「起きたか? 良かった……今の状況は分かるか?」
「…………うん」
どうやら私はこのトキヒサに肩を叩かれて起こされたようだった。
少し身を起こして視線を巡らすと、自分達の周りをユラユラとした影の幕が覆っているのが見えた。これは……どうやら以前
クラウンは私の首輪に幾つかの条件を設定している。例えば、“クラウンが死んだら私も道連れになる”。“クラウンの意思一つで首輪が締め付ける”などだ。奴隷はただ主人に仕える者なので、それに関しては特に何も思う所はない。
そしてその設定の一つに“私の意思に関係なく魔力暴走を起こさせる”というものがある。これは私にわざと魔力暴走を引き起こさせることで大爆発を起こすというもの。言わば生きた使い捨ての爆弾となる設定だ。
私はクラウンにとってそこそこ価値のある奴隷だと認識されていたように思う。それは他の奴隷達より多く設定を組み込まれていることから明らかだ。
それでもこの手段を取ったということは、私を連れて撤退するよりも目の前のトキヒサか先ほど戦ったエプリ、あるいはその近くにいる他の誰かをそれだけ殺すべき相手だと判断したのだろう。
トキヒサの肩に乗っているスライム(後に分かるけど名前はボジョ)がこちらを警戒しているけど、クラウンが居ない以上こちらとしてはもう攻撃するつもりはない。あとはただ奴隷として最後の命令に従うだけ。
「時間が無いから手短に言うぞ。この魔力暴走を止めてくれ。自分の魔力なら抑えられるだろ?」
「無理。命令だから」
トキヒサの問いに私はただ事実だけを答える。これが一度発動した以上、主人の命令が無ければ私自身の意思で止めることはできない。
「大丈夫だ。首輪なら俺の加護で外すことが出来る。……もう奴の命令に従わなくて良いんだ。お前だってこのまま自爆するのは嫌だろ?」
「外せる? ……本当に?」
「ああ。ちょっと動くなよ」
急にそんな事を言い出したトキヒサを私は訝し気に見つめる。首輪を外すには持ち主の承諾と、専用の道具が必要となる。見た所道具らしきものはないし、無理に外せば奴隷は死ぬ。それを知らないのだろうか?
そしてトキヒサが持っていた箱のようなものを何やら触れると、驚くべきことにたった今着けていたはずの首輪がフッと消える。
「本当に……外れた」
無理に外したら私は死ぬはずなのに。首輪のあった場所を撫でると、そこから感じるのは自分の肌の感触だけ。
「これで分かっただろ? もうお前は奴隷じゃないんだ」
「奴隷じゃ……ない?」
トキヒサの言葉に足元が崩れるような感覚がした。奴隷じゃない。
「ああ。奴隷なんかじゃない。もう自由だ。だからクラウンの命令なんてもう聞かなくて良いんだ。だから……おいっ!?」
私は懐からナイフを取り出し、自分の喉元に突きつけてトキヒサの方を見据える。トキヒサを傷つけても首輪は取り返せない。なら今の私にできるのは、私自身の命を脅しの道具にすることだけ。
「…………けて。……もう一度首輪を着けて。私を奴隷に戻して」
「な、なんでそんなことを?」
なんで? 目の前のトキヒサには分からないのだろう。
「私は生まれた時から奴隷。自由なんて知らない。……
ヒトから普通の奴隷になった者ならあるいはヒトに戻れるのかもしれない。でも私はそうじゃない。
私は生まれた時から奴隷だった。ヒトではなく奴隷として生まれ、そのように生きてきた。では私が奴隷でなくなったら、それはヒトなのだろうか?
……違う。私が奴隷でなくなったら、それはただの何者でもないモノだ。それは死ぬことよりも、クラウンに使い捨てにされることよりも、ずっと恐ろしいことだと感じられた。
私達はしばらくそのまま睨みあって動けずにいた。ボジョもさっきからいつでも動けるように触手を伸ばしているけれど、止めるよりも私がナイフで自分を傷つける方が早い。
「早くっ! 外せたのならまた着けることも出来るでしょ? 早くしないと……」
何者でもないモノになるのは嫌だ。それくらいならこのままナイフを自分に突き立てて死に、そのまま自爆した方が良い。
早く私を奴隷に戻してほしいと脅し交じりの懇願をし、トキヒサも渋々再び首輪を取り出そうとしたが、
「あのぅ。つかぬことを聞くけども、六千デンくらい持ってるか? 六千デン分の物でも良いんだが?」
「……持ってない」
何故かお金を請求された。金がないと戻せないなど妙なことを言い出したので、軽く自分の首に傷を付けるとトキヒサも慌てだす。……よく分からないけどどうやら本当のことらしい。
その後トキヒサが何やら取り出すのを警戒しながら見守っていると、
ドサッ。
気が付いた時には、私はその場に倒れ込んでいた。力が入らず、視線だけ動かすと自分の身体から黒い光とでも言うべき何かが漏れ出しているのが見えた。魔力暴走の最終段階に入ったらしい。
「セプトっ!? おいセプトっ! しっかりしろっ!!」
「はあっ……はあっ。大、丈夫。早く、渡して」
呼吸が上手くできない。息を荒げながら取り落したナイフを持とうとしたけれど、その前にトキヒサにナイフを蹴り飛ばされる。……もうダメみたい。私はこのまま何物でもないモノとして死ぬのだろう。……だけど、
「……心配するなって。このまま逃げたりしない。だってそうしたら……お前が死んでしまうだろうが」
「何故死んだらいけないの?」
目の前のヒトはそんなことを言い出した。私はトキヒサにとって敵だ。おまけにたった今まで戦っていた相手だ。わざわざそんな相手を気にかけるヒトはいない。だというのに、
「何故ってそりゃあ……このまま逃げても正直爆発から逃げきれるかどうかは微妙だから、出来れば自分で魔力暴走は抑えてほしいし。あとお前には色々聞きたいこともあるしな。クラウンが何をしでかそうとしているかとか。……それと」
「それと?」
「それと…………何と言うかほっとけないんだよっ!
目の前のヒトが何を言っているのか、私にはまるで理解できなかった。美少女? 私が? この今や奴隷ですらなくなりそうな私が?
「あのな。この世界の基準はどうだか知らないけど、俺から見たらお前は間違いなく美少女だぞっ! 別にそうじゃなくても目の前で死にかけていたら助けるけど、美少女だったら尚更助けるだろ?」
よく分からないけど、目の前のヒトは馬鹿なのだろうと感じた。そう伝えると、トキヒサはよく言われると返す。自分でも分かってはいるらしい。
「という訳でだ。美少女が死ぬのは色々と損失だから助ける。何でわざわざ奴隷に戻ろうとしているかは知らないけど首輪も返す。……だから死のうとなんてするなよ」
「……分かった」
私はこくりと頷いて了承する。一度首輪が外れた以上、今はクラウンは私の仕える相手ではない。なら命令を守る必要はなく、私を奴隷に戻してくれるというのならこちらに従わないと。
奴隷は誰かに従う者なのだから。
結局話し合った結果、トキヒサが首輪を返した後、私が荒れ狂う魔力を空に放出して抑え込むということになった。
ここまで来ては魔力の完全な制御は難しく、制御できる量になるまで放出するしかないからだ。
「うん。……じゃあ首輪を」
「ああ」
トキヒサから手渡された首輪を私は思わずギュッと抱きしめる。これは私が奴隷であることの証。私が私であることの証明なのだ。
「……先に首輪を着けて良い?」
「えっ!? ……ああ」
トキヒサが頷くのを確認し、首輪を自分の首に当てると勝手にかちゃりと音を立てて固定され、私の首に慣れた感触が戻ってくる。先ほどまでの自分の中で常に感じていた不安が落ち着いていく。
「……大丈夫そう。じゃあ、始める」
私は身体から今も出続けている黒い光のような魔力に意識を集中し、一度大きく深呼吸して息を整え上に向けて両手を伸ばす。魔力の流れを上に向かわせるために。
そして、目の前の
セプトは自分をヒトではなく奴隷というカテゴリで見ています。なのでセプトにとっての奴隷からの解放は、自身の存在の否定に繋がるのでパニックを起こすわけです。
ちなみに自分が奴隷であれば良いのであって、誰の奴隷であるかはあまり重要視していません。