少年指揮官の日常   作:トレモ勢

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※ちょっと強めのキャラ崩壊にご注意下さいませ……



何を今更!

 

 

 各陣営の戦艦や巡洋艦、空母などが参加する『ケッコン作戦会議』は文字通り、指揮官とのケッコンを実現するために議論を行う会議である。円滑に議論を進め、実りのある時間にするためには、その下準備は欠かせない。

 

「……先輩。一応、こちらで預かった資料は纏め終わりました」

 

「あぁ。ありがとう。助かったよ、エセックス」

 

「いえ……、お役に立てたのなら光栄です」

 

 凛々しく、そして颯爽とした笑顔を振り撒くエンタープライズに、エセックスは椅子に座ったままで姿勢を正して頭を下げる。

 

 此処は、母港のとある会議室の一つだ。会議室にはエセックスとエンタープライズの他にも、赤城と加賀、それに、ビスマルク、ツェッペリン、更には、アークロイヤルとサン・ルイの姿があった。彼女達は会議用の机に資料を山積みにし、タブレット端末を睨み、端末に接続されているキーボードを叩いている。無言のまま粛々と作業を続ける彼女達は、皆一様に真剣である。

 

 それもその筈。彼女達が扱っている資料に記されているデータは、明石が独自の方法で算出することに成功した、“指揮官の好感度”だ。言い換えれば、“指揮官からの好感度”である。現在、この母港にいる全員分のデータがこの大会議室に集積されており、これらのデータを処理し、次回の『ケッコン作戦会議』で活用すべく、資料として纏める作業をエセックス達は行っていたのだった。

 

 明石が測り出した好感度は、

 

『友好』

『好き』

『ラブ』

 

 この3つに分類されており、エセックスは『友好』に分類されていた。

 

 好感度などという曖昧なものを測定した分類ではあるが、あの“明石”が算出したものであると意識すると、『友好』という言葉がエセックスの中で妙な信憑性を帯びてくるのも確かだった。友好。解釈の余地が大きすぎる気もするが、確かに、エセックスと指揮官との関係は友好と言える。だが、気掛かりな点があった。

 

「あの……」

 

 声を潜めるエセックスは周りを見回してから、この『ケッコン対策会議』に参加するようになって、ずっと心に引っかかっていたことをエンタープライズに尋ねた。

 

「指揮官の好感度って、今回もみんな同じではありませんでしたか? 変化が無いって言うか……、少なくとも私が今まで預かった資料の中で、『友好』以外の好感度はありませんでしたが……」

 

 エセックスの言葉に、「あぁ。私が纏めた資料でもそうだった」とエンタープライズは頷き、少し寂しげな思案顔になる。

 

「もともと指揮官は、誰も特別扱いしないからな。指揮官の前では、誰もが平等だ」

 

「……上官としては、尊敬できる対応ですけれどね」

 

 誰もを平等に扱う者は、大抵、一目置かれるものだ。

 

「あぁ。それに、指揮官は遠慮の塊だ。私達にも気を遣っている」

 

 俯き加減になったエンタープライズは、慎重に記憶を辿りながら、自分と他者に向けられる指揮官の反応の中に、何らかの差異を探すような遠い目つきになる。

 

「各陣営への対応にも、殆ど差がありませんしね」

 

 言いながら、追想に耽るエンタープライズの静かな雰囲気に引き摺られ、エセックスも自身の記憶に目を凝らしてみる。脳裏に浮かんでくる指揮官は困ったように微笑みながらも礼儀正しく、誰に対しても常に適切な距離を保とうとしていた。そういった指揮官の振舞いと、円滑に進む日々の業務を見比べれば、確かに、指揮官は母港にいる全員と『友好』と呼べる関係を築いているとも思えた。

 

 そんなことを考えているうちに、赤城やビスマルク、それにアークロイヤル達も作業を終えたらしく、其々に緊張を解いた様子で伸びをしたり、寛いだ態度で資料を見返したりし始めていた。加賀とツェッペリン、サン・ルイも、端末を操作していた手を止めて、落ち着いた様子で互いに言葉を交わしている。

 

 事件が起こったのはその時だ。

 本当にいきなりだった。

 

『新しいメールが届きましたよ、赤城お姉ちゃん』

 

 赤城の懐から、指揮官の音声が再生されたのだ。しかも、ただの音声じゃない。赤城への親しみが溢れんばかりに籠っていた。柔らかく深みのあるその音声によって、空調による人工的な涼しさが立ちこめる会議室に、春の訪れを知らせるような爽やかな温もりが通り過ぎるのを感じた。

 

 無論、それは錯覚であることに間違いなく、会議室は一瞬だけ静まり返り、次の瞬間にはエンタープライズとビスマルクが殺気立った。サン・ルイやツェッペリンも険しい表情を浮かべて赤城を見詰めている。アークロイヤルだけは、私には関係の無いことだと言わんばかりの様子で、のんびりと首を回していた。

 

「い、今のは、一体……」

 

 会議用の椅子に腰かけたままのエセックスは、戸惑いながらも赤城の方を窺う。

 

「あぁ。これかしら?」

 

 流すように視線を向けてきた赤城は、たっぷりとした余裕を含ませた声で言いながら、優雅な仕種で携帯用端末をひらりひらりと振って見せる。エンタープライズやビスマルクからの突き刺すような視線については、気付いていながら、あえて気付かないフリをしているのだろう。ゆったりと鼻から息を吐きだした赤城は、そのまま勿体ぶるように一同の顔を順に眺めてから、勝ち誇ったように笑みを深めた。

 

「明石が作った、指揮官の声を加工したボイスアプリだ。動作テストを兼ねて、私と姉さまの端末にインストールしてある」

 

 だが、赤城が喋り出すよりも先に、赤城の隣に居た加賀が説明してくれた。自分のセリフを奪われた赤城が「ちょっと、加賀」と責めるような声をだしたが、加賀の方は軽く肩を竦めた。指揮官の音声を扱った、ボイスアプリ。なんて魅力的な。エセックスは「いっ、いいなっ!」と思わず言いそうになって、慌てて口を噤んだ。

 

「いっ、いいなっ!」

 

 エセックスの代わりに、エンタープライズが子供のような素直な感想を、勢いよく口にした。

 

「私達にもインストールさせて欲しいのだけれど」

 

 会議用の椅子に深く腰掛けなおしたビスマルクも、腕を組んで唇を尖らせている。ツェッペリンとサン・ルイにしても同じような様子だが、やはりアークロイヤルだけが我関せずといった態度のまま、この場に居る全員に紅茶を淹れてくれた。

 

「まぁまぁ、一仕事終わったところだ。話をするにも色めき立たず、ちょっと落ち着こうじゃないか」

 

 アークロイヤルは場の空気を和らげつつ、感情と意見が過剰にぶつかり合うのを避けるように言う。彼女は極度のロリコンであるが、駆逐艦が絡まないかぎり、非常に優秀な人物である。彼女が用意してくれたのは暖かいレモンティーだった。レモンが苦手なエンタープライズには、ストレートティーを用意してくれている。殺伐としかけた会議室に、ふわりと良い香りが広がった。一同の緊張が緩んだのを見て、加賀が口を開く。

 

「アプリの完成版は、どのみち母港に居る全員に配信される。寮内のアナウンスでも使われる予定なんだ。そんな見せびらかして自慢するようなものじゃない」

 

 目の前に積まれた資料の山を片付ける加賀は、エセックス達を順に見ながら「楽しみにしておいてくれ」と、落ち着いた声で言う。そう言えば少し前から、明石特製のVRヘッドセットに集音機能を搭載したものを用いて、指揮官の音声を集めているという話を聞いたのを思い出す。

 

 

「配信はいつ頃だろうか」

 

 透かさず言葉を滑り込ませたのは、サン・ルイだ。ティーカップを手に持つ彼女の表情は静かなものの、その眼差しは赤城の持つ端末を絶えずチラチラと追っていて、明らかにソワソワとした様子だった。

 

「出来るだけ早いほうが望ましいな」

 

 低く鋭い声でサン・ルイに便乗したツェッペリンは、既に自分の端末を取り出し、準備は万全であることをアピールしている。ビスマルクも自身の端末に会議室用の机に置いて、「今からでもいいわよ」と真剣な表情を作って見せた。みんな必死である。エセックスも知らず知らずのうちに前のめりになっていたし、真顔になっているエンタープライズに至っては既に会議用の椅子から立ち上がっていて、何をしでかすか分からない迫力を醸し出している。

 

「あの、先輩、ちょっと座りましょう」

 

「あ、あぁ」

 

 エセックスが控えめに声を掛けると、エンタープライズは渋々と言った感じで席についたが、物騒な目つきのままで赤城の持つ端末を見詰めたままだ。

 

「まだテスト段階だって言ってるじゃない……」

 

 自慢するどころか攻撃的な催促を受けることになった赤城は、困惑を見せつつも、自分の端末を護るような仕種を取った。矢のように飛んできて突き刺さってくる鋭い眼差しを前に、見せびらかそうとしていた大事な宝石を再び仕舞い直すかのようだった。流石の一航戦も、ちょっと身の危険を感じたのかもしれない。

 

「そのボイスアプリは、具体的にどんな事が出来るんだ?」

 

 赤城とエンタープライズの様子に苦笑したアークロイヤルが、加賀の方を見ながら尋ねた。アプリの配信時期はいつになるのかという殺伐とした話を、どうにか違う方向へ逸らそうとしてくれているのだろう。加賀は「あぁ。そうだな……」と思案顔を過らせながら、自身の端末を取り出し、手早く操作を始めた。アプリの機能にはエセックスも興味があったので、加賀に向き直る。

 

「基本的には、指揮官の音声をカスタマイズして、アラームなどに設定するアプリだ。こんな風にな」

 

 加賀が端末に指を滑らせると、落ち着いて温みのある、指揮官の優しい声が再生された。

 

『そろそろ時間ですよ。ツェッペリンお姉ちゃん』

 

「なんだ、国宝か?」

 

 腕を組んだツェッペリンが深刻な顔になって言う。

 

「ねぇ、加賀。今晩だけ、ちょっと貸してくれないかしら」

 

 ソワソワと視線を揺らすビスマルクが、頬を染めて切なげな声を出した。ただ、加賀が残念そうな表情を作って、「すまないな……」と緩く首を振った。加賀が首を振っているのにも関わらず、「じゃあ、次は私だな」などと、出撃するときの顔になったエンタープライズが、刺し込むように言いながら挙手をした。

 

「おいポルターガイスト。すまないと断っているところだろうが」と加賀がエンタープライズに文句を言っている間にも、「しまった、先手を取られたか!」という苦い表情を浮かべたサン・ルイが、透かさずエンタープライズの挙手に続く。じゃあ、私もという感じで、エセックスも手を挙げた。完全に出遅れたツェッペリンも「あっ、あっ……」という心細く焦った顔で挙手をする。

 

「誰がポルターガイストだと」

 

 怒った顔になったエンタープライズが加賀に言い返した時には、アークロイヤルが愉快気に肩を揺らした。自分の質問一つで、簡単に場が賑やかになったのが可笑しかったのだろう。彼女は口許に笑みを湛えたままで、エンタープライズと言い合う加賀から視線を外し、今度は赤城に向き直って尋ねた。

 

「なるほどなるほど。音声はカスタマイズが可能と。参考までに幾つか聞かせてくれないか?」

 

 軽快な口調で言うアークロイヤルは、さっきまでは場を落ち着かせようとしていたくせに、今度は場の空気を混ぜ返して面白がっている。

 

「えぇ。まぁ、聞かせて欲しいと言うのであれば」

 

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの赤城は艶美な笑みを湛え、その豊かな胸を傲然と反り返らせた。アークロイヤルに尋ねられて、披露したくてたまらなかった自慢話のネタを今更ながらに思い出し、高揚感を漲らせている様子である。アークロイヤルは、そこをくすぐるように「重桜の明石が作り上げ、一航戦の赤城が扱うアプリなんだ。やはり興味をそそられるよ」と、赤城の高揚を更に煽った。

 

「ふふん。いいでしょう」

 

 ご機嫌な顔つきになって大きく息を吸い込んだ赤城は、自らの高揚を燃え上がらせるかのように陶然とした口調で言い、携帯用端末を操作した。

 

 エンタープライズと言い合いをしかけていた加賀が、赤城を止めようと声を掛け変えたが、途中で諦めるように口を噤んだ。エンタープライズとサン・ルイが、会議用の椅子に座ったままで赤城に体ごと向き直った。ビスマルクとツェッペリンも、鬼気迫る真顔になって、赤城の端末から音声が発せられるのを待っている。エセックスも唾を飲み込み、背筋を伸ばしてしまう。

 

 全員が見守る中で、赤城は聖火を灯すような仰々しさまで醸し出しながら一同を見回し、携帯用端末を軽くタップした。再生される音声は、奇妙な緊張感が満ち始めた会議室の空気を、その沈黙ごと芯から震わせた。

 

『赤城さん』

 

 再生されたのは、明らかに指揮官の声だ。そよ風が吹き抜けるような、優しく健気な声だ。耳というよりも胸に沁み込んでくる。合成された音声なのかもしれないが音質は良く、臨場感に溢れ、居ない筈の指揮官の存在感を、即席でこの場に作り出すかのようだった。不覚にもドキッとしてしまったのはエセックスだけではないだろう。ごくりと音を立てて唾を飲み込んだサン・ルイや、頬を僅かに紅潮させて親指の爪をガリガリと噛んでいるビスマルクだって、平常と言うには程遠い様子だ。

 

『ずっと前から、赤城さんにお伝えしたかったことがあります』

 

 指揮官の音声が続く。温みのある声には、何かを飛び越えようとする決心を窺わせる、清らかな力みがあった。透き通る指揮官の声に、この場にいる誰もが囚われていた。「ふぅぅぅうう……」と深く息を漏らしたのは、瞑目しているツェッペリンだ。加賀も瞳を閉じ、じっくりと音声に聞き入っている。

 

 余裕の無い表情をしているエンタープライズは、不揃いの貧乏揺すりを始めている。エセックスは思わず、迷惑そうな表情でエンタープライズの方へと首を捻りかけたが、出来なかった。指揮官の音声によって、甘酸っぱい緊張感が限界を超えてこの場に注ぎ足されたからだ。

 

『僕と……』

 

 そこまで再生させたところで、赤城は端末を操作して音声を停止させた。エセックスは愕然とする。そんな、と。一番いいところじゃないかと立ち上がり、叫び出しそうになった。さっきまでの興奮と緊張を持て余すサン・ルイとビスマルクは顔を両手で抑えて呻いているし、ツェッペリンも辛そうな表情で目をきつく閉じて、天井を仰いでいる。

 

 完全な無表情になったエンタープライズは、背筋を伸ばしたままの虚ろな瞳で、会議用机の一点を見詰めていた。噴火寸前の火山の静けさを思わせる。かなり怖い。エセックスと加賀はさりげなく、エンタープライズから距離を取った。

 

「指揮官様のボイスサンプルを合成することによって、まぁ、こんな感じにカスタマイズできるのよ」

 

 この場を掌握した満足感を振り撒く赤城に、「ほうほう。音声のクオリティも高いし、配信が楽しみだな」とアークロイヤルは儀礼的に言いながら、自分の紅茶に口をつける。

 

「でも、この機能は、配信するにあたって削除することも考えているわ」

 

 えっ。加賀とアークロイヤルを除く全員が、そう声を揃えた。赤城は音吐朗々、演説でもするかのように舌を滑らかに動かしている。

 

「私のように、健全な形で指揮官様との絆を携えるのが理想だけれど、ポルターガイストみたいな不埒な輩が、収録されている音声をカスタイマイズすることで、いかがわしい音声を作り出す者が現れないとも限らないもの」

 

「今の合成音声だって健全とは言い難いだろうが!」

 

 椅子から立ち上がったエンタープライズが喚き、赤城に指を突きつけた。赤城は「はいはい、そうね」などと、躾のなっていない犬が吠えてくるのを払うように言いながら、端末を手早く操作した。『エンタープライズさん』と、音声が紡がれる。

 

「えっ!? あっ、は、はい!」

 

 不意打ちを食らったような顔になったエンタープライズが、赤城に向き直ったままで背中を伸ばした。「何をする気だ……」という不審そうな表情を浮かべる加賀と、何が起こるのかと興味深そうに赤城とエンタープライズを見比べるアークロイヤルが対照的だ。

 

『ずっと前から、エンタープライズさんにお伝えしたかったことがあります』

 

 先ほどと同じ温もりと真摯さに満ちた音声が再生され、エンタープライズは目を丸くして体を強張らせた。更に音声が継ぎ足される。

 

『実は僕、エンタープライズさんの事が、少し苦手だったんです』

 

「ぐわっ!?」

 

 脇腹を槍で貫かれたかのような悲鳴を上げて、エンタープライズは椅子の上に崩れ落ちた。だが、すぐに闘志の炎を瞳の中に灯して立ち上がった。それを見た赤城が、エンタープライズが口を開く度に音声を端末から再生し、被せに行く。

 

「赤城! そういう悪質な音声は……!」『エンタープライズさんの事が、少し苦手だったんです』「おい! 本当にやめ……!」『エンタープライズさんの事が、少し苦手だったんです』「も、もう許さんぞ! いい加減に……!」『実は僕、エンタープライズさんの事が、少し苦手だったんです』「ご、ごめんなさい! やめてやめて……!」

 

 指揮官の『失望ボイス』を容赦なく浴びせ欠ける速射攻撃には、流石のエンタープライズも半泣きになって、心細い声で謝り始めた。エセックスも震えあがる。なんて強烈な精神攻撃だろう。指揮官の声であんな事を言われたら、自分だって半泣きになる。見れば、ビスマルクやツェッペリン、サン・ルイも青い顔をしている。加賀だけは、「そういう使い方もあるのか……。今度、天城さんが無茶を言って来たら、この方法で追い払うか……」と、思案顔で俯き、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 

 勝ち誇ったような顔になった赤城が紅茶を一口啜るのを見ながら、「覚えていろよ……」と底冷えするような小声で呟くあたり、やはりエンタープライズの精神的なタフさは相当なものだと、エセックスは改めて感じる。

 

 ただ、エンタープライズと赤城の二人は、互いにどれだけ強く言い合っていても、不思議と険悪な空気を引き摺らない。陰湿さも無い。それどころか、停滞した場の空気を攪拌して、余計な重苦しさや緊張感を佩き出してしまう。「あの二人、またやってるよ」という、何処か牧歌的な雰囲気を齎すのだ。キツイ言い方や少々黒い冗談をぶつけ合うのは、互いを信頼している証でもあるのだろう。

 

「相変わらず、仲の良いことだ」

 

 肩を揺すって嫌味無く言うアークロイヤルは、優雅な仕種で紅茶を啜りながら緩く笑った。エンタープライズと赤城の二人は、目で噛みつくような顔になってアークロイヤルに向き直り、「何処がだ」「何処が」と声を揃えた。「そういう所だよ」と、楽しげに言うアークロイヤルは、眼の前にある真理を指すように人差し指を伸ばし、交互に二人を指してから笑みを深める。

 

 含みの無いアークロイヤルの長閑な表情に、毒気と気勢を削がれたのだろう。エンタープライズと赤城は互いに顔を見合わせてから、ちょっと気まずそうに眼を逸らし、また紅茶に口を付ける。次の瞬間だった。席に腰掛けなおしたエンタープライズが、紅茶を噴き出した。間違ってエセックスのレモンティーを飲んだからだ。激しく咳き込んだエンタープライズは再び半泣きになり、「毒だ!」と騒ぎ出した。

 

「毒を盛られたぞ!」

 

 自分の命の危機を一同に訴えるエンタープライズは、必死そのものだった。

 

「いやいや、毒なんて入ってませんよ……。それ、私のレモンティーなんで」

 

 エセックスが半ば呆れながら指摘すると、「な、何だ、そうだったのか……」と、エンタープライズが、あからさまな安堵の息を漏らし、椅子に崩れるように座った。その様子を見ていたビスマルク達から可笑しみを含んだ笑みが漏れ、場の空気がふっと暖かく膨らんだ。こういう時のエンタープライズはポンコツ美女といった風体だが、ひとたび戦場に出れば、表情一つ変えず次々と敵陣を火の海に沈めていくのだから恐ろしくもある。

 

「あぁ、そう言えば、少し気になっていたんだが」

 

 控えめに声を上げたサン・ルイが、赤城の持つ携帯用端末に視線を向ける。

 

「メールか何かを受け取ったんじゃないのか?」

 

 あっ、と声を上げた赤城が、思い出したように端末を操作した。

 

「指揮官からか?」

 

 腕を組んだ加賀が、赤城の手元を覗き込んだ。

 

「いえ、明石からよ。これは……」

 

 端末の画面を見つめる赤城の顔が強張り、その瞬きが早くなっていた。

 

「何か在ったのか?」

 

 深夜が迫る時刻を腕時計で確かめたツェッペリンが、硬い声で訊いた。低い彼女の声に、緩んでいた場の空気に緊張が走る。緊急の出撃が必要な事態なのだろうか。エセックスも姿勢を正した。黙り込んだビスマルクが、冷静な面持ちで赤城の発言を待っている。エンタープライズとサン・ルイも表情を引き締めていた。

 

「いえ、そう深刻にならないで。えぇと、でも、ちょっと深刻になった方がいいかもしれないと言うか……」

 

 端末から顔を上げた赤城は、曖昧に言葉を濁しながら、エセックス達を見回した。その表情は硬く、眼の中には動揺が窺えた。「明石から、ということは……、解析が終わったか。思ったより早かったな」一人で納得している様子の加賀に、「解析とは何のことだ?」とツェッペリンが低い声で訊いた。

 

「あぁ。さっきまで私たちが処理していた“好感度”の、さらに細かい解析が終わったんだ」

 

 会議用の椅子に深く腰掛けた加賀は、くっくっくっと喉を低く鳴らしてから、唇の端を吊り上げる。「これは、なかなか面白いものが見れるかもしれんぞ?」 その酷薄そうな笑みを見て、エセックスは嫌な予感を覚えつつも、「それは一体……」と訊かずにはいられなかった。

 

「まぁ、見てのお楽しみと言うやつだ」

 

 安全圏から高みの見物を決め込むような口ぶりで、にやにや笑いの加賀が言う。赤城が一つ頷いてから、手にしていた端末をタブレットに繋いだ。データを共有したのだろう。タブレット端末の画面が立ち上がると、そこには赤城の携帯端末で開かれている図表データが展開されていた。タブレットの画面を覗き込み、エセックスは唾を飲み込んだ。

 

『友好』

『好き』

『ラブ』

 

 に分類されていた好感度の中で、新たにレベルが明示されていたのだ。エセックスは無意識のうちに、表示されている図表データから自分の好感度のレベルを確認していた。エセックスの好感度は、『友好・Lv84』と評価されていた。ビスマルクとツェッペリンも、『友好・Lv84』である。加賀は『友好・Lv85』であり、サン・ルイは『友好・Lv87』と、この面子の中では最高値を記録していた。

 

「そ、そうか……。指揮官は私との関係を、そこまで深く友好的に捉えてくれていたのか……」

 

 大きな歓びを滲ませる声で呟くサン・ルイは頬を染め、自然と綻んできてしまう表情を必死に引き締めている様子で、右手の掌で顔を頻りに擦っていた。「どういうことだ……、思ったよりも低いな……」と、眉間に皺を刻んだ加賀は腕を組み、不服そうに下唇を突き出している。エセックスは会議用のテーブルに置かれたタブレットをもう一度覗き込もうとして、エンタープライズがやけに静かであることに気付いた。

 

 隣に視線を向けると、顔色を失ったエンタープライズがカタカタと体を小刻みに震わせ、タブレットの一点を見詰めていた。ビスマルクとツェッペリンも、どうも気まずそうな空気で顔を見合わせている。どうしたんだろうと思い、エセックスもエンタープライズの視線の先を探し、あっ……、と声を漏らしてしまう。

 

 エンタープライズの項目には、『友好・Lv20』という無慈悲な表記が、聳えるようにして刻印されていたのだ。「えっ、低っ」と、眉を顰めたエセックスは思わず呟いてしまい、自分のその迂闊な失敗に動揺して、慌てて口を抑えながらも、「あっ、やばっ」と洩らしてしまった。

 

「なぁ、エセックス……。今、『低っ』て言ったのか?」

 

「ぃ、いえ、す、すみません……」

 

 打ちひしがれたような声で言うエンタープライズは半泣きであり、エセックスは反射的に謝罪の言葉を口にしてから、さっきまで調子に乗りまくってエンタープライズを弄り倒して遊んでいた赤城が、妖怪と遭遇したような顔になって黙り込んでいることに気付く。

 

 まさかと思った。加賀が「おぉ……」なんて変な声を出していたので、嫌な予感がした。その通りになった。

 

 タブレットに表示されている赤城の項目には、『友好・Lv20』とあり、あいたたた……、とエセックスは顔を覆いたくなった。あまりのショックに脳の言語野にバグが発生したのか、タブレットを見詰めたままの赤城が「えぇ、嘘やろ……」などと、関西弁でボソッと言う。

 

 誰もが何も言えず、会議室が静まり返った。

 お通夜のような、しめやかな空気が立ちこめ始める。

 そのうち、エンタープライズと赤城が顔を見合わせた。

 

「この数値、ちょっとおかしくないか?」

「この数値、少しおかしいと思わない?」

 

 同じ境遇に立たされた二人は、声を揃えてから、頷き合った。

 

 絶体絶命の窮地の中に、心強い仲間を見つけた顔になった彼女達は、すぐさま意気投合し、「今から明石にクレームをつけ、この好感度分析をやり直して貰おう」などと熱の籠った意見を口にしている。

 

「やっぱり仲が良いじゃないか」

 

 アークロイヤルが微笑ましいものを眺める顔になって、エンタープライズと赤城を見比べた。

 

 二人は「何を今更!」と言わんばかりの表情でアークロイヤルに視線を返してから、顔を見合わせ、お互いの肩まで組みだし、挙句の果てには、「赤城は、私の大事な仲間だからな」「えぇ……、今は私も同じ気持ちよ。ポルターガイスト……」「グレイゴーストだ二度と間違えるな」「あら、ごめんなさい。ポルタ―プライズ」「おい混ざってるぞ」などと、互いの友情を必要以上に確かめ合うような遣り取りまでし始めた。

 

 そんな彼女達の唐突な親密さを、ビスマルクとツェッペリンは不吉な天気雨を見上げるような顔つきで見守っている。若干の怯えを見せるサン・ルイも同様だった。こんな光景にはもう慣れているのか、加賀の方は特に興味も無さそうに鼻を鳴らして、すぐにタブレットに視線を戻している。

 

 エンタープライズの後輩であるエセックスとしては、こんなワケの分からない仲間意識に身を任せた二人から容赦のないクレームが飛んでくる明石の身を思うと不憫でならず、それだけは止めさそうと声を掛けようとしたところで、「まぁ、そこまで心配することも無いんじゃないか」と、加賀と並んで再びタブレットを覗き込んでいたアークロイヤルが緩い声を出した。

 

「単純な好意や苦手意識だけではなく、もっと様々なものが影響を及ぼし合った結果として、この『友好』のレベルが決まっていると考えるのが自然だろう」

 

 アークロイヤルはタブレットから顔を上げて、エンタープライズと赤城に気遣うように表情を柔らかくした。

 

「特に、尊敬や畏怖、憧れの感情が強ければ強いほど、自然と『友好』という親近的な感情からは遠のいていくものだ」

 

 黙ってアークロイヤルの話を聞いていたサン・ルイが、静かな面持ちのままで頷いた。

 

「確かに。エンタープライズと赤城の名は、アイリスの間でも特別さを帯びている。謙虚で礼節を重んじる指揮官ならば、貴女たち二人に、大きな尊敬や畏怖を抱いているというのは、十分に在り得るのではないだろうか」

 

 穏やかな口調で語るサン・ルイが、赤城とエンタープライズを順に見た。話を聞いていたエセックスも指揮官の立場を想像してみると、アークロイヤルが指摘した内容は的を射ているのではないかと思えた。

 

「私達を預かる身である指揮官からすれば、多くの戦友を取り纏める先輩や赤城さんの姿に、劣等感とまではいかなくとも、憧憬に近い思いを抱いていると考えれば……。えぇ、先輩たちの友好レベルの値も、納得できるものなのかもしれません」

 

 エセックスがサン・ルイに続いて自分の考えを述べると、タブレットを見詰めていた加賀が、にやにや笑いを浮かべながら顔を上げた。

 

「……とは言え、鉄血陣営を率いてきたビスマルクの友好レベルは高いからな。これを見るに、姉さまとポルタ―ガイストに対して──」「グレイゴーストだ」

 

 加賀が喋るのをエンタープライズの不機嫌そうな低い声が遮る。そこに、「加賀。大切な仲間の名前を間違えてはいけないわ」などと、やさぐれた妹を優しく諭すような、穏やかな面持ちになった赤城が続いた。そのキモチの悪い友情ごっこは一体なんなのだという表情を作った加賀は、すぐに「あぁ、すまない」と、ぞんざいに謝って話を再開する。

 

「要するに、だ。姉さま達と、ビスマルクとの違いは何か、という点だな」

 

「母港で指揮官と仕事する中でなら、私と赤城、それに、エンタープライズとの間に大きな差異は無いと思うけれど」

 

 加賀によって話題の中心に引きずり出されたビスマルクは、少しの困惑を窺わせながらも、「戦場での役割ならともかく」と、落ち着いた様子で首を緩く振った。ふむ……、と思案顔になったツェッペリンが、最近の記憶を掘り起こすついでのように宙へと視線を投げる。

 

「セイレーンに関する資料や文献、それに知識を借りる相手として、指揮官はビスマルクを頼りにしているからな。他の者にはない信頼や親しみを、ビスマルクに覚えている可能性はあるだろう」

 

 ツェッペリンの冷静な言葉に、ビスマルクは意表をつかれたような表情を浮かべたが、すぐに取り澄まし、「ふぅん。……そうかしら」と興味が無さそうな無表情を作った。

 

「あぁ。思い出した。そう言えば、指揮官の携帯用端末のロック画面は、凛々しいビスマルクの立ち姿が設定されていたはずだぞ」

 

 すっとぼけたように加賀が言うと、この場に居る全員の顔つきが変わった。エセックスも、自分が真顔になっているのが分かる。背中を伸びあがらせたビスマルクは、今度こそ目を丸くして驚いていた。そしてすぐに、少女が照れ笑うようにはにかみ、それを慌てて誤魔化すように俯き、ぎゅっと唇を噛んで表情を引き締めた。呼吸を整えるような間があって、ビスマルクは軽く咳払いをしてから、探るように加賀を横目で見詰めた。

 

「しょ……、それは本当かしら?」

 

「あぁ、すまない。やっぱり気の所為だった。忘れてくれ」

 

 よりいっそう惚けた口調で応じる加賀の唇は、意地悪くニヤけたままだ。悪趣味な冗談に付き合わされているのだと察したビスマルクは、腕を組んで鋭く舌打ちをした。加賀が笑う。「くっくっく……。悪かったよ。そう怒らないでくれ」「別に……、怒ってなんていないわ」「ふぅん、それは本当か?」「……いえ、やっぱり気の所為だったわ」「おっと、怖い怖い」などと、遠慮の無い軽口を叩き合う様子は、ビスマルクと加賀の仲の良さを窺わせた。

 

 陣営を超えた気軽な付き合いは、この母港では珍しいものではなくなっている。セイレーンとの戦いは続いている以上、平和ボケするほどの平穏は無い。だが、礼節を持って互いを尊重し、助け合うだけの寛容さと視野の広さを、エセックス達は今の指揮官の下で携えることが出来ていた。今にして思えば、なんだか遠いところまで来たような気もする。ぼんやりと追想に耽りそうになった時だった。

 

「あぁ。そうか。分かったぞ」

 

 加賀とビスマルクの遣り取りを見ていたアークロイヤルが、一人で納得するような声を出した。

 

「エンタープライズと赤城の友好レベルが低いのは、閣下が二人に遠慮をしているからだ」

 

「遠慮……、というのは?」

 

 断定口調で言うアークロイヤルに、サン・ルイが訝し気な視線を送る。エンタープライズと赤城の二人は仲良く肩を組んだままで、「何を言いだすんだ、この変態空母は……」という不審者を見る目になっている。ビスマルクと加賀も似たような目つきだった。

 

「……ふむ。そういう見方も出来るか」

 

 アークロイヤルの言わんとすることを理解したのであろうツェッペリンが、その形の良い顎を左手で撫でながら、何度か頷いて視線を下げた。

 

「指揮官様が、私達に遠慮をしているなんて……」

 

「どういう事なんだ?」

 

 相変わらず肩を組んだままの赤城とエンタープライズは、不安そうな顔になって一同を見回した。二人の余裕のない顔つきを見るに、互いの肩を組んでいるのも厚い友情の証というよりは、溺れる者が必死になって浮き輪に抱き着いているかのようでもある。或いは、地獄への道連れを何とか確保しようとする、仄暗い執念の顕れにしかみえない。

 

「今の貴女たちは、場所を弁えずに熱い抱擁を交わす恋人のようだな」

 

 可笑しそうに上品な笑みを湛えたサン・ルイが、冗談めかして言う。

 それが不味かった。

 

「何だと」

「何ですって」

 

 “恋人”という部分に過剰に反応し、顔色を変えたエンタープライズと赤城が肩を組んだまま、サン・ルイに詰め寄って行ったのだ。突撃したと言ってもいい。会議用の机や椅子を跳ね飛ばす勢いだった。相当に怖かったのだろう。後ろに仰け反ったサン・ルイが、「きゃあ!」なんて滅多に聞けないような悲鳴を漏らしている。

 

「姉さま、サン・ルイが怯えているじゃないか」

 

 困った顔になった加賀が、姉を嗜めるように言う。腕を組んだビスマルクも、困ったちゃんを見守る顔つきで、エンタープライズと赤城を見ている。エンタープライズの後輩であるエセックスは、なんだか申し訳ない気分になった。

 

「サン・ルイが言っていることは、本質を突いている」

 

 ツェッペリンが騒がしくなった空気を片付けるように、静かだが重みのある言い方をした。そこで、エセックスの頭にも閃くものがあった。気付けば、「あぁ、なるほど……」と、小さく呟いていた。

 

 エンタープライズと赤城が首を此方に捻り、何がなるほどなのだ、という槍のような視線を飛ばしてくる。そこで解放されたサン・ルイが、ほっとした様子で息を吐いていて、ビスマルクと加賀に、よしよし怖かったね、というふうに頭を撫でられていた。

 

「つまり、だ」場が和んだところで、アークロイヤルがエンタープライズと赤城に向けて、交互に指先を向けた。「閣下の立場からすれば、二人の間だけで共有されている、特別な感情の領域があるように見えるんだ。二人の親密な世界に、自分が入り込むべきではないと考える。だから遠慮する。そこに、二人への信頼と尊敬が綯い交ぜになって、閣下からの友好レベルが低くなった、というワケだな」

 

 朗々とした口ぶりで言うアークロイヤルの言葉に、肩を組んでいたエンタープライズと赤城は互いの顔を見てから、再びアークロイヤルに視線を戻した。二人は示し合わせたように、苦虫を噛み潰すどころかゴキブリをしゃぶるような苦悶の表情を浮かべ、「冗談じゃないぞ」「冗談じゃないわ」と声を揃えてから、再び顔を見合わせ、「お前の所為か」「貴女の所為ね」と、肩を組んだままで指を差し合い、睨み合った。

 

 エセックスは、こんなシーンを何処かで見たことがあるなぁ、などと、ぼんやりと思う。あぁ、そうだ。アレだ。怪獣映画で、双頭の龍っぽい怪獣が、頭同士でケンカをしあうシーンだ。二人の様子を眺めていたエセックスは危うく、「仲良しですねぇ……」と洩らしそうになり、慌てて口を噤んだ。

 

「エンタープライズと赤城の関係が、この母港でも特別な意味を持っているのは違いないとは思うわ」

 

 ふふ、と可笑しそうに笑みを零したビスマルクが言う。「もしも貴女達が、もっと真剣に殺意や敵意をぶつけ合ってギスギスとしていたら、この母港に流れる日常の時間は、今とは全く違う表情をしていたことでしょうね」

 

「少なくとも、こんな会議を70回以上するようなことは絶対に無かっただろうな」

 

 口許を緩めたツェッペリンが頷く。遠くを見る目つきになった赤城は眉間に皺を寄せ、そっぽを向いていた。纏う空気を柔らかくしたビスマルクとツェッペリンの言葉に何らかの感慨を抱き、母港での日々を振り返っているのかもしない。黙り込んだ赤城の静かな雰囲気に引き摺られたのだろう。穏やかな表情になった加賀も、何かを思い出そうとするように視線を斜め上に向け、腕を組んだ。

 

「そう言えば……、姉さまとエンターガイストが、この母港のムードメーカーになったのはいつ頃だったか」

 

「おい加賀、ポルタ―ガイストと混ざってるぞ」

 

 赤城と肩を組んだままのエンタープライズが、瞬時に目を怒らせた。

 加賀は素直に頭を下げる。

 

「あぁ、すまない、ポルポル」

 

「おい誰がポルポルだと」

 

「なんだ、このあだ名が気に入らないのか。せっかく考えてやったのに」

 

「なぜ偉そうなんだ貴様」

 

 噛みつくように言うエンタープライズを、「ま、まぁまぁ。一旦落ち着きましょう、先輩」とエセックスは必死に宥める。「友好レベルが低い理由も分かったんだ。肩の力を抜いてみたらどうだろうか」と、困り眉になったサン・ルイもフォローしてくれる。

 

「そうだな。二人の言う通りだ。少し落ち着いた方がいい」などと、全く悪びれない加賀に、エンタープライズはまだ何かを言いたそうに唇を動かしていたが、結局は何も言わず、そのうち赤城とエンタープライズはどちらともなく、組んでいた肩をようやく解いた。

 

 気まずそうにして互いを見ようとしないエンタープライズと赤城を見て、不意に、エセックスの頭の中で先ほどのビスマルクの言葉が膨らんできた。

 

 エンタープライズと赤城が、同じ母港内でも徹底的に対立し、相手を受け入れる友好さなど微塵も見せず、互いを峻拒し続けた世界。それを詳細に想像しようとすると、胸が詰まった。キューブやセイレーンなどと言ったものと関わってきたせいか、この世界と“似て異なる世界”を想像することに、妙な忌避感を覚える。

 

 エセックスはそっと息を吐きだし、顔を掌で擦った。今の指揮官の下で、エセックス達はこの世界を選び取ったのだ。誰もが命を懸けて、最善の選択を積み上げた結果として、今が在るのだ。此処とは違う母港。違う指揮官。違う自分。違う世界。そういったものが、波が折り重なるようにして何処かに並んでいたとしても、何を今更と言うしかない。エセックスはもう選び直せないし、選び直すつもりもない。

 

 自分たちの生きる時間と掴み取った日常を、愛しく、そして尊く思う。例え誰であっても、この想いをエセックスから引き剥がすことなどできない。自分自身を握り締めるように、エセックスはテーブルの下で一度、右手で拳を握った。瞑目し、静かに呼吸を整えながら、陰鬱な気分を手放すつもりで、そっと拳を開く。瞼を開く。

 

 此処は、自分たちが生きる世界だ。

 

「まぁしかし、……これはある意味で、厄介な話じゃないか?」

 

 会議用の椅子に腰掛けなおしたアークロイヤルが、タブレット端末を手に取り、データをざっと眺めてから、エンタープライズと赤城に視線を戻した。

 

「閣下からの友好レベルを上げるには、二人は不仲になる必要があるかもしれないぞ」

 

 緩い笑みを湛えたアークロイヤルの表情は全く真剣でなく、その口振りも冗談を言う軽いものだった。

 

「なら、何の問題も無いわ」

 

 赤城は薄い笑みを浮かべながら、エンタープライズを一瞥すると、傲然と胸を張った。

 

「もう十分過ぎるほど不仲ですもの」

 

 艶のある声音で言い切る赤城を横目で見ていたエンタープライズも、アークロイヤルに向き直ってから強く頷いた。

 

「赤城の言う通りだ。指揮官の誤解を解くなど、造作もない」

 

 つい先程までは肩まで組み、何処に向けてかも分からないような必死過ぎる友情アピールをしていた者達のセリフとは思えず、エセックスは表情を歪めてしまう。ビスマルクとツェッペリン、それにサン・ルイ達も、微笑みながら呆れるような、しょっぱそうな顔をしている。くっくっく……と、喉を鳴らす加賀は愉快そうだ。

 

 肩を竦める代わりに緩い息を吐きだしたアークロイヤルは、エンタープライズと赤城を順に見た。

 

「なんだ、二人は仲が悪いのか?」

 

「何を今更!」「何を今更!」

 

 過ごしてきた時間を確かめるように、二人が声を揃えた。

 











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