協調ブロック幕間の物語   作:兵部省の小役人

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旅立ちの1935年

「ただいま」

 書斎から漏れる明かりを頼りに扉を開く。そこにいるのは小柄な僕の義父だ。

 

「お帰りなさい、アレク。また飲んできたんですか?」

 タイプライターから紙を取り検分するとそのまま封筒に押し込む。

「ほどほどに、でしょう?わかっているさ義父さん。そちらこそまだ仕事を?」

 

「幸い、記事のタネはいくらでもありますからね。‥‥年末の総選挙は小党乱立になるでしょうから」

 義父、ベルティ・ビョークルンドの仕事はジャーナリストだ。政治がらみを中心に幅広く手がけている。

 確かに総選挙が迫るとなると稼ぎ時なのだろう。

「政治の事は良く分からないが大変そうだね」

 僕、アレクシス・ニュースロット=ビョークルンドは彼の養子だ。今はスウェーデン陸軍の士官学校に通っている。

 

「アレクも有権者でしょうに」

 

「まぁスウェーデンで暮らして10年だから何も思わないわけじゃないよ。

でも義父さんと喧嘩するのも、言いなりになって投票するのもどちらも嫌だからね、お互いに」

 僕はブリテン島がウースターの生まれだ。極左独裁勢力を率いるモズレーの扇動によるバーミンガム蜂起に巻き込まれた際に父の知人だったベルティ・ビョークルンドに手を引かれ、逃げ出したのだ。

 そして――蜂起の仲介に立とうとした自由党の市議だった両親は殺された。

 イギリス連合は今は自由主義左派のスノーデン子爵と旧労働党勢力が辛うじて抑え込んでいるが――義父は自由党左派と労働党の双方と交流を持っていたこともあり、非常に複雑な気持ちを抱いている。

 

「あらら、一本取られてしまいました」

 

「ハハハッ、頼もしくなったかな」

 

 えぇ士官学校に行ってからは尚更に、と義父が少し寂しそうに笑った。

「‥‥‥アレク、軍人で生きていくつもりですか?」

 最初はスウェーデンで生きていくのであれば、と思った。僕はウェールズの血が混じったイングランド人でスウェーデンで10年育っただけだ。

 だからこそ将校の経歴が欲しかった。兵士になっても他民族であればろくでもない扱いを受ける事はわかっていた。義父の経歴を頼って社会的な信用を得るよりは幾らかはマシな気分になる。

 

「貴方が政治家になるのであれば猶更ね」

 だが――数年前からどうにも政治がらみの行動が多くなってきた。

我ながら嫌な義息だと思う。

 僕たちは義理の親子であり、同じ暴力革命の被害者であり、僕の命の恩人であり――もはや自分でもうまく表現できない間柄だ。

 

「‥‥誰から聞いたのです?」「ハンマルさんから」

 義父にとっては家族ぐるみの付き合いがある親戚のような間柄らしい。大手会計事務所の代表者だ。僕にとっても叔父のような存在だ。

 

 会計士の癖に機密を漏らすとはどうかとも思いますね、と溜息をつく。

「国防省では軍閥が割拠し、社民党の勢力は衰えています。保守勢力は分裂し、排他的な風土は高まっている。英仏もドイツもノルウェーとフィンランドを勢力圏に組み込もうと画策している、この国はいつ空中分解してもおかしくありません」

 

 言っている事はわかるがそれでも―― 

「だからといってよりによって貴方が矢面に立つ必要はないでしょう。

僕たちが受けた仕打ちは左派右派の双方が極論に走ったからだ。

巻き込まれたくせにまた同じことをしようとするのは莫迦のする事だ」

 僕達を裏切ったのは労働者でありブルジョアであり――彼らの相互不信であり――民意だ。革命だろうと護国だろうと知った事ではない。僕らは夫婦喧嘩で小突き回されて割られたカップのようなものだ。どっちが割ったかなぞどうでも良い存在だ。

 

 タイプライターの音が止んだ。

「‥‥それで【この国でも自由主義が否定されたら】私はどうすればいいのです」

 僕よりも若々しい顔立ちなのだがその目だけだ虚ろに暗い。その奥に映っているのはきっと、炎の手があがるバームンガムか、頭蓋を叩き割られた年長の友人達か、それを呆けて眺めている12歳の僕か。或いはそのすべてか。

 

 だが僕は僕の幻影に付き合わされて破滅する義父を見る趣味はない。

「ドイツでもカナダでも行けばいいでしょう。僕はついていくよ

ハハハッ、アメリカが落ち着けばあそこも面白そうだ、ロシアは次の大統領がどうなるかわからやめておくとして、神秘の国ジパングも面白いかもしれないね。

逃げて回るのは得意じゃないか」

 

義父が目を瞠り、クスクスと笑い出した。

「なんですか、20も過ぎて旅行のおねだりですか?

まったく、皮肉を垂れ流すのは誰から教わったのやら!

‥‥止める気はないわけですね?お互いに」

 

 憎たらしくふんぞり返って見せる。

「皮肉か、今特大の皮肉を義父さんにぶつけられてるよ。

僕はいつ辞めたっていい。やめるなら士官学校を放校されるようなことをしたい相手はいるもの。――でもあなたは出馬する気でしょう?」

 

 義父は頷いた。

 止めても止まる人間ではない事はわかっている。真面目で柔和で他人事を気にしていつもブレーキ役に回るくせに、一度決めたら頑固なのだ。

「義父さん、貴方は大莫迦だ。僕の父達がのっかった塀は崩れおちた、ハンプティ・ダンプティはカナダまで転がり落ちた。それなのにスウェーデンで自分がハンプティ・ダンプティと一緒に塀の上にまた昇る気なのかい?」

 

「ハハハッ首相を目指すとまでは言ってないじゃないですか。私の同志が居ればその人を支援します。

小党乱立を上手く制御して今こそ中道政党、左派を包括できる穏健な中道政党を創るチャンスです。

社会断裂が悪化する今だからこそ私が――いえ、我々がやらねばならないのです」

 

 義父は確かに一種のカリスマがある。だが、それでも、いや、だからこそ、か。それが僕には我慢がならなかった。

 

「地方議会なら幾らでも応援しましたとも、あぁ。貴方が知事になりたいといえば心から応援した!!

でも貴方はよりにもよって神輿に乗るつもりか!?畜生!自傷行為以外のなんだというのだこれが!」

 気がついたとき、僕は椅子を蹴り倒し、政治家の道を志した恩人に向かって、それこそ組合を扇動する革命屋のような身振りで怒鳴り散らしていた。

 

「‥‥ごめんなさい、でも決めたのです」

 

 義父と目が合うを急に何もかもが莫迦らしくなった。

「ハンマルさんはなんと?」

「あの方が顧問を務めている社会協同党に紹介していただきました時に、やるなら責任を持ちなさい、と」

 地方でそこそこ勢力があるがそれだけの政党だ。その程度ならば問題ないと思ったか?それとも‥‥あの人は義父さんに甘すぎる!同情のつもりか?クソッ!

 

「‥‥当然向こうは喜んで担ぐわけですね。わかりました。

それならば好きにしてください、僕も好きにしますので」

 いっその事、万が一この人が国を牛耳るのであればそれも一興だ。どうであれ僕が軍人の身分を手に入れる事は悪くない。少なくとも僕自身にとっては。

「アレク」

 

「もう士官学校に戻ります。次に会う時はお互い、国税を食む身でしょう。

ただでさえ莫迦な事に首を突っ込んでるのだから

これ以上、妙なことに首を突っ込んで死なないで下さいよ」

 

「あぁそれと」「なんですか」

 

「皮肉屋なのは貴方から学んだんだよ、義父さん」

 扉を閉める。

 そして選挙が始まり――卒業を控えた連中も固唾を呑んで隙あらばラジオを聞いている。

 ストックホルムでフランス製戦車とドイツ製戦車が争い、国粋主義の将校達は命令に違反して動き回り、軍主流派はストックホルムへ全部隊を結集させようとしているらしい。

 

「政治屋に踊らされて好き勝手言ってる奴が多いな‥‥戦車で暴れまわる連中と手を組んでるのをよく信じられるものだな。

‥‥おい、大丈夫かニュースロット!顔色が悪いぞ」

 

「‥‥すまない、ちょっと胃が痛くてね。家族がストックホルムにいるもので」

 あぁそれはお気の毒に、と心から同情を浮かべた同期を見送る。

 ラジオから聞こえるニュースをいっそ切ってしまったほうがましかもしれない。ここまでひどいなら僕もストックホルムに残るべきだったか‥‥!

 

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