「セプトっ! しっかりしろっ!」
「うぅっ……胸が、熱いっ!」
ドクンっ! ドクンっ! と、まるで脈動するかのような規則的な怪しい輝き。それがセプトの胸にかつてクラウンに埋め込まれた魔石から放たれていた。
『ほぅ!? 興味深いな。特別に加工された魔石を身に着けていたのもそうだが、何よりそれが発動してもなお凶魔化せずに堪えていられるというのは実に興味深い』
こちらの様子を見て、どことなく思案する様に顎に手をやる仮面の男。……いや、今はそんなことどうでも良い。
「……おいそこの仮面野郎。セプトとこの人達に一体何した?」
『君にそんなことを話す義務が有ると』
「話せっ!」
自分でもここまでドスの効いた声が出るとは思わなかったが、仮面の男を睨みつけるように話を促す。
『……良いだろう。なに。簡単なことだ。この道具から出る振動は、特殊な加工を施した魔石に反応して強制的に凶魔化を促す。もちろん溜まっている魔力量や状態によって差はあるがね。……そしてヒトが身に着けている場合当然だがヒトも凶魔化する。……
「うおおおっ!!」
その裂帛の雄叫びを聞いて振り返ると、そこには荒れ狂う凶魔と化したヒトを必死で抑えようとするボンボーンさんの姿があった。
しかし以前監獄で見た鬼凶魔よりは小柄とは言え、それでも二メートル以上ある巨体で周りに襲い掛かる凶魔二体。それをたった一人で迎え撃つのはボンボーンさんでも厳しいらしく、さっきから防戦一方だ。そして、
『ウガアアアっ! ガガっ! オレハ……オレハアアっ!』
「ぐっ!? このっ!」
遂に腕どころか肩、そして顔の一部まで浸食が進んで赤黒い外殻のような物で覆われたネーダが、半ば支離滅裂なことを叫びながらヒースと相対している。
ただ凶魔になっただけならまだヒースも対処の仕様があったかもしれない。だが質の悪いことに、さっきから自分の身を焦がす勢いで、自身と一体化しかけている赤い魔剣から炎を吹き出していてまともに近寄ることが出来ない。
あいつ凶魔化して理性が飛んじゃってるのに何で剣を扱えてんだよっ!?
『ふむ。やはり実験通り、道具と魔石を一体化させた状態で凶魔化すると、その道具にある程度自然と馴染むか。……どこまで扱えるかは素体の能力次第という感じだが』
「このっ! 皆を元に戻せっ!」
俺は頭にきて仮面の男に貯金箱で殴り掛かるが、流石にボンボーンさん相手に回避し続けていたのは伊達ではなくするりと躱される。
『残念だが、この道具で出来るのは凶魔化を誘発することだけだ。そして私は戻すための道具を所持していない。……どうしても戻すというのなら、核となっている魔石を砕くか摘出することだな』
「ならお前を捕まえて、治せる道具のある場所まで案内させてやるっ!」
魔石を壊そうにも摘出しようにも、持っている武器に埋め込まれているネーダはともかく他の二人はどこに持っていたのか分からない。
見える場所にない以上、監獄でやったみたいに動きを止めて身体を調べる必要があるが、流石に三体相手にこの面子じゃ厳しい。
なにより……
『捕まるのは御免こうむる。……さて、ここで予定外に素体を使い潰すことになったが、まあ最低限の仕事は出来た。そろそろ引き揚げさせてもらおうか』
その言葉と共に、仮面の男は懐から球のような物を取り出し地面に叩きつけた。その瞬間、薄紫の靄が凄い勢いで辺りに巻き起こる。
「うっ!? 何だこの靄はっ!?」
色からして咄嗟にヤバいと判断して口元を覆う。……だがその靄に紛れて、仮面の男を見失ってしまった。くそっ! どこ行った? 視界が悪くて見つからない。
「ごふぁっ!?」
バキバキっと何かが折れるような嫌な音と共に、誰かがこっちに吹き飛ばされてきた。見ると、
「ボンボーンさんっ!」
先ほどまで凶魔二体と戦っていたはずのボンボーンさんだった。その姿は酷い有様で、何か凄い力で殴られたかのように左腕が赤く大きく腫れあがっている。これ折れてるんじゃないか?
おまけに今のでさっきの傷口まで開いたらしく、あちこちからじわじわと血が滲み出ている。
「……うっ。痛ってぇなちくしょうっ! 何だこの靄。さっきから目が霞みやがる」
「トッキーっ! ボンボーンさんっ! この靄を吸っちゃダメ! 幻惑系の成分が含まれてるっ!」
ボンボーンさんが悪態をつく中、自分とセプトの周囲を光の幕で覆ったシーメからの声が飛ぶ。どうやらあそこならこの靄の影響を受けないみたいだ。しかし幻惑系?
「まともに吸ったら目が霞んだり身体がふらついたりする奴っ! 治療するから早くボンボーンさんをこっちにっ!」
「分かったっ! ……っておわっ!?」
急いでボンボーンさんを連れて行こうとするが、そこへさっきの凶魔の一体が殴りかかってくる。幸い直撃こそしなかったが、空振って地面に直撃した拳が一瞬周りを揺らす。
なんちゅう馬鹿力だ。こんなの二体相手にボンボーンさんは渡り合っていたのか? 最初に会った時に喧嘩にならなくてホント良かった。
「ちっ! どいてろっ! うらあぁっ!」
ボンボーンさんは俺を押しのけると、無事な右腕で鬼凶魔の顔面をぶん殴った。それは鬼凶魔がよろける程の一撃。だが、
「……はぁ……はぁ。うぐっ!?」
追撃をしようとするボンボーンさんだが、もう片方の腕はボロボロでほとんど動かない。その隙にもう一体の鬼凶魔が襲い掛かり、
「このっ! 金よ。弾けろ!」
目くらましには目くらましだっ! 俺は小銭をまとめてボンボーンさんと鬼凶魔達の間に投げ込み、軽い煙幕を起こして足止めをする。その間に俺とボンボーンさんは何とか距離を取って、シーメの作っている光の幕の中に滑り込んだ。
ここは瓦礫の陰になっているので、鬼凶魔達も俺達を見失ったようだ。それを確認して俺は大きく息を吐く。
「……ぷはぁっ! この中までは靄が入ってこないみたいだな」
「大丈夫トッキー? ……咄嗟に危ないと感じて張ってみたけど上手くいって良かったわ。ボンボーンさんは腕を見せて」
この光の幕は常に気を張っていなくても大丈夫なようで、シーメはテキパキとボンボーンさんの治療を始める。……と言っても近くに鬼凶魔が居るので丁寧さより速度重視のようだが。
「すまねえな。急に靄に巻かれて目が霞んでるうちに一発貰っちまった。どうやらあいつらには効いてねえみたいだが……それにしても一体どうなってんだあいつらは? あの仮面野郎が何かをしたと思ったら、急に一緒に居た奴らが化け物に」
「それについてはここを何とかしたら話します。……今は早いとここの場を乗り切らないと」
とはいうもののこれは非常にマズイ。相手は一体でさえ厄介な凶魔がネーダも含めて三体。あと見失ったけど仮面の男。まだ近くに潜んでいる可能性もあるもんな。
対してこっちはあまり戦闘には自信のない俺に、今もネーダと戦っているヒース。傷だらけのボンボーンさんにそれを治療しているシーメ。そして……。
「……はぁ……私も……戦……うぐっ!?」
「安静にしてなきゃダメだよセプトちゃん。今一番危ないのはセプトちゃんなんだから」
うずくまったセプトが立ち上がろうとするのを、シーメはやや強い口調で諫める。それだけ今のセプトは危ないってことか。
「シーメ。セプトの容体は?」
「正直めっちゃ悪い。なんだか知らないけど、セプトちゃんに埋め込まれていた魔石が急に凶魔化ギリギリの状態まで悪化してる。今凶魔化してないのは、爆発寸前の魔石からこの前付けた器具の魔石へ魔力が流れているから。……でもそれもあとどれだけ保つか」
ちょっとゴメンと断りを入れてセプトの胸元に被せられた器具を見ると、器具に取り付けられた後付けの魔石が凄まじく色が濃くなっている。もうとっくに交換時で、このままだとこっちも爆発寸前だ。
「じゃ、じゃあ何でも良いからセプトに魔力を使わせて消費しないと」
「待ってっ! それはやめた方が良いと思う。今セプトちゃんが魔法を使おうとすれば、下手したらその衝撃で暴発するかもしれない」
げっ! じゃあどうすればっ!?
「一刻も早く教会に連れて行ってエリゼ院長に見せなきゃ。慎重に魔石を交換すればまだ抑えられるかもしれない」
「分かった。……でもまずはこの状況を何とかしないとな」
周りにはまだ仮面の男の残した靄が漂っていて、下手に吸い込んだら危ない。
そのくせそこらをまだうろついている凶魔達にはまるで効かないという理不尽さ。おまけに、
「ウガアアアっ! ……コレダ。ヤハリ、フタツナイト」
「くっ!? まさかこの姿になっても
鬼凶魔達とは反対側の場所で今も戦っているヒース。その相手であるネーダが、先ほど取り落としたはずの青い魔剣を拾って辺り構わず火炎と氷雪をばら撒いているという始末。
この酷い状況をいったいどうしろって言うんだよっ!
「……トキヒサ」
「心配するなセプト。必ず助けるから」
俺はなるべくセプトに不安を与えないよう、敢えて力強く断言する。……そうだった。今は無理でも何でもやるっきゃないか!
凶魔化しても武器が使える件ですが、あくまで使えるだけで使いこなせる訳ではありません。
なので例えばネーダの場合、剣の技術自体は確実に落ちています。その分剣の威力と凶魔のポテンシャルでむりやりヒースをごり押ししています。