「少~しだけ待っていてくださいねジューネさん。このヒトと
ジューネに対して穏やかに微笑みながら、ネッツさんはそう言って男の前に立つ。
「な、何だてめえは? 邪魔すんじゃねぇよこの獣人風情がっ!」
「まあまあ落ち着いて。喧嘩はいけませんって」
急な乱入者に一瞬たじろいだが、ジューネに掴みかかろうとした男はその怒りの矛先をネッツさんに向ける。その瞬間、周囲からの冷たい視線がなお一層鋭さを増してむしろ敵意に近くなったのにも気づかずに。
なんで気付かないんだよこの酔っ払いっ! 近くにいる俺の方が気付いてるくらいなのに。
しかしネッツさんはまるで柳に風のごとく、男の怒気を意にも介さない。ただただ落ち着くようにと宥め続ける。
「ええと貴方は…………昨日このギルドに登録したダストンさんでしたかね。以前はDランク冒険者で、交易都市群第六都市ファビウスを拠点に活動。モンスターとの戦いで傷を負い冒険者を引退となるも、その後流れ流れてこのノービスに辿り着く。違いますか?」
「お前、何でそんな事まで知って……」
「何でって、簡単な素行調査くらい登録した時点でしますよ。元冒険者だけあって血の気が多いですねぇ」
簡単な? たった一日で相当深い所まで掘り下げているように思うんだけど。つまりこれは、お前のことは把握しているぞっていう言外の説得。
しかし男……ダストンはそれにまったく気づく様子もない。なおも詰め寄ろうとするところを、さらにネッツさんも言葉を重ねて押し止める。
「いやまあ血気盛んなのは良いんですけどね。口でならともかく腕っぷしで喧嘩っていうのはよろしくないですって。見たところ大分酒も回っているようですし、悪いことは言いません。ここは一つちょいと落ち着いて、軽く酔いを醒ましてから出直しましょうよ。酔い覚ましの水くらいご用意しますし、一眠りする寝台くらい別室にありますから」
終始やんわりとした態度を崩さないネッツさん。だが古今東西酔っ払いが言葉だけで止まるのなら苦労はないんだよな。
「てめえふざけやがって。獣人がヒト種に楯突くんじゃねぇっ!」
ダストンは怒りのあまり目を血走らせながら、ネッツさんを殴ろうと腕を振りかぶり、その顔面目掛けて拳を振るう。元冒険者と言うだけあってその腕は太く、そんなもので殴られたら大怪我をしかねない。だが、
「仕方ありませんねぇ」
そうネッツさんが呟いたかと思うと、
「…………なっ?」
ネッツさんはその状態で微かに首を傾げてダストンの拳を避けると、さらに密着するほど肉薄する。
ここまで近づかれるとは予想していなかったのか唖然とするダストン。しかし唖然としたその一瞬は、この状況では大きすぎる隙だった。
そのままネッツさんは伸ばしきったダストンの腕を肩に掛けるように取り、相手の足を自身の足で払いながら身体ごと巻き込むように半回転する。
バランスを崩したダストンの身体は一瞬だが完全に宙に浮き、あとは訳も分からぬまま床に叩きつけられるばかり。
つまり何が言いたいかと言うと、
「ぐふぅっ」
「……ふぅ。まだまだ私も未熟ですねぇ。自分で言ったばかりだってのに、口だけで止められないからって腕に頼ってしまうとは」
ダストンは受け身も取れず身体を床に叩きつけられ、白目をむいて完全に意識を失っている。石造りの床なので大丈夫かと一瞬心配したが、呼吸はしっかりしている。仮にも元冒険者と言うべきか大事はなさそうだ。
「……今の技、ビースタリアでよく使われる柔術と言うものね。以前一度使い手と戦ったけど、対策なしだと懐に入られた時点でやられる厄介な技だったわ。……それに最後の瞬間、わざわざ加減して致命傷にならないようにしている。相当やるわね」
エプリが俺の横に来てそうポツリと呟くと、ネッツさんに対して僅かに警戒するような仕草をする。
今の柔術と言い以前のヌッタ子爵の言い回しと言い、どうやら獣人の国と言うのはどこか日本に似ているらしい。あるいは日本がそちらに似ているのかもしれないが。
「さあてと。……ああ。これはいけませんね。こんな所でのびていては、列に並ぶ方々に踏んづけられても文句は言えませんよ」
自分でやったくせにそんなことを言いながら、ネッツさんは軽く着流しを整えるとパンパンと軽く手を打ち鳴らす。すると建物の奥から職員らしき人が何人も出てきて、床でのびているダストンを担ぎ上げて運んで行った。
……どこへ連れて行かれるのかは知らないが、あんまり良いところではなさそうだ。自業自得とは言え心の中で一秒くらい合掌しておく。
「さあさあ皆々様。お騒がせいたしました。どうぞ商談をお続けになってください」
ネッツさんがそう言ってゆっくりと頭を下げると、周囲の張り詰めた空気も大分緩和されて再び列が動き始めた。
そうして大体の流れが落ち着いたのを見届けると、ネッツさんは最初にダストンに絡まれていた若い男の人の所に歩いていく。
彼は突き飛ばされたショックで少しふらついていたようだが、ネッツさんが近づいてきたのを見ると無理やり背筋を伸ばして迎える。どこか緊張しているように見えるけど何だろうか?
「貴方は確か……ロイさんでしたか。災難でしたねぇ。大丈夫ですか?」
「い、いえ。これくらいのことは商人にとってはよくあることですから。全然平気ですっ! それと、俺みたいな駆け出しの名前をネッツさんみたいな方が憶えててくれるなんて感激です!」
この人はロイと言うのか。しかしロイさんの口ぶりだと、ネッツさんってどうやら相当な有名人みたいだな。
「そりゃあ憶えますよぅ。このギルドで登録したり商談したヒトは、全員顔と名前と簡単な情報くらいは憶えるようにしています。誰がいつお得意様になるか分かりませんからね」
ネッツさん今サラッと言ったけど、それって大分凄いことなんじゃないか? 記憶力が悪くてテスト期間はヒイヒイ言ってる俺からしたら何とも羨ましいぞ。
なおも目を輝かせるロイさんに対し、ネッツさんは一言二言何かを囁く。
そのままポンポンと肩を叩くと、ロイさんはネッツさんとジューネやエプリにぺこぺこと礼を言いながら建物の外へ出ていった。あの人も並んでたんだから商談があったのだと思ったのだが。
それを見送ると、今度こそネッツさんはこちらの方に歩いてきた。
「お待たせしましたジューネさん。後ろの方々は……護衛ですか?」
ネッツさんは俺達のことを聞く時に一瞬だけ逡巡したように見えた。まあその気持ちは分かる。
顔をフードで隠した人物と、よく見たら胸の所に何か変な物をくっつけている少女。そしてあまり強そうじゃない男。……このメンツを護衛と見抜けるだけで凄くないか?
「護衛であり取引相手でもあります。アシュが急用で来られなくなったのでその代理だと思ってください」
「アシュさんの代理とは恐ろしい。お手柔らかにお願いしますよぅ」
ネッツさんは帽子を取って胸に当てると、俺達の方に向けて軽く一礼する。俺達もそれぞれ返すのだが、やはりエプリは完全には警戒を緩めない。
失礼に思われたかと相手をチラリと見るのだが、あまり気にしていないようだった。ドレファス都市長と言いヌッタ子爵と言い、この町で出会う人は度量が広い人が多い気がする。
「では皆様。こちらへどうぞ。奥でお話を伺いましょう」
そう言って歩き出すネッツさんについて俺達も歩き出す。……そうだ。気になったから今の内に聞いておくか。
「なあジューネ。聞いてた話と大分違うんだけど」
「何がですか?」
「さっきの説明だと、あくまでネッツさんは物の仕入れを担当する職員の一人って感じだったけど……見ろよ」
ネッツさんに連れられて行く途中、何度かギルドの職員らしき人ともすれ違うのだが、皆してネッツさんにしっかりとした一礼をしていく。
中には尊敬のまなざしで見ている人もいるのだ。まあネッツさんの方も気楽な調子で一人一人にちゃんと一礼しているのだが。
「さっきのロイさんの口ぶりと言い、ただの職員にしてはなんか変じゃないか?」
「別に変じゃありませんよ。
「…………ちょい待ち。商人ギルドの仕入れのトップって……それ相当偉くないか?」
商人ギルドと言えば物と金の流れに強い影響力がある。そこの物の仕入れのトップと言うのはかなり重要な役職だと思うのだが。
「大体ですが、このノービス支部ではギルドマスターの次の次くらいに偉いらしいですよ」
「それ普通に会社で言ったら重役クラスじゃないかっ!」
今度の商談も一筋縄ではいかなさそうだ。
よくライトノベルでは、主人公が一介の冒険者としてギルドマスターなどと普通に会う場面がありますけど、あれって考えてみれば一般人が普通に社長と会見しているようなものなんですよね。深く考えると地味に怖い話です。
まあこっちのキツネはアポ有りで、あくまで重役クラスなのでまだ比較的あり得る話じゃないでしょうか。都市長の後ろ盾もありますしね。
今の所同行者の中でヒロイン力が高いのは誰か?
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アンリエッタ
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エプリ
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ジューネ
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セプト
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(今はいないけど)イザスタ