気が向いたらまた書きますね。
何気に医療ネタが多そうな名探偵コナンのお話。
日本という場所に馴染みは無いが、海を見ていると不思議と穏やかになる。かつてイアソンの奴に乗せられたアルゴー号の甲板から見た景色を思い出させるからだろうか。
あの旅路に感慨など持ち合わせていないが、退屈はしなかった。
米花町にいるだけでは知識が偏ってしまう恐れがあるから、足を延ばして四国まで来てみたが、気分は悪くない。
………さて。休息もほどほどにして新たな患者を探しに近くの病院でも―――
「…………ん?」
崖の先に目をやると、一人の女が突っ立っているのが見えた。メイド服を身に纏った女は、崖に打ち寄せる白い波を覗きこんでいる。
「何をしてるんだ…」
あんな格好で海を見に来たのか。少し気にはなったが、すぐに興味を無くした僕は戻ろうと踵を返そうとした。
その瞬間、女の姿が崖から消えていた。
「……………」
ほう、なるほど。どうやら米花町程ではないにしろ、事件はそこいらで起こるものらしい。しかも今回は東都では起こりづらい崖から海への転落か。
心の中で膨れ上がる高揚感を抑えながら、その女の後を追って崖から飛び降りた。
――――――――――――――――
ボクの親友がメイドとして働いているラベンダー屋敷で起きた、お嬢様の首吊り事件…。自殺として終わったはずの事件が半年後に急に殺人事件として再捜査になった。
そして、事件当時にそのお嬢様と二人きりだったという親友が容疑者になってしまった。
ボクがこの事を知ったのは、久しぶりに親友から電話がかかってきた時だった。
『変な喋り方の高校生探偵が私を疑ってる!助けて七槻!!』
ただ事ではないと感じたボクは、急遽四国へ行くための準備を整えた。そしてまずは親友の元へ向かおうとした矢先、再び親友から電話がかかってきた。
ただ、電話の相手は親友のご両親で、話は親友が崖から飛び降りたという内容だった。
「……………………う、そ」
頭の中が真っ白になり、その場で崩れ落ちそうになったボクを繋ぎとめたのは、
――――居合わせた一人の医者が、親友を助けて今病院で治療している
その情報だった。
病院の場所を聞いたボクは、一目散にそこへ向かった。
どうか……どうか無事でいて!!
病院に着いて話を聞いて、部屋を教えてもらったボクは急いでその扉を開ける。
「香奈っ!!!」
病院の中だというのも忘れて、大声で親友の名前を叫んだ。
「な、七槻ぃ…」
弱々しい声で応える、親友の声。水口香奈は生きていた。恐れていた最悪の事態になっていない事に安心して、張りつめていた糸が切れたボクの目から涙が零れた。
「良かった…助かったんだね…!」
「うん……お医者様が私の事、助けてくれたの。今は親と話をしてるの…」
「そっか…」
椅子を出して香奈のベッドの隣に座って話を聞く。ボクの気持ちも幾分か落ち着いた時に、病室の扉が開いた。
入ってきたのは銀髪の男の人で、ボクを見ると視線を鋭くした。ただならぬ雰囲気に、ボクも警戒して立ち上がった。
「お前か、僕の患者の名前を大声で叫んでいたここがどこかも分かっていない常識の無い女は」
「ごめんなさいっ!!」
お医者さんでした。さっき自分のした事を思い出して即座に頭を下げる。そうだよ、ここ病院じゃん!!思いっきり大声出しちゃってたよ!!
「フン、次から気を付けろ……で、誰だお前は」
お許しを貰ったボクは、頭を上げてお医者さんに自己紹介をした。
「ボクは越水七槻っていいます。探偵をやっていて、こちらの水口香奈の友人なんです!あの、香奈を助けてくれて本当にありがとうございます!!」
「なに、こっちも珍しい傷病者を診れたから気にするな。人間が崖から落ちるとああなるのか…クク、貴重なデータが手に入ったぞ。これで医術は更に進歩できる…!」
こっちのお礼を気にも留めず、怪しい笑みでブツブツ呟いているお医者さんを見て、この人大丈夫なんだろうかと思ったボクは間違ってないはず。
「一応お前にも伝えておこう。この患者の外傷は既に治療は終わっていて問題ない。ただ、心的外傷はまだ残っている」
「それって…」
――――トラウマ。香奈の顔を見ると、まだ何かに怯えているように顔色が優れていない。
「話を聞いてみたが、彼女は殺人事件の容疑者になっているそうだな」
「……まさか、それで?」
「ああ。警察の尋問に耐え切れなくなったのが原因のようだ」
それを聞いて、自分の頭が沸騰したように熱くなる。何よそれ!!警察が香奈を追い詰めて、それでこんなことに!!
「七槻……私、どうしたらいいの…?」
いつも真面目で元気だった親友が、今は見る影もなく弱っている。ボクは彼女の手を握って、安心させるように笑顔を見せた。
「心配しないで!香奈の無実はボクが必ず証明してみせるから!」
「……ごめんね…ありがとう…」
小さな声で応える香奈。ボクは彼女を絶対に助けなくてはいけない。探偵として。親友として。
ずっとボク達の様子を見ていたお医者さんが、顎に手を当てて思案顔になったのが見えた。
「心的外傷を治すには、事件を処理する必要がある訳か」
「え?」
「そういった専門家には伝手がある。医者の仕事かと言われれば疑問が残るが、まあ……新しいサンプルケースの釣りだと思えばいいか」
「協力してくれるんですか!?」
「警察の連中もうるさいからな。…………何が事件の容疑者だ。病気の原因になってる連中を患者に接触させるわけ無いだろうが。あれこれ理屈付けて健康な奴が病院に居座りやがってクソが」
黒いオーラを発しながら毒づいたお医者さん。詳しい事は分からないけど、この人も医者として香奈を守っててくれていたんだね…。
「この病院には話をつけている。警察の連中に手出しはできん。両親も残っていてくれるそうだ。出来るだけ早く病気の原因を排除する」
「分かりました!」
こうしてボクは、初めて会ったお医者さんとラベンダー屋敷の事件の再調査に乗り出した。
そういえば、お医者さんの伝手の人って誰なんだろう?きっとボクと同じ探偵なんだろうけど…どんな人かな?
――――――――――――――――
病院の外で助っ人を待っている間、お医者さんとちょっとした話をした。お医者さんの名前はアスクレピオス。普段は米花町で医療活動をしているんだって。
「米花町っていえば、あの高校生探偵の工藤新一君もいる町ですよね?会った事はあるんですか?」
「まあな。あいつの行くところではよく事件が起きる。医者としては重宝するよ」
「へぇ~…」
事件が多いのは重宝する事なんだろうか?内心ボクが疑問に思っていると、目の前に一台の車が停まった。何だかとっても高そうな車だなぁ。
運転席から出てきたのは年上の男の人。アスクレピオス先生よりも上かな?
「待たせちまって悪いね、先生」
「別に構わない」
「電話で話してた患者さんのダチの探偵ってのは、そっちのお嬢ちゃんかい?」
「はいっ。初めまして、越水七槻です」
「俺は茂木遥史だ。この先生とは外国へ行った時にちょっとした縁があってな。こうして呼び出された訳だ」
茂木遥史っていえば、駆け出しのボクでも知ってる有名な探偵じゃないか!?危険な事件にも怯まず突っ込んで解決するっていう大ベテランの探偵…。
そんな凄い人が力を貸してくれるなんて。アスクレピオス先生って何者なの…?
「さて、話は移動しながらするとしようや。乗りな」
「行くぞ、越水」
「わ、分かりました!」
車に乗り込んで例のラベンダー屋敷へと向かう道すがら、ボクは茂木さんに事件のあらましを説明した。
「自殺の筈の事件が殺人に、ねぇ…。それなら、その屋敷に行く前に警察に寄って、殺人の証拠品とやらを見せてもらおうじゃねぇか」
「任せる」
茂木さんの提案で警察に行ったボク達は、事件の担当の刑事さんから新たに見つかった証拠品を見せてもらった。
「これは…」
「ネジ、ですね…」
「ああ。しかも頭が切られてやがる」
明らかに何者かが細工した後のネジ。
茂木さんがこの証拠品を借りてくれて、ラベンダー屋敷に着いたボク達は調査を始めた。
このネジが見つかったのは、お嬢様が自殺した部屋の窓の外。
「刑事さんの話だと、この窓の窓枠がボンドでくっつけられてたって言ってましたね」
「窓枠のネジを外して短く切って、寸足らずのネジの頭側をはめ直して、しっかり固定されてるように見せかけるトリックだったな」
そう、このトリックなら簡単に窓を外すことができるようになり、他殺の線も浮上してきたという。でも……。
「ボクが調べた時には、こんなネジ無かった…」
「そもそも鑑識が見逃すか?こんな分かりやすいとこに落ちてたネジに、細工された後の窓なんてよ?この部屋が密室だってんなら、出入り口の扉や窓は注意深く調べるだろ」
「そう、ですよねぇ…」
茂木さんの言う通りだ。ボクや警察がこんな簡単なトリックを見落とす筈がない。
「このネジも妙だな」
調査をボク達に任せっぱなしにして手持ち無沙汰だったアスクレピオス先生が、預かっていた証拠品のネジの一つをガーゼに乗せてボク達に見せてきた。
「半年も野ざらしになっていたにしては綺麗すぎる。そう思わないか?」
「ああ。そいつも気になってたところだ。となると…」
「………事件から半年の間に、新しく仕掛けられたトリックって事…ですか?」
「だろうな」
茂木さんと意見が一致した。このトリックはラベンダー屋敷の事件とは関係ない物だ。
「考えられる可能性とすりゃあ、ベターにこの屋敷に盗みに入ろうとした奴が細工したんだろうな」
「ですね。もしも香奈に罪を被せようとしたんなら、最初から仕掛けてないとおかしいですから」
「だな。蓋を開けて見りゃ存外大した事ねぇヤマだったな。良かったな越水の嬢ちゃん。ダチの容疑はすぐ晴れると思うぜ」
これで香奈の無実が証明される。
その事実にボクは確かに安心したけど――――それ以上にこみ上げる怒りがあった。
ボク達が調べた事は、殺人の線が上がった時にきちんと再捜査をしていれば分かった事だ。
どこかの高校生探偵がこれは殺人事件だと警察に吹き込んで、それを鵜呑みにした警察が香奈に強引な尋問を繰り返して…!――香奈を追い詰めて、身投げさせたんだ!!――
香奈がやったって決定的な証拠が無いから、自白を強要させようとした…!
「ふざけるな…!!」
塞き止められない激情が口から漏れ出す。こんな話があってたまるか。杜撰な推理と捜査で、人一人の人生が終わってしまうところだったんだぞ…!
「オイ、茂木……つまりこういう事か?僕の患者の水口香奈が精神疾患を抱えた原因は、どこかのクソ探偵が無責任にありもしない殺人の可能性を示唆して、無能な警察が疑いもせずに状況証拠だけで動いた結果か?」
「纏めるとそうなるわなぁ。しかしどうしたよ、アンタ事件の被害者とかに肩入れしないタイプだろ?」
「高所から落下した患者に対するデータが取れたのは大きいが、それとこれとは話が別だ。自然発生する疫病と違い、トラウマといった精神疾患は発生させない環境にいる事が予防策であり、治療策なんだ。
自分らで病気を生み出して悪化させているあいつらは、医者から言えば病原菌と同じだ。正直とっとと殺菌してやりたい」
探偵と警察相手にボロクソ言いまくる先生に、茂木探偵も苦笑い。ついでにボクの怒りも四散していった。
これあれだね。自分よりパニックになっている人間を見ると、逆に自分が冷静になるってやつ。
「チッ、まあこれを警察に言えば患者に寄り付かなくなるだろう」
「だな。そうと決まりゃ善は急げだ。戻って説明するとすっか。――――テメエ等が何したかってのも、じっくりとな」
茂木さんも……表情からは窺えなかったが、怒っているようだった。
自分と同じ怒りを感じてくれている人と出会えたことに、ボクは感謝した。もしも――ここにいるのがボク1人だけだったなら、取り返しのつかない事態を引き起こしていたかもしれないから。――
警察に事情を説明し終わった後、茂木さんは行き掛けの駄賃とばかりに例のトリックを仕掛けた犯人も挙げた。近隣の町で聞き込みをして似た手口の事件が起こっているのを調べ上げ、次に狙われそうな場所を探偵の直感で選んで張り込み。そしてそれが見事に的中して犯人を逮捕する事が出来た。
ボクも連れていってもらったけど、探偵の仕事がどういうものかを間近で見られて良い経験になったよ。
「でも、やっぱり悔しいなぁ…。警察は香奈に正式に謝罪したけど、あの高校生探偵の事は喋ってくれなかったし…」
「ああ、そいつの事なら見当はついてるぜ」
「え!?」
聞き込みのついでにな、と笑っている茂木さんに対してボクは驚きを隠せなかった。同じ探偵でも、この人には敵いそうにない。
「どうにも探偵ってやつを甘く考えてるようなんでな。ここは先輩として、厳しさを教えてやらねぇとなぁ…?」
少しドスの効いた声で台詞を吐いて去っていった茂木さんにボクは深く頭を下げた。あの人はボクと違って大人だ。きっと、ボクにはできないやり方でお灸をすえてくれるだろう。
アスクレピオス先生も、後の事は病院の人に任せて米花町へ帰っていった。
実は香奈が元気になったら、改めてお礼を言いに米花町のあの人の元へ訪れる計画を立てていた。幸いにも香奈の回復は早く、計画はひと月も経たないうちに実行された。
長期休暇を利用した新幹線での長旅を終えて、駅のホームで伸びをするボクと香奈。
「ん~~~!!着いたねえ米花町!」
「だ、大丈夫かな…。ネットで調べたけど、この町って結構危ないって噂だったよ?」
「あはは、ボクがいるから大丈夫だよ!」
親友の手を引いてあの人の――アスクレピオス先生の所へ。嬉しさと期待と、ちょっぴりのドキドキを心の中に秘めて…。
――――そして、ボクはこの目で見た。
――――いかなる謎をも解き明かす、小さな名探偵を。
――――最後まで生を諦めず、死の淵から人を救う名医師を。
FILE.越水七槻
友達思いなのに犯罪者になってしまった悲しい探偵。彼女を助けたいって思っているコナンファンは多いんじゃないでしょうか。
今後は米花町でフリーの探偵として活躍するんじゃないでしょうか。まあ仕事には困らないよね…。
FILE.水口香奈
漫画では名前が無かったけど、アニメではちゃんと名前が付けられていたみたいです。
メイドやってただけあって身の回りの世話とか得意そうなんで、七槻の元で事務仕事とかやるんじゃないかな。
FILE.茂木遥史
TVスペシャルで出てきたハードボイルド探偵。アスクレピオスとは外国で撃たれた時に治療してもらった時に知り合った。茂木さんみたいに魅力的なキャラクターも多いから、再登場しないかな…。