「居るだけで嫌われるって?」
「……言った通りの意味よ。正直このフードを取った状態で人ごみを出歩いたら、一分もしないうちに誰かに絡まれるでしょうね。……そして、
「どうして……エプリはただ歩いていただけなんだろう? 絡んできたのは相手からなんだよな? じゃあ何でまたそんなことに?」
「……さあね。相当昔に私のような混血の誰かが悪さしたって話だけど、詳しくは知らないわ。…………まったく。どこの誰かは知らないけれど、そいつのせいで混血全てが嫌われるというのは……いい迷惑ね」
エプリはあえて気楽に言っているが、その表情から読み取れるのは深い怒りだ。自分の行いではなく、昔の見知らぬ誰かの行動のせいで自分達が悪者になっている。それは何ともやるせないだろう。
「……ヒュムス国なんかではもっと酷いらしいわ。あの国は元々ヒト種至上主義を掲げているから、最悪見つかっただけで場合によっては捕まることもあるとか。……その点交易都市群はまだマシな方ね。素顔を見られても精々少し白い目で見られるだけで済むから。……さっきのジューネの反応は大分良い方よ」
俺はさっきのジューネの反応を思い出す。顔は強張り、僅かに腰の引けた態度。どう見ても友好的とは思えない態度だ。…………あれが良い方って、一体エプリはどれだけの悪意にさらされてきたというのか。
「……そして、混血と一緒にいる者も嫌われる。物の売買とかの一時的な関係ならともかく、一緒に長く行動するだけでも巻き添えを食いかねないわ。……アシュがさっき言っていたのはそういう事よ」
「…………そっか」
言い終えたエプリは、軽く息を吐いて壁に寄り掛かる。……自分のことを話すだけで、一気に疲れが出たみたいだ。確かにこれはそうそう自分から話したいことではない。俺が何と声をかければいいか分からずにいると、エプリは軽くこちらを睨みつける。
「……言っておくけど、安易な同情は要らないわ。そんなことをされても状況が変わるわけじゃないもの。……それよりもこれからの話をしましょうか。いったん戻るわよ」
「そ、そうだな」
…………俺がよく読むライトノベルの主人公ならここでヒロインを慰めるなりなんなりするのだろうが、俺にはどんな言葉をかければいいか分からなかった。
だってそうだろう? エプリ自身が何かやってこうなったのならまだやりようはあるかもしれない。だけどこれはエプリのせいじゃない。強いて言えばその昔何かやった混血の誰かだろうか? しかし、そのことが今でも根深く残っているこの世界そのものにも原因があると言えなくもない。
はぁ~と心の中でため息を吐く。こういう人種差別的な話はファンタジーの世界ではよくある話だが、それにしたって実際に聞いてみると滅茶苦茶重い。
なんでこうも初っ端から来るかねぇ。いや、最初の方だからこそか? この世界のことを知るにつれ、そういうことを避けるようになっていく可能性もあるな。今じゃないとちゃんと向き合えないことかもしれない。
「よぉ。お二人さん。話は済んだか?」
アシュさん達の所に行くと、アシュさんは軽く手を挙げて迎えてくれた。どうやら話している間に手頃な部屋を見つけていたらしく、そこに休息の準備がされている。
バルガスはヌーボ(触手)が見ていてくれたようで、今は荷車の上で眠っている。一足先にジューネも眠りについているようで、こちらに背を向けて寝袋の中にくるまっている。
「あぁ。ジューネなら横になった瞬間にぐっすりだ。よほど疲れてたんだろうな。……それで、どうなった?」
「……私が何なのかは、簡単にだけどトキヒサに説明したわ」
主語のない問いかけだが、アシュさんが聞いているのはエプリのことについてだろう。エプリもそう思ったのかそのように答える。
「そうかい…………で? これからどうするかは話したのか?」
「それはこれからよ。……アナタ達はどうなの? 私のことを知って、このまま出口まで一緒に居られる?」
今のエプリはフードを被っていない。なので彼女の素顔はハッキリと見えている。その綺麗系だがその分凄むと怖そうなエプリの目が、鋭くアシュさんを見据える。その答え如何によってはここで一戦交えるのも厭わないぞという言外の意思表示だ。
「まあまあ。そんな怖い顔をしなさんなって。俺個人としてはお前さんをどうこうしようなんて思ってないよ。と言っても雇われの身なんでね。雇い主の意向がそうであれば従うだけだが……」
アシュさんはそこでジューネの方をチラリと見る。ジューネはぐっすりと眠っているようで動かない。
「この通り。意見を伺おうにも爆睡中で聞けやしない。だから今はまだ協力関係は継続中だ。……少なくとも明日の朝まではな」
「そう。…………正直アナタと戦わなくて済むのは助かるわ。アナタはどうにも読めないから。言動も……実力もね」
そう。俺達はアシュさんの底が知れない。凶魔化したバルガスを瞬殺したこともそうだけど、なによりあのイザスタさんの知り合いなのだ。
この世界に来てまだ日は浅いけれど、イザスタさんがかなりの強キャラだというのはまず間違いない。そして強キャラの知り合いは、大抵そちらも強キャラだというのがお約束だ。その強さが武力的なものかそれ以外のものかは別としてだが。
「そんな大したもんじゃないんだけどな。ただのしがない用心棒さ。雇われて雇い主を護る。エプリの嬢ちゃんと同じだ」
そんなことを言っているが、アシュさんには余裕がある。今も腰に差した刀に手をかけている訳でもなく自然体だ。だがエプリの眼光にたじろぐ様子もなく、まるで受け流すように飄々としている様は、紛れもなく強者の余裕である。エプリもこれ以上は続けても意味がないと判断したのか目を逸らす。
「さてと…………それでは今度はこっちね」
そう言うと、エプリはこちらの方に顔を向けて姿勢を正した。自然と俺もそれに倣って背筋を伸ばす。
「……まだアナタとの契約は続いているわ。アナタが嫌と言っても必ずダンジョンを抜けるまで護衛してみせる。これは傭兵としての筋よ。……だけど分かったでしょう? 私と一緒に居ればそれだけで厄介ごとの素になる。それが嫌だというのなら、私はなるべく姿を見せずに陰から護衛するけど……どうする?」
どうすると言った時、エプリの表情が一瞬不安そうに見えた。その不安が何に起因するものかは分からない。だけど…………ここで一緒に行かないという男は一発殴られても良いと思う。そして俺は殴られるのは嫌だ。なので答えは決まっている。
「決まってるだろ。……一緒に行こうエプリ」
「そう…………アナタも物好きね。自分から厄介ごとを受け入れるなんて」
エプリは口ではそんなことを言っているが、俺の目にはどこか嬉しそうに見えた。……良かった。俺の選択は、どうやら間違ってはいなかったようだ。まあ間違っていたとしても一緒に行ったけどな。
「言っただろ? 俺は雇い主兼荷物持ち兼仲間として一緒に行くって。仲間は互いを護りあうものだ。それなのに離ればなれでどうするかって話だろ」
俺の言葉にエプリは唖然とした顔をした。……そんなにおかしなことを言ったかな?
「……プッ。フハハハハッ!」
何故かアシュさんにまで笑われた。別に冗談なんか言ってないぞ! 大真面目だ!
「ハハハッ。これは参った。
「…………そうですね。これなら多分大丈夫でしょう」
アシュさんが言うと同時に、寝袋がゴソゴソと動いてジューネが起きてくる。……あのぅ。状況がさっぱり飲みこめないんだけど。笑ってないで説明してくれないですかねぇ。エプリなんか半警戒態勢みたくなってるぞ。警戒すれば良いのか自然にすればいいのか微妙って顔だ。
「悪い悪い。実はな、ジューネは最初から寝てなかったんだわ。さっきはあんな態度を取ってしまったから顔を合わせづらいって言うんで、寝たふりして様子を伺ってたんだ。自分が寝ている方が正直に胸の内を語ってくれるだろうってな。……意外に可愛い所もあるだろ?」
そう言ってアシュさんはジューネの頭をワシワシと撫でる。ジューネの方も「やめてくださいよっ」と言ってはいるが、本気で嫌がっているという風でもなさそうだ。ひとしきり頭を撫でられると、ジューネはエプリの方に向かって歩いていく。そして、
「……エプリさん。先ほどは失礼しました」
そのまま深々と頭を下げる。日本の社会人にも負けないくらいの綺麗な姿勢だ。エプリはいきなり謝られて戸惑っているようだ。ジューネは頭を下げたまま続ける。
「……私は幼い頃から、混血の者について禁忌の結果による忌むべきものだと教わってきました。今でも正直に申し上げて、混血の者にあまり良い印象は持っていません」
エプリは何も言わずその言葉を聞いている。
「ですが、貴女個人は嫌いではありません。先ほども助けてもらいましたし、たった一日ですが一緒に行動して見えてきたものもあります。それに何よりもまず先に…………
えっ!? という言葉がエプリから漏れた気がした。ちなみにそうだとしても驚かない。俺もビックリだ。
「対等な交渉を行い、そして今も取引の最中である以上、誰であれ立派な私のお客様です。お客様にあのような態度を取ってしまったのは私の落ち度。どうかお許しください」
「……別にああいう態度には慣れてるから良いわよ。それよりも顔を上げてくれない?」
ジューネはそのまま頭を下げ続けている。エプリも流石にいけないと思ったのか、ジューネに顔を上げるように促す。
「そうですか? では失礼して」
ジューネはエプリの言葉に従って顔を上げる。……おやっ? 顔をよく見ると、頬に変な形の痣が出来ている。あれは……もしや寝袋の跡か? 寝たふりをしている内についついウトウトしてしまったのだろうか? なんか微笑ましい。
「……何か?」
「いや何でも」
俺の視線に気づいたジューネが訝しげに訊ねてくるが、面白いので何も言わずにそのままにしておく。アシュさんも笑いをこらえているようで、微妙に身体が震えている。エプリも口元に手を当てていることから笑っているのかもしれない。
「何か落ち着きませんが……まあ良いでしょう。今はこれからの話です。エプリさん。もう一度繰り返しますが、貴女が混血であろうがそうでなかろうが、私のお客様ということには変わりありません。故にこちらとしてはここから出るまでの契約内容に変更はありません」
「そう……ありがとうと言えば良いのかしら?」
「いえいえ。商人としては当然のことだと思っておりますので」
エプリが礼を言うと、ジューネは軽く胸を張ってそう返す。
「……それと、トキヒサさんがエプリさんのことを聞いて何か変わるかもという考えもありましたが、その心配はなさそうですね。あれだけ堂々と仲間だの一緒に行くだの言えるのであれば」
ぐっ! そう言えばジューネも寝たふりをしながら会話を聞いていたんだよな。エプリと並んでからかわれそうなネタを提供してしまった気がする。俺は普通に話しているだけなのに、なんでこうも後から考えるとやや恥ずかしい言葉がポンポン出てくるのだろうか? まさかこれも加護の一種ではないだろうな?
「……とまあ改めてダンジョンを出るまでの契約について確認したところで、そろそろ本題に入るとしましょうか!」
俺が内心頭を抱えていると、ジューネが少しだけ弾んだ声で切り出した。
「……本題? どういう事?」
「それは勿論……今しがた手に入れた宝物についてに決まっているじゃないですか!!」
エプリの質問に、ジューネは目をキラキラさせて答えた。……そう言えばエプリの混血騒動が衝撃的過ぎて忘れてたな。俺はそれが入っているポケットを上から触る。あんな奥深く、大量の罠に囲まれた宝箱にあった品だ。それなりに価値のある物だと良いのだが。
ジューネも疲れてたんですよ。うっかりウトウトするぐらいには。
うちのエプリはこんなのだけどヒロインと言えるのか?
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一応ヒロインである
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これはヒロインではない
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むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン
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いやいや大人の魅力でイザスタさんでしょ