協調ブロック幕間の物語   作:兵部省の小役人

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ストックホルムの休日1936

 俺、イェーオリ・パルメが良く分からない理由で協調ブロックの幹事長になってから半月ほどのころの話だ。

 幹事長と言っても俺にわかるのは選挙のことぐらい、三つの政党が一つになるという事がどれだけ面倒なのかもなんとなくしかわかっていなかった。

 休みの日は、普段は飲み歩きをしているのだが、たまたま手土産になる菓子をもらった事もあり、本部の皆をねぎらってみよう、と思ったのがきっかけだった。

 本部は暫定的に社会協同党の本部が兼務しているが、出迎えたのは進歩党から移ってきた事務局の女の子たちだった。

「ちょうどよかったです!総裁も喜びますよ!あの人甘いもの大好きですから!」

 事務員がニコニコと笑いながら返答する。彼女達はいち早くこちらに移っている事にビョークルンド人気が影響しているのは公然の秘密だ。

 政治評論で小難しいことを書いたかと思えば食べ歩きのコラムを書いたり、何が専門なのかよくわからないがあの体の癖に良く食べるのは知っている。ルックスと相まって女性人気は高い。

 

「‥‥‥総裁?今日は休みじゃあないのか?」

 

「いいや、まだ合流後の資金やら選挙区整理やら、やることは山積みだよ、幹事長くん」

 初老の偉そうなオッさんが台帳をわきに抱えて奥から現れた。ミリュコーフ先生にちょっと似ている気がする。

 幹事長に任命された後にあいさつした事は覚えている。名前は確か‥‥

 

「え?え~と、確かハンマルさんだっけか!サイフ委員長!」

 

 ブフッ、と噴き出すと肩を震わせながらハンマルさんはソファーに体を沈めた。

「ちょいとおしいな、私は財務委員長だよ。残念ながらサイフにゃなれんさ、逆さに振ってもすっからかんよ、カミさんを通してくれんとトフィーも食べられんのさ」

  総裁を呼んできますね、と事務の子が奥に引っ込むと見慣れた顔がひょっこりと顔を出した。

 

「おや、幹事長。今日は休暇だったのではないですか?」

 背中で結んだ長い金髪、碧眼、なめらかで白い肌。女性のような顔。そして俺の肩くらいの背丈。何度か写真で見た顔だとは思ったが、直接会うとなおさら女の子のようだ。

 

「総裁こそ休みではないのか?いつもここにいるのか?」

 

「フフフフフッ、まさか、流石に普段は帰ってますよ

こう見えても子供もいますからね!まぁもう22ですけど」

「は????????」

 確かまだ40歳だから‥‥20歳前に産んだ‥‥もとい孕ませたのか!?

「ビョークルンド君、冗談も程々にしなさい」

 目を回してる俺を見かねたのかハンマルさんが苦笑いを浮かべた。

「アレクセイ君は彼の養子だよ、彼がイギリスから逃げる時に連れてきた子だ。

この間士官学校を卒業したばかりでね、まぁ今はドタバタしてるがそのうち引き合わせるよ」

 

「どうも軍の騒ぎのせいで落ち着かないようで、私達もしばらくは大忙しですからね」

 選挙中に反乱謀議が行われ、現在は大騒ぎらしい、チェーカーみたいな連中が動き回っていると飲み仲間から聞いたこともある。

 ニュースロット君は着任数か月でノルウェーに送られてしまう。俺が彼に会えたのは翌年の冬が訪れる頃だった。

「そんなにやることがあるのか?」

 

「えぇまぁ新党とはいえ三つの政党を統合するのですから、それなりに面倒事はありますとも。ですからこまめに空いた時間にやっているだけです。

管理部門の再編だけでなく政策能力もそれぞれ得意分野が違いますからね‥‥幸い、それぞれ治安担当や外務、文部系に伝手がありますがこのまま軍部が再編されるのであればそちらにも伝手を作りたいのですが‥‥あぁそれにフィンランドの動向次第ではドイツとの関係も‥‥現政権首脳部にもパイプを作らねば‥‥」

 やっぱり話が長いし、よくわからんが、心配事があるのならば手伝うのが俺の仕事だ。

 

「すまない、参考までに見せてくれないか?私も手伝えるかもしれん」

 

「えっちょっ、ちょっと待ってください!」

 構わずに総裁室に入るといくつか見覚えのあるファイルが執務机の上にあった

 

「総裁!これは私の仕事のはずだぞ!なんで幹事長の仕事をトップのアンタがやってるんだ!?」

  答えはうっすら分かっている。

「‥‥もともとは私の仕事でしたからね。貴方が苦手な部分くらい手伝いますよ」

 そう言って総裁は肩をすくめた。

「無理に慣れないことを頼んでいるのですから、これくらいは当然でしょう?」

 

 頭がクラクラしてきた。当選一期目で【下っ端の俺】を幹事長に、などと言い出したのだ。

よほどの変人揃いなのだろうと思っていたがここまでとは。

 

 ハンマルさんも俺の目下にされたのに文句も言わないでフォローに回ってくれていたのだろう、金持ちのインテリは嫌いだがどうにも変な奴らにばかり出会ってしまう。

 

「よし!わかった!これは全部私がやる!だから後で2人がかりで仕事を教えてくれ!

その代わり今日はアンタも私も休みだ!!私に付き合ってもらおう!!」

 

「‥‥はい?いや、ダメですよ、ハンマルさんと片付けなければならない仕事がまだ……」

 

「急ぎの分はもう終わってる、後の手続きは私がしておくから問題あるまいよ」

 

「えっでも‥‥」

 ハンマルさんが俺ににたりと笑い、俺に手を振った。

「幹事長、よろしく」「おぅ!」

 

「えっちょっと待って‥‥ひゃう!?」「まぁまぁ、ほら、行こうぜ!総裁さん!」

 軽いな、と思いながら担ぎ上げて部屋を出る。

「幹事長!幹事長!待ってください!そのまま!!」

  鋭い声で事務の女の子が俺達を呼び止めた。何かと思うと――どこからともなくポケット・コダックを持った女性陣が俺達を取り囲みフラッシュを焚かれた。

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!これで我々もあと十年戦えます!!

幹事長たち【も】どうか楽しんでください!!」

 グッと鼻から血を出しながら親指を突きだす進歩党のお嬢ちゃんたち。

 ‥‥ロシアも大概だったがスウェーデンも政治にからむと変な奴しかいないのかもしれない。

 

 

「なんですか、ここ?」

 

「賭場だよ、賭場。いいじゃないか、金をかけて勝てばスッキリ酒が美味い、負けたら酒でも飲んで忘れちまおう!!」

 

「同じじゃないですか、まったく‥‥‥

お酒を嗜むのは良いですが、節度が大事ですよ。賭け事だって同じです」

 ミリュコーフのおじきみたいな説教を始めようとする総裁にズビシ!と指を突き付けて黙らせる。

「なぁに言ってるんだ!!いいか!やすみっていうのはな!

こういうとこでパーッ!と遊ぶのが作法だぞ!

そして美味しく酒を飲むんだ!これが人生の楽しみってやつだ!」

 

「‥‥頭が痛くなってきました」

 溜息をつく総裁の背中をバシバシと叩く。

「ハハハハハハッそれなら何か遊んだらどうだ?ほら、あそこのトランプとかどうだ!」

 

「トランプもあるのですか……学生の頃はよく遊んでました」

 何をやっていらのやら、賭け事とは縁がなさそうだ。

ここは俺が率先してやり方を見せてやるとしよう!

「そうかそうか、まぁここの流儀をドーンと見せてやるよ!ガハハ!」

 

「よう大将!大出世したそうじゃないか!どうだ!タイマンでガツンと一勝負!」

 ディーラーは愛想よくこちらに向かって手を振った。

「すまん。もう一回、もう一回だけ‥‥」

 俺の私用の金はあっという間に向こうのディーラーがの机に山積みになっている。

 幾ら何でも政治用の金はみんなのなけなしの資金だ‥‥こうなると残りをすべてブチこんで――!!

「随分と熱くなってるようですが。もうやめた方がいいと思いますよ」

 背後から冷え切った声が飛ぶ。振り向かないのは怖いからではない!

 漢たるもの過去は振り返らず前に進んで勝利あるのみだからだ、本当だよ、すごく本当

「いや、待ってくれ、次で、次でとりかえすから‥‥」「私が見る限りそれは【絶対に無理です】。ほら、もう帰りましょう?」

 

「‥‥ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ、せめて、せめて取り返さないと月末の酒代がぁぁぁ」

 酒が切れたら人生の楽しみがなくなってしまう!ノーアルコール!ノーライフ!!

「……取り返したら帰ります?」

 ガクガクと首を縦に振ると総裁は苦笑いを浮かべた。

「わかりました、わかりました。それでは代わってもらっても?」

 

「‥‥うぅ頼むよ」「大丈夫ですから」

 ニコッと微笑みながら座る総裁を見るとあぁたまにこういう人が居るんだよな、と思う。

 将校でも議員でもたまにこういう不思議なこの人なら大丈夫、と思わせる雰囲気を持つ奴がいる。問題は中身が伴うかどうかだが‥‥

 

「お嬢ちゃんどっかで見た顔だなぁ」

 ディーラーが不思議そうな顔をする。男だと思って写真を見るのと実物を見るのとでは印象が違う。俺もそうだった。

 

「あははは、気のせいですよ。同じくラミーの三本勝負、掛け金は彼の負け分全額でどうです?」

「おっと大きく張ったな!一見さんだから運が向くかねぇ」

 ディーラーはニヤリと笑うとカードを配る。

 

「ノック。一目客には運が向くようですね。ジンです」

「ノックです。続けますか?」

 2連勝、運が良いのもあるがカードの切り方にも迷いがない。イギリスで何をやっていたのやら‥‥。

 

「ハハハハこりゃ参った!アンタ才能があるよ!」

 ディーラーが朗らかに笑った。

「じゃあ仕切り直しだ、それを倍にでもしないとダチの敵討ちにはならんぞ?」

 

「いえいえ今日はこれで‥‥」

 

「まぁまぁそういうな、せっかくだから、な?」

 ディーラーの声に嫌な響きがする。 あぁそういう事か、とようやくわかった。

 ”大丈夫”というのもそういう事か、ならば。

「いいぜ!相手になってやるよ!」

 

「取り戻したら止めるんじゃないんですか?これ以上欲を張ると‥‥」

「いいからいいから、俺を信じろ!それとも【俺に決めた】って言ったのは嘘なのか?」

 キョトンとした顔をしたビョークルンドが普段の微笑と違う笑みを浮かべた。

「‥‥‥今回だけですよ?何かあったら頼みますよ、パルメ君」

 

「ガハハハッ!お~いビールくれビール!」

 ビールを飲みながら周囲の様子を見る、何人かがこちらをじっと見ている。あぁやっぱり面白くなりそうだ!

 

「ノック、俺の勝ちだ」「おや、まぁいいでしょう、次」

 

「ノックです」「なんだと!‥‥貴様」

 ディーラーの顔色が変わる。

「どうしました?」

 ビョークルンドは涼しい顔で続きを促す。そして最後のラウンド、ディーラーは眼を血走らせてビョークルンドの手札を睨みつけている。

 

「‥‥ノック、ジンです」

 

「ふざけるな!イカサマだ!」

 

「おや、そちらが用意したカードで、シャッフルもそちら。私が不正をする余地はないはずですが」

 微笑を浮かべたビョークルンドの声が喧騒を貫く。大声を出しているわけでもないのに周囲の人間を黙らせる。

 そうした【天然物】はたまにいる。軍にも政治家にも。

 ロシア内戦とその後を見てきた一般人として断言するが、それは幸福な才能だとは限らない。

 

「それとも【勝たないと不自然な仕掛け】でもしていましたか?例えばこのカードの裏に細工をしている、とか」

 負の感情がまったくないのに何故か怒っている側が言葉に詰まり、一歩下がった。

 何人かが立ち上がり、こちらに向かってくる。俺はジョッキを傾けた。

けち臭い店によくある底が分厚いものだ、普段はムカつくが今回ばかりは丁度よい。

 任されたことはこなして見せるのが【良い兵隊】であり、信頼に応えるのが友人だ。

 

「今ならまだ間に合いますよ?もうこれきりに‥‥」

 

「テメェッ!」

 妙な圧に耐えきれなかったのか、ここを仕切るメンツにしがみつくことを決めたのか‥‥まぁどっちでもいい。

 ビョークルンドの前に立ち、最後のジョッキの底に残った泡を飲み干す。

「よっと」

 ゴッと鈍い音がしてディーラーが白目をむいて気絶した。ジョッキは傷一つついてない、どれだけ底が分厚いんだ、この野郎。

 

「ほい、勝ち分」

 机の上に乗せた賭け金をディーラーの金入れに突っ込み、ビョークルンドに投げ渡す。

「‥‥えっえぇと」「よし走るぞ!」

 出口を塞ごうとした馬鹿にジョッキを投げつけ、机を蹴り飛ばす。道が開ければ後は簡単だ!

 街区を一つ挟んだ地区、俺のダチが仕切ってる組合の支部がある、ここまでくれば安全だ。 

「ハハハハハハッまさか総裁‥‥いや、ビョークルンドからあんな風にかますとはな!!」

 

「‥‥まさかあんな荒事になるとは」

 

「えっ」「えっ」

 

「‥‥‥だって私が不正する余地がない状況を作ったのですから向こうが手を出したら賭博はもう成り立たないでしょう?

まさかあそこまで短絡的とは‥‥」

 

 元から真っ黒な賭場なのだが言わない方が良いな。

「まぁまぁいいじゃないか!ビョークルンド!アンタは博打でも堂々と勝ったんだ!」

 

「むぅ‥‥まぁそういう事にしておきましょう。

あぁそうだ、結局これどうしましょうか、結構分厚いですけど」

 銀貨に紙幣に‥‥結構な大金だ。

「アンタが勝った金だろ?好きにしなよ、どうせ騙してとった金だ」

 

「‥‥ふむ、君はあの賭場が潰れたら困りますか?」

 

「いいや」「では貴方が騙し盗られた分だけ抜いておきましょう、後は私が然るべきところに戻るように手配します」

 

「いやいやいや!あんたが取り戻してくれた分だろ、今回は俺が悪かった、半分持ってくれ」

「え~‥‥」

 ずいっときっかり半分を押し出すと溜息をついて受け取った。

「わかりました、わかりましたよ、半分いただきます」

 

「私が店を決めますから食事にしましょうか?」

 

 

「どうせアレだろ、自分のために使うのもなんかモヤモヤするから

俺とパーッと使おうって思ってるんだろ?いいよ、アンタについて行くぜ!」

 

「わかりました、それではロシアレストランなんてどうです?

ペテルブルグから移ってきた腕の良い店主のお店を知ってるんですよ」

 

「おぉいいな!ロシア料理はウォトカが美味い、ビールも美味い最高だ!!」

 

「ダメです、ダメです、パルメ君はさっきも呑んでいたじゃないですか、今回はお酒抜きです」

 

「そんな馬鹿なっ!酒のないロシア料理なんてロシア料理じゃないぞ!

それにビールは酒じゃないぞ!あれは解けたパンだ!!」

 

 どこで習ったんですか、そんなことばかり。と言いながら俺の新しい友達はくすくすと笑った。

「おや、【私について来る】といったばかりでしょう?」

 にっこりと笑って俺の背中をポンポンと叩いた。

「行きましょうかパルメ君。なに、私の楽しみ方もいいものですよ、きっと」

 

 

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