◇◆◇◆◇◆
時久とエプリが吸い込まれた直後、生あるものを飲み込んで満足したとでも言うかの如く、裂け目はこれまでの勢いをなくして急速に閉じていった。
「裂け目が……閉じる」
完全に閉じた時、裂け目があった所には巨人種の男を凶魔化させた魔石が砕けて残っていた。細かく砕けているため、もうこれに人を凶魔化させる力はないだろう。イザスタとディランは急いで裂け目のあった場所に駆け寄った。
「行き先は調べられるか?」
「やってみるわ。少し時間を頂戴」
イザスタは砕けた魔石を拾い集め、そのまま目を閉じて集中する。
時久には話さなかったが、彼女の生まれついて持っていた能力は“感応”である。対象の生物・無生物を問わず、触れた相手の思考や情報を読み取る力。先ほど鬼の身体を調べて魔石の正確な場所を探し当てたのもこの能力だ。イザスタは残された魔石の情報から、時久がどこに跳ばされたか探ろうとしていた。
空属性に限らず、全ての魔法は使用することで周囲の魔素に痕跡を残す。それを調べることで、使われた魔法の内容を割り出すこともできるのだ。更に言えば、今回は魔法の触媒として使われた魔石が砕けたとはいえまるまる残っている。
これだけ揃っていれば、空属性でどこに飛ばしたかもある程度は絞り込めるはずだ。そのままの体勢で、イザスタは一分近くじっと集中を続けた。
「……………………嘘でしょっ! こんなのって……」
そして、目を開けたイザスタは呆然とした状態で言葉を漏らした。その様子を見て、でディランも何やら良くない結果が出たようだと察する。しかし聞かねばならない。どんなに悪い知らせであろうとも、彼はこの牢獄をまとめる身としては聞かなくてはならないのだ。
「どうしたイザスタ? 何か分かったのか?」
「…………この魔石に仕込まれていた空属性の魔法には、
「何っ? そんなことをしたらっ!」
転移系魔法を使う場合は、必ず具体的な目的地をイメージしなければならない。それはどんな初歩の魔法であっても守るべき決まり事だ。何故なら、目的地を設定しないで発動したその魔法は、使い手自身にも何処へ跳ぶか分からないからだ。極論すれば、すぐ目の前に移動することもあれば遠い空の上、又は土の中に移動することもあり得る。
「これじゃあ何処に跳ばされたか調べようがないわ」
「……くそっ! あの野郎。最初からどこへ跳ばされようが知ったことじゃないってことか」
ディランは今はいないクラウンに毒づく。どこか自分に有利な場所に跳ばしてそこで戦うでもなく、ただここではない何処かに跳ばす。それは相手への敬意も何もない、ただ邪魔者を排除するという悪意のみが感じられたからだ。
しかし、実際問題今のところ手の打ちようがない。イザスタは内心困り果てていた。再会の約束を交わした以上、生きているのなら何処に行っても必ず会いに行く。だがどこにいるのか分からなければ探しようがないのだ。流石のイザスタもそこまでの人探し能力は持っていない。持っていたら“本業”も“副業”も苦労していない。
その後もしばらく、二人は何か方法は無いかと考え続けた。肝心の実行犯は行方知れず。ならば遺留品から他に情報が取れないかと考えるが、大半が吸い込まれてしまったためろくなものが残っていない。
一応この場に吸い込まれずに残った品や、倒れている巨人種の男も調べてみたが大した進展はなく、無情にも時間だけが過ぎ去っていく。
「…………ここまでだな」
ディランはそう言って牢の入り口に歩き出した。
「何処へ行くの?」
「……これ以上は時間がない。さっきお前も言っていただろう? クラウンはこれから『勇者』のお披露目に何かする気だって。なら俺はそれを止める。まずは速やかに鼠凶魔の残党を片付ける必要があるな。俺は行くがお前はどうする? もう少し調べるなら止めはしないが、凶魔退治に手を貸してくれるなら助かる」
よく聞けばディランの言葉の端々には苦々しいものが感じられる。彼も時間さえ許せばまだ時久の探索を続けたいのだ。
しかし今は非常時。まだ他の牢に鼠凶魔が残っている可能性や、『勇者』のお披露目をクラウンが襲撃してくる可能性もあるのだ。人をまとめる立場上いつまでもここにいる訳にはいかない。
「アタシは……」
イザスタは少し悩んだ。時久の安否が分からない以上、今は目の前のことを何とかするのが常道だ。だが、まだ何か方法があるのではないか? せめて何か手掛かりが有れば……。
「………………うんっ!?」
イザスタは不意に服の裾が引っ張られるのを感じた。振り向けばヌーボの触手である。ちなみにヌーボは今は身体を縮めて他のウォールスライムと同じサイズになっている。これは大きすぎると移動に支障をきたすためだ。
「どうしたのヌーボ? 何か見つけたの?」
ヌーボは盛んに自身の触手を振って見せる。イザスタはその様子をじっと見ていたが、ふと思いついたことがあってヌーボに触れて意識を集中させる。もしその考えが正しければ、トキヒサちゃんの居場所が分かるかもしれないと考えて。
「…………やっぱり! 看守ちゃん! トキヒサちゃんは無事みたいよ!!」
イザスタが牢を出ようとしていたディランに呼びかける。ディランは出る直前で足を止め、振り向いてイザスタの言葉を待つ。
「トキヒサちゃんが裂け目に飲み込まれる時、ヌーボの触手を掴んでいたことを覚えてる? ヌーボったらあの時、自分の核の一部をちぎれた触手の中に移動させておいたんだって。この子ったら頭が良いんだから!」
そこでイザスタはヌーボを抱き寄せて顔をスリスリする。ヌーボはされるがままだが、喜んでいるのか嫌がっているのかよく分からない。
「……それで? それがトキヒサの無事とどう関わってくるんだ?」
「コホン。つまりちぎれたヌーボの触手もヌーボの一部だから、何かあったら分かるわけよん。少なくとも今のところは無事。それに身体同士が引かれあうから大体の場所や方角も分かるらしいわ。といってもあんまり離れていると細かい場所までは分からないらしいけど」
ディランはこれを聞いて顔をほころばせた。安否が分かっただけでも一歩前進だ。
「ねぇ看守ちゃん。一つお願いがあるんだけど、トキヒサちゃんを探すの手伝ってくれない? もちろん対価は払うから」
イザスタはそう切り出した。ヌーボは大まかな場所と方角くらいしか分からない。となると実際にそこに行ってみる必要があるのだが、まずいことに今は『勇者』の情報を集めるという依頼を受けている。一度請け負った依頼を途中で投げ出すわけにもいかず、迂闊にここを離れて探しに行けないというのが辛いところだ。
ディラン看守もこの王都から動くことが出来ない身だが、彼には隣国にまで及ぶ幅広い人脈がある。それを使って現地の人に協力を仰ごうと考えたのだ。
「…………いいだろう。ただし、対価に金は要らない」
「あらっ? あの金にうるさい看守ちゃんのが金が要らないなんて…………はっ!? まさかアタシの身体が目当てだったの?」
両腕で自らを描き抱くイザスタ。もちろん笑っているので本気ではなく冗談である。それを見たディランは呆れたように頭に手を当てる。
「そうじゃない。俺が言いたいのは、この騒動を鎮めるのに手を貸せということだ。クラウンが何か仕掛けてくる可能性が有るからな。俺は早く戻って状況を警備に知らせなくてはならない。そこに倒れている巨人種の男も医療部隊に見せる必要があるしな。しかしここには鼠凶魔がまだ残っている可能性もある。人手はいくらあっても足りないのだ。これが対価の代わりだ」
「……良いわ。この騒動の早期解決の協力。確かに引き受けました」
ディランはその答えを聞くと満足そうに頷いた。これでここは何とか収まる。あとはクラウンが何を仕掛けてくるかだ。『勇者』の安全はもちろん、人々の安全も確保しなくてはならない。急がなければ。
「それじゃ、行くとしましょうか。依頼はきっちりこなすわよん」
「ああ。行くぞ」
こうして看守と女スパイは連れだって牢を出ていった。その後ろを、気を失っている巨人種の男を元の巨体に戻ったヌーボが運んでついていく。
「そう言えば、トキヒサ・サクライはおおよそどの辺りに跳ばされたんだ?」
早足で歩きながら、ディランはそうイザスタに訊ねた。おおよその場所が分かるとは聞いたが、どのくらいの範囲まで絞れるかによって探し方も変わってくる。
「問題はそこなのよねぇ。あくまでおおよそだけど、ちょ~っと厄介な場所が候補に入っているのよね。それは…………」
ディランはその場所を聞いて、これならもっと対価を吹っかけても良かったとひどく後悔した。
時久達が跳ばされた直後の話でした。
今回でしばらくイザスタはメインストーリーからは離れます。閑話では時々出てきますけどね。
アンケートもひとまずこの話までで終了とさせていただきます。これを機に清き一票を挙げていただければ幸いです。
うちのイザスタさんはこんなのだけどヒロインと言えるのか?
-
これはヒロインである
-
これはヒロインではない
-
むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン