「アアアァaaaarっ!?」
エプリの一撃で纏っていた影のドレスを一部削り取られ、影凶魔が絶叫のような音を響かせる。
霧散した影の内部。影凶魔の胸部辺りから覗くのは、目は開いているのにどこか無表情……というより虚ろな表情で埋もれているいつものセプトの姿。
「……多少痛いのは我慢してもらうわよっ!」
エプリはここが好機とばかりにさらに接近する。
(身体が変質していないなら、魔石のある場所はこれまでと同じ胸元のはず。“風刃”を調節して魔石を摘出し、すぐにシーメに治療してもらえば命は助かる)
予想通り、セプトの胸元に凶魔の核となっている魔石とそれを覆っていた器具の残骸を目視し、出来る限り速やかに摘出すべく手を伸ばすエプリ。
ここまでの事態になった以上、もう後遺症云々よりも一刻も早く摘出することが最優先。エプリはそこまでのことを手を伸ばす一瞬の間に頭の中で考え……そこでふと
「……っ!?」
だが、考えていられたのはそこまでだった。
本能的に身を守ろうと、影凶魔はドレスの残滓を刺々しく変化させて大きく広げた。結果として、エプリの手が届くギリギリで再びセプトは影の中に包み込まれる。
エプリは舌打ちをしながら強風を発動。影凶魔の体勢を崩しつつ、次の機会に備えて距離を取った。それを追って駆けよるボンボーン。
「……さっきは助かったわ。エプリよ。……ボンボーン……だったかしら?」
「けっ! こっちなんか眼中にねえって感じだったから、ならこっそり一発かましてやろうと思ってただけだ」
エプリが言葉少なに自己紹介がてら礼を言うと、ボンボーンは落ちていた瓦礫を持って構えながらそうぶっきらぼうに返す。流石に次はもう効かねえだろうけどなとつけ加えて。
確かにもうボンボーンによる奇襲……いや、奇襲そのものがもう通じづらいだろう。相変わらず時久の方に伸ばす影の量は多く、シーメがあとどれだけ持ちこたえられるか分からない。しかしエプリはすぐに頭を切り替え次の手を考える。その時、
ふわり。
エプリが使った強風によって影凶魔の体勢を崩れていたこと。そして影のドレスを形態変化させたことで、ほんの少しだけその顔を覆うベールがズレてその中身が垣間見える。
「なっ!?」
「…………そういうこと」
目鼻口といった人体を模したパーツすらなくただののっぺらぼう。……いや、正確に言えば何もないわけではなく、その額の辺りにここに有る筈のないものがあった。セプトの胸元の物とはまた別の魔石である。
ボンボーンが驚愕する中、エプリはそれを見て違和感の一つが解けていくのを感じた。
つまりあの影凶魔はセプトではなく、
凶魔化の瞬間を見たわけではないので確証はなかったが、そう考えるとセプトの身体が変質していないことに説明がつく。
今の影凶魔は要するに、セプト自身を核として自分がガワになっている状態だ。セプトが影凶魔を外套のように着込んでいると言い換えても良い。
それの細かい理由まではエプリにはよく分からないし、理由を考えるのはそもそもエリゼや都市長の仕事だろう。それよりも、エプリは事態がもっと単純になったことを喜んだ。……つまり、
「……影凶魔とセプトが別々だというのなら、
「Aaaaarっ!」
だが、そこで影凶魔は思わぬ行動に出た。それまで時久に伸ばし続けていた影。それが一斉に向きを変えてエプリの方に殺到したのだ。
まず
しかし実際に影は大半が自身に、一部が先ほど邪魔をしたボンボーンに向かっているのを確認すると、エプリはまた躍るように躱していく。
余計厳しくなった今の状況だが、エプリはこれはこれで好都合だと感じていた。少なくともこれで時久とシーメは治療に専念できる。何とか瓦礫を盾にして防いでいるボンボーンには災難だが。
そして不思議なことに、影の一部は時折エプリへの攻撃を止めて時久の方に向かおうとするのだ。だが、少しするとまるで無理やり動かされるかのようにぎこちなくまたエプリに向かっていく。
そんなよく分からない影凶魔の動きの中、エプリは油断なく影を相手取っていた。四方八方から伸びてくる影を高い集中力で捌いていく中……それは起きた。
「……っ!?」
僅かずつにだが劣勢へと追い込まれつつあったネーダが、凶魔と化しながらもそこそこ扱えていた魔剣の力で放った氷の礫。
ヒースはしっかりと自身に向けられた分の礫を回避していたが、偶然ヒースに放たれた礫の一つが軌道を外れ、エプリに向けて飛んでいた。
偶然に放たれたものなので威力も低く、直撃したとしても服の上からなら大した痛みもない程。だが、そこで高いエプリの察知能力が逆に仇になった。どんなに小さくとも攻撃は攻撃。エプリはそれをギリギリで回避してしまう。
そしてその極々僅かな一瞬。自分への攻撃を確認したことで生まれるほんの少しの隙を、影は見逃さなかった。
直線的な刃では避けられる。なら避けられないものにすればいい。そう学習したのか、影凶魔から伸びる影の一部が縒り合さってまるで網のような形をとると、大きく広がってエプリを包み込もうと迫った。
(いけないっ!
エプリは目前に迫る影の網を前にそう判断する。よくよく見ればその網目の内側には、細かくも鋭い棘がびっしりと生やされていた。あれに包まれれば無事では済まない。
(強風で緊急回避を……ダメ。追い縋られてすぐ捕まる。風刃で迎撃……私が抜けられるだけの穴を開けるのは間に合わない)
今取れる手を何通りか思い浮かべるエプリだが、どれもこれも状況の打破には至らない。
ボンボーンもヒースも自分の事で手一杯。こちらに回す余力はない。シーメと時久は論外と瞬間的に意識から外す。
あと残るは一か八かの手が一つ。それは、
「……風弾っ!」
それは危険な一手だった。多くの影を縫ってほんの一瞬だけ射線を通し、ピンポイントで魔石だけを狙わなくてはならない。
影に当たれば威力が減衰して届かない。狙いが外れたり強すぎればセプト本体にも被害が出る。そんなギリギリの一撃は……。
「アアアァaaaarっ!?」
(くっ! 浅いかっ!)
黒く変色した魔石はヒビこそ入ったが、完全に打ち砕くまでには至らなかった。
その理由は二つある。一つは魔石自体が先ほど他の魔石を取り込んだことにより、やや質と強度が上がっていたため。
もう一つは僅かに……ほとんど無意識のレベルでセプトに被害が行かないよう、エプリが手加減をしてしまったためであった。
「Aaaaarっ!」
自分の弱点を攻撃されたことで、影凶魔は目の前の相手を完全に脅威と判断し仕留めに掛かる。速度を上げてエプリに迫る影の網。
(回避はほぼ無理。迎撃も困難。でも……
エプリが自分もダメージを受ける覚悟で魔力を練り上げたその瞬間、
「…………!?」
時が止まったかのように、エプリに向かう影の動きがピタリと止まる。……いや、影の網は完全に止まったわけではなく、ブルブルと震えて動こうとしている。
だが、他ならぬ影自体がそれを許さない。例え
何故なら、今影が狙っているエプリの
「ゴメンっ! ちょっと寝てたっ!」
セプトの主人である××××なのだから。
私事ではありますが、本日小説家になろうにてこの作品のリメイク版『遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?』を投稿いたしました。
大まかな流れは同じですが、描写の一部カットや加筆修正、別視点などを少しずつ盛り込んでいく予定です。
ある程度軌道に乗ったらこちらにも載せていく予定なので、どうぞよろしくお願いします。