「ということだから、アタシの出所申請ヨロシクね♪」
「何がということかは分からんが、確かに受け付けた」
夕食時、配給に来たディラン看守に対してのイザスタさんの第一声がそれである。俺だったら何がなんだか分からない。看守はよく分かったな。
「やっとお前も出る気になったか。いつの間にか牢も片付いているようだし、これでここも平和になるな」
「そんな言い方ないじゃない。看守ちゃんだってアタシからの依頼料でガッポリ儲けたんだから。もぅ」
淡々と述べる看守にイザスタさんが拗ねたように返す。そう言えば色々と『勇者』の噂話を調べてもらっていたらしいからな。相当支払ったのだろう。そのまま配給の品を受け取っていく途中、彼女がまず切り出した。
「それと出所前の最後のお願いなんだけど、トキヒサちゃんの出所申請もお願い出来るかしら? 払いはアタシ持ちで良いから」
その言葉を聞くと看守は少しだけ動きを止め、そのままこちらの方に向き直る。
「と言っているが、それはお前も了承済みか? トキヒサ・サクライ?」
「はい。その代金はいずれ必ずイザスタさんに返すということで話はついています」
これはイザスタさんの熱烈なハグが終わった後で、二人で話し合って決めたことだ。一緒に行ってくれるなら返さなくても良いと言ってもらったが、それでは流石にイザスタさんに悪いので時間はかかっても必ず返すという話に落ち着いた。
出世払いで期限は決めていないが、遅くとも俺が元の世界に帰還するまでには返却する。……ますます稼ぐ額が増えてしまった。
「そうか。では聞こう。出所だが、方法や内容によって必要な額が異なる。どういったものがいい?」
「う~ん。俺が無罪放免で正面から堂々と出られるものでお願いします。もちろん安全第一で」
「ついでに明日の『勇者』のお披露目に立ち会えれば尚良いわ」
かなり図々しい内容だが、実際無実なのだからこれくらいは言っても許されそうな気がする。
「無罪放免で正面から堂々と……か。となると事実上最高ランクのものになるな。ちなみにこれをやったのは、俺が知っている限りこれまでに一人だけだ」
「かなりその一人が気になりますけど今は置いといて、その方法だと金額の方はいくらぐらいに?」
「百万デンだ」
……………………はい!?
「百万ジンバブエドルとかでなく?」
「それがどこの通貨かは知らんが、今の内容だと百万デンはかかるぞ。各所への根回しに書類の作成、明日出所ということで特急料金に俺が中抜きして頂く分。その他諸々合わせて百万デンだ」
幾つか気になる点はあったが、それにしたって百万デンって!! イザスタさんの予測のおよそ倍額だ。これはちょっと……。
「イザスタさん。すみませんがこれはいくらなんでも高すぎます。そこまで払わせる訳にもいきませんから今回は中止に……」
「百万デンか。まあ必要経費としては妥当なところねん。…………しょうがないか。それじゃコレで」
イザスタさんは懐から白く光る硬貨を一枚取り出すと、看守に向けて格子越しに差し出した。って払えるの!? ホントに金持ちだよこの人。ディラン看守もその硬貨を見て目を見開いている。
「…………妙な奴だとは思っていたが、お前はいったい何者だ? イザスタ・フォルス」
「何者って、ただのB級冒険者だけど」
「惚けるな。ただのB級冒険者が白貨を持つ訳がないだろう。王家や一部の貴族、大商人等しか使うことはほとんどない品だ。市場にはまず出回らない。何せ一枚百万デンだ。額が額だからな」
一枚百万デン。日本円で一千万円。ここの物価はどうだか知らないが、確かにそんな大金を日常で使うことなんてあまりない。それこそ家や土地、車を買うくらいでないと。その指摘にイザスタさんの表情がほんの一瞬だけ引き締まる。だがすぐにいつもの、少しだけいたずら気味な態度に戻った。
「あら。なあに? 百万デン払えって言ってきたのはそっちなのに、実際に払われたら文句をつけるの? それはいくら何でも横暴じゃな~い?」
「………………まあ良い」
互いに黙って見つめあうこと数秒、先に沈黙を破ったのはディラン看守の方だった。
「お前が何者か? 話す気がないなら別に構わん。お前は金を払い、自分とトキヒサ・サクライの出所を申請した。そして俺はそれを受け付けた。今はただそれだけの話だ」
そう言うと、彼は荷車を引いて離れていく。去り際に「二人の出所手続きは明日の朝までかかる。準備を整えておけ」と言い残して。
「明日の朝ね。それじゃあたくさん食べて明日に備えましょうか。忙しくなるわよぅ。……あっ! ゴメントキヒサちゃん。アタシのハンモックとか日用品の買い戻し出来るかしら? もう一日泊まることを計算に入れてなかったわ」
……ホントにこの人は不思議な人だ。さっき看守と話しているときは真面目な顔だったのに、一転してまた気楽な雰囲気に戻ってしまった。こちらに手を合わせてお願いしてくるイザスタさんに苦笑しながらも、ついそんなことを考えてしまう。
この和やかなムードは、互いに夕食を終えて自分の牢(俺は元々ここだが)に戻るまで続いた。
『で? ワタシに相談もなく勝手に変な女と一緒に行くことになって、その上余計な借金百万デンまでしょいこんだおバカで自分勝手な手駒が、今更この富と契約の女神アンリエッタに何の用かしら?』
「誠に申し訳ございませんでした」
夜中の十二時少し前。俺は連絡をとったアンリエッタにひたすら平謝りしていた。怒った女性はちびっ子女神でも怖いのだ。アンリエッタはすっかり機嫌を損ねていて、吐き出す言葉の一つ一つに微妙なトゲがある。
『まったく。いきなり大金をちらつかせてくる交渉は、少し時間を貰ってじっくり考えるのが基本でしょうが!! それをあんなほぼ即答で決めちゃって……それに百万デンだって、返さなくても良いって向こうが言ってたのだからそのままにしておけば良かったのよ。それなのにワザワザ返済するなんて言っちゃって。余計な手間が増えたじゃないの』
「いやホントにゴメン。確かにこういう大事なことは相談するのが普通だよな。そっちも急に決められて気を悪くしただろうしな。謝るよ」
俺は手鏡の中のアンリエッタに深々と頭を下げる。
『ふんっ。よろしい。今回は許してあげる。次からはちゃんと相談しなさいよ』
「許してくれるのか? ありがとな」
『……まぁあの状況では一緒に行く以外の選択肢はほぼ無かったでしょうからね。仕方ないわ。出来ればもう少し条件を付けたかったけど、それは今更な話だし』
そうなんだよな。あそこで話を断っていたら、どのみち手詰まりになっていた可能性が高い。金を稼ぐ算段もついていなかったしな。そのまま金が底をついて特別房に入ることになっていたと思う。
『あなたの選択自体が間違っていると言うつもりはないわ。だけどそれはそれとして、あの女……イザスタには気を付けなさい』
「う~ん。個人的に言えば、あの人は良い人だと思うぞ。この牢屋に入ってから毎日顔を合わせてきたけど、少なくとも悪意は一度も感じなかった。下心くらいは有ったかもしれないけどな」
三日も一緒に食事をしたり話をした仲だ。少しくらいは相手のことも分かってくる。イザスタさんは第一印象通り、お気楽かつご陽気な人だ。よく笑うし話も上手い。
時々からかうような態度をとるが、すぐに元に戻ってまた笑うのだ。これら全てが計算ずくの演技だとはとても思えない。……男を手玉にとるのは上手そうだけどな。
『悪意が無いからって気を付けない理由にはならないけどね。……とりあえず油断はしないように』
「あぁ。気を付けるよ。しばらくは一緒に行動する訳だからな」
それを聞いて少し安心したのか。アンリエッタは軽く微笑むと、そのまま通信が終了する。
「ふぅ~。…………で? この事も報告するのか?」
俺は独り言を言うように話しかける。実際端から見ればそうとしかとらえられないのだが、ここに壁に擬態して動かないウォールスライムが一体いると知っていれば話は変わってくる。
「詳しい内容までは分からないにしても、俺がまた誰かと話していたっていう点は報告するだろうな。……まぁここに来てから今日までのことを、ちょくちょくこの城の誰かに報告しているのは分かるけど」
こいつが本当の看守だと言うなら、当然囚人の行動を誰かに報告している筈だ。その相手が自分と同じスライムか人かは知らないが。つまりこれまでのことはほぼ筒抜け。俺が加護で物を金に換えたこともバレている可能性がある。
「これくらいのことはどうせアンリエッタも分かっているよな。それでも何も言わなかったってことは、特に心配ないってことか? そうだと良いなぁ」
独り言を続けながら壁にチラチラと目を向けるが、牢屋はシンッと静まり返っていて俺の声以外物音ひとつしない。……反応なしか。それとももしかしてたまたまここに居ないとか? だとしたら本当にただ独り言をブツブツ言ってるだけのイタイ人になってしまう。
「……明日何が起きるか分からないし、そろそろ寝るとするか」
心の隅に浮かんだ嫌な想像を振り払い、俺は金を払って支給された毛布にくるまるとごろりと床に寝転がる。体が痛くならないのはここ数日同じことをしているから証明済みだ。
イザスタさんに大きな借りが出来たし、何で俺に無実の罪が被せられたのか不明だし、ついでに『勇者』のことも気にかかる。やることは多いのに謎ばかり深まっていくこの状態。頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも考え続け……いつの間にか意識が遠退いていった。
という訳で出所することになりましたが、果たして上手くいくのでしょうか?
続きが気になるという寛大な読者の方々は、お気に入りに追加してくれても良いのですよ!
うちのイザスタさんはこんなのだけどヒロインと言えるのか?
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これはヒロインである
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これはヒロインではない
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むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン