「出所……脱獄ですか?」
「ここの警備体制を考えると出来なくはないけど、そうじゃないわ。普通に正式な手続きを踏んでの出所よん。ホントはもう少しここに居る予定だったんだけど、ちょっと事情が変わっちゃったの」
脱獄も出来なくはないのか。まあこの人なら何か出来そうな気がしてたけど。
ここはイザスタさんの牢屋。話をするならこっちの方が良いと連れてこられたのだが、以前来た時とは大分変わっていた。
床一面に敷かれていたカーペットは丸めて壁に立て掛けてあり、絵やハンモック、クッションも一ヵ所にまとめられている。本棚はそのままだが、中の本は外に出して積み重ねられている。
他にもいくつかの小物がちょっとした山を造り上げているが、話をするということなので椅子とテーブルはそのままだ。
俺が頼まれたのは、今日出所するイザスタさんの私物を処分することだった。
「それにしても助かるわ~。出所しても家具までは流石に持って行けないし、看守ちゃんに頼んで売り払おうにも時間がかかるから、このまま置いて行っちゃおうかって思ってたところなの」
そりゃまあこれだけの量ならそうだろうな。時々ファンタジーに登場する“何でも入るカバンや袋”があるならともかく、こんなデカイ荷物を全部持っていくのは骨が折れる。金に替えられるならその方が良いだろう。
「それじゃあ始めますけど、換金するのはまとめられている物で良いですか?」
「ええ。それでお願いね。換金しないものは別にしてあるから大丈夫。椅子とテーブルは全部終わってからで」
「分かりました。それじゃあ二千デン分はしっかり働きますよ。『査定開始』」
俺はまた貯金箱を起動させて査定を始める。事前にまたイザスタさんに許可はとってあるので、おそらく買取不可にはならないだろう。品物に一つずつ光を当てていく。
ハンモック 五百デン
クッション 二百デン
カーペット 三千デン
本棚 二千デン
絵(真作) 八千デン
絵(複製) 二枚 八百デン…………。
なんかどれもこれも高い品ばかりだ。ホントにいくらかかったんだか。ちょっと聞くのが怖い額になってきた。
「……んっ!?」
査定の途中、まとめられている物の中に小さな袋を発見する。持ってみるとそれなりに重く、中に何か石のような物が沢山入っているようだ。光っているから宝石か何かかね?
「イザスタさん。これはなんでしょうか?」
「あぁそれね。それは以前の仕事中に手に入れた物よん。この街で売り払う前にここに入ったから、そのままだったのを忘れてたわ。今は現金が必要だし、ちょうど良いからそれもまとめてお願いね」
イザスタさんは椅子に座ってそう気楽に言う。ちょうど良いからって……売り払う予定があったんなら一応本職の人に見せた方が良いんじゃないの? 一応査定するけど。袋ごと光を当てて査定する。二日目に俺の財布ごと査定して成功したからこちらも大丈夫だろう。
袋(布製 内容物有り)
査定額 五十九万六千八百十デン
…………えっ? オカシイナ。今なんか妙な額が見えたような。俺は軽く目蓋の上から目を揉みほぐしてもう一度見てみる。
査定額 五十九万六千八百十デン。
………………うん。間違いない。ってえぇ~っ!?
「イ、イザスタさん。な、なんか袋に五十九万デンって査定額が出てますが?」
「へぇ~。そこそこの額ね」
そこそこって!? 五十九万デンだよ!! 日本円で五百九十万の大金をそこそこって言ってのけたよこの人!! 相当金持ちだよ。どおりで牢屋内での待遇にあれだけ金をつぎ込める訳だ。
「だから言ったでしょう。お姉さん相当稼いでるって。さっきも二千デンくらいそのまま持っていっても良かったのよん」
椅子に座ったままのイザスタさんが言った。どうやら驚きが顔に出ていたらしい。あと微妙にドヤ顔なのが何とも言えない。
「…………いや。やっぱり貰えませんよ」
俺は少し悩んだあとはっきりそう言った。今からでも言えば多分くれると思う。だけど相手が金持ちだからって、ただで持ってって良い訳じゃないからな。やっぱその分は働かないと。
「やっぱり頑固者ねぇ。まぁ良いわ。それじゃあどんどん続きをやっちゃって」
「はい」
俺はまた査定に戻って一つずつ確認していった。途中個人的な持ち物もいくつかあったが、判断のつきづらい物はイザスタさんに聞いてみて査定していく。そして、
「……ふぅ」
「どう? 終わった?」
「はい。あとはその椅子とテーブルを査定すれば終わりです」
あらかた終わったので換金ボタンを押すと、まとめられていた物はスッと消えてなくなる。代わりに貯金箱の画面には、今の品の金額がしっかり表示されていた。
「フフッ。お疲れさま。じゃあこっちに来て一休みしましょうか?」
イザスタさんの申し出を俺はありがたく受ける。何せ小物を合わせると百点近くあったからな。少し疲れた。イザスタさんの対面に座って一息つく。テーブルの上には元々支給されるコップが二つ置かれ、中には冷たい水が入っている。
「アタシとしたことがウッカリしてたわ。さっき食器一式を換金したからこのくらいしか出せなくて。ゴメンねぇ」
イザスタさんは申し訳なさそうに言うが、別にこのくらいはどうってこともない。グイッと水を一気に飲み干すと、そのまま気にしないでくださいという風に手を振った。
「ありがとね。ところで大体いくらくらいになったのかしら?」
「え~と、椅子とテーブルを抜きにして全部で九十六点、査定額は七十三万五千八百十デンになりました。試しにここにその分を出しますか?」
彼女はこっくり頷いたので、テーブルの一部にスペースを作ってそこに出すことに。
ジャララララ。ジャララララ。
貯金箱のボタンを押すと、一気に大量の硬貨がこぼれ出していく。幸いスペースは広めに空けておいたから下に落ちはしないが、すぐにテーブルの一角はちょっとした硬貨の山が出来た。
「……ちょっと予想より凄いわねぇ。袋に入りきるかしら? 多すぎるからいったん戻して少しずつ出すことって出来る?」
「多分大丈夫だと思いますよ」
金は査定しても手数料がかからないのは、すでに前もって試してある。俺はまた硬貨の山をひとまず換金し、今度はキリの良い二十万デンのみを出すことにした。
ジャララララ。
貯金箱から放出された硬貨は全て金貨だった。数が二十枚あったことから考えて、どうやら金貨は一枚一万デン。日本円で十万円らしい。日本の金貨はいくらぐらいだったろうか?
「ありがとねトキヒサちゃん。お陰で荷物がすっかり片付いたわ」
金貨七十三枚と銀貨五十枚。合わせて七十三万五千デンをいくつかの袋に詰め終わると彼女は言った。確かに最初は牢屋とは思えないほど飾り立てられていたここも、物が無くなって俺の牢と同じく殺風景な状態になっている。広さはこちらの方が上だが。
「残りの金はどうします? まだ半端の八百十デンが有りますけど」
「そうねぇ。また出してもらうのも良いけど……やめておくわ。これはトキヒサちゃんのお駄賃としてあげる。これくらいなら良いでしょ」
「まだ多い気もしますけど……では有りがたく頂きます」
お駄賃と呼ぶにはやや額が大きい気がするが、元の額が凄かったから大したことないような気もするから不思議だ。またさっきみたいに譲り合いになるのも疲れるので、ここは貰っておくことにすることにする。……そのうち何かお礼をしなくては。
「フフッ。そう言えばトキヒサちゃん。アタシはもうすぐ出所するけど、あなたはこれからどうするのん?」
「幸い金を頂きましたから、これでディラン看守に上に掛け合ってもらうよう頼むつもりです」
現在の所持金は、イザスタさんから貰った分を含めて合計三千三百二十四デン。日本円にして三万円弱だ。これでディラン看守に頼むとして、問題はその後だ。
理想は俺が全くの無罪(不法侵入はまだ受け入れても良いが)となって出所すること。だがディラン看守も絶対の保証は出来ないと言っていたし、何故俺がこんな極悪人扱いをされるのかもひっかかる。
「なるほどね。でも看守ちゃんが失敗したらそのまま特別房じゃな~い? その場合はどうするの?」
「それは……」
最悪そうなったら脱走も考えなくてはならない。いくらなんでも無実の罪で捕まるのはゴメンだし、時間も一年という制限があるのだ。いざとなったら取り上げられた荷物の中にある道具を持ってきてもらって壁に穴を開けるとか。
「壁に穴を開けて逃げようとか考えているなら、やめといた方が良いわよん。この子達が黙っていないもの」
俺の考えを読んだかのようにイザスタさんは言う。この子? この子ってどの子? 彼女の視線の先には、
「この子って……ウォールスライム?」
視線の先にいたのは、牢の壁に擬態していたウォールスライムだった。……ウォールスライムだよね? 見た目壁と変わらないからイマイチ分かりづらいが。
「ねぇトキヒサちゃん。ここはやけに看守が少ないな~って思ったことない?」
「そう言えば……ここに来て四日になるのに、ほとんどディラン看守以外の看守には会っていない」
強いて言えば、最初にここに来た時に荷物検査をした衛兵と、取り調べ室に行く途中にいた衛兵くらいだが、よくよく考えてみるとそれはおかしいのだ。
この牢獄はそれなりに広く部屋数も多い。最大収監人数がどのくらいか知らないが、当然それにあった人数の看守も必要になる。そうでないと囚人が暴動を起こした時に鎮圧出来ないからだ。
今は収監された人数が少ないからという可能性もあるが、それにしても同じ看守が連日一人で勤務というのは不自然だ。見回りをするにしても一人では大変だしな。
「あの看守ちゃんは実質ここが家みたいなものらしいから。配給や依頼された荷物を運ぶだけなら一人でも可能だし、見回りもあんまり必要ないのよん。だってこの子達が見張ってるんだもの」
「……大体話が見えてきた。このウォールスライムが本当の看守ってことか」
このウォールスライム達は俺の牢にもイザスタさんの牢にもいた。察するにこいつらは全ての牢に一匹ずつ居て、囚人が何かやろうとする(例えば牢を壊そうとするとか)と襲いかかるといったところか。
「そういうこと。脱走しようとしたらいきなり壁が襲いかかってくるなんて怖いわよねぇ。もっとも、この子達は極力殺さずに捕らえるよう指示されているから死にはしないでしょうけど」
確かに想像すると恐ろしい。この狭い牢屋では逃げ場がない。それに普通は気がつかないので完全な不意打ちだ。武器もなにもない状況で襲われたらどうにもならない。
「……ちょっと待ってください。何でまたイザスタさんはそんなことを知ってるんですか?」
彼女の言葉はおそらく間違っていないだろう。実際このウォールスライムが看守だと考えれば色々と納得もいく。問題なのは、イザスタさんは何処からこの情報を仕入れたかってこと。
「まさか実際に襲われたとか!? それともディラン看守に金を払って教えてもらったとかですか?」
「何でって、普通にこの子に聞いただけだけど。アタシのスキルでね」
イザスタさんは何でもないという風な気楽さで答えた。スキルとはゲーム的に言えば、その人の持つ特殊技能のことを指す。そしてそれはこの世界にも存在する。
これはイザスタさんと昨日一緒に食事をした時に話題にあがったのだが、ある特定の行動を長くし続けると稀に発現することがあるという。
大抵は元々出来ていたことが更に上手くなるといったものだが、時々それ以外の物が発現することもあるらしい。ちなみに加護とは別物であり、基本的に加護は先天的、スキルは後天的な物だと言う。
「聞いたって……スライムにですか? 本当に?」
どうにも信じられないが、ここは異世界だから絶対ないとは言い切れない。もしかしたら意外に普通のことなのかも。
「ホントホント。あんまり細かい意思疏通は出来ないけど、大体のニュアンスは分かるわよん。例えばトキヒサちゃんのこともこの子が教えてくれたの。隣の牢で何かしてるよってね」
そこでイザスタさんは言葉を切ると、穴の近くで壁に擬態していたウォールスライムに手を伸ばした。そのままスライムにそっと触れ、目を閉じて動きを止める。
「………………んっ」
時間にして数秒程度だったろうか。目を開けると、「この子お腹が空いたって。何か食べ物でもあげたら?」と言い出した。今の今までほとんど動かなかったスライムが、このタイミングで食べ物を食べるのだろうか? 俺は半信半疑ながらも貯金箱を操作する。確かさっき換金したパンがあった。
貯金箱を操作していくと、これまで換金した物の一覧が画面に表示される。パンは先ほど二デンで換金したので、手数料(額の一割。十九デン以下の物は一律で一デン)を加えて三デンで買い戻す。イザスタさんが横で「へぇ~。ホントに戻せるのねぇ」と驚いている。そう言えば物を金に換える所だけしか見せてなかったな。
「……ほらっ。食うか?」
取り出したパンを小さくちぎり、手に乗せてスライムに差し出す。……待てよ。うっかり俺の手ごと食べようとするんじゃないだろうな。
グニャリ。
慌てて引っ込めようとした瞬間、スライムが急に動き出して俺の手に身体を伸ばしてきた。そのまま掌のパンを全て巻き込むと、またすぐに元のように壁に擬態して動きを止める。しかしよく見ると、中心の辺りで何かが蠢いているのが分かる。どうやらパンを消化しているらしい。
「……普通に食べたな」
「ねっ。言ったでしょう。お腹が空いてるって」
クスリとこちらを見て微笑むイザスタさん。どうやらスライムの言葉が分かるのは本当のことらしい。つまりさっき彼女がスライムから聞いたこと。このスライム達こそが真の看守ということも本当の可能性が高い。脱走がより難しくなってしまった。
これはいよいよディラン看守に全てを託すしかないか。そんな考えが頭をよぎり始めた時、イザスタさんは急に真剣な顔をして俺に言った。
「ねぇ。トキヒサちゃん。もしこれからの予定が決まっていないなら………………アタシと一緒に行かない?」
これは、この異世界に来ておそらく最初の分岐点。ふいにそんな感じがした。
うちのイザスタさんはこんなのだけどヒロインと言えるのか?
-
これはヒロインである
-
これはヒロインではない
-
むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン