かなので、医療施設に行く必要がなくなるかも知れないがね」

「あのぉ。ベンさん……と呼ばれてましたけど、ラニーさんとはお知り合いなんですか?」

 

 気になってしまったのでついつい質問する。ジューネは何も言わないことから、そっちも気になってはいたみたいだ。

 

「職務上以前はよく顔を合わせたのでね。それよりも、待っている間にあなた方からも話を伺いたい。よろしいですな?」

 

 よろしいですななんて聞いてはいるが、半ば強制的な尋問だなこりゃ。まあ衛兵と言えば町の治安を守るのが仕事だろうからね。素直に話すとしようか。……しかしただの事故の調査にしては少し物々しい気がするな。

 

 俺達はラニーさんが治療を終えるまでの間、ここであったことをベンさんに話した。と言っても俺が見たことなんて事故直後のことぐらいなので、大したことは言えなかったのだが。

 

 

 

 

「……なるほど。大まかな状況は理解しました。あとはあの二人から話を聞くとして、あなた方はもうお帰り頂いて結構です。ご協力感謝します」

 

 ベンさんは一通りの当時の状況を聞き出すと、そう言い残して治療を終えた二人の方に歩いていく。

 

 いやここでほったらかしっ!? 帰るったってラニーさんが戻らないことには動けないんだけど。ひとまず皆で馬車の中に戻り、ラニーさんの帰りを待つことに。

 

「ふぅ。牢獄で尋問された時に比べれば楽だったけど、それでもやっぱり堪えるな」

「疲れた」

「…………まったくね」

 

 馬車に乗り込むなり、皆して心なしぐで~っとした感じになる。セプトは無表情に座り込み、エプリまでどこかうんざりした感じで立っている。アシュさんとジューネは大丈夫そうだ。話し合いには慣れているという事か。

 

「それにしてもな~んか感じ悪いよな。部下の衛兵から何か耳打ちされてたみたいだけど……どう思うジューネ?」

 

 待っている間暇なので、比較的元気そうなジューネに話を振る。

 

「私の推測が正しければ、おそらく荷物の中のアレが問題になったんでしょうね」

「そう言えばさっき荷物を見て気になったとか何とか言ってたよな。一体何が入ってたんだ?」

「はい。あの荷物の中には……魔石が入っていました」

 

 魔石? 魔石を持っていると何か問題になるのだろうか? 確かに以前イザスタさんに、放っておくと凶魔になると言われたが、それは使わずに長い間あったらの話のはずだけど。

 

「……その顔だとご存じなかったみたいですね。魔石は()()()()()()()()()()()()()()()()違法なんですよ」

「な、なんだって~っ!?」

 

 今明かされる驚愕の事実。つまり、

 

「……俺はまた牢獄行きかもしれん」

「牢獄行きって……その様子だともしかして持ってます? 魔石」

 

 俺はその問いに力なく頷く。黙っていれば良いのかもしれないが、自分がうっかり犯罪を犯していたとなると心穏やかではいられない。気のせいか馬車内の全員の顔が引き締まっている気がする。

 

「ちなみにどのくらいのサイズの物を?」

「それは……これくらいだ」

 

 俺は『万物換金』で鼠凶魔の魔石を一つ取り出してジューネに手渡す。大きさはどれも小指の先の爪くらいの物だ。ジューネはそれを受け取って掌の上で転がしながらじっくり見る。

 

「…………なるほど。他にはありますか?」

「同じのがあと三十ばかし。サイズはみんな同じようなもんだ」

「そうですか。あと三十ほど。……ちなみに手に入れたのはいつ頃ですか」

 

 牢獄にいた時だから十日前だと言うと、ジューネはしばし考えこんだあとに軽く息を吐いた。これはどっちだ? 良い方か? 悪い方か? 

 

「……トキヒサさん。残念ですが」

「そうか。……ちなみにどのくらいだ?」

 

 ジューネはややオーバーなくらい残念そうな顔をする。どうやら刑は免れないみたいだ。知らなかったとはいえ罪は罪だもんな。罰は受けないといけない。情状酌量は欲しいけど。

 

「どのくらい? ……あぁ。このサイズなら……おそらく百くらいだと」

 

 百日か。約三か月もまた牢獄生活なのか。勘弁してくれよ。……どうにか三日ぐらいでなんとかならないかな?

 

「しかし安心してください! 少しでも良い結果になるよう私も手を尽くします。まずは全ての魔石を私に預けてもらってですね」

「からかうのもそこまでにしとけよ雇い主殿」

「そうね。……そろそろ勘違いを正しても良い頃合いかな」

 

 そこにアシュさんとエプリが割り込んでジューネの頭にダブルチョップを食らわす。と言っても全然力など込めておらず、ジューネも笑いながら軽く頭を押さえただけで何も言わない。

 

「分かっていますよアシュ。エプリさん。軽い冗談ですとも」

「え~っと。何がどうなってるのでしょうか?」

 

 からかうって何のことだ? 勘違い?

 

「確かに未加工の魔石を所持するのは違法だ。しかしそれは()()()()()()()()()()()()()()だ。少なくともこれくらいはないと罪には問われないぞ」

 

 アシュさんはそう言って指で輪っかを作って見せる。大体五百円玉くらいの大きさだ。俺の魔石より明らかに大きい。

 

「……それに手に入れてからしばらくは猶予期間があるの。魔石に魔力が溜まるまでの間に決められた場所に持っていって換金する。そうじゃないと凶魔を倒して手に入れた瞬間違法になるから。……十日程度なら全然問題ないわね」

「なんだ。そうだったのか。…………良かった」

 

 俺はどうやら犯罪者にならずに済みそうなのでホッと胸をなでおろす。

 

「からかうなんてひどいぞジューネ。……じゃあジューネが言ってた百って言うのは」

「この都市で売る場合の値段の見立てですよ。一つおよそ百デン。三十ほどあるなら三千デンですね。まあ私に任せてもらえれば値上げ交渉をしてみせます。勿論仲介料は頂きますが」

「なら先にそう言ってくれよ。……ちなみに仲介料ってどのくらいだ?」

 

 からかわれたのは腹も立つが、冗談だったようだし置いておこう。今は値段の話だ。

 

 魔石を『万物換金』で換金した時の値段は一つ六十デンだった。換金額はアンリエッタの采配次第だし、こういうのは場所によって値段が大きく変わるのは良くあることだ。全ての場所で一律だったら交易の意味がなくなるからな。

 

 ならば手数料はかかるけど全部元に戻して、改めてこっちで売った方が利益は大きい。

 

 かと言ってこういうのはどこでどうやって売るのか分からない。ならどうやらパイプを持っているらしいジューネに任せた方が何かと良さそうだ。

 

「そうですね。交渉に成功したら私の取り分は……これくらいではどうでしょう? 失敗したらお代は頂きません」

 

 ジューネは背負っているリュックサックから久々となる算盤を取り出して弾く。パチパチと言う音がしばし鳴った後に提示された額は、全体からすれば微々たるものだった。

 

「値上げできなかったらそのまま渡すだけですからね。成功すれば儲けもの。失敗しても損はなく。なのでこのくらいの額が妥当ですよ」

 

 やけに安いけど良いのかという意図が伝わったのだろう。ジューネはそう言って笑った。しかしその目を見ると、失敗するなどという気は微塵もなさそうだった。

 

「分かった。それじゃあやることが一段落して時間が空いたら頼む。……からかった分しっかり値上げしてくれよ」

「おっと。からかわずに普通に提案した方が良かったですね。……お任せください()()()。互いに儲けるために誠心誠意努力しますとも」

 

 こちらも久々商人モードで返すジューネ。そうして俺の小さな商談がまとまったところで、ようやくラニーさんが戻ってきた。じゃあそろそろ出発だ。予想より長くかかってしまったからな。早く都市長さんの所に行かなくては。

 

 

 

 

「そう言えばジューネ。結局荷車の荷物にあったっていう魔石は何が気になってたんだ?」

「あれですか。大きさは基準値ギリギリでしたが、未加工の物が箱一杯に入っていました。あれだけの量になるとちゃんとした許可があっても見とがめられます」

 

 取り扱い注意の小型の危険物が大量に輸送されているようなものだもんな。いくら許可があるって言っても調べられるのは何となく分かる。

 

「入口を通れたという事は許可があるという事なんでしょうが、それにしては護衛らしき人も無し。あの御者さんも腕に覚えのあるという感じではありませんでした。あれだけの数ならかなりの額が動くのにです。妙でしょう?」

「そうだな。……そんな妙な荷車が、()()()()()()()()()()()()()()()…………偶然にしては重なりすぎかもな」

 

 更に考えてみれば、荷車が事故った場所には()()()()人が少なかった。もし俺達の馬車が少し後ろを丁度通っていなかったら、発見されるまで少しだけど空白の時間が出来たはずだ。

 

「……なにやらきな臭いことになってきたな」

「そうですか? 私にはお金の匂いがしますねぇ」

 

 もうしばらくは戦いはこりごりだってのに。神様仏様。どうかもめ事は無しでお願いします。俺は心の中でどこかにいるかもしれない相手に神頼みをするのだった。

 

 あっ!? 神様と言ってもアンリエッタだった。これはダメかもしれない。

 




 ちなみに、ダンジョンでバルガスから摘出した魔石や、セプトの身体に埋め込まれているものは普通に基準に引っかかります。

 まあどちらも事情があるのでしばらくは猶予がありますが。

今の所同行者の中でヒロイン力が高いのは誰か?

  • アンリエッタ
  • エプリ
  • ジューネ
  • セプト
  • (今はいないけど)イザスタ

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