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はじめて森野と出会ったのは今年の春だった。
「私にも、その表情のつくりかたを教えてくれる?」
周囲に偽りの自分を演じていた僕を見破るように彼女はそんなことを言ってきた。それは友人とも呼べないような奇妙な関係のはじまりだった。以来僕は、彼女と話をするときだけ日常生活での演技から解放された。
彼女と接しているうちに僕はあることに気がついた。それは森野の奇妙な体質についてだ。彼女は異常者を引き寄せる体質を持っていた。普通の人間なら気味が悪いと思うだろう。しかし僕にとってはさほど驚く事でもなかった。なぜなら僕の妹も死体を発見してしまう特殊な才能の持ち主だと知っていたからだ。
むしろ僕はその体質を利用してきたといえる。つまり彼女の傍らに身を置くことで、これまで幾人もの異常者と遭遇してきたということだ。
二階の自室から出て階段を降りると厚着をした妹と出くわした。
「おはよう兄さん」妹の桜は言った。「最近また夜遅いよね。どこで何やってるの?」
コンビニだよ、と適当に答えた。桜はこれから朝の日課である犬の散歩に出かけるところだった。十一月も終わりが近く、このところ朝は冷え込む。そのため彼女は防寒対策としてマフラーに手袋を身に着けていた。
リードを持った桜が玄関から犬を呼ぶと、庭先から一匹のゴールデンレトリバーが現れた。その犬、ユカは静かな足取りで妹の元にやって来た。
「いい子だね」妹がリードの首輪を装着する間、ユカの視線は僕を捉えていた。その理知的な瞳で僕とあいさつを交わしているように見える。複雑な事情で引き取った犬だが、その賢さには僕も目を見張るばかりだった。
桜たちを見送った後リビングへ向かう。母が朝食の支度をしている所だった。
「そういえばあんたのクラスメイトの子、まだ見つかってないんだっけ?」あいさつを交わすなり母は言う。「恋人がいたそうだけど、その子も一緒にいないって聞いたわ」
母が指摘しているのは半月ほど前に起きた失踪事件のことだ。そして僕はその事件に深く関わりがある。だがこのことは僕と犯人の男を除いて誰も知らない。
「きっと大丈夫だよ。彼らの行方はそのうちわかるから」
「そうだといいわねえ」
母は大して心配していないらしかった。ドラマによくある駆け落ち話のように捉えているのだろう。
僕は手早く朝食を済ませて二階の自室へ戻った。
部屋は薄暗く、静けさを保っていた。閉め切ったカーテンの隙間から朝の日差しが射し込み、机の上の透明なディスクケースに反射する。
僕は部屋の片隅の本棚に目を向けた。
本を何冊か取り払うと、その奥から一式のナイフセットが姿を現した。
僕はそのうちの一本を取り出し、刃を覗き込んだ。
そのナイフセットはかつて、ある殺人犯の家から持ち出してきたものだった。殺人に使用されたもので、僕が記念に持ち帰ったものだ。
もともとナイフは二十三本あったが、そのうちの一本はユカを家に引き取る時と前後してすでに僕の手から離れたため、今手元にあるのは二十二本となる。
当然ながら、全てのナイフが殺人に使われたわけではないだろう。しかし、そのうちの何本かは確実に人間の血の味を覚えていて、僕には不思議とそれを見分けることができた。そして一度でも血を吸ったそれは、ときおり意思を持つかのように、自らの枯渇を訴えている。
もちろんそれは錯覚にちがいない。しかし、僕は鈍い輝きを放つナイフに触れる度に、これらはいつかどこかで使われる運命にあると感じた。
階下から物音がした。桜が犬の散歩を終えたらしい。僕はナイフを鞄に入れて支度を始めた。
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舞台は整った。
明日土曜の朝、森野夜は殺害される。