11月14日(後)
……もし駅のホームから転落したら人はどうなるだろう。
一見すると背丈より低いホームをよじ登るのは簡単に思えるだろう。ところが人間は意外と自分の体を両腕の力で持ち上げることは難しいものだ。それにホームから転落したことで頭はパニックに陥っている。無駄な焦りは体のこわばりを生み、這い上がることがより困難になる。電車が猛スピードで近付いて来ようものなら尚更だろう。その先に待ち受けているのは、逃れようのない運命だ。
私は考えた。人を線路に突き落とすとしたらホーム上のどこが一番だろうかと。来る日も来る日も同じ駅を利用しながら、私は考え続けた。ホーム上にいる人の視線や監視カメラをかいくぐるための策はないかと。
結論から言うと、狙う相手がホームの先端部分に立った場合が最も成功に近い。
駅のプラットホームは両サイドを電車が行き来する島状の形を成している。当然、ホーム上には無数の人の視線が行き交う。
しかしホームの先端エリアだけは違う。そこは一階の改札口へと降りる階段の向こう側にあり、閑散としている。階段の近くには自販機とベンチもあるため、ホーム中央エリアからの人の視線が遮られることになる。また、幸運にも監視カメラからの位置が遠く、映像は不鮮明になることがわかった。そこは最も実行に相応しいポイントだといっていいだろう。
警察に捕まるリスクは高い。
しかし、もし運命が私に味方するのなら、私は逃げおおせ、『撮影』は成功するにちがいない。
―――ファイル名『Grave』―――
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『……次のニュースです。先日、立て続けに発生した殺人事件について、警察は会見を開き、同一人物による犯行と発表しました』
自室の机でデジカメのバッテリーを確認していた男の耳に飛び込んできたのは、話題の殺人事件に関する朝のニュースだった。
『また、会見では二人の被害者の身元も公表しております。被害者の名前は楠田光恵さん、中西香澄さん。警察は二人を殺害した犯人の正体を追うと共に、二人の女子高生に関する目撃情報を募っています……』
古いテレビのくぐもった音声が、男の暮らすアパートの一室に響く。
いま、この連続殺人事件のことを知らぬ者はいないだろう。その類を見ない猟奇性が世間の関心を惹きつけてやまなかったからだ。
この瞬間も犯人は、社会のどこかで息をひそめているのだろう。次の標的を探しながら……。
男はデジカメの脇にある大きな写真立てに目を向けた。
机の上に飾っているその写真は昔撮影されたものだった。
それはかつて自らが駅のホームで突き落とした少女だった。
写真の中で、今も彼女は屈託のない笑顔をこちらに向けている。
その男、朝永寛一(あさながひろかず)はしばらく写真を眺めた後、この日の仕事の支度にとりかかった。