バディファイト×ラブライブ!~鉄の意志、天と花を導いて~   作:巻波 彩灯

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最終話:切なる喜び、切なる願い

 ファイトが終わり、二人は静かに対面する。ボロボロのデニムジャケットに砂まみれのチノパン、正成は気にせずアブハムを視認し、元のサイズに戻った咢を強く握り締めた。まだやるというなら、退くまでやる。双眸には戦意が残っていた。

 一方、アブハムはウエストコートの汚れを可能な限り払い落とし、身だしなみを整える。消耗しきっている様子だが、それでも()めつけるだけの気力があり、碧眼を鋭く細めた。顎を引き、敵意を示しているかように左手に氷弾を作り出す。

 一つの勝負が終わっても、穏やかに流れない時間。張り詰めた空気が海岸を支配する。

 長くも短い沈黙を破るようにサライが姿を現した。切り裂かれたドレスはそのままに、血は止まっている様子。

「全く勝負が終わったというのに、仲良くできないのかしら?」

 呆れたように一息吐き、銀の髪を弄ぶ。「ノーサイドって言うでしょ?」霊界の人間らしく公平にいようと振舞っていた。

「それだったら、お前の兄貴に言ってくれ」

 落ち着いた語調で返す。「ファイト中でもおっかない顔してきたぞ」潮風が紫檀の頭髪を撫でていく。

「大変だったわね」

「他人事だな。お前の兄貴に殺されかけたんだが」

「あなたも殺意満々でやってきたじゃない。お互い様よ」

「それでもドレスを破いただけどな」

 正成はため息を吐き、呆れたような目でサライを見つめる。二度の対戦で命を危機に晒す羽目になり、熱線で服を焦がされた。それどころか、右腕に刺傷を負う事に。返しにやったとしたら、ドレスの腹部を一文字に引き裂いただけ。

 だが、深手とまでいかなくとも流血までさせたのだから、自業自得かもしれない。それでも不公平ではないかと思いを抱える。言葉には出さないが。

「あら? こんなタイミングに?」

 アブハムとサライは右手を耳に当て、眉根を(しか)める。誰かと通信しているかのよう。アブハムの方は次第に声音も険しくなり、不満な言葉を吐く。やがて、会話を終えると一息ついて、正面を見据えた。

「裁判長から帰還命令が出た」

「命拾いしたな」

「貴様もな……次会う時、必ず息の根を止めてやる」

「その前に女の子を誘拐なんてするなよ」

 空間が歪む。彼らは踵を返して、歩み去っていく。が、サライだけは足を止め、肩越しで視線を送る。

「また会えると良いわね」

「せっかちで女に優しくない男は嫌いじゃなかったのか?」

「ファイトは別よ。楽しかったわ」

 優美な足取りでサライは空間の奥まで進む。奥の方で待っていたアブハムは「サライ、これ以上は言葉を交わすな」と眼光を鋭く光らせ、鋭利な口調で声をかける。

「ファイトは楽しかったな。後ろの兄貴にもよろしく」

 正成は平静な語気で返し、彼らが消え去るまで見送った。海岸は正成達だけが残り、穏やかな時間を取り戻す。

 さざ波の音が耳朶を打つ。ようやく終息した事を知らせた。先程までの騒音が嘘のよう。

 砂浜に腰を下ろし、正成は両足を投げ出して、煙草を取り出す。紫煙をくゆらせ、空を見上げた。

 いつの間にか雲は消え、月が顔を出している。優しい月の光が海岸全体を照らす。満天を眺め、紫煙が立ち昇っていく。

「マサ、架純達を追いかけなくて良いのかよ」

 ドラムが口を開いた。傍らでSDサイズになり、見上げている。疲れたというのが分かるぐらい声に張りがない。

「追えないだろ。場所分からないんだから」

「そうだな。オイラ達、分からんねぇからここに来たんだよな」

「それに俺は疲れた。行くとしても休憩してからだ」

 バディポリスだと言えど二度も命のやり取りをして、疲労が溜まらない訳がない。正成は背中を砂浜に預け、寝転んではただ夜空を眺めているだけ。彼の目元は疲れ切っているのが分かるぐらい、鋭さが失われていた。

 これから彼女らに合流しようにも向かった場所が分からなければ、どうしようもない。そもそも向かう気力も残っていないのもあるが。

 呆然と月を眺めながら、煙草の味を堪能する。疲れた体に潮風を浴びて、穏やかな時間を過ごす時が一番幸せなのかもしれないとぼんやりと思っていた頃、聞き慣れた声が耳に届く。

『そんなところで何をのんびり過ごしている』

 威厳に溢れた低い声音。年相応の重みが響き渡る。声がした方に顔を向けると、小さな蝙蝠が羽ばていた。

 見た目と不釣り合いな声でさらに話を続けていく。

『これから案内するから早く立て』

「こっちは疲労困憊だ。そっちが迎いに来てくれ」

『夜中、レディ達を出歩かせているのに?』

「過労寸前の身を酷使させるのもどうかと思うぞ」

 と言いつつも正成は立ち上がり、ステンレス製の携帯灰皿に煙草を押し付けて消火し、短くなった煙草を収納する。携帯灰皿をしまった後、歩き出した。「ドラムが空を飛んでくれればな」相棒に願望も漏らす。

「オイラは嫌だぜ。デカくて重たくてむさ苦しい男を抱えて飛ぶなんてよ」

「俺は疲れているんだよ。歩きたくない」

「だからって、オイラを頼るなよ」

「全く相棒に優しくない奴め」

 ブツブツと文句を言いながら、駅まで歩いていく正成。満天を見つめると、一筋だけ星が流れたのを目撃した。

 もうそんな時間かと慮り、向かう場所まで歩を進める。翡翠の瞳は少しだけ悲しみの色を映し出していた。

 

 少し時間を遡り、架純は小田邸にいた。花陽達と一別し、その父親と共には家の中へ。正成がいない事が気がかりだったが、自分の願いを今叶えなければ彼の労苦を水の泡にしていまうと思い、改めて向き直る。

 家の中に入った架純は鼻腔(びこう)を懐かしい匂いで満たし、かつて自身が暮らしていた事を思い出す。生まれてくる弟を楽しみに待ちながら、父親とバディファイトをしていたあの頃を。

 父親に案内してもらい、通してもらった部屋に赤ん坊を抱えた母親がいた。ふくよかな体つきの母親は、架純が帰ってきた事に驚き、目を大きく見開く。やがて、事態を理解すると優しげな微笑みを投げかけた。

「おかえりなさい」

 何気ない一言で架純の目から涙が溢れる。ずっと聞きたかった言葉、目標としていた言葉。泣きじゃくり、父親に頭を撫でられながら声を発した。

「ただいま」

 ずっと言いたかった言葉。涙声になって聞こえづらいかと思うが、どうしても伝えたかった。永遠に言える機会を失ったのかと思い、絶望した事もある。けれど、諦めずに辿り着けて良かったと切に思う。

 それから他愛の会話を交わした。少しだけしかなかったが正成達と過ごした時間や架純がいなくなってからの小田家の話など、笑いが絶えない団欒(だんらん)の時間を過ごす。弟を抱く事も叶った。

 生まれてきた弟とも会えて、彼の成長を見守りたいと希求してしまうが、叶わないの願いと知っている。ふとある事が思い浮かんだ。

「ねえ、お父さん。まだバディファイト、続けている?」

「最近時間が取れてないが、ちゃんと続けているぞ。やるか?」

 父親の問いに首を横に振り、水色の瞳は切実な願いを秘めて弟の方を見つめる。母親の腕に抱かれて眠っている可愛らしい赤ん坊。どうせなら彼と一緒に遊びたかったと一抹の寂しさがよぎり、悲しげに瞳が揺れた。

 再び泣きそうになるのを堪えながら、顔を父親の方へ向けて伝えたい言葉を紡ぐ。

「この子にバディファイトを教えて欲しいの」

 架純の言葉に父親は首を傾げ、「ああ、当然だとも……」要領を得ない返事をする。母親の方は何か察したのか、架純に向ける眼差しが寂しさと悲しみが入り混じり、複雑そうに見ていた。奇跡の正体を知ってもなお、微笑みは絶やさない。

「もちろん、大きくなったら、だよ!」

「それは分かるんだが、どうして急に?」

 まだ父親は把握できていない様子で聞き返す。どう伝えるべきか考えあぐねる架純は、今巡らせるだけ巡らせて喉元に言葉を溜めていく。自分の正体を明かすべきか明かさないか、迷っている内に視界が乱れた。両手を見つめると自分の体が幾度か不確かになっていくのが分かる。時間が迫っていた。

「私はここにはいられないから」

 これ以上の思いは伝えれない。だから、言葉短く発していく。「お父さんとお母さんをよろしくね」涙を目尻に溜めながら、弟にも声をかける。まだ眠っているのだが、微かに微笑を浮かべていた。

「ありがとう、行ってきます」

 その言葉を最期に架純の姿を消える。突然の事で理解が追いつかない父親は、架純がここにいた事を何度も口にし、彼女の姿を探す。彼の肩に触れ、母親は「あなた」と優しく沈痛な声音で呼びかけた。

 父親は彼女の表情と語調でようやく悟り、泣き崩れる。もう二度と会えないと思った娘との再会。どれだけ嬉しかった事か、全てを察して彼はただただ声を殺して泣く事しかできない。

 泣き崩れる夫の姿をしばし見つめた後、母親は窓から空を見る。満天から零れ、一筋の光が流れ落ちていく。

「行ってらっしゃい」

 見送る彼女の瞳からも涙が流れていた。次巡り会う時は温かな時間を共に過ごしていきたいと願いながら。

 

「あ、流れ星にゃ!」

 待ち合わせの公園で星空を見上げていた凛と花陽。春夜、肌寒い風が二人の髪を優しく撫でていく。

 天気予報では流れ星が見えるという話はなかったが、どうしてだろうかと花陽は考える。そして、一つの解に辿り着いた。旅立った彼女の冥福を祈りつつ、約束を改めて胸に秘める。いつかあの場所へ再会する為に。

「かよちん、何か願ったにゃ?」

「願ったというか、約束したというか……」

 どう言葉に表していいのか分からず、花陽は言葉に詰まらせる。彼女は気付いているのだろうかという不安がよぎって、どうしても口まで上ってこない。しかし、彼女の心配は杞憂だった。

「凛も約束したにゃ、かよちんと一緒にあの場所に行くって!」

 流石は親友。花陽の態度から察して、事情を把握したのだろう。もしくは元から分かっていたかだ。それ以上は問いただす必要はない。

 凛の言葉を受けて、花陽も首肯し「絶対行こうね……!」言葉短めに決意を固めた。そして、もう一度空を見上げる。

 もう流れる星はなく、静かな満天だけ。平静を取り戻した空は、月や星を優しく輝かせる。

「む、やっと来たか」

 彼女達の傍らでずっと口を閉じていたドーン伯爵。少し前に使い魔を飛ばし、正成達を案内させていたのだ。

 声に気付いた彼女達はドーン伯爵が見ている方向へ顔を向ける。大柄な体格でしっかりとした足取りで歩み寄る人物――鉄正成と認めた。そして、彼の元へ駆け出す。

「お、ようやく合流できた」

 至って平然とした声音で正成は迎えた。髪はボサボサ、衣服は砂まみれであちらこちらに穴が開いており、お世辞にも整った恰好ではない。それでも彼が無事だった事に喜ばざるは得ないだろう。

「鉄さん……良かったぁ~……」

 花陽は安堵した様子で正成を見つめる。彼が身を挺して、自分達を先に逃がしてくれたから不安な気持ちがあった。ようやく一息つくが、異変を気付く。彼のデニムジャケットが変色していたからだ。

「鉄さん、また怪我……」

「安心しろ。掠り傷だし、血は止まっている」

「どう見ても、かすり傷ではないにゃ!?」

 少女二人は驚く。氷弾が突き刺さった事によりできた傷は、生々しく目を逸らしたくなる。今すぐにでも医療機関に運びたいところだが、この時間帯に開いている病院はあるのだろうか。

 また正成が素直に応じるとは思えない。神田明神の件もそうだが、怪我を怪我として捉えていない節がある。だから、一緒に病院へ行く事は拒否するだろう。

 花陽は頭を抱え、どう説得したものかと考えていた矢先、ドーン伯爵が開口する。

「仕方ない、奥の手を使うしかあるまい」

 ドーン伯爵は手を患部にかざし、目を閉じて集中。本人しか理解できない言語の羅列を言い連ねて、魔力を手に集約させ、柔らかな風を与える。すると、みるみる正成の傷が塞がり、治っていく。

「ありがとう」

「礼には及ばん。それより左肩もこっちに向けろ」

「最初からそうしてくれたら良かったな」

「力はそうそう使わん方が良い。お前だって分かるだろうに」

 軽口を叩きつつも左肩も治療し、大きな外傷は完治した。正成はもう一度礼を言って、これから花陽達を送っていくと切り出す。彼の提案には花陽達も断る理由がない為、素直に応じて帰路を共にする。

 歩いていく最中、流れた一筋の星について話す花陽。正成も察していたのか、口を重たくしていた。

 ふと、思う。彼女がいなかったから、自分達は進むペースが速まる事がなかったのではと。花陽はもう一度だけ星空を眺める。満天は何事もなかったように星を瞬かせるだけ。今日のような一日は一瞬にすぎないという事だろうか。

 それでも重大な一日に変わりないと思い、花陽は前を向いた。後ろを振り返る事はなく、ただ前だけ見て歩いていく。

 

 

 場所を移して、ダンジョンワールドのとある場所にて――。

 一人の少年が水球を眺めている。水球に映し出されたのは、正成達の姿。彼らの動向、いや自身が助けた少女の動向を見守る為だ。願いが叶えられた今、彼は静かに微笑む。これで良かったと、切なる思いが込み上げながら。

 足元の水面が揺れ、来訪者を告げる。水球から目を離し、訪れてきた者に目を向けた。黒々とした短い頭髪、浅黒い肌に壮麗な衣服を纏った青年が気難しそうな表情で見つめている。

「あなたがここまで来るなんて珍しいね。アダム」

「何をとぼけた事を言っているんですか、ミセリアさん」

 アダムと呼ばれた青年は丁寧な口調で少年の名を呼ぶ。この青年こそが、霊界の裁判官達を統べる長、〈天霊裁判長 アダム〉なのだ。逃げ出した架純をアブハムやサライに追わせた張本人である。

 一方、ミセリアと呼ばれた少年、〈三角水王 ミセリア〉は穏やかに笑いかけるだけ。自分は何も関与していないとも主張しているよう。そんな彼をアダムは穏やかな語勢で言及する。

「あなたが小田架純を手引きしているのは分かっているんですよ」

「さて、何の事かな?」

「とぼけても無駄ですよ。下界にあなたの魔力の反応があったんですから」

「流石、霊界の長。流してはくれないようだね」

 観念したように、ミセリアは肩を竦めた。「彼女に肉体を与えたのは、僕だよ」簡単に白状し、話を続ける。

「霊災に巻き込まれて、ダンジョンワールド(ここ)で亡くなった子だから」

「それだけ? 地球で過ごした時間も思い起こしたんでしょう?」

「そうだね。向こうで家族と一緒に過ごしていた時期を思い出したのもある」

「相変わらず、情に流されやすい方ですね」

 アダムの一言にミセリアは苦笑いを浮かべるしかない。実際、手助けをしてはいけないのに、情に任せて助けたのだから誹られても仕方ないとさえ思う。

 架純と出会ったのは、彼女が霊界から逃げ延びた時。傷ついた魂を可能な限り癒して、家族に会いたいという願いを聞いた。地球に転生を繰り返しながら過ごしていた時期、家族を持っていた事がある。妻がいて、子供がいて――それだけで幸せだった時間を思い返し、家族という大切さを身に染みて分かっていた。

 だからこそ、彼女の願いを叶えたいと思ったのかもしれない。大切な人と最期の言葉を交わせないのは悲しい事だから。

「今回の件は見逃しますけど、次はやめてくださいね?」

 嘆息を吐いたアダムは目元を厳しくさせ、語気を強めた。「彼らが暴走すると、どんな影響が出るか分かりませんから」真剣な眼差しは相手が角王だろうと関係なく射貫く。冗談を言っている語調でもない。

「肝に銘じておくよ」

 真面目なアダムの声音からミセリアもおどける事なく静かに受け止める。幸いにして、逃げ出した魂が暴走したケースはまだないが、暴走すれば最悪の事態を招きかねないのは容易に想像がつく。再び霊災による被害で生命が消えていくのを見るのは御免だと。

「では、私はこれで」

 ミセリアの反応を見て、伝えたい事が伝わったと感じたアダムは踵を返す。「彼女の事は、今回の件を含めて公平に裁判しますので、ご安心を」悠然とした調子で告げるとそのまま来た道へと姿を消していった。

 その背を見届けた後、ミセリアは水球に目を向ける。映し出されているのは、正成が花陽達と別れようとしている時。

「今度、彼らに礼を言いに行かなくちゃいけないね」

 穏やかで優しい微笑は正成や花陽達へと向けられていた。まるで子供を見守る父親のような眼差しで。

 

 

 花陽達と別れた正成達は、桜並木を通りながら家路を歩いていた。ライトアップで照らされた桜は、神秘的で昼間と違った顔を覗かせる。一陣の風が吹くと、桜の花びらが当てもなく宙を彷徨い、やがて地面にはらりと落ちていく。

「今日は本当に疲れた」

「オイラ、腹減ったぜ」

 花陽達と合流するまでの間、体をすこしでも休める為にカードの中にいたドラムがSD姿で隣を歩いていた。左手で腹を擦り、空腹という事を誇示。だが、正成の対応は冷たい。

「飯は作ってやらないぞ」

「マサ、冷てぇぞ。オイラも疲れているのに」

 他愛のない会話を数合い重ねた後、正成は足を止め、目上の桜をじっと見つめる。頭の片隅には夕日に照らされた少女の笑顔が甦っていた。彼女の誕生日花の花言葉を思い出し、言葉を紡ぐ。

「あなたに微笑む、か」

 何事もなさそうに吐いた言葉。けれど、重く響く。彼にとって、とても大切な言葉だから。

「……死んだ幼馴染の事か」

 さしもドラムとて、軽く取り出させる話題ではない。重々しく口を開き、訊ねる。双眸はいつになく真剣だ。

 正成は何も返答しない。代わりにドラムを一瞥して、肯定の意を伝える。沈黙が一人と一匹の間に流れていく。とても重苦しい空気だけが場を支配していた。

「マサの家族とか、幼馴染とか……どうなんだろうな?」

 ドラムが沈黙を破る。先程より明瞭な声音で質問を投げかけ、答えを待つ。まだ空気は重く、口を開く事さえ憚れそうだ。

 それでも正成は極めて平静な語勢で返す。翡翠の瞳は微かに悲しみで揺れながら。

「爺さんは知らんが、親父とお袋は地獄行きだろうな」

 風が吹く度に散っていく桜を見ながら、次の句を継ぐ。「幼馴染は……あいつは、きっと天国だろう」声がほんの僅かに震えていた。強い人間だと思われていた鉄正成の弱さが露見する。誰もが見た事がない彼の弱さが響く。

「どうして、そう信じられるんだよ?」

 不思議で仕方なかったのだろう。ドラムは明瞭な声音はそのままに訊ねた。怒っている訳でもなく、茶化す訳でもなく、真剣な表情で言葉を待つ。地獄や天国など信じなさそうな男が、何故幼馴染の事だけがそう言えるのか。

「信じなければ、救われない。それだけだ」

 言葉短めに正成は答える。脳裏に思い起こす彼女の姿は、夕日に染まった笑顔を浮かべたまま。彼の時間はそこで止まっていた。戻る事も進む事もなく、大切な人がただ笑いかけているだけ。過去に囚われた哀れな男――それが鉄正成。

 だから、夕日の笑顔から数日後に彼女が自殺したという事が欠け落ちている。死んだという事実を知っていても現実味が帯びない。まだ夢心地に浸かっているよう。何故なら、彼女はまだ夕日の中で笑っているから。

 また再び沈黙が流れる。あまりにも繊細すぎる話題は正成達を疲弊させていた。口が重くなり、開く様子が見られない。

「信じるだけなら、良いよな?」

 誰に対しての言葉だろうか。真意は正成の(うち)のみ。

 それから何も言わず、彼は歩き出した。止まっている時間を抱えながら、足早に桜並木を通り過ぎていく。

 もう一度風が吹くと桜が揺らめいていた。笑っているかように音を立てながら、彼の背を見送って――。




 これでこの作品は完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 これをまるまる一本の短編として出そうとしていたので、改めて文字数を見ると、戦慄しています。分割して良かったかもしれない……。

 今作で登場したオリジナルキャラクターのデータに関しましては、後日、活動報告の方で掲載します。今しばらくお待ちいただけると幸いです。(需要については不明ですが)

 また途中で出したミセリアの設定は、この作品のオリジナル設定です。これぐらいはあり得るよねという想定の元で書いていました。気に入らない解釈だったのなら、すみません。

 あまりにも稚拙な作品を最後まで読み通していただいた皆様に、もう一度お礼申し上げます。改めまして、ありがとうございました!

 では、この辺りで筆を休めたいと思います。感想や活動報告のコメントなどお待ちしております。
 また現在連載している作品や今後気まぐれで出す短編もよろしくお願いいたします。
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