もうすっかり日も落ち、空から三つの月が辺りを照らしている。
ここがクラウンの言うエプリというヒトとの待ち合わせの場所だった。
「クフッ! さあてセプト。貴女は影に潜み、私が合図するまで待機していなさい」
私はこくりと頷き、
聞いた話によると、エプリと言うヒトは風属性の使い手で、周囲に居る生き物の動きを風魔法で感じ取れるという。
わざわざ待ち合わせの相手から姿を隠すということは……あまり穏やかにはこの待ち合わせは進まないかもしれない。
予想した通り、始まりはクラウンの奇襲だった。死角である岩陰からのナイフの投擲。普通の相手ならこれだけで終わるだろう静かな一撃。
だけど、エプリというヒトはそれを覆した。飛来するナイフをギリギリの所で躱し、反撃の風刃を放って隠れていたクラウンを引きずり出す。
「クフッ。クフフフフ。な~ぜ分かったのですかぁ? 私がここにすでに居たことに?」
「……私がここに来た時、軽く周囲の様子を探ったけれど、全く生き物の気配が感じられなかった。だけどそれはおかしいのよね。いくら近くにダンジョンがあって、こんなごつごつした岩場であったとしても、
気配を消していたからこそ、彼女は逆にクラウンの奇襲に気が付いたという。それだけのことで気が付くなんて、どうやら戦い慣れしているみたいだ。
「それはそれは。私の能力を知っている貴女なら、空属性でこれからやってくるであろう私に向けて注意すると思ったのですが……いやいや残念」
「……さて。説明してもらいましょうか? 何故護衛である私を攻撃したのか。筋の通った答えが出来るのならね」
護衛? このエプリがクラウンの? どういうこと?
二人の話の大半は分からないことだったけれど、どうやら以前クラウンがエプリを護衛として雇っていて、この前クラウンがボロボロになって帰ってきた時にその場に置いてきたらしい。
そのことで怒っているのではと最初は思ったけれど、どうやらエプリが怒っているのはそれではないようだった。
「……先に言っておくけど、私は契約者が悪事を働いたからといって契約を打ち切るつもりはないわ。契約において善悪を語るつもりは無い。依頼を引き受けた時点でそれをどうこう言う資格は無いもの。……私が問題にしているのは、アナタが
「…………ふん。貴女のような使い捨ての道具に計画の全てを話すとでも?」
「……道具か。……もっともね。確かに一介の傭兵を信用して全てを話す依頼主は少ないわ。計画を隠す手合いはこれまで何度も見てきたから別に驚かないけど。…………でもだからこそ、そういう手合いには直接会って契約を破棄することにしているの。ケジメとしてね」
その言葉を皮切りに、クラウンとエプリの戦いが始まった。クラウンは空属性の転移によって、ナイフの投擲と直接の切り付けを織り交ぜながら攻撃していく。
クラウンのナイフはそれぞれ毒が付与されていて、耐性がない限りすぐに動けなくなるというもの。一撃でも掠ればそれで大まかな勝負は着くのだけれど、エプリは巧みに風を操ってナイフを対処していく。そして、
「……“
「おぐっ!? …………うぐぐっ。な、何故正確に私が次に跳ぶ場所が」
一瞬の隙を突き、エプリの風壁が転移したクラウンを捕らえて地面に押さえつける。方法までは分からないけれど、エプリは次にクラウンが跳ぶ場所が分かっていたらしい。
「……勝負はついたわね。私には次に転移で跳ぶ場所が分かる。空属性に頼りきりになっているアナタに勝ち目はないわ。……降伏しなさい。降伏しないと言うのなら、腕か足を切り裂いてそこらに放り出すまでよ」
その言葉を聞いて私が思ったのは、
クラウンはおそらくヒトの中ではかなり悪性の強いヒトなのだろう。他者をいたぶることを楽しみ、他者の不幸に喜びを覚える。そのようなヒト。
だけどこのエプリというヒトは違う。戦いの前にわざわざ話をするなど、私には分からない考え方を持っているみたいだけど、それでも倒れた相手をいたぶるようなこともせず、脅しをかけてはいるけれど殺さずに降伏を勧めている。
仮に目の前で戦っているこのヒトがもしクラウンに置いて行かれなかったとしても、考え方の違いからいずれ必ず衝突していただろう。どちらかといえばジロウと気が合ったかもしれない。
「…………………………クフッ。クフハハハハハハ」
「……何がおかしいの?」
「ハハハハハ。いやはや。これが嗤わずにいられますか? ……私の動きを封じたぐらいで勝った気になっている貴女の滑稽さが実に愉快で。クフフフフ」
だからこそ、私はほんの少しだけ残念に思う。ちょうど倒れているクラウンの影は私の潜んでいる岩影に接している。なので、
「フハハハハ。…………本当に愚かですねぇ貴女は。
その言葉を合図と見なし、私は潜んでいた影伝いにクラウンの影に移動。そこからそっと身体を出して影造形を発動し、もっともエプリに近いクラウンの影を操ってエプリに襲い掛かった。
私はクラウンの奴隷で、クラウンは私のご主人様なのだから。主人に尽くし、主人の命令を果たさなければならない。
ごめんねジロウ。やっぱりジロウの言ったように、私は平然と誰かを傷つけるヒトになったみたい。
咄嗟のことで反応が遅れたようだけど、それでも尚エプリは私の影造形の刃を片腕を掠めるだけで躱してみせた。
「くっ!? このぉっ」
それだけではなく、影から出ている私に向けて反撃の風刃を放ってきた。私は素早く影に潜り直して風刃を回避する。
この影に潜って攻撃を回避するというのは、ジロウとの訓練の中で何度も使った技だ。ジロウから言わせると、影の中というのは大抵の相手に対して安全地帯らしい。
『やっぱずっこいよなそれ。要するに自分だけ動ける空間が多いってことだからな。移動にも使えるし、隠密や緊急避難にも使える。それに影は大抵の場所にあるから使えないという状況の方が少ない。練習しておいて損はないぜ』
彼の言ったそんな言葉を思い出しながら、素早く影を伝ってその場を離れる。一拍置いて今居た所に追撃の風弾が撃ち込まれるのを見て、私は内心冷や汗をかく。
「クフフフフ。ご紹介しますよエプリ。こちらはセプト。
クラウンはエプリが傷ついたのを見て一気に上機嫌になって喋り出す。やはりこういうヒトなのだ。
だけど互いに長期戦は厳しい。こちらの潜影は使っている間どんどん魔力を消費するし、向こうも片腕に怪我をしてさっきから血が流れている。止血しないと辛いはずだ。
「…………どうしたの? この通り私は片腕を負傷している。攻めかかるなら今じゃないの?」
エプリは近くの岩に寄りかかりながらそう挑発するが、潜影の利点は場所を相手に悟られないこと。相手は大まかには影の範囲で絞れても、正確な位置までは分からない。なら今は機会を待たなきゃ。
先に動いたのはエプリの方だった。
岩に寄りかかったまま呼吸を整え、少しでも体力の消費を抑えようとしていたみたいだけど、ついに回復のための何かを取り出すべく手をローブの中に入れる。……ここだ!
私は勝負に出るべく少し離れた所から身体を出し、その瞬間再び影の刃を展開してエプリに攻撃を仕掛ける。片腕が怪我で使えず、もう片方もローブに入れた不安定な態勢の今なら迎撃は難しい。私は勝利を確信し、
「……“風刃”」
エプリが
ローブが千切れ飛び、その下に着ている淡い緑の布地の服が露わになりながらも、エプリは迎撃した魔法で作った一瞬の時間を使って影の刃を回避する。……いけない! 攻撃を誘われたみたいっ!?
急いで影に潜ろうとしたが、それを見逃す甘い相手ではなかった。無詠唱で威力を度外視した風弾を乱射し、私の動きを阻害してくる。
そこに風で速度を上げたエプリが突っ込んできた。これまで風で遠距離からの戦いをしてきた相手が急に接近戦に持ち込んできたことに、私は一瞬慌てて動きが止まってしまう。
目前まで迫るエプリ。この距離になっても速度はまるで落ちていないことから、多分この勢いで体当たりを仕掛けるつもりなのだろう。影に逃げ込もうにも風が邪魔をして動きが取れない。
私はこれから来る痛みに備えて身体を固くし……そのままフッと身体が浮く感覚と共に地面に投げ出されていた。
ぶつかった? いや、これは前にも体験した転移の感覚。そしてこの状況で転移を使えるヒトといえば、
「……クフッ。クフフフフ。油断しましたねぇ。エプリ」
エプリが私を見失った僅かな時間の間に、クラウンがその脇腹を毒のナイフで切り裂いていた。
エプリ対セプトのセプト視点でした。次は時久との話です。