野党第二党の中道左派、この立場は非常に負担がかかるものです。
与党は穏健化したとはいえ元は極左勢力と難解な経済政策の結果として軍事的拡大を唱える謎の政党の連立。
野党第1党が公然と民兵を組織する民族主義の軍国独裁主義政党。彼らは文字通り砲火を交わす事になりかけたばかりとあらば。
……そう、目の前の熟練した国際政治学者である北欧連邦民主党の初代党首が引退を決意する程度には辛い立場である。
「やはり考え直してはくれませんか?」
肯定の返事はあり得ない、わかっていても聞いてしまう。
目の前の初老の紳士は申し訳なさそうに目を伏せて予想通りに返答をした
「すまない、だがこれでは私が保たないよ……申し訳ないが君に後を任せることになる」
私はどれほど情けない顔をしていたのだろうか?
もしくは。この頃にはもう癖になっていた虚ろな微笑を浮かべていたのだろうか?
それでも彼を批判する気にはなれない、彼の気持ちは痛いほどにわかる。
列強に囲まれ、閉塞したスカンジナヴィア半島の再建、近代スカンジナヴィア主義の再興という壮大な夢を抱いて政界に飛び込んだのは彼は間違いなく傑物だった。
ヴァーサにも人民連合にも与さずに、吹けば飛ぶような弱小政党だった私の社会協同党と手を組み、中道左派をとりまとめるまでに至った。
それでも勝つことはできず。穏健派として与野党の調整に終始従事しなくてはならなくなった。
「しかしながら後任を任せられるものもなかなかなぁ……
この党は外交政策の党、知識人が趣味で集まったような政党だ。政局に強いものはそうそうおらんよ」
「こちらも似たようなものです……協調ブロックは産まれたばかりの寄り合い所。
足りないものはいくらでもありますが、人手が足りない。
次の選挙までに一つの政党にまとめたいですが、その為にも取りまとめ役と時間が必要だ。
そうなると幹事長は非常に重要な役です。ブロックのカラーを決める事になる」
40年選挙に備えるためにもブロックを取りまとめなくてはならない。
私は内戦を避けなければならない。自由民主主義を守らなければならない。
「総裁、36年選挙を戦った結果、我々は届かなかった。我々に足りないものはなんだと思う?」
「……決断力、フットワークの軽さ。その為の執行部体制を作ったつもりです」
非常事態続きだったことはあるが、取りまとめる時間があまりにも足りなかった。
執行部制度による事実上の総裁への集権化、他党の人々すらもろ手を挙げて賛成してくれた。
誰もがもどかしかったのだろう、もっと早く手を付けるべきだったのだろうか。
「あぁ、良い考えだと思うが、それはもう君が言ったとおりだ、すでに改善に手を付けているだろう?私の答えは違う、分かりやすさ、これが我々には欠けている」
「分かりやすさ、ですか」
「私も君も、連盟の役員達も、精密さ、格調の高さ、そういったものに惹かれてしまう。
だがね、市井の人々はそれに目を通すとは限らないのさ。
もっとわかりやすく、率直に。他の視点を持った者が…………」
ぴたり、と動きが止まった。
「幹事長?」
率直、単純明快、あぁ、と笑った。
「いや、少し面白い事を思いついただけだ。そうだな、君はまだ若い、良い刺激になるだろう
本日の夜は確か空いていたね?」
「は、はぁ」
急にニコニコと笑みを浮かべだした。何を考え付いたのやら‥‥‥
「ビョークルンド君、私は一市民として君達の活躍に期待しているよ。
これが最後に幹事長として協調ブロックに貢献できる事になると良いが……」
私の肩を叩くと彼は鼻歌を歌いながら幹事長室を出て行った。
彼は二度とこの部屋に戻ることはなかった。
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「どうぞ」
「んん?なんで女の子がスーツ着てここにいるんだ?進歩党の人?」
確かに私の身長はせいぜい155cmですよ?顔立ちも確かに年より若い童顔です。
「‥‥‥イェーオリ・パルメ議員、自分の会派の総裁の顔くらい覚えてもらわないと困ります」
イェーオリ・パルメ、元無所属の北欧連邦民主党議員だ。身長は大柄、固太り気味で腕も首も足も太い。左肩が締まっている。典型的な兵卒上がりの労働者だ。
下士官かもしれないが、偉ぶった様子がないからおそらく熟練兵だ。
指にインクが染みついている、おそらく印刷の工場に勤めていた。赤ら顔で少し酒臭い、良い意味で「組合活動」が好きなタイプなのだろう。
観たところは、経歴に詐称はないが――何とも、『彼』とは真逆のタイプで今までの執行部、いや協調ブロック主流が全く異なる。
「すいませんね、俺も何が何だかわかってないもんで」
そういうが顔は不機嫌です、と全力で主張していた。腕を組んでソファーに身を沈めた。
「‥‥‥まぁいいでしょう。パルメ議員、わざわざ御来訪いただき感謝します」
「はぁ、そいつはどうも」
実直というよりも不愛想そのものの返事。どうもダメなようだな、と思いながら略歴を読み返す。
「ロシア内戦に参加。そして10年間ロシアで学ぶ‥‥‥どこで、学びましたか?」
「ケレンスキー先生の下で働いてました。そのまま政府の工場で働きながら10年かけて夜学で勉強しただけです」
「ケレンスキー‥‥大統領ですか?」「内戦中に下働きしていただけです」
「‥‥お悔やみを申し上げます」「ど~も」
「それで働きながら、ですか」
驚いた、それで無所属で当選して、インテリ政党の北欧民主党に転がり込む。
中々できる事ではない。一年生、いや、ベテラン議員だとしても異様な度胸の持ち主だ。
‥‥私にはできないだろう。尻尾を巻いて震えているのがオチだ。
「すみませんね、アンタみたいにエラい大学をでているわけじゃないモンで」
不機嫌の度合いが増した。知識人嫌い、しかしながら武力蜂起をする程急進的ではない労働者。
民主主義を護る為に結集する理念に共感して彼がここに来てくれたのであれば、私は彼に応えるべきだ。
嫌々であっても私と対話の席についてくれたのだから。
「ごめんなさい、そういう意味ではないのです10年をかけて勉強して、どこの党にも属さず無所属で出馬する。よほどの信念を持っているのでしょう?
私は、貴方の選択を尊敬します、そして協調ブロックを選んでくれたことは、私にとっても光栄です」
そう言って微笑みながら手を差し出す。
「えっ?‥‥‥その、そう言ってくれる、議員センセイは二人目です、その、ありがとうございます」
手を取ってくれた。ならば大丈夫だろう、と安心する。
むっつりとした顔は変わらないが少しだけ赤くなっていた。
妙にわかりやすいな、と思った。純朴、とでもいうべきなのだろう。先ほどまでの厳つい印象がどこかに飛んで行ってしまった。
少しだけ、アレクに似ているな、と思うと親しみが湧いてくる。あの子もひねくれているようで素直な子だった。
「いくつか質問をします。気楽に答えてください。変に取り繕っても後で苦労するだけですからね?」
協調ブロックの政策パンフレットをとりだす。
後は彼が政治家として何を目指しているのか見極めるとしよう。
そして思った以上に彼は率直だった。分かりにくい、読みづらい、途中で眠くなった。
パンフレットはたちまち修正のペン入れで染まっていった。
「あははは‥‥‥いやぁ、手厳しいですね‥‥これ、皆で作ったときには良いものだと思ったのですが」
流石に少々落ち込んだ。原稿がボツになる事は珍しくないし、校正で大恥をかくこともよくあった。でもそれよりなにより、出版された後に不評を買うと辛いものだ。
「すみませんね、いい事を書いてるんでしょうが、俺達みたいなもんにゃわからんですよ」
先ほどまでと違って困った犬のような顔をしている。 屈強な体を縮ませると、途端にを思い出してしまった。
「いえいえ、むしろ助かりました。これはパンフレットの問題です。
本当は興味も関心もない人にも読んでもらうものですから」
「へぇーそういうものですか」
こほん、と咳払いをする。
「‥‥‥最後に一つ、聞きましょう。【貴方は争う人たちをどうやって止めますか?】」
「飲ませます」
「はい?えぇと‥‥どういう意味です?」
「だから!飲ませるんですよ!それで解決です!!」
「えーと、和解の条件をですか?いえ、だからそれをどうやって、とお尋ねしているのですが‥‥」
「違う違う!一緒に酒飲んで、美味いもの食って、笑えばいいんですよ!そうすればあっという間に友達だ!!」
心なしかパルメ議員の目がキラキラと光り輝いている。
「‥‥‥本気で言ってるんですか?」
自分が何をやっているのか分からなくなった。
そんなことであの争いがとまるわけもない、だけど本人は大まじめだ。
「本気だとも!少なくともそうやって奇麗な顔をしてるのに重苦しい顔をする方が間違ってるさ!」
「‥‥‥」
「私だってそうさ!!アンタの言うような小難しい話なんかわからん!!そこらの店で酒でも飲んでる方が性に合う!!そして友達もできる!!票が取れる!簡単なことじゃないか!!」
なんで私を支えてくれたあの老賢者はこんな男を寄こしたのだろう。私が求めていたのはもっと真面目で、高度な‥‥。
‥‥‥あぁ、そうか。自分の高慢の虫に気がついた。『彼』が今の私を見てニコニコと笑っている姿が目に浮かぶ。
「‥‥‥フフフッ!なるほど、なるほど、そういう事ですか」
あの人らしい、というべきか。回りくどいようで率直なやり方だ。
そうだ、あの人が言う通り、私には彼が必要なのだろう。
「何がだ‥‥ですか?」
目をぱちくりとさせている新たな相方の手は大きかった。
「えぇ、えぇ、素敵な答えです、いいと思いますよ!」
あまりに単純で明快でだからこそ、目もくれない事を言ってくれる。それは【人間】を見る為に私たちが忘れてしまう事だ。
「それにですね、ここでそういう簡単なことを言える人はとても、とても貴重です」
不安ではあった、あれこれ言われるのだろう、とも思った。
それでも彼が良い、と私は決めた。頼りないのはお互い様だ。
それならば私と全く違った彼のような人間が居てくれることは幸運に他ならない。
協調ブロックも自分もまだまだこれからなのだから、きっと彼が必要になる。
そう思い肩を叩こうと思ったが‥‥届かなかった。
「決めました、パルメ幹事長。明日からよろしくお願いしますね」
「え?幹事長???私が?」 「えっ?」
「「えっ?」」
‥‥‥どうにも私はうまく決められない性質のようだ、お互いに。