補給、補充、再訓練。戦訓の反映に人事評価。
それに加えて情報部との連絡に現地政府、議員からの苦情対応‥‥
どこでもそうであるが偉くなるというのは酷く面倒な話である。中尉と言っても任官4年目であるが、中隊長が戦死してから送られてくるのが新品少尉ばかりで僕がそのまま正式に中隊長の辞令を受けたことが『スカンジナヴィア陸軍の現状』を知らしめている。
「中隊長殿、来客です」「通せ」
伝令の後に入室したのは僕の部下であるボルグ曹長だった。ノルウェー進駐のころからまで僕の補佐として小隊を切り盛りした男だ。
中隊長が早々に戦死したおかげで僕のいた小隊の小隊長にさせられてしまった不運な男だ。
「中隊長殿」
ボルグは困ったような顔で背後の一団を示す。
「失礼、ニュースロット中尉ですねぇ?」
声の主は若い女であった。 甘ったるいがどこか人を小馬鹿にしたような声だ。
ややいい加減に整えた長髪に隈の浮いた目。ポケットからは無地の計算尺が飛び出ていた。それだけならば学生か駆け出しの科学者かといった見立てであるが、4名程の屈強な体躯をスーツで包んだ男達を引き連れている事が酷く不釣り合いであった。
「連合警察庁公安局のアンナ・アルフベン警部補と申しますぅ」
「技官ではないのですね」
視線の先に気がついたのか計算尺を振って、にへら、と笑った
「あら、よくお判りになしましたねぇ?」
「それなりには暗号関係も携わりますので」
「結構、結構、頭が回る方のようでよかったですよぉ。
すみませんがぁ、少々御協力いただいてよろしいでしょうかぁ?」
「構わんよ、あぁ座ってくれ。ど君達の用語だとなんといったか。警備犯罪についてかな?この国も連合政府の法体系下にくみこまれたのだから、正確に言えば君たちの管轄になるのはわかっている」
「‥‥人払いを」
「ボルグ小隊長を同席させてもらっても?」
「”人払い”をお願いしたのですけどぉ」
甘ったるい声の中に苛立ちの色がこもる。
「僕が戦死した場合、次は彼が中隊長になるだろうからね。今の状況だとそれもありうる」
「なるほど――わかりましたぁ」
わざとらしくため息をついて、合図をすると二人が外に出た。軍を信用してないのか或いは――残った1人が最年長のようだ。
「彼の事は”副長”と呼んでください」
慇懃に一礼をし、彼女の横に座ると書類鞄から資料を取り出した。
「中隊長さんの御説の通りですねぇ。【連合警察の支援を受けた現地警察】への移管を進めていくのが政府の方針ですぅ」
「それで君達が来たわけか?第一陣か、お若いのに大したものだ」
「えぇ連合警察であれば平時であっても問題なく活動できますので、それが首相閣下の意向ですよぉ」
笑みを深めて胸を反らす、意外とあるな、と思ったら隣に控えた副長が睨みつけてきた。別件逮捕されそうなので慌てて目を逸らす、怖い。
僕の隣に座るボルグ君は固い声で反対する。
「残念だがまだ警察の手に渡すのは無理がある」
若い客人は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ラプア運動はもともと反共農民を主体とした農村運動。独裁化してからも地方の富農階級を主体として反共、反露運動をつづけていた草の根運動ですぅ。
【反スウェーデン】の要素が加わり根はさらに深い、軍だけでは根絶が難しい状況では?」
反論しようとするが言葉に詰まった相手を見てアルフベン警部補は勝ち誇ったように微笑する。
「お二人の様子を見るとやはり随分と苦労なさっているようですねぇ」
「正規軍同士とは話が違う相手だからね、治安戦は面倒だよ、君の先達たちも知悉しているだろうがね」
「軍が酷く面倒を起こしましたからねぇ」「班長」
「‥‥はいはい、それで一応は軍と連合警察による共同警備をもって一刻も早く武装組織を叩き潰す、という事ですよぉ。
そうそう軍に対応して一応、中尉相当官になりますのでよろしくお願いしますねぇ」
貴方が先任ですけどねぇ、と笑みを深くする。
連合警察だとそうなるのだったか。地方警察の警部補は少尉相当官だったか?ややこしくて覚えていない。
「君は本隊が来る前の下地作りの手伝いというわけか。構わないよ、我々があまりに長くここにいるのは問題だ」
肩透かしを食らったような顔をしてアルフベン警部補はうなずいた
「ではよろしくお願いいたしますねぇ」
「やれやれ絵にかいたような進歩党員でしたね、彼女は」
「今は協調ブロックだよ」
ボルグ曹長はかわらんでしょう、と苦笑を浮かべた。気の強い女性エリートといえば進歩党員というレッテルもどうか思うが言いたいことはわかる。
「だが大したものだよ、男社会で身を建てようとするのだから」
不自然なタイミングの宣戦布告、そしてプロイセンクーデーターに仏露戦争とバルト海の南はなおも戦火に覆われている。
この状況でほんの少し前までドイツ皇帝の義弟と反動農民とロシア軍人の寄合が取り仕切っていた国にやってくるのだから大したものだ。
「俺達はいつまでここにおるんでしょうかね」
ボルグ曹長がぽつり、とつぶやいた。
「当面はこのままだろうな。共和国政府が安定するまでは僕達がする事は”保護監督”だ。
彼女達に一刻も早く引き継いでもらいたいが――
まったく、随分と上等な立場になった物じゃないか?」
「トロンハイムでエンフィールドを担いだ連中に追い回された時と比べれば多少はマシですかね?」
「まったくだ!」
乾いた笑いが響いた。
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それからおおよそ一月ほどが経った。
彼女は何をどうしたのかヘルシンキの通信監視網を構築したようであった――非公式に。
軍や高等警察中枢を制圧したとはいえこの短期間でよくもまぁ度胸があるものだと思う。 高慢に振舞っているが能力は本物だと感じる。
「ふむふむ……思った以上に本格的ですねぇ」
とはいえ過去の記録を重視するのは変わらない。アルフベン女史は中隊本部に持ってこさせた資料を片端から目を通している。
相も変わらず名前を名乗らない”副長”も感心したように頷いた。彼はベテランらしくさりげなく新任班長を補佐している。
「専門家レベルですよ。どこでここまで?」
「ノルウェーで痛い目を見たからな、地理、区画、住んでる人間の傾向、可能な限りの略歴。それなりには調べている」
憲兵へ移った同期からすら偏執的だといわれることがあるが、一度死にかければいやでも学ぶ、1度ゲリラに囲まれ、2度上官が爆弾を投げつけられて殺されれば学びの度合いの深くなるというものだ。
ノルウェーは互いに悲惨だったそうですからねぇ、とアルフベンはため息を吐いた。
「イェルハルド首相は軍に対して徹底して対決しましたから軍の体制も混乱したままでしたが、ビョークルンド首相閣下になって軍もずいぶんよくなったでしょうねぇ」
正確に言うと間違いだ。前政権下でも兵士の給与や待遇などは(事務方の混乱はともかく)国力の伸張につれて改革されていた。
だが将校の扱いについては――まぁその前の段階から政治的策動が酷かったので僕のような人間からすると仕方なかったのではないかな、とも思う。
「どうかな、粛軍にノルウェー軍との再編を挟んで混乱が続いているのに早々にフィンランドと戦争だ。
必要な時には将校を道具として躊躇なく利用するのは前の首相と大して変わらんよ」
現場の人間からすると無茶な戦争だったのは変わらない。兵站の混乱を表面化させないために中央も現場も泥縄の対策を続けていた。
「んな”っ!そんなことありませんよぉ!宣戦布告だって不本意な事だったに違いないです!」
「不本意なのは確かだろうが、機能不全だろうと必要なら割り切って使うタイプだ。
好き好んで将校となったのならば国家の道具であれ、と本気で思っているよ、ホルスト首相とその点は同じだな」
ある種の教条的な冷徹さを持っているのは共通しているのは似ていると思う。
だが彼女はそう思わないらしい、顔を真っ赤にして僕に文字通り噛みつくのではないかと思わせる勢いでまくし立てる。
「あの方を!ビョークルンド首相閣下を!極左の陰謀屋と一緒にしないでください!!
貴方はどこを支持してたんですか?まさか独裁政党じゃないでしょうね!」
ビョークルンド【首相閣下】か、いやはやまったく!僕にとっては性質の悪い冗談にすぎる!
笑いの衝動をどうにか友好的な笑みへと変えて警部補へと向ける。
「ハハハッ!僕は生憎だが国粋主義者や民族主義者からは排除の対象でね。僕はブリテンの生まれだよ、25年にここに流れてきた。
粛軍がなかった場合にどのような扱いを受けたのか正直僕には何とも言えないな」
肩で息をし、耳を真っ赤に染めていたお嬢さんは息を整えるとぎこちなく笑みを浮かべた。
「‥‥そうでしたねぇ、すみません。私は進歩党員でしてぇ‥‥」
副長は我関せずといった様子で資料を眺めている。どの程度の付き合いなのか分からないが彼女との扱い方に熟練しているようだ。
「君の政治信条をあれこれ言うつもりはない。ただ僕は軍人として政治に深入りはしたくない――あぁやはりそうか」
”副長”が僕から受け取った市役所から押収した資料に目を通し笑みを浮かべた
「裏流通のハブになってる人間ですね、ですが不自然に顔を出さなかったので臭いと見ましたが、あたりだ」
「うん、かつての民兵隊幹部だ、敗戦の際に武器を隠し、住民登録を改竄して逃れていたようだな――とはいえ、下手につつくと暴れた後にロシアなり旧バルト連合なりに逃亡を図る可能性もある」
何度か迂闊な奴が手を出して逃がしたことがある。兵力を出し惜しみするからだ。
「私が行きますよぉ、警察の仕事ですぅ――とはいえ軍の協力も必要ですかねぇ」
「‥‥ボルグ曹長の第二小隊を何時でも動かせるようにしておく。
僕も現場に出よう」
「いえ、私が指揮をしますよぉ」
”副長”へ視線を送るが彼も唇を引き結び、口を閉ざすだけだ。
「君は新任の捜査官だったな」「1年間は暗号分野にいました、軍との協力もしてますよぉ」
「現場の経験がないといっているのだ。君が事前に調べているのならばわかるのだろう。
甞めてかかると危険だ」
口元のにやけた表情がさっと掻き消えた。
「中隊長、【私がなぜここに来たのか】考えてください。
一度警察が現場責任者として指揮を執った前例が必要なのです。
軍と適切な協力をした前例が――」
普段の甘ったるい口調ではなく、静かな悟性を感じる声だった。
実態が追いついてもいないのにか、と喉元まで出た言葉を飲み込む。だからこそ軍政を長引かせたくないのだ、という側面がある事も理解せざるを得ないからだ。
フィンランド全土の情報が渡る軍政司令部でもなく、師団司令部・連隊本部でもなく僕のところに来た理由がそれか。便宜上は同格やや上の軍側の人間とやり取りをした前例が欲しかったのだろう。
それが警察と軍の管轄争いにどれほどの意味があるのかは――分からないが。
「君は幾つだ」「24です」
1年間暗号解読機関にいたと言っていた――何を考えてこんな現場に出てきたのだろうか。
「君はなぜここに来た、志願か、それとも上からの命令か」
「‥‥志願しました」
「君は望んでここに来た、まだここに居る事を望むのだね?」
彼女は無言で首肯した。僕の周りに来る奴はどうしてこう、自分から面倒に首を突っ込むのだろう?
いや、自分で志願して23で人を殺した人間が何を言っているのやら。
「いいだろう、君に第二小隊を預ける。
君は君自身の責任と判断において行動するといい。
曹長は実戦経験者だ、運用は彼に任せてくれ」
「ありがとうございます」
懸念というものが的中しても嬉しくもなんともない。だがそうした類の物ばかり正解になるものだ――翌日、彼女達が検挙作戦を開始してから1時間後、僕はボルグ早朝から無線で呼び出されることになった
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ヘルシンキ郊外のちょっとした酒場が現場であった。
車から駆け下りると出迎えたのはボルグ曹長でも小隊軍曹でも、副長でもなかった。
へたり込んだまま涙を流している【現場指揮官である】アルフベンと彼女の部下の遺体であった。
判断能力を失った上司を後方に移送したらしい”副長”はMP28を手に部下を叱咤激励しつつ、煉瓦やらを盾にして応戦している。
「何をやっている!貴様は指揮官だろ!」
頬を張られたアルフベン警部補は怒りもせず、呆けたままだ。
「あっ‥‥ニュースロットさん‥‥」
「飲め」
スキットルを押し付ける。中に入っているのは葉を煮詰めた紅茶に角砂糖を限界まで放り込んだ危険物だ 締め切りに追われた頃の義父から学んだ一品である。ジャムの方が多少は健康的だろう、知らんけど。
咽込みながらも彼女が飲み終えた頃にボルグ達が戻ってきた。この辺りは熟練の下士官である彼は【心得て】いる。
「班長、ご指示を」
新任少尉に対する下士官そのものといった慇懃だが有無を言わさぬ口調で促す。
「ちょっと待ってください」
十秒ほど目を閉じ、開いた時にはいつもの彼女が戻ってきた。
「‥‥‥ご協力感謝します、中隊長殿。曹長。
被疑者は7名ほど、1名は間違いなく負傷しています。武装は小銃が最低でも人数分。
可能な限り殺さずに確保を目標とします
一度威嚇射撃と降伏勧告を、従わない場合は正面で陽動し、その間に裏と両横の窓から突入
正面からは軍の援護を受けつつ警察が合同突入を」
よろしい、と頷いててみせる。
「曹長、君は第二分隊を直卒して裏に回った方が良いだろうと思う」
「班長、それでよろしいでしょうか?」
「突入時は短機関銃の使用許可を」「許可します」
「車載の擲弾筒で催涙弾を撃ち込みたいのですが」
「‥‥人数分のガスマスクは?」「もちろん用意しております」
「突入前に試しましょう」
「味方の誤射に気をつけるよう、各突入班に指示を出すといいだろう」
「はい、そのようにお願いします」「発令されたぞ!急げ」
兵達は命令を受けて動き始めた。後は僕のすることはさしてない。
「副長、あちらとの直通電話は?」「確保しています」
アルフベン警部補は確かな足取りで歩き始めた。
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その翌日、僕達はヘルシンキ周辺を統括する師団司令部に呼び出された。
流石に人死にを直接見た昨日の今日では顔色が悪い。
「捕縛5名、射殺2名。こちらは負傷者2名に死者1名、押収した武器は小隊を賄える数だ。なかなかの成果だよ」
要人暗殺に使うのであれば国を麻痺させることができる。
「君は生き延び、犯人も検挙した。なくなった部下を悼むの事も大切だが、次もある事を忘れないでくれ。あぁもちろん君が望むのであればだがね」
さて、どうしたものか。もしも彼女が職を辞すのならばハンマルさんにでも手配をお願いしてみるべきかな、などと考えているウチに彼女は
「ニュースロットさん、私はここに残るつもりです、残るにふさわしいと判断される限りは」
僕達を出迎えた参謀長は報告書について幾らかやり取りをするとため息をついた。
「なるほど、暫定政府で民主化を進めているとはいえ民兵はストックホルム並に存在するのか」
ストックホルムは一応我が国の首都なのだが。といおうと思ったがそれを言うと多分この場にいる皆が頭痛か胃潰瘍になるだろう、迂闊に触れるべきではない。
「まぁいいさ‥‥ニュースロット中尉、君に来客だ。
‥‥君の御父君の知人だよ。ニュースロット=ビョークルンド中尉」
参謀長はそう言って頬を引き攣らせた。
かしこまりました、と返答する僕も多分似たような顔になっている。
「‥‥ビョークルンド?」
背後から聞こえる声の持ち主を意図的に無視して来客の下へと向かう。
「エプレボリ伯爵エリック・ヴァルデマーじゃ。内閣安全保障担当参与をやっておるよ」
好々爺然とした老人だ。だが上質な素材で仕立てた軍人風の服装と矍鑠とした身振り、そして何より名乗った名前だその印象を裏切る。
彼は穏健派を名乗りながらも情報部と人事局をまとめ上げて議会工作などを行いながら中道派の首魁として振舞い続けた謀将だ。
義父が招聘したとは聞いてたが――
「自動車化歩兵第一連隊第3中隊中隊長のアレクシス・ニュースロット=ビョークルンド中尉であります、閣下。
彼女はアンナ・アルフベン警部補です。連合警察庁公安局の現地派遣要員です」
「あぁ、良くやっていると聞いておるよ。この件については儂が担当じゃ。
ゆっくりと話を聞きたいところじゃが――すまぬが彼と軍機に関わる話があるでの、申し訳ないがちと外してくれぬかの?」
「はっ!」
アルフベン君は奇麗に礼をして退室した。
「――さて、ニュースロット=ビョークルンド中尉。義父上も心配しておったぞ。何故3年も連絡を絶っておった」
義父――ビョークルンド首相の使いか、と溜息をついた。公私混同をしない人だが流石に専科学校に移ってからまた音信をたったとなると、怒るか。
「ノルウェーの件で随分と騒がれましたからね。
トロンヘイムが占拠された際に後衛戦闘と奪還の際に随分と無茶をしましたので――近代スカンディナヴィア主義政党の総裁と同じ名前を名乗るわけにもいかないでしょう」
僕の返答に老伯爵は少し意地が悪そうに笑った。
「ふむん、なるほどのう。それで今度は女性捜査官と組んで首相の一人息子がゲリラ狩り。4年前の自分が被って危なっかしくて見てはおれぬからかの」
「トロンハイムの頃とは話が違いますよ、あの頃よりは遥かにマシになりました」
自動車化に航空機の充実に補給物資の潤沢さ――初陣のころと比べるまでもない。
「変わったのは、軍の質だけではあるまいよ。お主の立場も変わっている事くらいわかるじゃろう」
はぁ、とため息をついた退役中将は僕に向けて穏やかに語りかけた。
「政治に頭を突っ込まぬ事は結構じゃがの、お主の行動はもういつ政治的に受け止められてもおかしくないわい。
もう野党政治家の息子だったころと同じようにはいかぬ。
軍大学校に推薦するから、しばしそこで頭を冷やすがよい」
「‥‥承知しました」
よろしい、よろしい、とエプレポリ伯は満足そうに頷く。
「しばし国防省付となって勉学に励むと良い、来月の頭にはそうなるように手配をしておこう。義父上も会いたがっていたぞ」
「ここを離れる前に少しよろしいでしょうか‥‥私からも気になる点があります」
「そう長い時間はとれぬぞ、公用もあるのでな」
元情報部長、安全保障担当参与、この件の統括者。この人に今尋ねておくべきだろう。
「今我々が頭を悩ませていた話の発端です、この軍需物資の大量流出は本当にラプア運動だけの手で起きたことですか?」
確証はない、そもそもラプア運動のシンパは軍将校団にも数多くいた。
だが、それでも意図が読めない、反ラプア運動色が濃かった地域に王党派の親独勢力、マンネルヘイム元帥らの親白軍地域まで組織的に軍需物資が消えている。
「――その件に触れるにはお主はまだ早すぎる。立場上も、の」
先ほどまでの好々爺とした表情から一変、情報将校の顔を見せる。
「僕の手元を離れても、彼女は追いますよ、彼女は経験が足りておらずとも莫迦ではない」「そうじゃろうの」
彼女が去ったドアに視線を送ると老伯は肩を叩いて微笑した。
「首相の周りは左派が強すぎるからのぉ。再程言ったとおり、この件に関しては儂が預かる。安心せい、彼女を無碍にはせぬよ」
そうであればいいが――彼女は確かにネズミを捕る良き猫だ。だが――彼女が追っているのは”獰猛なネズミ”で済む獲物なのだろうか?
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中隊本部に戻ると待ち構えていたのは怒り狂った我が戦友であった。ちなみに副長は耳栓をつけて事務仕事をしている。
あの割り切りの良さを見習いたいものだ。
「――よくもまぁ!よくもまぁ私をここまで!首相の悪口をいっていたのも!私を揶揄っていたんですかぁ!?」
シャー!などと聞こえてきそうな剣幕である。心なしか毛が逆立っているようにも見えるくらいだ。
「すまなかった、連隊内でもできるだけ隠していたのだけどね」
「そうでしょうねぇ!4年も前から書類を弄っていたのですからぁ!おかげで‥‥」
ジリジリと後ろに追いやられる。口うるさくて気の強い女性は苦手だ!僕はもっとお淑やかな方が好みだ。
「いや、まて、落ち着け、アルフベン君。考えてもみろ、宣戦布告をした首相の息子がヘルシンキに駐留してます、なんて言えるわけないだろう、なっ」
肩で息をしながらアルフベン警部補が僕を睨みつける。
「‥‥‥本当ですぁ?」
ブロック党員の公安捜査官となると今後の為に見極めておきたい、という考えも無論あったが口にはしない。
「それに協調ブロックの党員が相手ならなおさら言い出せなかった、君は切れ者だから分かってくれると思うよ、うん」
「ふむ、切れ者ですか‥‥んふっ。
まぁリスクが高いのはわかりますけどぉ、嘘をつかれてたのはねぇ。」
チョロフベン警部補よ、それでいいのか。いやそれだけ気を許してくれているのだろうか。
「‥‥それで?大学校ですか……フフッ次にお会いする時は将軍様ですかねぇ?」
「おっと、20年も顔を合わせたくないというのは少し寂しいな」
馬鹿馬鹿しいことを言って笑い合う。
「……一つ聞かせてください、貴方はイギリスの生まれで、亡命してここでビョークルンド首相に育てられて
将校となり、ノルウェーとスウェーデンで戦争に従軍し、まだここにいます。
貴方はこれまでの事を恥じているのですか?」
「僕は恥じる事は多いよ、僕は褒められた人間ではない。
将校として兵を死なせることを何とも思わなくなったらと恐怖する事もある。
だが産まれと育ちだけは恥じたことはない」
「なるほど」
ふっと笑みを浮かべ彼女は手を差し出した。
「ぜひとも、貴方の義父様の話、聞かせててくださいよぉ」
「あぁきっとな――君がそれをタネにしない限りは」
和解の締めくくりなのに彼女はやましそうに目を逸らした。