「おいおいどうしたよぉさっきまでの勢いは? もっと近づいてきても良いんだぜぇ。近づけるもんならな……ヒャハ八っ!」
「……くっ!」
ヒースとネーダの戦いはやや一方的なものになっていた。
ネーダが先ほどの短剣を取り出してから、下手にヒースに近寄らずに炎と氷での攻撃に切り替えてきたのだ。どうもこれまでの戦いで、ヒース相手に接近戦は分が悪いと判断したらしい。
「この卑怯者め。こっちに来て剣で戦ったらどうだ?」
「はっ! わざわざ相手の間合いに入るバカが居るかよ! お前らはこのまま丸焼きか氷漬けで決定だ!」
現在俺とヒースは、戦いの中で出来た瓦礫の陰に身を隠している。
ヒースが軽い挑発で接近戦に誘い込もうとしているのだが、向こうもそれは分かっているのか一定の距離を保って近寄ろうとしない。
というか
「ヒャッハー! 爆ぜろレッドムーン!」
「うおっ!」
今もまた俺達が隠れている瓦礫の脇を、轟っと音を立てて熱風と炎が通り過ぎていく。あんなの直撃したら消し炭になってしまうぞ!
「あっぶな~! しかし何なんだあの剣は? 声をあげたり軽く振るうだけで炎や氷が飛んでくるなんてどういう原理だ?」
「……以前父上から聞いたことがある。何でも、特殊な細工を施すことによって武器や防具、道具に魔力を込め、適性のない者でも魔法が使えるように出来ると。最近だと転移珠という物にも使われているな。……僕はまだ使ったことが無いが」
転移珠って……あれか! 俺が以前エプリに貰って、使ったらスカイダイビングするはめになった奴。あれからまだ二週間も経っていないはずなのに、もっと長い時間経ったような気がするな。
あの時は空属性の適性がない俺でも使えたからな。あの剣もそれと同じで魔力を込めるだけで使える便利な代物ってわけか。
「だけどこれからどうする? 転移珠は一回きりの物だけど、あっちは明らかに何度も使ってるぜ」
「このまま待つというのも一つの手だ。相手が調子に乗って使えばいつかは魔力も尽きるだろうし、時間稼ぎはこちらとしても望む所。応援が来るまで粘ればそれだけで有利になる。……だが」
「あんまり大勢になったら、確実にあの仮面の男が逃げを打つ……だろ?」
俺の呟いた言葉にヒースがどこか驚いたように顔を上げる。これぐらいちょっと考えれば分かると思うんだけどな。
「あいつらが俺達を狙ってるのは、おそらく目撃者を消すっていうのが目的だ。だから逃げずに戦闘になった。……だけど応援が来たら、流石に向こうも逃げるしかなくなる。そうなったらまた追いかけっこだ。ヒースはなるべくここであいつらを捕まえたいんだろ?」
「……ああ」
「だったら何か手を考えないとな。応援が来て奴らが逃げに入る前に、奴らを捕まえるかもしくは足止めになるような手を。……まずはあのヒャッハーな奴からだ」
その言葉に、俺の袖からボジョがにょろりと触手を伸ばす。存在を知られていない自分が不意を突くという事だろうか。
「奇襲は良いけど、ボジョとは明らかに相性悪そうなんだよなアイツ。だから出番は本当にギリギリになってからな」
ボジョは物理攻撃には強そうだが、如何せん相手は炎と氷使いだ。炙られて蒸発したり、凍らされて砕かれる可能性が有る。だから出るにしても他に手段がない時だ。
「なあ? ヒースは魔法使って攻撃とか出来ないのか?」
「だからさんを付けろ! ……生憎だが、僕の場合は水属性の初歩が少し出来るぐらいだ。水球ぐらいではあの炎も氷も突破出来ない」
「なるほど。アシュさんと同じく剣技特化なんだな」
「……アシュ先生ほどの実力があれば、あんな奴はあの二振りを使わせる間もなく瞬殺出来ていただろうに。……僕はまだまだその域までは達していないようだ」
ヒースはどこか悔しそうな顔をする。確かにヒースはかなり強いけど、アシュさんはなんか格が違うって感じがするもんな。
「そういうお前はどうなんだ? 何か有用な攻撃手段を…………済まない」
「謝るんじゃないよっ! 確かにこっちの適性は金属性だけどさ!」
あのヒースが俺に軽くではあるが頭を下げる。金属性が不遇属性と言われているのをヒースも知っているようだ。現金が無いと何もできないってのは実際かなりの縛りプレイだもんな。
一応他の属性も使えるが、どれもこれも初歩の初歩ばかり。最近暇を見てエプリやセプトと一緒に練習してはいるものの、どれもまだ実戦で使うのは難しいと太鼓判を押されてしまったぐらいだ。
エプリはこういう時歯に衣着せずハッキリ言うからおそらく分析は間違いない。……泣いてなんかないやい!
「一応それなりの金はあるから、やろうと思えば結構な威力にはなる。だけど、俺は人にそんなもんを投げたくはない」
「……そうか。ならそれで攻撃するのは難しいな」
俺は相変わらず人に本気で金を投げつけるのには拒否反応がある。さっきの戦いに割り込ませたのだって一番威力の低い石貨だったしな。
相手が善人だからとか悪党だからとかそんなんじゃない。人をむやみに傷つけることをしたくないし殺すなんて論外だ。……まあ個人的にムカッと来た奴は一発ぶん殴りたくはなるけどな。
ヒースも何となくその葛藤に気がついたのか、すぐに金属性で戦う事を諦める。……いや投げられなくはないんだ。威力低めとか、人以外の物ならいけるんだって。以前戦ったスケルトンとか。
「となると後は…………げっ!?」
「なにっ!?」
俺達は話している最中に何となく周囲を見渡し、そこら中に火が放たれていることに気がつく。あの野郎っ!? 埒が明かないからってここら辺一帯を火の海にする気か!
「ヒャ~ハッハッハ! オラオラ。さっさと出てきて丸焼きになんな! まあこのまま隠れてても良いが、その場合は蒸し焼きになるだけだがな!」
こっそり覗いてみると、この熱さの中ネーダはちゃっかりもう一つの剣の冷気で自身の周囲だけ冷やしている。なるほど。元々こういう用途で二本あるわけかあの剣は!
先ほどまで戦っていた仮面の男とボンボーンさんも場所を移したようで、ここからだと微かに声が聞こえるかどうか。向こうまで炎に巻かれるなんてことになったら大事だぞ。
「ああもう仕方ない。まずは火のない所にひとまず移動を」
「いや待て! 今出たらそのまま狙い撃ちだぞ!」
「だからといってこのままここに居る訳には……危ないっ!」
上を見ると、一抱えもある火の玉が幾つも空から降ってきたっ! あれは火属性の
「っなろっ!」
俺は咄嗟に持っていた硬貨を火の玉に投げつける。一つは空中で当たって爆発し、もう二つ誘爆する。しかしまだ二つ残っている。
ヒースは咄嗟に身を躱そうとするが、このコースだとどちらも躱しきれない。
「ヒースっ!」
ヒースがこれから来るであろう火球の衝撃と火傷に耐えるべく身を固くしたその時、
「……“影造形”」
「魔力注入……障壁、展・開っ!」
突如飛来する火球の一つに影の槍が突き刺さり、そのまま空中で火の粉を散らす。さらにヒースと残った火球の間に誰かが割り込み、左腕に着けた小型の盾のような物を前にかざした。
その瞬間、薄青色の半透明な幕がその人を中心に俺達を囲むように広がり、飛来する火球を受け止めてかき消す。凄いな。
「た、助かった」
「やっほ~! 大丈夫トッキー? あとヒース様もご無事ですか? どこか火傷とかしてませんか?」
「トキヒサ。大丈夫?」
俺が安堵の声をあげる中、割り込んできた人物……シーメが盾を下ろしてこちらを振り向いた。いつそんな盾を着けたんだよ! そしてセプトも後から瓦礫沿いに走ってくる。
「セプト! 隠れてろって言ったじゃないか! ここは危ないぞ」
「ごめんなさい。トキヒサが心配だから、隠れながら来た。近い方が、掩護出来ると思って」
セプトは無表情ながらも少ししょげた感じでそう言った。……こう言われるとこれ以上責められない。仕方ないので今度はなるべく俺から離れないように注意すると、セプトはそのままこくりと頷く。
「お前達だったか。おかげでこちらは大丈夫だ。ありがとう。それより……先ほどまで治療していた者達はどうした?」
「そのヒト達なら、怪我が治った瞬間に慌てて逃げていっちゃいましたよ! まあここに居ても危ないですからね。逃げるなら逃げるで気にかけなくて済むから助かります」
あの態度の悪い二人か。まあ居ても俺と喧嘩でどっこいどっこいな人じゃ戦力にはならないか。
「そう言えば、シーメが来てから熱くなくなったな。この幕の中に居るからか?」
「そうだよトッキー! このエリゼ院長と共同開発した魔力盾の力で、私が魔力を注ぎ続ける限りこの中は安全だよ! ……と言っても長くは保たないんだけどね。さっき治療で結構魔力使っちゃったし」
シーメはどこか自慢げに盾を見せる。へえ~。この盾はエリゼさん達が作ったのか。セプトの胸の器具を作ったのもそうだけど、エリゼさん達は物作りの名手らしい。シスターよりこっちの道で食べていけるんじゃないだろうか?
「ふむ。となるとあと残った問題は、この状況をどう切り抜けるかだ。……シーメ。その盾はどのくらいの強度がある?」
「はいヒース様! 注ぎ込んだ魔力の量にも依りますけど、さっきぐらいの炎なら楽勝ですよ! 短時間であれば倍ぐらいの火力でも大丈夫です!」
「……そうか」
それを聞いて何か考え込むヒース。まさかシーメに障壁を張らせたまま突っ込むとかじゃないだろうな? それはいくらなんでも強引すぎるぞ。
「先に聞いておくがシーメ。
「あ~。私用に調整しているから細かい操作は無理ですね。魔力を流してさっきみたいな幕を展開するだけなら出来ますけど」
「……それで十分だ。済まないが、その盾を少しの間貸してはくれないか?」
そう言ったヒースの表情は、どこか覚悟を決めた顔をしていた。
末っ子がアレだったので多少予想できたことですが、この通り次女も結構強いです。役割はまるで違いますが。