また本編ともあまり関係ありませんが、ある人物のちょっとした掘り下げ回です。
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ここはノービスの市場。交易を生業としている街だけあってとても賑わっている。
数日前に起きた一大事件。この町の数少ない貴族の一人であるテローエ男爵の屋敷に、都市長が陣頭指揮を執った衛兵隊が討ち入りを掛けて捕縛した事件は、既に町中に知れ渡っていた。
普通ならそれは流通にも影響を与えかねない事件。だが互いの陣営に怪我人こそあれ死者が出ていなかった事と、テローエ男爵自体少々後ろ暗い噂のある人物だった事。
そして都市長の高い人望により、分かりやすい勧善懲悪の事件として割とあっさり事態は(表向きは)終息しつつあった。そんな中、
ジュージュー。ジュージュー。
「らっしゃいらっしゃい! 今日も取れたての良い肉が入ってるよっ!」
市場の一部で、金網でブルーブルの肉を音を立てて焼きながら、五十過ぎといった風貌の禿頭の男が声を張り上げていた。
彼の名はルガン。この市場ではちょっとした顔役を務める男である。そして、
「……らっしゃい」
その隣では、ボンボーンが同じように呼び込みをしていた。だが、明らかに嫌そうな上、その仏頂面もあって客がまるで寄り付かない。
「おいボンボーンっ! いつもの威勢はどうした!? まさかケンカ以外じゃブルっちまって声を出せねえってか? ブルーブルだけに。ぷぷっ!」
「うっせえなっ!? 分かったよやりゃ良いんだろっ!? ……らっしゃいらっしゃいっ!?」
ルガンに煽られ、ボンボーンはヤケクソじみた声を張り上げる。そうして呼び込みがしばらく続いた時の事。
「……それで? 急に戻ってきたかと思えばしけた面しやがって。や~っとケンカ稼業から足を洗う気にでもなったのか?」
「ちげえよ。ただ……詳しい経緯は口止めされてて言えねえんだが、ちょっと
「へぇ。じゃあ出世じゃねえか! それはめでたい……って感じでもなさそうだな」
ボンボーンの微妙な顔色を見て、ルガンは目の前の男が複雑な感情を持っている事を察する。
「俺はよう。ただがむしゃらに相手をぶん殴っていただけなんだ。今も……昔も、ガキの頃からずっとな」
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ボンボーンの生い立ちは、この世界ではさして特別なものではなかった。
そこそこの家庭に生まれ、そこそこ家庭仲も円満な両親を持ち、元冒険者の叔父を少し歳の離れた兄のように慕う、そんな普通の子供だった。
強いて言うなら生まれつき肉体にはかなり恵まれていて、同世代の子供の中ではケンカで負け知らず。大人相手でも場合によっては勝つぐらいの物だった
そんな彼の決定的な転機と言えば、両親が家に押し入ってきた悪漢の手に掛かって命を落とした事だろう。
幸いその悪漢は駆け付けた衛兵隊の手により捕縛され、ボンボーンはすぐに助け出された。だが、
(俺がもっと強ければ、庇われる必要なんてないくらい強ければ、みすみす親父もお袋も死なせずに済んだんだ)
少年だったボンボーンには、深い心の傷が残った。
その後、叔父の下に引き取られたボンボーンだったが、しきりに叔父に戦い方を教わりたがるようになった。
しかし、叔父はボンボーンに戦い方を教える事を渋った。今のボンボーンはどこか
結果としてあくまで体術の基礎のみを仕込む事とし、そのまま数年の月日が流れ……ボンボーンは叔父の下を飛び出し、ノービスのスラムに度々出入りするようになっていた。
目はすっかり荒み、片っ端からスラムの者達にケンカを売る日々。だが、いかに体格に恵まれ冒険者の叔父から手ほどきを受けたとしても、決して最強でも無敵でもないボンボーンは何度も何度も敗北した。
痣が出来る程度で済めば御の字。骨折などしょっちゅう。だがボンボーンは何度打ちのめされようともケンカを吹っ掛ける事を止めなかった。まるで自分の中にある荒れ狂う何かをぶつけているように。
そうしてケンカに明け暮れる中、生き延びてきたのは運が良かったと言えるだろう。そして彼自身の望んだように、ごろつき相手とはいえ実戦を続ける事で彼は強くなっていった。
しかしいくら拳を振るっても、ボンボーンの中のドロドロした気持ちは無くなる事はなかった。
そして気が付けば、ボンボーンはスラムでも名の知れたごろつきの一人として知られるようになっていた。
そんな彼が、
『僕はこれからしばらく忙しい。ごろつき相手にケンカしてる暇はない。ただ、
『誰が逃げるってこの野郎っ!』
そう都市長の息子であり、ボンボーン曰く気に入らねぇ奴であるヒースにスカウト? されたのは、両親の死以降でもっとも大きい転機だった。
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「衛兵隊なんてのは、町の平和を守ろうって御大層な考えを持つ奴らがやるべきだ。俺にはそんな考えは微塵もねぇ。ただムカつく奴を、目についた奴をぶん殴るしか能がねぇ。それしか……やる事がねえんだ」
ボンボーンのそのどこか自嘲じみた言葉に、ルガンは少しだけ肉を焼く手を止めた。活気溢れる市場の中で、この場所だけほんの僅かに沈黙が流れる。
「そうかよ。じゃあ、なんでお前はこんな所で悩んでんだ?」
「なんでって……なんとなくだよ」
「……はぁ。なんとなくって言葉が出る時点で、もう内心揺れてんじゃねえかよ」
ルガンはガシガシと頭を掻くと、そのまま熱々のブルーブルの串焼きを一つ掴んでボンボーンの口に突っ込んだ。
「むぐっ!? 熱っ!? 熱いって!? 何しやがんだ!?」
「こいつは俺からの餞別だ。良いから黙って食えっ! そんで食ったらさっさと衛兵隊でもなんでも行っちまえよ!」
そう言ってルガンは、軽く拳を握って前に突き出す。
「ぶん殴る事しか出来ねえ? 結構じゃねえか。目に映る悪党達を片っ端からぶん殴っていけば、少しは町も平和になるだろうよ。やる事はケンカ三昧の今までとなんも変わらねえ。精々がちびっとだけ普段から良い子にしてるってだけだ」
ボンボーンは口元に広がる熱さに悶絶しながらも、むしゃむしゃとそのまま串焼きを食い終わる。
「それに……誰か知らんが、お前みたいな悪たれを必要としてくれる奴が居るんだろ? なら悩むまでもねぇ」
「そっか。そう言われればそうだよな!」
それを聞いて、ボンボーンはどこか憑き物が落ちたように晴れやかな顔になる。
「けっ。やっとさっきよりはましな顔になりやがったな」
「ああ。考えてみりゃあ単純な話だったぜ。やる事はこれまでと何にも変わらねえ」
串焼きの棒を店のごみ箱に捨てると、ボンボーンはググっと背伸びをして立ち上がる。
「世話になったな。給金ってのが入ったら礼に串焼きの一つでも買っていくぜ」
「馬~鹿。そこはど~んと串焼き五十本くらい買っていくぐらい言え。……行ってきな」
「ああ。……またな。
そう言ってどこかへ駆け出していく甥を、ルガンはどこか穏やかな目で見つめていた。