少年指揮官の日常   作:トレモ勢

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※削除させて頂いていた話の修正版です。
 修正不足な内容などあれば、また御指摘、御指導いただければ幸いです。


無力の象徴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日のデスクワークの殆どを終えた夕刻前、書類や何やらがぎっしりと詰まった分厚いファイルを、ウェールズさんが執務室に届けに来てくれた。先日、KAN-SENの何人かにレースクイーンの衣装を着てもらうようなイベントが行われ、ファイルには、その時に撮影された多数の写真が報告と共に綴じられていた。

 

「わざわざ有難う御座います」

 

「このくらい、礼には及ばない。むしろ、こんな嵩張るものを仕事の終わり際に持ってきてしまって、申し訳ないな」

 

 ウェールズさんが苦笑と共に、ファイルを執務机の上に置いてくれる。ズシン、という音が聞こえてきそうな重量感だった。報告書というよりも、ほとんど写真集の束である。

 

「データ化すべきだと陛下にも進言したんだが、『こういうものは写真として残しておくほうが良いに決まっている』の、一点張りでな」

 

「確かに、これだけの量になると流石に圧巻ね」

 

 今日の秘書官である愛宕さんも、秘書艦用の執務机から僅かに身を乗り出し、そのファイルの厚みに目を瞠っていた。

 

「あぁ、前のイベントの……。あの時は不覚であった……」

 

 同じく今日の秘書艦である高雄さんが、酷く疲れた声を出した。彼女は秘書艦用の執務椅子に深く腰かけ、前屈みになって机の上に肘をつき、左手で額を抑えるような姿勢になっている。そういえば、このファイルを持ってきてくれたウェールズさんと一緒に、愛宕さんと高雄さんの二人も、レースクイーンの衣装を着て撮影を受けている筈だった。

 

「もっと色々と経験したほうが良いなどという、愛宕の言葉など聞かなければ……」

 

 俯きがちに言う高雄さんの頬は赤く、低い声は微かに震えていた。ただ、その声音自体に嫌悪や後悔は見受けられなかった。初めてレースクイーンというものを経験する中で抱えた緊張と高揚を今になって思い出し、未だに強く残っているその余韻を、自分でも持て余している風である。いつも落ち着いており、質実剛健で実直な性格である高雄さんが、ここまで動揺している姿は新鮮だった。

 

 

「ふふ、高雄ちゃんったら、そんな風に恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

 愛宕さんが微笑みながら言うと、ウェールズさんもイベントの時を思い返すような顔つきになって、「あぁ。愛宕の言う通りだ。そもそも、高雄は美しいのだからな」と、まるで芸術品を鑑賞するかのような、純粋な賞賛を口にしていた。

 

「イベント会場の傍で、福引をやっているブースが在っただろう? 仕事を終えた私たちが戯れに立ち寄った際にも、高雄の凛とした立ち姿は一際、男女を問わず魅了していた」

 

 微笑みを湛えたウェールズさんの断定口調には、一切の他意や揶揄の入り込む余地のない、高貴な自信に満ちている。

 

「ぐ、ぅぅ、そ、そうか……」

 

 高雄さんの方は、いかにも褒められ慣れていないといった様子で視線を彷徨わせ、唇を小さく噛み、何とか頭の中で言葉を探しているようだった。彼女の反応から、レースクイーンというものを毛嫌いしているだとか軽蔑しているということではなく、自分には似合わないものだと決めつけていたのだと分かる。

 

 落ち着かない様子で頬を染める高雄さんは、自分の中に残った違和感を羞恥の対象として思い出しているのだろう。もしも何かの機会が在って、僕が夜のクラブでDJをやってみろと言われてみれば、高雄さんがレースクイーンというものに対して抱いているのと同じ種の抵抗や違和感を抱くのでないかと想像できた。

 

 イベントのことを振り返り、話をしている彼女達の間には寛いだ空気が流れ始めている。窓の外を見ると、空は薄い飴色になりつつあった。僕は執務用の椅子から立ち上がり、愛宕さんと高雄さん、それにウェールズさんを順番に見る。

 

「少し遅くなりましたが、休憩にしましょうか。今からお茶を淹れるので、お時間に余裕があるのでしたらウェールズさんも如何ですか?」

 

「む、気を遣って貰ってすまないな。……では、御相伴に預からせてもらおう」

 

 特に時間を気にする様子もない彼女は、今日の仕事の大半を片付けてきているのだろう。エリザベスさんを支えるキングジョージV級の彼女たちは、ロイヤルが誇る優秀な人材だ。時間にも仕事にも優雅さがある。それから結局、愛宕さんと高雄さん、ウェールズさん達は、僕がお茶の用意をするのを手伝ってくれた。全員でソファに移ってすぐに、先日のイベントについての話が盛り上がりを見せた。

 

 

「ねぇ、指揮官? 指揮官は今回のイベントで、誰のレースクイーン衣装が一番良かったと思う?」

 

 隣に腰掛けている愛宕さんが嫣然とした笑みを浮かべて、こちらの顔を覗き込むようにして訊いてくる。彼女の手には、さきほどウェールズさんが持ってきてくれたファイルが広げられており、目につくページには瑞鶴さんや翔鶴さん、それに大鳳さんのレースクイーン姿があった。

 

 愛宕さんが手にしたファイルのページを捲ると、今度は、レースクイーン衣装を難なく着こなし、艶やかなポーズを決めた愛宕さんの写真が並んでいた。そのページを見せつけるように、愛宕さんがお尻の位置を僕の方へと寄せてくる。ソファが軽く軋む音が響いた。

 

「このお姉さんなんて、どう?」

 

 愛宕さんは、熱烈に自分の写真をアピールしてくる。

 

「なかなか意地の悪い訊き方をするものだ」

 

 僕の斜向かいに座って湯飲みに口を付けるウェールズさんが、可笑しそうに小さく笑った。普段から高級な紅茶を味わっているであろう彼女が、僕の用意したお茶を美味しそうに啜ってくれていることに内心でほっとする。

 

「指揮官殿のことだ。誰が一番などと、順位をつけるようなことはしないだろう」

 

 僕の答えなど分かり切っているという風の高雄さんは、眉間に薄く影を残しながらも背筋を伸ばし、落ち着いた様子でお茶を啜っていた。彼女達へと横目で視線を流した愛宕さんは、僕へと視線を戻してから「……やっぱり、そうなの?」と、ちょっと拗ねるような言い方をした。愛宕さんは唇を尖らせて見せるが、僕は肩を窄めるようにして頷くしかなかった。

 

「皆さん、とても魅力的で奇麗でしたよ」

 

 本心であるし、嘘では全くない。

 

「カメラを前に堂々としていて、カッコ良くもありました」

 

「指揮官らしい感想だ」

 

 ウェールズさんが肩を揺らすと、高雄さんも「全くだ」と頷いた。愛宕さんは面白くなさそうに二人に同意した後で、「あっ」と小さく声を漏らし、何かを思いついた顔になった。それから、一瞬だけ悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思うと、少しだけ寂しそうな表情を作りつつ、僕からすぅっと離れた。

 

「あのね、指揮官……。お姉さん、指揮官に伝えておかなくちゃいけないことがあるの」

 

 伝えにくい事実を言葉にするための重大な決意を滲ませた愛宕さんの声は、執務室に良く通った。僕を見詰めてくる愛宕さんの表情は、優しげでありながらも、真剣さを帯びている。

 

「……はい。何でしょう?」

 

 僕は思わず姿勢を正してしまう。ただ、その様子を見ていた高雄さんは、「またぞろ、つまらないことを思いついたのだろうな……」といった、仲の良い友人の悪癖を見守るような表情だ。ウェールズさんの方も、まるで劇か何かを鑑賞しているような顔つきである。この二人の悠長な態度と愛宕さんの深刻さに随分と差があって気になったが、すぐに愛宕さんが一つ息を吐いた。

 

「実は、お姉さんね。あのイベントで、ある男の人と仲良くなったの」

 

「えっ」

 

「今も連絡を取り合っているのだけど、ついこの間、……告白されたの」

 

 僕は一瞬だけ驚いてしまったが、じんわりと喜びを滲ませた愛宕さんの声を聞いていると、彼女の幸せを願う素直な気持ちが、心の中に大きく立ち昇って来た。運命の出会いとは、通り雨のように降ってくることもあれば、走り過ぎた風に追いつくような巡り合いもあるのだと、そう聞いたことがある。

 

 愛宕さんの運命の人が、あの日あの時のイベントに訪れていて、そして二人が互いを見つけ出したという事実は、他愛もない偶然かもしれない。でも、こうしてその話を聞いている僕にとっては、祝福すべき大切な奇跡だった。僕は愛宕さんに頷き、向き直る。

 

「では……、その方と愛宕さんの想いは、ちゃんと通じ合ったのですね」

 

「えっ」

 

「とても喜ばしいことじゃないですか」

 

「ねぇ、待って」

 

「えっ」

 

 祝福の言葉を述べようとしたところで、先程とは別種の深刻さと焦燥に満ちた表情の愛宕さんに、話を遮られてしまった。

 

「指揮官……、どうしてそんなことを言うの?」

 

「え……」

 

「こういう時は、お姉さんに告白をしてきた男性に対して、可愛らしく嫉妬して見せるのが正解なのよ。礼儀と言ってもいいかもしれないわ」

 

 愛宕さんの顔は大真面目だった。

 

「そ、そうなんですか?」

 

 “正解”が存在しているということは、この遣り取り自体が一種のとんち話か何かなのだろうか。僕を責めるような顔つきの愛宕さんに困惑しつつも、僕は一応の頷きを返そうとした。そこで、「指揮官殿、そんな話は真に受けなくともよい。イベントの後にも先にも、愛宕に声を掛けてきた殿方など居らぬ」と、お茶を啜った高雄さんが言葉を刺し込んでくる。

 

「あぁ、確かにそうだったな」

 

 楽しげに頷いたウェールズさんが、記憶を辿るように視線を宙に向けた。

 

「何故かヨークも機嫌が悪そうだったが、それを上回る勢いで愛宕と大鳳は殺気を放っていたからな。何がそんなに気に喰わなかったのか知らないが、まぁ、周りから見ている男性客にとっては、恐ろしくて近づけなかったんだろう」

 

 ゆったりとソファに凭れ直したウェールズさんは、愉快そうに言いながら愛宕さんを見遣った。

 

「だって……、他所のレースクイーンの子たちが、指揮官に言い寄ろうとしていたんだもの」

 

 愛宕さんは唇を尖らせてからそっぽを向いて、目だけで僕を見詰めてくる。

 

「言い寄ろうとしていたと言うか、あれは単に挨拶に来てくれていただけですよ。僕たちだって、イベント関係者には挨拶に回ったじゃないですか」

 

 愛宕さんに答えながら、僕はイベント当日の様子を思い出していた。礼節を重んじる高雄さんやウェールズさんは、率先して挨拶しに行っていた筈だ。翔鶴さんや瑞鶴さんにしても、担当してくれるカメラマンや現場スタッフの人達とも、円滑な関係をすぐに構築していた。

 

 あの日のイベント業務は大きな問題も無く、盛況のままで終わったと僕は記憶している。愛宕さんや大鳳さんが殺気を漲らせ、他者を寄り付かせていなかったなんていう事態は初耳だった。それに、他所のレースクイーンの人達が僕に言い寄って来ていた、なんてことも無かった筈だ。しかし、僕の方に向き直った愛宕さんは、僕の肩をがっしりと掴んでから、確信を滲ませた様子で言う。

 

「いいえ、指揮官が気づいてないだけよ。指揮官に挨拶をしに来た子たちは皆、指揮官を見詰めて、目をうるうるさせていたわよ」

 

「そ、それは気の所為では……」

 

「いいえ。間違いないわ。指揮官のお尻を見詰めながら、舌舐めずりしていた子も居たもの」

 

「それは本当か?」「それは真か?」

 

 寛いでいた筈のウェールズさんと高雄さんが、急に深刻な声を出した。

 

「いや、そんな妖怪みたいな仕種を見せる方は居ませんでしたよ……」

 

 僕はすぐに否定したが、愛宕さんは残念ながらといった口ぶりで、「それも、指揮官が気付いていないだけよ」と緩く首を振って見せた。

 

「拙者がその場に居れば、即刻斬り捨ててやったものを」

 

 無念そうに呟く高雄さんに至っては、いつの間にか軍刀を手に携えていた。険しい表情になったウェールズさんも、「ヨークが妙に殺気立っていたのも、その所為か……」などと、形の良い顎に触れながら得心がいったという様子で頷いている。彼女達の声音には冗談めかしたところがなく、諧謔らしいものも全く感じられない。

 

 あのイベントの成功は、もしかしたら取り返しのつかない悲劇と隣り合わせだったのかもしれないと、今更ながらに僕は思った。少し気持ちを落ち着けるようにして、僕が湯飲みに口を付けようとした時だった。慈しむような表情になった愛宕さんが再び、じりじりと僕の方へと身を寄せてきた。

 

「こうやって思い返してみると、改めて指揮官の無防備さが心配になってきたわ。悪い女性に捕まらないように、お姉さんが守ってあげるからね?」

 

 その言葉通りのお姉さん然とした優しい口調で言いながら、愛宕さんは、よしよしと僕の頭を撫でてくる。

 

「安心すると良い、指揮官。私も貴方の傍らに居るからな」

 

 頼もしい声で言うウェールズさんも僕の隣に座ってきた。そして彼女も、愛宕さんと同じようにして反対側から僕の頭をよしよしと撫でてくる。二人に為されるがままの僕は、大人しい大型犬が撫でられているような状態であり、無力の象徴だった。僕は少々憮然としつつ、お茶を啜る。高雄さんが妙にソワソワしながら、愛宕さんとウェールズさんを羨ましそうに見比べているのは気のせいだろうか。

 

 執務室の扉がノックされたのはその時だった。

 扉の向こうから、間延びした可愛らしい声がする。

 

「指揮官、前に頼まれてたものを持ってきたにゃ~」

 

 僕が入室を促すよりも先に執務室に入って来たのは、のほほんとした笑みを湛えた明石さんだった。彼女は僕と高雄さん、それに愛宕さんを見てから、ソファに腰掛けているウェールズさんに気付いて、「おっ」という表情を浮かべ、とてとてと歩み寄ってきた。

 

「ちょうどいいところに。エリザベス陛下から頼まれていたものもあるから、これを預かっておいて欲しいにゃ。ロイヤル寮まで足を運んだけど、肝心の陛下とウォースパイトは鉄血寮に出向いてるらしくて、すれ違いになっちゃったんだにゃ」

 

 そこで、頼まれていた品とやらをウェールズさんに預け、ロイヤル寮に戻って来たエリザベスさんに渡してもらおうということなのだろう。自身の特徴的な袖から何かを取り出した明石さんは、それをウェールズさんに大事そうに手渡した。

 

 それは、いつぞやのVRゴーグルと、指先に装着するタイプの端末だった。ゴーグルの方は以前のような大掛かりなヘッドセットでは無く、目を覆う部分だけのスマートな造形である。

 

「陛下が……? いや、そもそも何だこれは……。以前のものとは形が違うようだが……」

 

 呪いのアイテムでも持たされたかのような表情になったウェールズさんは、手の中にあるゴーグルと端末を暫く見詰めてから、明石さんへと視線を上げた。その眼差しには警戒の色がありありと浮かんでいる。

 

「簡単に言えば、前の装置の映像特化バージョンみたいなものだにゃ」

 

 明石さんは軽やかに答えながら、ひらひらと袖を振った。「映像特化……?」 興味深そうにその言葉を繰り返したのは、すっと眼を細めた愛宕さんだ。高雄さんも眉根を寄せて、ウェールズさんの持つ装置と明石さんを見比べている。

 

「何が出来るんだ、これは?」

 

「ざっくり言うと、バーチャル空間で指揮官にメイド服を着せたり出来るんだにゃ」

 

「えぇ……」

 

 僕は困惑と共に軽く呻いてしまう。そう言えば……、と記憶を辿ってみると、思い当たる出来事はあった。

 

 あれは確か、エリザベスさんとウォースパイトさんが秘書艦だった時のことだ。「貴方、きっとメイド服が似合うから、ちょっと着てみなさい!」などと、エリザベスさんが唐突に言いだしたのだ。勿論、僕はやんわりと断ったが、あの時のウォースパイトさんが、やたら真剣な顔つきで僕の身体を眺めていたのは印象に残っている。

 

「エリザベスさんの思い付きの為に、この装置を開発したんですか?」

 

 僕が訊ねると、明石さんは肩を竦めて見せた。

 

「ちゃんと報酬を用意してくれるんなら、明石はそれに報いるものを拵えるだけにゃ」

 

 飄々とした口調で職人然としたことを言う明石さんに、「すまない。ちょっと良いか」と、強張った声を掛けたのはウェールズさんだった。僕は彼女の方へと向き直って唖然とした。「次はどうすれば良いんだ?」などと説明を求める彼女が、既にゴーグルを装着していたからだ。さっきまであんなに警戒していたのに。

 

「これを使うんじゃないかしら?」

 

 真剣な表情の愛宕さんが、指先に装着させるための端末をウェールズさんの手に嵌めていく。二人はノリノリだ。

 

 彼女達の傍に居る高雄さんは、「……爆発したりしないだろうな?」と、おっかなびっくりでありながらも、興味深そうな表情をつくっていた。とにかく、彼女達は明石さんが持ち込んできた装置を楽しもうとしている。

 

「そのゴーグルは、エリザベスさんが頼んであった品なのでは……」

 

 僕は控えめにウェールズさんに声を掛ける。

 

「いや、やはり陛下が身に着けるものである以上、その安全性は確かめておかねば」

 

 熱い使命感を漲らせたウェールズさんは、愛宕さんによって装着して貰った指先の端末を動かした。どうやらそれで、ゴーグルの映像出力が始まったようだ。ほどなくして、「おぉ」と短く声を漏らしたウェールズさんが、ゴーグル越しに周囲の風景を見回すように首を巡らせた。

 

「大丈夫? それを付けたままで、私が見える?」

 

 愛宕さんが、首を巡らせるウェールズさんの前に立って、両手を軽く振って見せる。

 

「あぁ、見えるぞ。愛宕も、高雄も、それに、この執務室の光景もな」 ゴーグルをしたウェールズさんは、愛宕さんに手を振り返した。「……これは、内蔵されたカメラか何かで、景色を取り込んでいるのか?」

 

「そうだにゃ。機能が立ち上がってきたら、ゴーグル内の景色の中に空間ディスプレイが表示されるから、あとは端末を付けた指先で、そのディスプレイを操作すればいいんだにゃ」

 

 落ち着いた様子の明石さんはウェールズさんに簡単な説明をしながら、僕に向き直った。

 

「それで、こっちが指揮官に頼まれていたものにゃ」

 

 言いながら明石さんは、再び、あの大きな袖をゴソゴソとやり始めた。今度は何が飛び出してくるのかと僕は警戒してしまったが、次に彼女が取り出したのは、携帯ゲーム機と、あるゲームソフトがセットになって梱包された商品だった。少し前に僕が頼んでいたものだ。

 

 どう見ても明石さんの服の中に納まりきらないような大型のパッケージが、ずるずると袖の中から出てくるのは、一種のマジックのようでもある。僕はパッケージを受け取りながら、軽く頭を下げた。

 

「有難う御座います。わざわざ取り寄せて貰って」

 

「入荷に時間が掛かっちゃったけど、そこは許して欲しいにゃ~。……今更だけど、こういうのを指揮官の仕事の最中に届けに来るのは、ちょっと不味かったかにゃ?」

 

 本当に今更だが、それを分かった上でおどけて見せる明石さんからは、各陣営を飛び越えて活躍する彼女の、商売人らしい強かさが窺えた。僕は緩く首を振って、その大型のパッケージを受け取る。

 

「いえ、今日の仕事の殆どは、もう片付いていますから」

 

「流石は指揮官、仕事が早いにゃ」

 

「補佐してくれる皆さんが、とても優秀だからですよ」

 

 明石さんに答え、ゲーム機が梱包された箱を執務室の隅の方へと置きに行こうとした時だった。

 

「ぬぉっ!!?」

 

 変なと言えば失礼だが、奇妙な声を上げたウェールズさんがビクリと肩を跳ねさせた。僕もギクリとしてしまう。見れば愛宕さんと高雄さんも驚いた顔になって、「急に変な声を上げて、いったい何ごとか」という目つきでウェールズさんを見守っていた。

 

「装置の機能が立ち上がったみたいだにゃ」

 

 何が起きているのかを一人だけ理解している様子の明石さんが、ふぅん……と軽く鼻から息を吐いた。

 

 ゴーグルを装着したままのウェールズさんは、さっきからずっと僕の方へと顔を向けたままで、彫像のように動きを止めている。石化魔法でも受けたかのようだ。

 

「ウェ、ウェールズ殿、如何なされた? どこか、具合でも悪くなられたか?」

 

 動かなくなったウェールズさんの顔を覗き込むようにして、高雄さんが心配そうに言う。合わない眼鏡をかけたりすると、一時的に気分が悪くなったりするという話は僕も聞いたことはある。ウェールズさんの息は少し荒いように見えるし、頬も紅潮している。体調が優れないのであれば、すぐに医務室まで付き添い、送って行こうと思った。

 

 だが、どうも今のウェールズさんの様子をよく見てみると、体調が悪いというよりも、とんでもない衝撃を受けて絶句し、その動揺を必死に鎮めようとしているような風情がある。

 

「あぁ、その、なんだ……」

 

 上手く舌が回らない様子のウェールズさんは、一瞬だけ高雄さんの方へと向き直ってから、またすぐに僕の方へと顔をグルンと向けてくる。彼女はそのまま腕を組みながら顎を触り、「そうきたかぁ~……」であるとか「これは新時代の幕開けだな……」などと、何らかの深い感慨を催していて、高雄さんを当惑させていた。

 

「……ねぇ、いったい何が見えているの?」

 

 ウェールズさんの身体を支えるように立った愛宕さんが、恐る恐ると言った様子で尋ねた。

 

「あぁ……、いや、実はな、このゴーグルを通して見るとだな……」 歯切れ悪く言うウェールズさんの様子は、高名な芸術作品を鑑賞した感想を自分の中で構築しているかのようでもあった。

 

「指揮官が、執事服を着ているように見えるんだ。凛々しくて良く似合っている」

 

「あらあら」

 

 興味深そうな声を出した愛宕さんが目を瞠り、ウェールズさんの装着したゴーグルと僕を高速で見比べ始めた。

 

「ほぅ……」

 

 低い声を出した高雄さんも、ウェールズさんの装着したゴーグルと僕を交互に見て、名のある武具を鑑賞するような顔になっていた。

 

「一応、メイド服だけじゃなくて、色々とバリエーションを持たせてあるにゃ」

 

 明石さんが説明口調で言うと、「ほう。是非鑑賞したい」などと、ウェールズさんが興奮気味な声を出した。それと殆ど同じタイミングだったろうか。ウェールズさんの懐から携帯用端末の電子音が響いた。

 

「ぐっ! こんな時に、陛下からの呼び出しだと……」

 

 ゴーグルを額にずらしたウェールズさんは、懐から取り出した携帯用端末を睨んだ。そして名残惜しそうな顔になって、僕に軽く頭を下げてくれた。

 

「すまないな指揮官、私は一度ロイヤル寮に戻るとする」

 

 エリザベスさんから呼び出しが掛かった以上、彼女の下へと向かわないわけにはいかないだろう。ウェールズさんは「茶をありがとう、御馳走になった」と礼を述べてくれて、すぐに執務室を後にした。その背中を見送った高雄さんが、「あのゴーグルは外して行った方が良いのではないか……?」と、控えめに声を洩らすのが聞こえた。

 

「残念……。お姉さんも指揮官の執事姿、見てみたかったわ~」

 

 愛宕さんはそう零してから、傍にいた明石さんにぽしょぽしょと耳打ちを始める。

 

「ねぇ、あのゴーグルのスペアは無いの?」

 

「スペアは用意してないんだにゃ……。でも、作れないことはないにゃ?」

 

「流石、商売上手ね」

 

 愛宕さんが感心したように言ったところで、明石さんがハッとした顔になってから、執務室の時計をキョロキョロと探して急に慌てだした。

 

「危ない危ない、ぬいぬいとの約束をすっぽかすところだったにゃ」

 

「時間を知りたいの? はい」

 

 愛宕さんが腕時計を見せると、明石さんはほっとしたように息を吐きながらも、慌ただしく身を翻した。用事をすっぽかしかけていた様子だ。明石さんは去り際に、「都合の良い時に連絡をくれれば、すぐに出張するにゃ」と、愛宕さんに頭を下げていた。忙しい中でも次の商談の取っ掛かりを作っておく逞しさは、明石さんらしいと思った

 

 

 

 執務室に残された僕と愛宕さん、それに高雄さんの足元に、橙色になりかけた陽の光が窓から伸びてくる。さっきまでの賑やかさを濯ぐように、緩い夕風が吹き込んできた。落ち着いた静寂が訪れる中で、僕たちは何を言うでもなく顔を見合わせてから軽く笑いあった。

 

「明石が居ると、急に騒々しくなるな」

 

 口許を緩めた高雄さんは、嫌味や含みを持たせない言い方をしてソファへと戻る。

 

「えぇ。でも明石が居なかったら、この母港の空気も、もうちょっと元気の無いものになっていたでしょうね」

 

 愛宕さんもソファへと戻りながら、肩を竦めるようにして優しく言う。確かにその通りだろうなと、僕も思う。明石さんはトラブルメーカーな側面もあるが、それを自力で解決する技術力も併せて持っているから、信頼を失わない。

 

 彼女の起こしたトラブルが陣営の垣根を超えてKAN-SEN達を巻きこみ、そのトラブルが収まるころには、関わったKAN-SENの間に交流が生まれ、深まっていくようなことも在った。結果だけを見れば、この母港を巡る幅広い交流関係が出来上がったのにも、明石さんの存在が大きく影響しているのも間違いない。

 

「不思議な方ですよね、明石さんって」

 

 僕は彼女から渡して貰ったゲーム機のパッケージを、ソファの隣に置いてから座り直し、高雄さんが温め直してくれたお茶を啜る。思い返してみると、明石さんに纏わる逸話は枚挙に暇がないというか、母港で起きた大きな騒ぎの裏には、常に明石さんの影が見えていた。ただ、そこに悪意が無いのも確かだった。

 

「もしかしたら今までの騒動は全て、彼女なりの母港への貢献だったのかもしれませんね」

 

「その解釈は余りにも好意的過ぎるぞ、指揮官殿……」

 

 僕の正面のソファに腰を下ろした高雄さんが、呆れたような渋い顔になって腕を組んだ。

 

「でも指揮官らしいわ。お姉さんは好きよ、そういうところ」

 

 愛宕さんは僕のすぐ隣に腰掛けて、ぐりぐりと僕の頭を撫でてくる。気恥ずかしくて身を引くのだが、愛宕さんは更に身を寄せてきて、殆ど抱き着いてくる勢いだった。

 

「そう言えば、指揮官は何のゲームを明石から渡して貰ったの?」

 

 そこで、愛宕さんが思い出したように言いながら、僕の顔を覗き込んできた。

 

「もしかして、お姉さんに言えないようなエッチなゲーム?」

 

 からかい口調で言う愛宕さんを、腕を組んだままの高雄さんが無言のままでジロリと睨んだ。「全然違いますよ……」と、思わず僕も半目になってしまう。

 

「ほのぼのとした島や村で暮らして、住人たちと交流を楽しむゲームですよ。綾波さんやロングアイランドさんから誘って貰ったので、明石さんに入荷をお願いしていたんです」

 

 僕が愛宕さんに説明すると、意外そうな表情をつくった高雄さんが「……“●●の森”か」と呟いた。

 

「えぇ、そうです。高雄さんも御存知なんですね」

 

「あぁ。ちょうど、前のイベント会場の福引ブースで当たった景品が、そのソフトと本体を抱き合わせたものだったのだ」

 

 すっと視線を逸らした高雄さんは、少し照れ臭そうな笑みを口の端に過らせた。

 

「拙者もゲームというものには疎く、開封もせずに自室に置いていたのだが、折角だと思ってな。つい最近、始めてみたのだが……。のんびりとした時間をゲーム内で味わうのは、中々に面白いものであった」

 

「あの牧歌的な雰囲気は、やっぱり魅力的ですよね」

 

「技術や強さを競うものではないからな。気分転換にも良い。……いずれ、指揮官殿を拙者の島に招待しようか」

 

「良いんですか? えぇ、是非お願いします。いろいろと教えて下さい」

 

 僕と高雄さんの会話が、意外な方向へと盛り上がりを見せる。そのあいだ、愛宕さんは子供みたいに唇を尖らせて、話に入れないことを拗ねるような上目遣いで僕と高雄さんを見ていた。「一体なんだ、その顔は」と、高雄さんが軽く苦笑を洩らした。

 

「だって……、高雄ちゃんだけ指揮官と凄く仲良さそうにしてるんだもの。そのゲーム、お姉さんも始めてみようかしら。……始めてみようかしら?」

 

 愛宕さんは僕の方を窺うように横目で見ながら、ずいっと体を寄せてくる。そして、いかにも誘って欲しそうに「始めてみようかしら~?」と更に繰り返した。もちろん、それを拒む理由は無いし、この手のゲームは人数が多いほうが楽しい筈だ。

 

「えぇ、一緒にやりましょう」

 

 僕が頷くと、愛宕さんは満足そうな表情になって頷き、ゆっくりと僕の肩を抱いてきた。

 

「ふふ。お姉さんと指揮官の、新しい生活が始まるのね」

 

「そういう趣旨のゲームでは無いぞ……」

 

 渋い顔になった高雄さんが透かさずツッコむ。すると、愛宕さんが僕に耳打ちをするように、ヒソヒソと囁いてくる。

 

「指揮官、高雄ちゃんの島に行くときは気を付けてね。高雄ちゃん、ああ見えてムッツリだから、隙を見せたら丸呑みにされちゃうわよ?」

 

「誰がムッツリだと!?」

 

「ま、まぁまぁ」と、僕は両手を出して、今にもソファから立ち上がりそうな高雄さんを宥める。

 

「そんなに怒らないでよ高雄ちゃん、冗談よ。冗談」

 

 愛宕さんも、冗談めかしつつも両手を合わせて“ごめんなさい”のポーズを作っていた。高雄さんは苦々しい表情になって、腕を組みなおした。

 

「愛宕がどのような内容を期待しているのかは知らんが、健全なゲームだ。丸呑みだとか、そんな機能やコマンドは無い」

 

「実装されていたら、そもそものゲーム趣旨が崩壊しますからね……」

 

 僕が苦笑と共に頷いた時だった。隣にいる愛宕さんが、何かを確かめるような目つきになって、「……指揮官って、ゲームが趣味なの?」と、尋ねてきた。

 

「いえ、僕も疎いほうですよ。ゲーム機を持つのも、今回が初めてですから」

 

「ふぅん……、そう」

 

 短く相槌を打った愛宕さんは、言うべき言葉を探すように視線を彷徨わせたが、すぐにいつものお姉さん然とした微笑みに戻った。ただ、僕を見下ろす眼差しが少しだけ硬くなっていることに気付く。

 

「今まで聞いたことが無かったけど、指揮官の趣味って何なのかしら?」

 

「僕の趣味……ですか?」

 

「そう。ほら、指揮官って、いつも夜遅くまで書斎に籠ってるでしょ? 仕事を終えてから、誰かと世俗的な趣味の話をしているところも見たことが無いし……。だから、指揮官が本当に寛いでいる時は、どんな風に一人の時間を過ごしているのか、ちょっと気になったの」

 

 僕に対する愛宕さんの問いかけに、お茶を啜ろうとしてた高雄さんも興味を惹かれた顔をしていた。

 

「そうですね……。えぇと、僕の趣味、趣味ですか……」

 

 改めて訊かれ、僕は自分の生活を思い返してみせる。だが、純粋に何かに打ち込み、熱中するようなものが思い浮かんでこなかった。

 

 僕は自分自身のつまらなさに愕然とする思いで、慌てて記憶の中を探そうとすると、不意に、以前のオブザーバーの声が頭の中で甦りかける。咄嗟に思考を打ち切って意識を逸らした。湧き上がってくる動揺をゆっくりと沈め直すように唾を飲み込んでから、顔を上げ、愛宕さんに笑みを返した。

 

「……言われてみれば、趣味らしい趣味を持っていないかもしれません」

 

 そう、何とか答える。この場を白けさせてしまうのも心苦しく、僕の喋り方はぎこちなかった。僕の話をじっと見守るように聴いていた愛宕さんが、そこで優しい笑みを浮かべて一つ息を吐いた。

 

「それじゃあ、何か指揮官が好きになれることを、お姉さんと一緒に探してみない?」

 

「えっ」

 

「やっぱり何か好きな事がないと、生活にも張り合いが無いでしょ?」

 

 表情を明るくした愛宕さんは、僕の腕を掴んでグイグイと引っ張っていくかのような力強い声で言う。「ふむ……」と神妙な声を洩らした高雄さんは瞑目し、自分の顎に触れた。

 

「仕事だけの一日では、肉体的にも精神的にもメリハリが無くなるからな」

 

 此方に向き直った高雄さんも、唇の端に笑みを含ませていた。

 

「拙者と愛宕は後で道場に寄るつもりなんだが、指揮官殿が身体を動かすのが嫌いでないのなら、拙者と組手でも如何だろう?」

 

「如何だろうって……、僕などでは高雄さんの相手になりませんよ……」

 

「謙遜する必要は無いぞ、指揮官殿。徒手での組手では、あの天城殿を相手取る腕前だと聞いている」

 

「いや、あれは殆ど体術指南の範囲であって……」

 

「ならば尚の事、実践することで身に馴染ませる必要があるのでは?」

 

「高雄ちゃんの言うとおりね。それじゃ指揮官、さっさと仕事を終わらせて、重桜寮へ向かいましょう」

 

 僕の逃げ場を塞ぐようにして楽しげに言う愛宕さんは、首を伸ばし、ざっと自分たちの仕事机の上を眺めてから、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「むしろ、今から行きましょうか? 仕事らしい仕事は、もう殆ど片付いているし」

 

「善は急げと言うが、いくらなんでも急ぎ過ぎだろう、それは」

 

 高雄さんは呆れ顔になるが、その声音には冗談に付き合うような弾みがあった。明るく振舞ってくれる愛宕さんと高雄さんを順に見て、僕は言葉が詰まる。二人からの僕に対する何らかの気遣いめいた優しさを感じて、申し訳なさと有難さに胸が軋んだ。どのような言葉を返すのが相応しいのか、すぐに分からない自分がもどかしい。

 

「……有難う御座います。ではこの後、僕も着替えてから道場に向かわせて貰いますね」

 

 二人に向き直って答えてから、僕は飲みかけていた湯飲みを手に取り、お茶を啜った。高雄さんが温め直してくれたお茶はまだ熱を持っていて、やはり美味しかった。湯飲みから薄く上る湯気は優しく揺らめいて、夕刻を前に飴色が滲んでいく執務室の空気の中に、ゆっくりと溶けていく。趣味など無くとも、この穏やかな時間を彼女達と過ごせる自分は、とても恵まれているのだと思えた。

 

「いつも気を遣って頂いて、すみません」

 

 茶托に湯飲みを戻し、俯き加減で僕が零すと、愛宕さんが小さく微笑む気配があった。

 

「そんなに肩肘張らなくて良いのよ、指揮官。もっとお姉さんに甘えていいんだからね?」

 

 言い終わるよりも早く、愛宕さんはするするっと体を寄せてきた。そして、また僕の頭をよしよしと撫で始める。ここまで自然に撫でられていると、本当に大型犬にでもなったような気分になる。だた、それに抵抗するのも今更だった。僕は愛宕さんに撫でられるがままで、「十分、甘えさせて貰っていますよ」と、誰にも聞こえないような声で答えた。

 

 

 

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