GOTH Over the Grave   作:方南

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第5話:10月

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 その少女の顔を見た時まず目を引くのは左目の下にある小さな泣きぼくろだ。少女の端正な顔立ちと合わさって、見る者に蝋人形のような生気の無さを印象付ける。

 そして注意深く観察すると制服の袖から覗く手首の傷痕に気づくだろう。柔らかな肌を綺麗に横切る一筋のそれはリストカットの痕だ。

 最後に彼女の全身に目を向ける。いつも黒い服に身を包んでいるためか、その姿は影のようだ。影の中に白い肌がぼうっと浮き上がり、常人とは明らかに違う、異質な雰囲気を身にまとっている。

 それが森野夜という少女の容姿だった。見る者に死を想起させる、不思議な存在感をまとう人間。

 彼女は何も知らないだろう。

 自身が既に尾行され、名前や住所まで特定されたことに。

 

 

 朝永はデジカメの映像を停止し、パソコンから目を離した。時計を見ると、二つの針が午後三時を過ぎたことを示していた。

「……そろそろ放課後を迎える頃か」

 パソコンに取り込んだデジカメの映像はすでに十本以上。これらは全て森野夜という少女を撮影したデジカメの記録だ。彼女の姿を映像に記録し、家に帰ってゆっくりと鑑賞するのがここ最近の楽しみだった。

 会って話をしたわけではない。だから、登下校の時刻を狙って隠し撮りした盗撮、ということになる。良識のある人間なら誰しもが犯罪と捉える行為だろう。

 もちろん朝永は自らの行いに自覚がないわけではなかった。警察に捕まるリスクもある。ここまで己を駆り立てる情熱の源が自分にもわからない。あるいは、その理由を知るために自分は行動しているのかもしれなかった。

 M高が放課後になるタイミングを見計らって朝永は家を出た。

 目的地は学校前のコンビニ。なぜならそこが校門を出る生徒を一人ひとりチェックするのに容易だったからだ。森野も帰宅時に必ずその地点を通る。その時が尾行の始まりだ。

 コンビニで缶コーヒーを購入し、入り口脇でそれを飲みながらゆっくりと待つ。待ち伏せていることを誰かに怪しまれないためのカモフラージュにすぎない。

「……来た」

 朝永の瞳が彼女の姿を捉えた。

 胸ポケットにあるデジカメの電源を入れて撮影を開始する。レンズの輝きが外から見えないよう少し細工をしている。そうして森野に気づかれないよう少し後をつけるように歩く。

 朝永の目に映る彼女は常に無表情だった。友達と肩を並べて歩いている姿を見たこともない。教室でも誰とも話さず、孤独に過ごしている様子が目に浮かぶ。

 ネットでM高に関する掲示版を調べたことがあった。どうやら森野はM高内でも有名な存在らしい。痴漢目当てで近づいてきた教師を撃退したことがある、など真偽の入り混じった情報をいくつか得ている。だが中には気になる情報もあった。

 彼女には時折、親しげに話す男子生徒がいるらしい。

 その人物の名前までは特定できなかった。だがそれも監視を続けるうちに自ずとわかることだろう。向こうはこちらの存在に気づいていないのだから。

 外はすでに日が落ちて、駅前は帰宅に向かう人で賑わいを見せていた。吹き抜ける夜風に秋の深まりを感じた。

 森野の帰宅ルートは把握していた。学校を出て駅方面に向かい、駅の裏手を通って自宅に戻る。それが彼女の決まりきったルートだ。

 しかしこの日は少し事情が違った。彼女は駅前の一角にある書店に向かった。朝永も森野を追って中へ入る。不意に彼女の姿を見失った。

 慌てて棚を移動すると、森野は奥の棚の前にいた。後ろ姿で見えないが、本を何冊か手に取っているようだった。

 本が好きなのだろうか。

 彼女の背後に近寄って、脇の棚の本に目を向けるふりをして後ろから何気なくのぞき込んでいた。彼女の手にある本はどれも奇抜な本だった。

 その背中が目の前にある。

 すると、どうしてか駅のホームにいるような感覚に囚われた。

 この手で触れて見たいという思いが沸き起こる。

 その背中は、朝永のよく知る『少女』の姿と重なった。

 

 ふと朝永が我に返ると、森野がこちらに目を向けていた。

 背後の視線に気づいたか。とっさに場所を移動する。

 だが、なおも森野はこちらに近づいてくる。

 胸ポケットにある撮影中のデジカメに気づかれたらおしまいだ。

 心臓の鼓動が早まる。カメラの電源を切らなくてはならない。

 手に汗がじんわりとにじむ。朝永はさらに半歩後ろに身を引いた。せめて彼女の視界からデジカメを隠そうと思ったからだ。

 

 その空いたスペースを森野は通り抜けていった。

 

 彼女の向かった先を見て朝永は合点がいった。どうやらワゴンコーナーに行きたかったらしい。その進路をふさぐ朝永がとっさに道を譲ったように見えたのだろう。

 彼女は再びその華奢な背中を朝永に向けていた。

 そこは割引セールのコーナーだった。在庫処分すらままならない程度の本が並ぶが、そういう本に限って購買意欲は湧かないものだ。森野は掘り出し物を探すかのようにセール本のタイトルを眺める。

「……あった」

 森野はその中の一冊を手に取る。文庫本サイズのそれは、長い年月をこの書店で過ごしたらしく、白地のカバーが黄ばみがかっていた。かろうじて売り物になるかといった所だろう。ぱらぱらとページを確認した彼女は即座にきびすを返す。目当ての本を見つけたようだ。

 再度朝永とすれ違う。怪しむ様子もない。そのまま彼女はレジへと向かっていった。

 とっさに朝永はワゴンへ足を運ぶ。すれ違いざまに彼女の持っていった本のタイトルが目に入っていた。幸いにもそれと同じ本がもう一冊ワゴンに残っていた。

 朝永はそれを手に取った。

 『スナッフフィルム』と書かれている。

 その言葉の意味はわからない。ただ、妙にその響きが朝永の心を捉えて離さなかった。

「ありがとうございました」

 書店員の声に引き戻される。そちらに目をやると、彼女は会計を終えて帰途につくところだった。

 朝永は急いで本の会計を済ませ書店を離れた。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 その男が森野の後に書店から出たことを僕は物陰から視認した。

 彼は一体何者なのだろう。何を目的として森野をつけ狙っているのか。

 それはこれから尾行をすればわかるだろう。そのために僕はこの日学校を早退し、男をマークし続けていたのだ。

 僕は密かに彼の後を追った。

 

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