「……まず私が気になったのは、ヒースのこれまでの言動と目的が合っていなかったことよ」
エプリは雲羊を駆りながら、俺達に聞こえるようにゆっくりと話し始めた。
「……私はあの場に居なかったけど……トキヒサ。ヒースをあのラーメン屋で見つけた時、なんて言ってたか覚えてる?」
「ラーメン屋で? 確か、ラニーさんとのデート用の店を見繕っていて、個人的に気に入ったから時々来ている……だったか?」
「そうね。そう私はトキヒサから聞いたわ。……その時点で思ったのだけど、
そう言えば……確かにあの店のラーメンは美味いけど、奥まった場所にあるから移動には不便だし、馬なんかで乗り付けるのも問題だ。
それに何となくだけど、ヒースはラニーさんを誘うならもっと華やかな場所にする気がする。おやっさんには悪いけどな。
「だけど、あそこまで美味いラーメンはそうはない訳で、美味さ重視で考えたって可能性も」
「うん。ラーメン。とても、美味しかった」
俺の疑問にセプトも追従するが、エプリは軽く首を振って否定する。
「……それにしたって、候補として他の店を探さないってことはないと思うけどね。……あと数日に一度は来ているって話だったけど、そもそもヒースだって毎日屋敷を抜け出していた訳ではないはずよ。つまり、抜け出してほぼ毎回あの店に寄っているという事になる。……この時点でデートの店探し云々の話は辻褄が合わない」
つまりデートの話は俺達を納得させるための嘘だったってことか? だけどなんでまたそんな嘘を。
「…………というかエプリ。あの時点で気付いてたんなら一言言ってくれれば良いのに」
「……何故そんな嘘を吐いたのかが分からない以上、下手に話してアナタが突っ込んでいくのを防ぐためよ」
突っ込むって……流石にそこまではしないって。その内エプリの俺に対するイメージを一度しっかり聞いた方が良いかもしれん。
「あそこで食事をしてから他の店を探していた……ということも一応考えたけど、それなら来る時間はともかく出る時間がいつも同じ夕方くらいだったという点に疑問が残るわ。食べに行くだけならともかくとして、探すのなら早いに越したことはないもの」
そう言われればそうだ。さっきおやっさんは、ヒースはいつも夕方頃に出るって言ってた。エプリはそれを確かめるためにさっき聞いていたのか。
「……じゃあヒースはこんなすぐバレる嘘を吐いてまで何をしていたのか? これはさっきの店主の話でなんとなく分かったけど、この町の何処かを探しているといった所ね。……しかも毎回屋敷に戻るのが夜中になるという都市長の話から、おそらく普通の店などではない。……何故だか分かる?」
「えっ!? え~っと…………何でっすかね? センパイ?」
「俺かよっ? ……何故だろうな?」
急にエプリが大葉に振り、大葉は俺に振るが……よく分からない。
「簡単じゃん! それってさぁ、単にそんな時間までやってる店が少ないってことでしょ!」
「そう。夜は、皆早く寝る。トキヒサ……いつも夜更かし」
「……そういうこと。まあ無い訳ではないけど……あまり真っ当な店ではないでしょうね。だけど、特定の店に入り浸っているのならわざわざ地図の印を消していくなんてことはない。……つまり、今もまだ何かを探している途中ってことね」
シーメはエプリの問いに簡単に答える。ここのところは生活習慣の違いかね?
日本じゃ二十四時間営業の店なんて普通だったけど、こっちじゃ明かり代も馬鹿にならないから夜は早く閉める店も多いという。
それでも開いているといったら……よそう。一瞬頭に大人の店が浮かんだ。それで遅くなってこんな大事になっているとは思いたくない。
あとセプトは俺が夜更かししてるというけど、このところアンリエッタへの報告のために夜中起き出してるだけだからね。日本では早寝早起きをモットーにしていたぐらいだからな。
しかしヒースが今も探している何かか。いったい何だろうな?
「それでエプリさん。そのヒースって人が探してるのは何なんすか? さっきからこの羊をガンガン走らせてるっすけど?」
「……確信って程じゃないわ。ただ、さっきのラーメン屋からヒースが毎回同じ時間に出発していること。店主からさっきの餃子をいつも帰りに買っていたという事。そして地図を見ながらつぶやいた言葉。……そこから考えるに、
もしかして……刑事ドラマでよく見る張り込みか! 餃子が張り込んでいる最中に食べる夜食だとしたら辻褄があってくる。俺がそう伝えると、そうかも知れないわねとエプリは少し考えて頷く。
「……今は、さっきのラーメン屋から私がヒースらしき人影を見た場所、そしてさらにその先に向けて走らせているわ。……細かい場所の特定は、さっきソーメを通してアーメに調べるよう頼んでいるからその結果待ちね。まあ……」
そこでエプリは一瞬間をおいて、どこか憂鬱そうな表情をフードの下から覗かせる。
「近くに飲食店の類が無く、夜になると人気が無くなって何か後ろ暗いことをしてもバレにくく、ラーメン屋を起点として同じくらいの距離に同じような条件が整った場所なんて、そうそう見つかるとは思えないんだけどね」
「……うん。分かった…………エプリさん。今アーメ姉から、院長先生がそういう場所にいくつか心当たりがあるって……連絡が来ました。」
「こっちも受け取ったよ! エプリの読み通りじゃん!」
シーメとソーメが口々にそう言うのを聞きながら、エプリがどこか驚いたような表情を見せる。
「……普通に有ったな」
「…………そうね。推測に推測を重ねたものだったから、当たっていると逆にどう受け取ったものか分からないわね」
「まあ別に良いんじゃないっすか?」
自分でも当たっているとは思っていなかったらしい。微妙な顔をするエプリに、大葉がにょっきりと羊毛をかき分けてニカッと笑いかける。
「推測だろうと適当だろうと当たってたんっすから! あたしだったらこれ幸いと全力で乗っかるっすよ! はっはっは! どうだスゴイだろうっす! 崇め奉ってゴハン奢ってくれても良いっすよってな具合で」
「俺もそう思うぞエプリ。よくまあこんな少ない情報だけであそこまで考えられるもんだと感心したよ。どこの刑事か探偵かって思ったもの。推理モノのドラマを現実に見てるって気がしたくらいだ」
「…………よく分からないけど、アナタ達よりは多く考えているって分かったわ」
なんか呆れられた気がする。失敬な。そこの後輩よりはこっちの方が真面目に考えていたぞ。そう思って大葉を見ると、向こうもどうやらほぼ同じタイミングでこちらを見ていた。解せぬ。
そんな事を言っている内に、いつの間にか雲羊はヒースを見かけた辺りまで走っていた。
視線をそこらに向けると、通りのあちらこちらで人影がチラホラ見える。都市長さんの屋敷の人と、レイノルズの部下の人達かね?
「ゴメン。少しだけ止めてくれエプリ。……すみませんっ! ヒースの情報は何かありましたか?」
「おお。貴方方でしたか。……いいえ。こちらではまだ手掛かりらしきものは何も。先ほどからレイノルズ殿の部下の方も協力して探してくれているのですが、どうやらあちらもまだ見つけられていないようです」
エプリに雲羊を止めてもらい、適当に屋敷で見たことのある人に声をかけたが、向こうも手掛かりが無くて困っているらしい。
「分かりました。こっちは
「よろしくお願いします。私共はもう少しこの近辺を探してみますので。……それと申し訳ありません。客人の皆様にまで手伝ってもらうなんて」
「いえ。気にしないでください。困った時はお互い様ですよ。……エプリ。頼む」
屋敷の人が頭を下げるのを押し止め、俺達は再び雲羊で走り出した。
「カッコつけて走り出したは良いんだけど、俺達はどこに向かってるんだ? エリゼさんの心当たりっていうのがあるんだろ?」
「ちょっと待って。今説明するから。……さっき私とソーメがお姉ちゃんから受けた連絡によると、この先にあってエプリの出した条件に合う場所は二つあるみたい」
「……二つ?」
エプリが聞き返すと、はいとソーメが頷く。
「どちらもラーメン屋さんからおおよそ同じくらいの距離があって、近くに食べ物屋もなくて、夜に人気がなくなる場所……だそうです。道は、私とシーメ姉が先導するから大丈夫。……だけど」
「……この二つ自体は離れている。といった所かしら?」
「そういう事。ヒース様が居るとしても、どっちに居るかは分からない。最悪どっちにも居ないってこともあるかもよ」
「それは仕方ないんじゃないっすか? むしろここまで絞り込めたエプリさん凄いって話っすよ!」
大葉はどこか気楽な感じにそうシーメに返す。そこは俺も同感だ。
「ってことは……途中でいったん二手に別れて探すってことになるのか?」
「……それが妥当な判断でしょうね。わざわざ全員固まって一か所ずつ探すのは時間が掛かるもの。……今の内にどう別れるか決めておいた方が良さそうね」
エプリの一声で簡単な班分けをすることに。と言ってもさっきも二手に別れたし、そこまで悩むことでもない気がするけどな。
エプリ本人としては、あくまで推測でしかないので当たるとは思っていませんでした。しかし考え自体は当たっていようが間違っていようが続けているのでいつかは当たるという類です。