協調ブロック幕間の物語   作:兵部省の小役人

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ネズミ捕りが再起する1944年

ニュースロット中尉と別れ3年がたった1944年のころである。私は3年間をかけてラプア運動の地下組織を追い続けてきた。私は43年には警部に昇進するくらいにはフィンランド国内捜査の専門家として評価された。

 だが 潜伏するラプア運動協力者が危険視される最大の理由、消えた軍需物資の中核に辿り着くことはできなかった。時には大貴族の”寄付”がどんぶり勘定で計算されていたり、敗戦時にゼネストを起こした”労働者達”に占拠をされた工廠だったり――不自然の先に行こうとすると”戦時の混乱”という盾が落ちてきて手繰る先の糸を断ってしまう。

 フィンランドの地域有力者、そしてカレリアから我々を睨みつけるソビエト連邦とのパイプをほのめかすフィンランド極左勢力、そして時には今はカナダに逃れたドイツ貴族達。

 ――焦っていたのだと思う。私は”副長”達と共に兵站将校からラプア運動議員中堅幹部となった男が偽装した会社を通じて土地を運営しているという情報を掴み、検挙しようとしていた。

 私は周辺の封鎖に際し、早く本命をとらえようと焦っていた。幌馬車に乗った小ぎれいな婦人の処理は部下に任せていた。

 

 私はその時誰かに後ろから突き飛ばされたのだと思った。

赤熱した鉄の塊を押し付けられているかのように背中が焼けるようで、もがこうと思っても体が動かない。

 熱風に蹴り飛ばされるかのように体が転がった。耳鳴りがする、厚い幕に覆われているかのように発砲音が酷くぼんやりと聞こえた。

 誰かが私を担ぎあげようとしたところで意識が途切れた。

 スカンディナヴィア軍の病院に担ぎ込まれ、ヘルシンキで一週間、その後ストックホルムに移って一週間、 軍医には運が良かったといわれた。

 私は拳銃で腰を撃たれ、更に手榴弾を投げつけられるところだったらしい。

 運が良かったというよりも浮足立った私を冷静に支えてくれた部下達の献身だ。そしてその代償は――備品の自動車と私の脚だ

 情報は本物だったが幾つかの数字が誇張された小物だった。私達は罠にかけられた可能性が高い、と”副長”は餞別に教えてくれた。

 ――餞別、だ。 私は二度と足が動かない。3年間、ずっと追いかけてきた国を揺るがしかねない捜査から外される――いえ、外れなければならない事を意味する。

 

 暗号通信技官として連合警察庁に入庁してから外務省の命令でフィンランドの通信傍受分析を担当し、現場捜査を希望して、私はフィンランド派遣団に手を挙げた。

 幾つかの失敗と成功に彩られ――私は道を失ったのだ。  

 

「やあ、運が良かったようだね」

「……ニュースロットさん」

 相変わらずバイキングの面頬のような顔をしている。体つきも頑健であり、軍服を纏うといかにも軍人めいている癖に普段着だとどこか間が抜けて見える。

「すまない、本当はこちらに帰ってきたらすぐに顔を出したかったのだが。どうも日取りが合わなくてな」

 見舞いに来た癖に花の一つももっているのは‥‥。

「なんですかそれぇ?」

「チョコレートだ。カカオは栄養があるからこれで食べて英気を養うといい」

 ついでにチョコレートは利尿作用がある、デリカシー的にも実用的にもダメダメだ。

年齢以上に達観しているくせにこうした時には間が抜けている。

「いただきますけどぉ、こういうのってぇ花とセットじゃないんですかぁ?」

 

「退院の日にとびきりのをもってこよう」

 

「左様で」

 露骨に期待してませんよ、と返事をするがニュースロットさんは少し気まずそうに咳払いをするだけで食いついてこない。

 ――真面目な話がある、という事だろう。

「君はこれからどうするつもりだ?」

 

「さぁどうしましょうかねぇ?もう半分隠居みたいなものですしぃ?

‥‥申し訳ありませんけど少し疲れたので今日はもう」

 私はこの人の事を尊敬している。だから、もう、止めてほしい。だが彼は私が知っている通り、武骨で生真面目な人間だった。

 

「なぁアルフベン君、僕はこれまでも部下の世話をしてきた。良ければ君の――」

 

「やめてください!!お情けで食い扶持を恵んで貰うなんて!そんなことされたくありません!私は自分で!」

 怒りにかられた私は……立ち上がろうとした、【いつも】の通りなら【万が一これで回復の兆しが】あれば、だが私の脚はそれに応えられなかった。感覚もないまま私はベッドに倒れ込む。

 

「自分で――立つこともできない。……もう私に構う必要はないでしょう?大尉。

私はもう現場に立てる人間ではありませんからねぇ」

 ケラケラケラと臓躁的な笑い声が虚に響く、私の声だった。

 

 ニュースロットさんは目を伏せたまま静かな口調で私に語りかける。

「あまり自分を傷つけるような真似はよせ」

 今度は視界が滲みだす。まるで自分の体ではないみたいだ。ほんの数年前の失敗よりも無様で取り返しがつかない。

「――1人にさせてください。おねがい、わたし、こんなみっともない」

 あまりにもみじめで無様だ。私は部下を殺し、自分自身の身すら守れず、何一つ成し遂げられないまま――子供のように泣きわめいている。

 

「あー‥‥その、なんだ。僕は、なにも、そのようなアレは」

 

「アレク、アレク、何をしているのですか貴方は‥‥先に場を整えると言っておいて

私たちの為に戦った勇敢な女性を泣かせるのは感心しませんよ。

貴方の言葉は武骨にすぎます」

 涼やかな声が割って入った。

 

「‥‥今回ばかりは言い訳できませんね、大人しく敗走しますよ」

 すまなかったね、と私に目礼をすると病室を出た。

 

「‥‥嘘」

 金髪に碧眼、後で括った髪。何度も写真を舐めるように見た。講演にも可能な限り通い詰めた。【民主主義の砦】、【自由の灯台守】、と呼ぶ人もいる中道政治家の旗手であり、私の憧れ。前首相にして現政権の外務大臣。

「お会いするのは3度目ですね、アンナ・アルフベンさん。

ベルティ・ビョークルンドです。アンナさんと呼んでも?」

 

「ホヒュッ!」

 いきなりのファーストネーム呼びで心臓が跳ね上がった。

「ほ、ほひゅ?」

 よしよし、落ち着きなさいアーニャ、ちょっと今日は情緒不安定なだけ、私は大丈夫。

「い、いえ、喜んで!あっあっあの、私は」

 

「貴方は協調ブロックの党員でしょう?えぇ、覚えていますよ、党大会の時に”統計学的見地から見た協調ブロックの展望”を作って私に渡していただきましたね。

フフッあの時はまだ学生さんだったのですね」

 

「え”っ」

 やめてやめてやめて、卒業研究が一段落した解放感で作った物なのです、やめてやめてやめて。

「それにアレクにも良くして下さったそうですね。

あの子は――貴方の事を本当に心配していましたよ」

 無遠慮な言い方をされたのでしょうが、アレで優しい子なんですよ、と私に優しく微笑みかける。

「‥‥申し訳ございません」

 

「いいえ、いいえ、違います。誤解を与えたのならば申し訳ありません。

私が言いたいのは、あの子は貴方を高く評価しているという事です。

公私混同を嫌うあの子が私に有望な党員にして捜査官を見つけた、と自慢した位なのですから」

 

「さて、アンナさん。かつての首相、そして協調ブロック総裁としてあなたに問わねばなりません」

 空気が脈打った。この方が演説を始める時は、どんなに騒がしくても静まりかえらせる、よく通る声にかわる。

「貴方は4年前に、貴方は産まれたての連合王国の首相を私が担えると、そう信じてくれましたね。

私は果たして貴方の期待に応えられたのでしょうか?」

 私は無言で頷いた。声を発する時ではない、と空気が伝えている。

 

「でもね、アンナさん。私は貴方が思っているような人間ではありません。

首相という職責は私の才能に余るものであることを自覚しなくてはなりませんでした。

この世界の流れはいよいよ激しく、今もなお自由の炎を飲み込む破滅の渦が渦巻いています。

一つ一つ判断するたびに自分の卑小さに対峙し、不安と戦わなくてはならなかったのです」

 ふっ、と微笑を浮かべた。

「私が困難に直面した時に頼りにすべき知恵と、正義のあり方を示し、献身をもって多くの人々が我々を支えてくれました。

人民でも国民でもなく、隣人を愛する熱のあり方を示してくれたのは私自身ではなく、私の傍にいてくれる多くの友でした」

 

 足音を響かせず、するりと私に歩み寄ると、手をとり、ベッドに半身を起こしている私に跪いた。

「アンナさん、あなたはその一人です。貴方は私の下した判断に忠良に従い、知恵と勇気を持って戦いました。私が与えた義務を果たし、深く傷つきました。私は貴方を尊敬に値する同志であると胸を張って言いましょう。

貴方の為にできる限りのことをします、貴方の選ぶ道を手助けしたいのです。

さぁ――何を望みますか?」

 

「私は――私は悔しいです。こんなところで自分の選んだ道を奪われたくない!

私は自分の価値を証明したい!こんなことで!こんなことで!!

私は哀れまれたくない!私は……」

 声が窄む、憧れていた人に何を言っているのだろう。

もう役に立てないのに人間が……。

 私の絞り出すような声を聴いた総裁は立ち上がり、静かに私を見下ろした。

「奪われたくない、示したい――そうですか、つまりあなたはまだ完全には奪われておらず、証明できるのですね」

 

「フォルセティ・クラブという警察内部の私的な交流組織があります。

アンナさんがもしよろしければ警察庁内に残ってそちらの管理運営の要員として動いていただきたいのです」

 

「警察の内部組織、ですか」

 透き通るような眼なのに、引き込まれるように深く、虚な眼をしている。

私達が知る総裁とは違う、別人のような眼だ。

「えぇ、そして今、協調ブロックではなく私が個人的に関係を築いています。

これからいろいろと【関心がある事】を話す事もあるかと思います

――アンナさん、意味は解りますね?」

 こくり、と頷く。協調ブロックは暴力的な闘争には一切関与せず、警察に情報提供をして危険であれば介入を要請するだけだ。

 その範疇を超えた諜報活動を総裁が個人的に行う、ということだ。

「アンナさん、貴方は私が首相として与えた任務により、深く傷つきました。

それでも私の背中を守る道を歩むつもりはありますか?これは恐らく、私の友人たちを裏切る行為です。貴方が求める栄達はありません、貴方を認めるのは同輩と私だけです、それでもこの手をとりますか?」

 

 私は――彼の手を握った。

 

「総裁、私は立てませんが、貴方についていきます」

 ゆっくりと、ですが。と言ったら総裁は私の頭を優しく撫でた。

「――貴方はそれで良いのです、ありがとうございます。私の大切な同志」

 

 

 

「で、3年ほどかけてリハビリを兼ねながらフォルセティクラブの管理運営のサポートを行なっていたのですよぉ。

そうしたら陛下が私を『協調ブロックの改革をお願いします、貴方だけが頼りなのです』と!ウフフフフッ」

 

 それから6年が過ぎた1950年の協調ブロック情報管理室が室長執務室。目の前でくねくねと動いているのが我らが上司、アンナ・アルフベン室長である。

”脚のない幽霊”と呼ばれている歴戦の公安捜査指揮官かつ情報分析官であるが、普段の様子は随分と柔らくなった。

 変わらないのは連合王陛下が絡むと知性が3桁くらい下がることと生活力が皆無であることくらいだ。

 

「室長、本当に銃撃戦の指揮を執ったことがあるんですか‥‥」

 フィンランドでラプア運動狩りをしていて撃たれた、部下も何名か殉職した、という話しか聞いたことがなかった。

 

「今のところ、うちでそういう事は考えられないってのは良い事ですよぉ。本当に」

 少なくともスウェーデン、ノルウェーではこちらが下手を撃たない限りは合法的な調査の範囲内であれば命の危険に晒されることはない。

あの【ハンソン】ですらこちらがよほど無法な行為をしない限りは――暴力的には――攻撃してくることはない。

 

「ベック君、とはいえ油断は禁物ですよぉ。貴方は捜査部門主任なんですからねぇ」

 室長の統制は絶対だ、俺は慌てて首を縦に振る。重要案件の仕切りは必ず自分に回ってくるという事だ。

 

「波瀾万丈ですね」

 端的にまとめながらパイプを吹かしているのはメランダル、警察にいたことからの知り合いで共に室長に引き抜かれた情報管理室の最古参だ。

情報分析課の主任であり室長の秘書のような役回りを担っている。

 

「しかし、なんですな。こう言ってはなんですが、殿下とそこまで深いつながりがあったのにとんと、色気がないのはどうかと思いますよ」

 

「なっなんですかぁ!殿下とはお互い戦友としてですねぇ!」

 

「……いやぁ、室長。そんなこと言ってるからメランダルに先を越されたんじゃないんですかね」

 なぁ、と振るとメランダルは余計なことをいうな、と苦虫を潰したような顔をした。。

 

「メッ、メランダルくん結婚したのですかぁ!?」

 

「流石に時勢が時勢ですからね……書類だけで、式も何も挙げてませんよ、税金などはもう処理済です」

 

「メッ、メッ、メランダル君!!は!おいくつでしたっけ」「室長の三つ下ですよ」

 

「おっおっおっ奥さんは年上ですかぁ?」「同い年ですよ」

 ぶぎゅっ!と室長は机の上に突っ伏した。

「ふっフフフフフッまさか自分の部下に裏切られるだなんて‥‥おめでとうございますぅ‥‥

いいですよぉ、私なんかどうせぇ‥‥」

  

 何とかしろよ、いやお前が言い出したからだろうと無言の会話を3秒で終えると、メランダルはため息をついて立ち上がった。

食糧入れからツナ缶を取り出しキュポッと音を立てて開ける。

 何故食糧入れがあるのかについて深く考える事はもうやめた。室長執務室と仮眠室はもう室長の私室のようなものだ。

 いつの間にか巣を作られたよ、とハンマル幹事長が苦笑していた事を思い出す。

 

「あぁぁぁぁ!!私のツナ缶!!」

 室長は何故か缶詰が大好物だ――というより缶詰の中身をパンにのせて食べながら仕事をするか

”通信管制室”の怪しい機械を弄りまわしているかのどちらかだ。

 仮眠室は立ち入り禁止だが大量の空缶が山積みになっている事だけは公然の秘密である。

「室長、今日はトマトとツナのパスタでいいですか?」

 時計を見るともう昼休みの時間だ。

「やったぁ!おねがいしますぅ!」「あっメランダル俺もいいか?」

 こいつの料理は旨い。進歩党の女性陣より美味いかもしれない。新婚の秘訣はそこにあるか。

「材料は室長の自腹だからお前さんは3人分の飲み物買ってきてくれ」

 

「お~う」「あっ私アイランで!」「俺はコーヒー。カフェ・ストックホルムで深煎りを」

 

「はいはい、了解」

 1950年、戦火はシベリアへ遠のき、国際色が活気へと結びつき始めたストックホルムの街頭へ歩みだした。

 

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