それからしばらく探索を続け、何度鼠凶魔と戦ったか数えるのも面倒になってきた頃。
「どうやらここが発生源みたいね」
俺達は一つの牢に辿り着いた。そこは牢獄の中でも最奥に近い場所。牢獄の入り口のほぼ真反対側に位置する牢だった。ヒト種以外、それも巨人種等の大きな種族用の特注の牢。普通の牢の数倍の広さを有し、もはやちょっとした広場とも言えるその奥に鼠凶魔の発生源はあった。……いや、
「何だ? あれ?」
そこの壁際に一人の巨人種の男が倒れていた。粗末な布の服とズボンのみの服装だが、身長は少なく見積もって二メートル半ば。肩幅もがっしりしていて、小山のようなという言葉がよく似合う。
これでも巨人種の中では小柄な部類だというから驚きだ。イザスタさんが言うには、以前仕事中に見た巨人種は自分の軽く倍くらいの背があったという。長身のイザスタさんのさらに倍って、巨人種どれだけでかいんだよ。……羨ましくなんかないぞ。
だが問題はそこじゃない。問題なのは、
「……凶魔ってあんな風に産まれるんでしたっけ?」
「……いいえ。凶魔は魔石が周囲の魔素を過剰に溜めこむことで発生する現象に近いモノだから、あんな風に産まれることなんてないはず。それにあれはどう見ても男でしょ」
どこか論点がずれている気もするが、イザスタさんもそれだけ目の前の光景に唖然としているのだろう。倒れている男の周囲には出てきた鼠凶魔が数匹ウロウロしているが、俺達に気づくと当然襲い掛かってきた。それはイザスタさんとスライムが迎撃し、瞬く間に倒して牢の中を伺う。……どうやらひとまず他にはいないようだ。
「とにかく近くまで行ってみましょう。牢の外からじゃこれ以上は何とも言えないわ」
「そうですね」
イザスタさんは連れてきたウォールスライムに頼んで、牢の鍵を開けてもらい中に入る。俺も続けて中へ。……そういえばここのスライムはどうしたのだろうか? でかい種族用の牢なのだから当然スライムもそれを抑えられるだけの奴がいるはずだが? そう思いながら男に駆け寄ろうとしたその時、
「っ!? トキヒサちゃんっ!! 退がって!!」
イザスタさんのその言葉とほぼ同時に、前方から凄まじい突風が吹き寄せる。急だったので踏ん張ることも出来ず、俺はそのまま牢の入り口の格子に吹き飛ばされる。幸いウォールスライムがクッションになってくれたのでダメージは少ない。イザスタさんは素早く気づいて耐えたみたいでそのままだ。それにしても突風? 牢の中で?
「おやおや。念のために様子を見に来てみれば、思わぬ邪魔者がいるようですね」
そこに現れたのは奇妙な風体の二人だった。両者とも全身を黒いローブで覆い、顔もフードですっぽりと隠れていて人相はよく分からない。背丈は片方はイザスタさんよりやや高いくらい、もう片方は俺と同じか少し小さいくらいだ。二人は巨人種の男と俺たちの間に割り込むように立っている。
いや。それよりもだ。こいつらは何処から現れた? さっき牢を外から見たときには見当たらなかったし、仮に見落としていたとしてもあの鼠軍団がほっとかないだろうに。
「その口ぶりからすると、あなた達がこの騒動を仕掛けたということでいいのかしら?」
「ご名答。その通りですよそこの方」
イザスタさんの問いに、どこか小馬鹿にした様子で背の高い方の黒フードが進み出て話す。……何かコイツ腹立つな。どこがと言われると答えづらいんだがなんとなく。雰囲気的に。
「そう。それじゃあもう一つ。ここにいたスライムちゃんはどうしたの?」
「あぁそれですか。確かに巨人種用に何体かいましたね。そんなモノが。それなら、そこの隅にまだ残っていますよ。グチャグチャの残骸ですがねぇ」
そう言って黒フードがちらりと部屋の隅を見る。その視線を追うとそこには、核の部分を完全に砕かれたウォールスライムであろう物体が広がっていた。あろうというのは、損傷が激しすぎて散らばっているからだ。その無残な姿に、俺は少しだけ見るのに躊躇した。イザスタさんも顔色を変えるが、すぐに普段の落ち着きを取り戻す。
「……そこに倒れている巨人種の人。お腹の辺りから凶魔が出てきてるのは、おそらく空属性の応用でしょ? 凶魔を産み出しているんじゃなくて、凶魔のいる何処かとゲートを繋いでいる。それでお腹の部分には、多分ゲート用に調整した魔法陣が仕込まれている。違う?」
イザスタさんは二人の後ろにいる巨人種の男を指さしながらさらに問いかける。
空属性とはイザスタさんの魔法講義で出てきた特殊属性の一つだ。魔法は基本的に土水火風光の五属性から成る。この世界の人は大半がこのどれかの魔法適正があるのだが、これに当てはまらないのが種族魔法と特殊魔法だ。種族魔法はそのままその種族特有のもの。特殊魔法は言わばこれら以外の全ての属性を指す。
空属性は読んでそのまま空間を操る魔法。別空間に物を収納したり、自分や他人を別の場所に移動させたり、離れた場所と場所を繋げたり出来るらしい。普通は触れた相手しか移動できないらしいけど、道具を併用することでそれ以上のことも可能になるという。
「……クフッ。クフフフフ。いやいや失礼。初見でそこまで見破るとは大したものです。実に慧眼と言えますよ」
黒フードは不気味な笑い声をあげながら拍手で称える。だがその仕草はどこかおざなりで、称えるというよりも相手をからかっているような感じだ。イザスタさんもそう感じたのだろう。いつもよりほんの少しピリピリした態度で続ける。
「魔法封じの仕掛けの中でここまで出来るってのは凄いと思うけど、種さえ分かれば対処法はあるわ。軽く別の魔力をぶつけて流れを乱してやれば、それだけで魔法陣は制御を失って自壊を始める。だけどそれは出来ればやりたくないのよねぇ。慎重にいかないと倒れている人に被害が行きかねないし」
そう言うとイザスタさんは、どこか凄みのある笑顔でにっこりと黒フード達に笑いかけた。
「お願いだからこんなことやめてくれない? まだお姉さんが話し合いで解決しようとしているうちに」
怖っ!? 一瞬イザスタさんの後ろに何か見えた。般若か阿修羅か知らないけどそういう類のやつ。笑顔なのがまた非常に怖い。俺に向けられたものじゃないのに背中に冷や汗がたらりと流れる。
「いえいえ。我々も仕込みにはそれなりに手間も金もかけていますのでね、はいそうですかと止める訳にもいかないのですよ。それに、まだ肝心のゲストが来ていないですからね」
その笑顔を向けられても黒フードは慇懃無礼な態度を崩さず、まるでサーカスのピエロのようにあえて大袈裟に両手を広げて断る。
「あらそう。じゃあ…………お仕置きが必要ね。あなた達が自分から魔法を止めたくなるまで」
そう言うとイザスタさんは軽く構えをとる。パッと見は自然体。だがそこから繰り出される体術の凄さはここまでの道中で見たからよく知っている。
「正直お姉さん頭にきてるのよね~。折角これから出所して、お仕事をきちっと済ませたらトキヒサちゃんと一緒に甘いデートを楽しもうとしていたのに。この騒動のせいで台無しよ。おまけに職務に励んでいたスライムちゃんをこんな目に。という訳で覚悟しなさい!!」
「デート云々は置いといて、俺も同じ気持ちです」
俺もイザスタさんの横に立って構える。普通に動くにも、貯金箱を取り出して構えるも両方できる体勢だ。何やら横から「デートは置いとかないでね」等と聞こえてきたが今はそれどころではないのでスルーする。
「お前らのせいでどれだけの人がひどい目にあったか分かってんのか!? 怪我をした人は大勢いたし、俺達が見た中にはいなかったけど、もしかしたら死人が出ているかも知れないんだぞ!?」
「ふんっ。どうせここにいるのは罪人ばかり。一人二人、あるいは全て死んだとて何の問題が? むしろ我々の計画に役立つのです。感謝してほしいくらいですねぇ」
俺の問いかけにこの黒フードはそんなことを平然と言ってのける。……この野郎。本気で言ってるのか?
「……お前達にどんな御大層な計画だか思惑があるかは知らないよ。知りたくもない。けどな、人を傷つけるのを平然と認めるようなものが、良いもんな訳ないだろがっ!!」
俺は黒フードに向かって走り出した。いけねっ! イザスタさんに前に出るなって言われてたんだった。だけど止まらない。止まる気もない。あの野郎に一発食らわせてやる。
黒フードはフッと嘲笑うかのように、ローブからナイフを取り出して構える。刃物!? 凶器に一瞬だけビビるが、考えてみればこれまでの鼠凶魔の角だって似たようなものだった。要するに当たらなければ良いのだ。
俺はそのままぶん殴るのを変更し、素早く貯金箱を出現させて取っ手を握りしめる。全力で走る勢いを加えて大きく振りかぶり、ナイフごとブチ当ててやろうという考えだ。だがあと数歩と近づいたところで、
「……“
「うおっ!?」
これまでのっぽの後ろで一言も喋らなかった小さい方の黒フードが初めて喋ったと思ったら、突如そっちからさっきと同じく突風が吹き荒れる。風使いはそっちか!
これはイザスタさんの魔法講座で勉強したことだが、基本属性と特殊属性はまず両立しない。生まれつきの適性が特殊属性のどれかであれば、その人は基本属性を持つことが出来ない。その逆も然りだ。何らかのスキルや加護で例外的に持ち合わせる者もいるらしいが、その確率はとても低い。
さっきのイザスタさんと相手の会話から、この黒フードのどちらかが空属性を持っている可能性は高い。そしてここに入った時の突風。あれは風属性の魔法だとすれば、つまりもう片方は風魔法の使い手。
それなら当然俺が殴り掛かれば、どちらかが使ってくるのは予想できた。予想できたのだが、これを受けて俺の身体はほんの僅かに傾く。来ると分かっていても、予想より風の威力が強かったのだ。
「死になさい。おチビさん」
のっぽの黒フードが風で体勢の崩れた俺に向かってカウンターでナイフを繰り出してくる。その軌道はまっすぐ俺の心臓を狙っていて、そのままグッサリと…………行くはずだった。俺一人ならな。
「“
「……むっ!?」
イザスタさんの放った水玉がのっぽの手に直撃し、ナイフを弾き飛ばしたのだ。カランと音を立てて転がるナイフ。のっぽが次の物を取り出すまで僅か数秒。すぐに次の手を打てるだけの実戦か訓練を得てきたのだろう。その動きはとてもスムーズだ。だが、その数秒だけで十分だった。
「うるああぁぁぁっ!!」
体勢は崩れていたが、俺はむりやりに貯金箱を軸にして身体を回転させる。やったことはないが、ハンマー投げの選手のスイングを思い浮かべる。そのまま転がるように貯金箱を振り回し、ナイフを取り出したのっぽに向けてぶん投げた。
のっぽは咄嗟にナイフを突き出してガードしようとするが、何せ途中まで全速力で走っていた俺が、体勢を崩しながらもそのまま放り投げた貯金箱だ。それなりの速度が乗っているうえに元々の重さもある。貯金箱はナイフをへし折り、勢いを落とさずにのっぽの胸部に直撃した。
「ぐふっ!?」
のっぽはそのまま仰向けに倒れこむ。ざまあみろ。あと誰がチビだこの野郎。俺はのっぽに向けて不敵に笑って見せる。決まった…………俺が受け身を取り損ねて床に転がってなければもっと良かったんだが、贅沢は言えないな。
何やら怪しい黒フード二人。という訳で、ここから本格的なバトル開始です!
うちのイザスタさんはこんなのだけどヒロインと言えるのか?
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これはヒロインである
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これはヒロインではない
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むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン