クラウンの手から離れて落下していく薬瓶。何故クラウンがそんなことをしたのかは大体想像ができる。そんなことをされたら俺は出ていかざるを得ないからだ。
俺に関してはこのまま安静にしていれば何とかなるかもしれないが、解毒剤が無ければエプリは長く保たない。あの解毒剤が何としても必要だ。たとえそれが罠だと分かっていても。
「うおおおおっ!」
俺は重い身体を無理やり動かして一心不乱に猛ダッシュする。気分は時々テレビでやっている落ちてくるボールの所まで走るアレだ。あの薬瓶が地面に落ちたらほぼ確実に割れてしまう。その前にキャッチしないとっ!
集中しているためか、俺の視界がやけにスローモーションに見える。落ちていく薬瓶の軌道までもはっきりと分かるほどだ。……いけるっ! ギリギリ間に合う距離だ。もう少しでとど、
「届くと思いましたか? 一瞬でも?」
その時、俺の横っ面に衝撃が走った。……薬瓶に手が届く直前でクラウンに蹴りを食らったと気付いた時には、俺は完全に体勢を崩されて地面に転がっていた。その視線の先には落ちていく薬瓶とそれをニヤニヤしながら見つめるクラウンの姿が。
…………コイツ! これが目的かっ!! ハッキリ言って、俺達を何とかするだけならわざわざ戦わなくても良いのだ。ただそのまま転移でどこかへ逃げるだけで良い。そうすれば解毒剤のない俺達はこのまま毒で苦しみながら死ぬ可能性が高い。……俺はまだ安静にしていれば毒が収まる可能性があるが、エプリの方は今のままだと絶望的だ。
なのにそうしなかった。敢えて解毒剤を見せつけ、俺達に希望を持たせる。……そしてその希望を目の前で砕くことこそが奴の目的だったのだ。
そして薬瓶は俺の目の前で地面に落下し………………
「……!?」
俺は転がりながら視線を移動させる。すると、エプリが岩陰からこちらに手を向けているのが見えた。しかしそのまま倒れこんでしまい、それと同時に薬瓶もポトリと地面に落ちる。距離が近かったので割れてはいないようだ。
「風で衝撃を和らげましたか。無駄なあがきを。……まあ良いでしょう。もう一度目の前で落としてあげましょう。その顔が絶望に歪む姿をじっくりと鑑賞させてもらいますよぅ」
クラウンはそう言って落ちた薬瓶を拾い上げる。させるかっ! 俺は重い身体を跳ね上げてクラウンに飛びかかる。
「解毒剤を渡せっ!」
「このっ! まだこんな力が!? ……この死にぞこないがあぁ!!」
身体が毒で弱っている俺だが、ダメージを受けているのは向こうも同じ。二人でもつれ合いながら地面を転がる。…………だが、
「ぐっ!?」
俺の右肩に鋭い痛みが走ったと思うと、急に身体がより怠くなったように感じられる。その隙を突かれてクラウンに距離を取られてしまった。……また毒か!? あの野郎そればっかじゃないか!
「貴方はそこで見ていると良いですよぉ。目の前で解毒剤が消えて無くなる瞬間をねぇ。クフッ。クハハハハっ!」
そう高笑いしながら、クラウンは薬瓶をまるで見せびらかすように高々と摘まみ上げる。何とか止めようとするのだが、さっきよりも身体が思うように動かない。そしてクラウンは、
「……では、絶望を味わいなさい」
嘲笑うようにそう言って再び手を離した。落ちていく薬瓶。しかし今度は俺も距離が間に合わない。もうダメなのか。
……何か方法は無いのか? 考えろ俺。俺やエプリは満身創痍で動けないし、落下を防ぐ手立てもない。銭投げでは薬瓶ごと壊しかねない。何かクッションになりそうなものを『万物換金』で出す? いくらある程度の範囲に自在に出せると言ってもあそこまでは届かない。
いくら考えてもいい案は思いつかず、考えている間にも薬瓶の落下は止まらない。ちくしょう。今さっき言ったばかりじゃないか。俺は殺さないし殺されないって。それがこんな所で終わるのか? それも俺だけじゃない。エプリもこのままじゃ毒で死んでしまうんだ。
「動け…………動けよぉぉっ!」
「クフフ。クハハハハハハハハっ!」
身体はまるで俺の身体じゃないみたいに動かず、薬瓶の落下も止まることはない。それを見たクラウンは一人高笑いをする。
そして無情にも薬瓶は地面に叩きつけられる………………はずだった。
「…………えっ!?」
俺は驚きを隠せない。また風属性の魔法かとエプリの方を見るが、エプリは倒れたままで魔法を使った素振りもない。……ならばクラウンの奴か? この野郎ギリギリの所をまた繰り返して俺達をいたぶる気か? そう思って今度はクラウンの方を睨みつけてやるのだが、
「ハハハハハ…………なっ!?」
クラウンも何故か高笑いを止めて驚いている。……コイツの仕業でもないらしい。じゃあ誰だ?
「ふぅ~。何とか間に合ったみたいだな。久々に気合を入れて走ったぞ」
いつも着ている着物のような空色の服を風でたなびかせ、片手には落ちて割れるはずだった薬瓶を軽く持ち、飄々とした態度で汗を拭うアシュさんの様子は、月明かりに照らされて実に様になっていた。
しかし今何が起きたんだ? 俺はその薬瓶から一切目を離さなかった。それなのに一瞬で薬瓶が消えて、いつの間にかアシュさんの手に収まっていた。……まるでクラウンの奴みたいに転移でも使ったように。
「……誰ですか貴方はぁ? これからが良いところなのだから邪魔をしないでいただきたい」
クラウンはそう言葉を投げかけた。突然の乱入者に警戒しているのだろう。両手に油断なくナイフを構えている。……そうだ! 今は何が起きたかを考えるよりも大事なことがある。
「アシュさん! 早くその解毒剤をエプリにっ! 毒にやられているんです!」
「それはマズいな。分かった。すぐに」
「飲ませると思いますかぁ?」
俺の言葉に頷いたアシュさんに向けて、クラウンがナイフを左右から投げつける。僅かな時間差で対象に襲い掛かるそのナイフは、最初に俺を襲ったやつと同じだ。あの時一本目は貯金箱で防げていた。しかし二本目に気づかず腕を掠めていたのだ。
「アシュさんっ! 危な」
危ないと言い終わる前にそのナイフはアシュさんの元に到達し…………そして
「…………!?」
確かにナイフはアシュさんを貫いた。しかし血が出る様子もなく、そのまま姿がすうっと消えてしまう。今度は何処へとまた視線を動かすと、
「ほら。これを飲むんだ」
居たっ! アシュさんはエプリの傍にしゃがみこみ、そのまま身体を抱き起こして口元に解毒剤をあてがっていた。エプリは虚ろな表情ながらも何とかその液体を飲み干すと、少しだけ顔色が良くなったように見えた。毒もそうだけど解毒剤もかなり即効性のある物なようだ。
「…………ありがとう。助かったわ。……余った分はトキヒサに。アイツも毒を受けているから。私はその間クラウンの足止めを」
「嬢ちゃんはこのまま休んでな。毒は抜けても体力まではまだ戻ってないだろ?」
再び起き上がろうとするエプリを押し止めながらアシュさんが言う。エプリは一瞬悔しそうな顔をすると、……頼むわと一言呟いてそのまま岩陰に留まる。そのままアシュさんがこちらの方に歩いて来ようとすると、
「………………ほぅ。貴方も空属性持ちとは思いませんでしたよ。しかし大した魔力は感じませんねぇ。先ほどはナイフが当たる瞬間に何とか間に合ったようですが、その調子ではあと何度使えますかねぇ?」
クラウンがニヤニヤと嗤いながら俺とアシュさんの間に割って入った。同じ空属性使いでも自分の方が練度は上。自身も消耗してはいるが、未熟な相手なら十分勝てる。そう考えてのことだろう。……確かに一瞬で離れた場所に移動したら、自身も空属性使いなら最初に転移の使用が頭に浮かぶ。
だがクラウン。お前は少し考え違いをしているぞ。俺はさっきと今、急に消えたり現れたりしたアシュさんの足元に注目した。そして気付いてしまったのだ。…………クラウンと戦っている間には無かった妙な跡が地面についていることに。
そして、
「何か勘違いしてるみたいだから訂正するが、俺は空属性なんて使えないぞ。俺に出来ることと言ったら」
その言葉を遮るように、クラウンはナイフを振りかぶって襲いかかる。……後ろから見れば、クラウンが後ろ手にもう一つナイフを握りしめているのが見えた。あんな見え見えの振りかぶりはあくまでフェイク。躱されるか迎撃したところをもう一本のナイフで切りつけるつもりなのだろう。
「…………おやっ!?」
だが、アシュさんは避けなかった。クラウンのナイフがアシュさんの胸元に突き刺さり、そのまままたも素通りする。そうしてすうっとと消える自分の姿とクラウンを尻目に、アシュさんは俺の所まで辿り着く。
「俺に出来ることと言ったら、
…………いやいや。残像が出来るくらいの速度で走って静かに止まるって、十分とんでもないことだと思うんだけど。しかしそう背中越しにクラウンに言ってのけるアシュさんの姿は、紛れもなく人を護る用心棒だった。
ちなみにジューネには、アシュがいない間調査隊が護衛するという形でちゃんと許可を取っています。
うちのエプリはこんなのだけどヒロインと言えるのか?
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一応ヒロインである
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これはヒロインではない
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むしろアンリエッタの方が美幼……ヒロイン
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いやいや大人の魅力でイザスタさんでしょ