ジロウはどうやら、ここではちょっとした指導教官のような立場にあるらしい。
この家は彼の住まい兼新兵の教育施設……のようなもので、ちょうど今は誰も使っていないのだという。
「普通はもう少し年のいった奴の面倒を見させられるんだが、セプトくらいの年の奴は初めてだ。とりあえず方針を立てるためにも聞いておくが、お前さん戦闘はどのくらい出来る? 何か以前に教わったりしたか?」
私は一度も本格的な戦闘訓練を経験したことはなかった。
自己流で闇属性の魔法を多少練習したことはあっても、それ以上のことは奴隷商から禁じられていたのだ。後から思うとおそらく反乱防止だったのだと思う。
その点で初めて手ほどきをしてくれたのがジロウであったことは、ある意味で幸運である意味で不運だったのだろう。
私が自分の実力を申告すると、ジロウが提案した訓練内容はとても簡単なものだった。
“魔法を一撃で良いから自分に当てる”。たったそれだけ。それができるようになったら最低限の戦闘訓練は終了だという。だけどそのたったそれだけが難しい。
「ほらほら! そんな調子じゃいつまで経っても当たらないぞ!」
「……うぅっ!」
訓練用に連れられた家の近くにある訓練場。そこで私の“影造形”で造った影の槍を、ジロウは体術だけでこともなく躱していく。
そして躱すだけではなく、時折軽くだけど私に向けて落ちている石を放ってくるので、常に幾つも影の刃を展開する必要があった。
「せっかく高い魔力があるんだ。それを活かすにはシンプルに物量を増やすのが一番! 攻撃だけでも防御だけでもなくて、もっと一度に出してみな!」
「は、はい!」
「甘い甘い! そんな全部同じように放ったんじゃ動きを読まれるぞ。数を用意できるなら次は動きの工夫だ! 相手の逃げ道を塞ぐように出すんだ!」
「はいっ!」
ジロウはクラウンが私を迎えに来るまでの数日間、出来うる限りの戦い方を私に教えた。
“影造形”による戦い方。“
「魔力が切れたら回復するまでしっかり休憩だ! なあに心配するな! 狭いが個室くらい用意してあるからな。鍵もかけられるからプライバシーも万全だぞ!」
「身体作りはバランスの良い食生活から。ということで……ほらっ! これぞ俺特製スタミナスープ! 肉も野菜もたっぷりで栄養満点だ。しっかり食べないと大きくなれないからな。じゃんじゃんお代わりするんだぞ!」
そして戦闘訓練以外でも、ジロウは私に世話を焼いてくれた。私はただの奴隷なのだから、そんなことはしなくても良いのに。
何故頼まれたこと以外も私に世話を焼くのか? 一度疑問に思って聞いてみた時、ジロウは笑いながら答えた。
「あのな。これくらいは世話の内にも入らないっての! それにある偉い人がこんな言葉を言っている。“よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む”。それが大切ってな! つまる所、強くなるには戦闘訓練
「それだけでは、ダメなの?」
「ああ。出来れば時間をかけて体と一緒に心も強くならないとな。といっても数日じゃあどうしても限界があるが。なんとか延長できないもんかねぇ」
言葉の意味はよく分からなかったけれど、少なくとも鍛えようという思いは間違いなく本物のようだった。
それと戦闘訓練の途中、一度だけクラウンが私ではなくジロウを連れてどこかへ行ったことがあった。自主練習をしているとその日の内に戻ってきたが、ジロウはただいざこざがあっただけだと詳しくは話してくれなかった。
だけどそのどこか申し訳なさそうな顔は、どこか印象に残るものだった。
そして、予定ではクラウンが私を迎えに来る日の前日。卒業試験代わりに、私はジロウに一撃当てるべく全力を尽くした。
開始時間ぴったりに潜影からの奇襲から始まり、教わった通りのほんの少し時間差のある影の刃による追撃。そして極めつけは、
「おいおいおい! そんなのアリかよっ!?」
訓練場のところどころにある実戦を想定された岩場や樹木、その影を少しずつ浸食してより合わせた特大の影造形。
もはや巨大な刃の壁というべきものにまで膨れ上がったそれを突進させた時、私はハッとした! これは明らかに訓練の域を超えている! こんなのが当たればジロウだってただでは済まない。
慌てて気づいて影を霧散させようにも、渾身の魔力を込めてより合わせた魔法は自分自身でも簡単には解けない。
「ジロウ! 避けて!」
私が叫ぶのと、ジロウがなにやら壁に向かって右手を翳したのはほぼ同時。そして影の刃壁はジロウの目前に迫り……
それは私が制御できているのではなく、ジロウが何かしているためなのは明らかだった。まるでこの巨大な刃壁を、
そしてジロウはもう片方の手も翳して何かを掴むような仕草をすると、
「ぜいやああっ!」
そのまま大きく両手を左右に広げるのと同時に、影の刃壁はまた動き出してジロウに向かい……そのまま中央から左右に裂けてジロウをすり抜けていった。
私はジロウが無事なのを確認して、へなへなと崩れ落ちる。これは安心したというのもあるけど、一度にあれだけの大きな魔法を使って魔力切れ寸前ということもある。
「……はぁ……はぁ……ふぅ」
身体に力が入らなくなり、自分の呼吸の音だけがやけに荒く聞こえる。
「セプトっ!? 大丈夫か?」
ジロウが慌てて駆け寄ってくるが、私は俯いたまま動けない。ジロウが怪我をしなかったのは良いのだけれど、私は結局最後まで一撃当てることはできなかった。これでは奴隷としての責務を果たせない。
私のことを叱責するためだろう。ジロウは私の前で立ち止まり、
「ちょっと顔を見せてみな。……よし。どうやら単なる魔力切れみたいだな。まあ仕方ないか。今の一撃は正直見事なもんだった」
ジロウは私のことを怒りもせず、ただ顔色や腕の脈をとって私の身を案じるだけだった。
「どうして? 私はあの一瞬、我を忘れて、当たったら、怪我じゃすまないような魔法を。……だけど、だけどそれだけやっても、当てることはできなくて。……これじゃあ、奴隷として役に立つことなんて」
「まあ一つのことに集中しすぎるあまり、それ以外が頭から抜ける悪癖は直した方が良いかもな。だけど……確かに一撃は当たったぜ。……ほらっ!」
ジロウはそう言いながら自分の着ている黒いローブの首元を指差す。そこには、さっきまでなかった大きな切れ込みが入っていた。
「いやあさっきのは正直ビビったぜ。咄嗟に少しだけマジになってしまった。……まあその時うっかり軽い攻撃を弾き損ねて、ローブにお洒落な切れ込みが入ってしまったけどな!」
私は語られるその言葉よりも、その切れ込みから見えたものに目が行っていた。
そこにあったのは
「…………んっ!? ああ。言ってなかったっけ? いやあ俺としたことが大分前にドジってここのボスに捕まっちゃってさ。こんな変な首輪を着けられて逃げられないようにされてしまったんだ。なんか向こうも俺を殺したくはないみたいでな」
ジロウは困ったように頭を掻きながらそう言う。
「それ以来ここで新入りの訓練を任されているんだが……まあそれはともかくだ。安心しろよ。セプトは無事俺に一撃入れた。これならクラウンの奴も納得するんじゃねえかな? 戦闘訓練は一応これで終了だ」
「……良かった」
ふと自分の口から洩れたこの言葉は、いったい何に向けての良かっただっただろうか?
自分が確かに認められたこと? ジロウが怪我をしなかったこと? それとも……
自分の中のよく分からない感情を抱えながら、私達は疲れた体を癒すべくジロウの家に戻った。
そして翌日、クラウンが再び家にやってきた。いよいよ出発の時なのだろう。望んでいたことのはずなのに、なぜか少しだけ胸の奥が締め付けられる感じがした。
予想はされていると思いますが、ジロウは以前ダンジョン内でエプリがアシュに話した王都襲撃メンバーの一人です。クラウンと一緒に行ったときはその顔合わせの時ですね。
ちなみにいざこざの時にはエプリもその場に居ました。